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わかっており、適切な時期に人工内耳手術を行わなければ、それ以降でたとえ人工内耳手術を受けても不充分な言語理解に終わり、環境音の認知にとどまるというケースもみられています。諸外国では医療経済上の理由から手術を受けられる患児が制限されている国もありますが、幸いわが国では認可施設での手術なら、健康保険と育成医療とによって費用の大半が負担されるという恵まれた環境にあります。最重度難聴児に有効な聞こえを与えるために、難聴にかかわる関係者が常に最新の情報にもとづいて適切な判断を下すことが望まれます。

さて成人の人工内耳の適応決定や術後のリハビリテーションは比較的容易ですが、小児の場合は成人にはない種々の特殊性があり、小児人工内耳は単に成人の人工内耳の延長としてではなく独立した医療と考えなければなりません。

まず、小児では聴力レベルの正確な計測が容易ではなく、患児の年齢と発達に応じた適切な検査法を選択しなければなりません。また小児はコトバを習得しつつある過程にあり、補聴器を装用した難聴児でコトバの発達が見られない場合、それが難聴によるのか、知能の発達遅滞によるのか、あるいは今後どれほどの発達が期待できるかなどを判断しなければなりません。そのためには正常児および難聴児の音声言語発達に関する基本的知識と、それを客観的、定量的に表す指標を持っている必要があります。

難聴児の聴能を伸ばすには医師よりもむしろ、両親、言語聴覚士、教育関係者のしめる役割けのほうがはるかに大きく、中でも重要な役割をはたすのは、患児と最も長い時間を持つ母親です。当初、難聴児のお母さんはわが子に難聴という障害がある事に当惑し、事態への対処で途方にくれます。医師、言語聴覚士は、母親とともに、そのような状況から、子供が難聴という障害を積極的に自ら克服し、言語習得に向かうのを手伝い、援助しなければならないのです。また、人工内耳を装用した小児が教育を受けてゆく上で、難聴児通園施設、保育所、幼稚園、聾学校、小中学校の教員の方々の理解と援助は必須であり、小児の人工内耳手術を行う前には、必ず医師、言語聴覚士と教育担当者、両親が互いに十分な意志の疎通を計り、患児の発達を多方面から援助するシステムを構築しておく必要があります。

 

2)小児人工内耳の適応基準

1991年の人工内耳に関する使用上の注意では「18歳以上である事」という記載がありましたが、患者さんのニーズと医療サイドの慎重な判断とにより、実際には本邦でも欧米にならい、手術はこれより低年齢でも行われる様になってきていました。この様な状況に基づいて、1998年4月に日本耳鼻咽喉科学会から本邦における人工内耳の適応基準が小児側を含めて示されました。このガイドラインは聴力に関する数値を除けば1995年の米国NIH(国立衛生研究所)の合意声明(consensus statement)にもほぼ一致しており、世界的に見ても概ね標準的な基準です。この項ではそのガイドラインに沿って、それぞれの評価と留意点について述べます。

(1)聴力の評価

日本耳鼻咽喉科学会の小児人工内耳の適応基準は、純音聴力が100dB以上の両側高度難聴児で、補聴器の装用効果の全くあるいはほとんどみられない場合となっています。この点は米国NIHの基準(90dB)と異なっている様に見えますが、日本の「100dB以上」という基準には「原則として」という但し書きが付されており、一方NIHの基準でも「90dB以上の両側感音難聴者に適応を考慮して良い」となっていますから、もちろん90dB以上の難聴児すべてに手術する訳ではありません。また、いずれも純音聴力だけで機械的に

 

 

 

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