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それに加えてドイツでは「安楽死」という表現は,ユダヤ人の大量殺戮に直接つながる言葉です。ドイツのホスピス運動には,第二次大戦時のナチス政府の歴史がいまだに長くて暗い影を落としていますが,私が受像できる25のドイツのテレビ番組に,ナチス問題を扱ったプログラムを毎日必ず二つ,三つ見つけることができます。きょうのテーマの「ドイツに見る」という点を強調するならば,この点にもう少し時間をとるべきところです。
 生き物に与えられた生命力は,本来,それが絶えることに逆らうようにできていて,人間は自分の遺体を冷凍漬けにしようとしたり,クローン羊のドリーをつくり出したりし始めました。しかし,まだほんの50年前には,人は身内の者の死も,ひいては自分の死も,避けられない事実としてそれなりに受け止めていたようです。
 私の家族は,終戦少し前に,岐阜県のある寺のはなれに疎開をしました。そこで私を可愛がってくれた庵主様が脳卒中で倒れたとき,村の人々が寺に集まってきました。医者は,意識不明になった病人の頭に氷のうを載せることを指図して帰りました。小学生であった私は,その枕もとで,ゴムの氷のうが彼女の額から滑り落ちないように見守る役目を自分に課して座っていました。数日後に彼女は,村人に惜しまれながら昏睡状態のまま亡くなりました。今日の医療技術がすべて彼女に施されていたとしたら,その後で彼女は車いすの上で,しかしおそらく言語障害のためにもはや経を読むことはできずに,十数年間を生きながらえたかもしれません。
 最近のドイツのある週刊誌に,脳卒中を患ったキューブラー・ロス女史のインタビューが載せられて波紋を巻き起こしました。彼女は,車椅子に頼る自分の現在の状況を,「死んでいるのでもなく,生きているのでもない状態」と描写しています。

 

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