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 私はこれを実感をもって言うのですが,皆さんのように他者に,特に苦しんでいる人に関わろうという意思をもっている 人は,自分自身の魂が何を叫んでいるのかをわかっていくために,他者の叫びに関わっていくような方ではないかということを 信じるのです。
 そこでモーセの話に戻りますが,モーセは自分が何をどうしていいかわからない。自分の未来もないということで,先ほど のように子供にまでゲルション(寄留の民・根無し草)という名前をつけたのです。彼は亡命先で結婚した相手の義理の父親 の羊を放牧しているときに芝が燃えているのを発見した。彼は道をそれて,そこに近づくのです。そこで彼は「モーセよ,モーセ よ」と名前を呼ばれ,初めて彼は神との対面をします。そして,彼は自分がどちらに行ったらいいのかもわからない人間だったの に,自分の民族であるイスラエルの叫びを聞いて,エジプトから脱出するような器となれという召命を受けるわけです旧約聖書 のおもしろいところは,人間が素直に「はい」と命令に従わないところです。「私はいやだ」と言って逃げ出すのですが,神様は何度 も何度も彼に問いかけて,民族の叫びを,おまえの叫びをもって何とかしろと迫る。
 これはきょうの癒しというテーマともつながるかもしれません。自分の小さな,消えいるような人間の叫びと民族の叫びが合 流していくようなところでしか,おまえの一生は完成されないのだと。そういうような大きな物語の中へ彼は招かれるわけです。「と んでもない。私は口下手でとてもそんなことはやれません」と言いますけれど,神様は「おまえの口は誰がつくったんだ」という。そ のような強いことを言われて,彼はとうとう従っていきます。
 しかし,それには神様の言葉の保証があります。「インマヌエル」という言葉がありますが,「私はあなたと一緒にいるんだ」と。 そういうただ一つの保証です。

 

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