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それは,十分にからだの癒しを提供することはできないかもしれないけれども,なにがしかの癒しの心を患者さんや家族に与えようと思えばそれは可能であると言っているのです。この素晴らしい言葉は400年も前に言われたものです。その間,医学は非常に進歩してきましたが,現代医学を駆使している私たち医師であっても慢性の病気はまれにしか治すことはできないという点では当時と同じ状況にあるともいえましょう。しかし,もっと症状を抑えたり,和(なご)めることはできる。しかしそれを医者やその他の医療従事者は必ずしもやっていない。
 アンブロアーズ・パレのこの言葉一患者の心に慰めを与えることはいつでもできるということは,今日ここにお見えの皆さんにぜひ覚えていただきたいと思います。
 “癒し”は,英語では“ヒーリング”(healing)といいます。治療をする,あるいは根治する場合には“キュア”(cure)という言葉を便っています。キュアというのは治してしまうということです。
 たとえば血行障害で足を切断したとします。そしてこれで退院となっても,それは本当の意味でのキュアとはいえないのです。なぜなら,元通りに治しているのではなく,不具な人間をつくっているのですから。足を切断して不自由な状態になるのはハンディキャップのある人間としての悩みがこれから続くわけですから,キュアではありません。
 health(健康),holy(聖なる),holiday(休日)などという単語はアングロサクソンの古い言葉“hol”からできたもので,全体という概念をもっています。healthという言葉にしても,ただからだが健康であるということだけでなしに,心とからだをもっている人間全体が完全であることを意味しますし,heal(癒し)という言葉にしても,病気は治らなくても,その人の心が癒されて,もうこれで死んでも思い残すことはない,感謝であるといった気持ちになること,つまりからだとしての土の器は朽ちても,その中に入っている水(心)が清らかであれば,癒され,その人は豊かな気持ちで死ぬことができます。そう考えますと,私たちはこの“癒し”ということにもっとエネルギーを注いでいくことを考えなければならないといえるのです。

 

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