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台湾映画祭 資料集−台湾映画の昨日・今日・明日−

 事業名 台湾映画祭の開催
 団体名 現代演劇協会 注目度注目度5


★2 誘拐事件の顛末

 

人気、実力とも「台湾のアムロ」と呼ばれている女性歌手・張惠妹(チャン・ホイメイ)のバックで彼女の多くの曲を作曲していた、これまた台湾で今いちばん売れっ子のプロデューサー・ミュージシャン張雨生(チャン・ユイシェン。つまり「台湾のコムロ」?)が、わずか31歳の若さで衝撃的な最期を遂げた(飲酒運転による事故死)。

97年4月に発生した女優・テレビ司会者、白冰冰(パイ・ピンピン)の娘の誘拐殺人事件(日本では「梶原一騎の娘の」とも報じられていたが)で指名手配され、6ヵ月以上に渡って逃亡生活を続けていた犯人の一人が、台北市近郊に潜んでいるのが発見され、警官隊と犯人の間で銃撃戦に。最後、犯人は自ら拳銃で自殺。

その翌日、最後まで逃亡していた残る一人にして最も恐れられていた誘拐犯が、南アフリカ大使館員の住宅に侵入し、その家族を人質に籠城。警察も人質が人質だけに荒っぽい手には持ち込めず、犯人と交渉を開始。各テレビ局はぶっつづけの生中継でその様子を放映。犯人もその間、積極的に各テレビ局の電話インタビューを受けて、自らの言い分や思いを吐露。台湾の国民は初めて凶悪犯の生の声を聞く。結局警察側が犯人の要求を聞き入れ、謝罪するなどしたため、24時間後、犯人は警察に自首。この誘拐犯は4月の指名手配後も、もう一つ身代金目的誘拐を実行し、更に強盗事件、3人の人物の殺害、加えて数人の女性のレイプなどもしていたことが判明。

この間、韓国ウォンの暴落を受けて、台湾ドルも歴史的な大暴落を記録。

陳國富インタビューが行われたのは97年11月20日。その日までのおよそ1週の間に、台湾では以上のような大騒動が降って湧いたように発生した。「現実がドラマを凌駕している」のは、最近の日本ばかりではない。台湾も同じ、いや、ひょっとすると台湾で現実がドラマを凌駕してしまう頻度は、日本を超えてしまっているのかもしれない。

 

★3 王家衛と陳國富、そしてクリストファー・ドイル

 

脚本に拠らない撮影。その点で『徴婚啓事』と王家衛の映画の撮影法は、酷似している。監督自身、どこに向かっているのか解らない状態で撮影し、最終的に大量に撮影されたフィルムから編集段階で何とかしようとしていることも、同じだ。その結果や意図は、陳國富の言うように異なっているにしても。

ところで陳國富と王家衛には、陳國富の前作『我的美麗興哀愁』でも共通項があった。それはクリストファー・ドイルをカメラマンに起用していること。そして彼に手持ち撮影を多用させていること。

もっとも陳國富は、ここでも両者の類似性を否定している。「王家衛の手持ちカメラと僕の時のそれとでは、全然違う。王家衛との仕事でのドイルは、カメラを抱えて走り回る。僕はドイル自身を三脚がわりに使っているだけ。でも人間は本物の三脚とは違って、呼吸する。その微妙なブレがほしかった」と。

このインタビューの二週間ほど前、僕は劉若英に会って、『徴婚啓事』の撮影の進め方のユニークさを聞かされていた。「そのやり方、王家衛を思い出させるね」と僕が言うと、彼女はこう言ったのだった。「それ、絶対陳國富に言っちゃダメよ。彼、気分を悪くするから」。

ところで、今では王家衛との仕事でほとんどスターのような存在にまでなり、香港映画人の一人として扱われるクリストファー・ドイルだが、彼もその出自から言えば、むしろ台湾映画人。彼の初めての映画の仕事は、台湾映画祭でも特集されている李行の現場だった。今回の上映作品には含まれていない『小城故事』(79)がそれ。そこで彼は、カメラ助手として現場に就いたのだった。台湾ニューウェイブの夜明け前のことである。李行も自分の現場にいたヘンな外人ということで、彼のことは今でも印象的に覚えているよう。「撮影の合間、体憩時間になると、彼はいつも逆立ちしていた」。そう李行は教えてくれた。インドでヨガの勉強をしてから台湾にやって来たところだったので、撮影中もヨガをやっていた外人青年。それが後のクリストファー・ドイルだったというわけ。一方、ドイル当人に聞いたこの時の記憶は、ちょっと違う。「自分の作品とは思えなかったから、いつも寝てばかりいた」。まあどちらの言い分が正しいにせよ、彼がこの時、マジメに働く助手でなかったことだけは、確かだ。

この時の退屈な体験を経て、彼はエドワード・ヤンの『海辺の一日』で撮影監督デビュー。その後は次第に香港に仕事の比重を移し、やがては香港に定住する。それでも彼は台湾映画を捨てたわけではない。台湾時代の親友の仕事では、今でも台湾に舞い戻ってそのカメラを引き受けているからだ。たとえばスタン・ライ(『暗戀桃花源』)との仕事が、そう。でも彼より大分若い陳國富とも仕事をしたのはなぜか?それも近年の彼の仕事のなかでは極端に低予算(約5000万円)の作品だと言うのに。

その理由は陳國富のコラムの方を乞御参照。要は、陳國富も台湾第一世代ニューウェイブの同志として、共に戦ってきた仲間だから、だ。

 

 

 

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更新日: 2020年7月4日

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