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(2)熊本県神経難病医療の現状と課題
独立行政法人国立病院機構 熊本再春荘病院
副院長 今村 重洋さん
 
 ご紹介いただきました熊本再春荘病院の今村でございます、よろしくお願いします。平素は熊本再春荘病院をいろいろご支援ご指導いただきましてありがとうございます。始めに一言お礼を申し上げます。
 本日は、熊本県の神経難病医療の現状と課題と言うことで、先ほどALSを中心にお話がありましたけど、ALSを含む神経難病全般的な医療の現状と課題ということでご紹介申し上げたいと思います。
 本日は痰の吸引シンポジウムということで、テーマが痰の吸引ということになっておりますけども、痰の吸引や介護を行うにあたって、その前にぜひ知っておいていただきたい知識として、神経筋難病とはそもそもどういうものなのか、それからALS等を始めとする神経筋難病には共通の症状と障害がございます。その内容、そしてその対応と処置とケアですね、どういうふうに向き合っていったらいいのかという点、それから難病医療の全般的な現状と課題、特に熊本県の場合はどうなんだろうかということで紹介をしていきます。(スライド2、3)
 
 まず神経筋難病ですね。神経難病と言ったり、神経筋難病といったりすることあるんですけども、本来神経難病の多くは いわゆる変性疾患というふうにいわれております。
 これは神経細胞は病気にならなければ、固体と同じく寿命を同じくして健康に生きていけるのですが、神経変性疾患とは原因がはっきりしない状態で、長期間の病的な状態を経てそして細胞が死に至る、いわゆる神経細胞死というふうな概念で捉えられております。
 つまり、神経細胞が早すぎる死を迎えることによって起こるということです。ちょっと この原理は難しいですね。
 神経難病はどういうことかと言いますと、長期にわたって病状が広がり進行していくということです。そしてそれに伴ってさまざまな日常生活が障害されていく、つまり多くの介助や支援が絶対必要とされるということです。このところを是非ご理解いただきたいと思います。
 難病というのはそもそも昭和47年に、当時の厚生省の難病対策要綱で定義がされておりますが、これは原因が不明で治療法が確立されてなくて、後遺症を残すどうのこうのというのがありますけども、今現在の医療現場での神経筋難病に対するイメージですね、私なりにちょっとこれ偏見と独断になるかもしれませんが、まとめてみましたけれども、原因がなかなか解らなくて、難解であるというイメージですね。(スライド4)
 そして進行性であって治療や日常生活が困難であると、毎日の看護や介護も難渋している。周囲も精神的に苦難に陥り易い。家族の負担が難儀であると、医療連携もなかなか難航すると、長期入院や在宅療養の受け入れに、難色を示すといういろんな意味合いで難病のイメージが現場にはあるのではないかなと思います。
 したがってだからこそ、チーム医療と支援ネットワークが絶対に不可欠であるということです。
 そして神経難病にはどういう疾患があるかということですけども、これは厚生労働省の特定疾患に含まれる45疾患、あるいは特定疾患には含まれませんけれども調査対象疾患として約120疾患、そして筋ジストロフィーという大きな3つに分けられるかなと思います。(スライド5、6)
 まず特定疾患45疾患主として脳病変の疾患、代表的なところでパーキンソン病、あるいはその関連疾患ですね。平成17年、今年の1月末の熊本県の患者数、登録数はパーキンソン病関連疾患1390人です。脊髄小脳変性症は446人。というふうに色々あがっておりまして、脊髄や末梢神経病変の疾患として代表的なのが、筋萎縮性側策硬化症ALSですね。(スライド7、8)
 ALSで登録されておられる方が125名いらっしゃいます。他にも色んな疾患がございます。特定疾患に含まれていないその他の神経筋難病というのもいろいろあります。そしてこれが神経筋難病の共通症状ですね。(スライド9、10)
 
 
 障害、その治療、処置、ケアはどういうふうにするかというとことで、お話をさせていきますが、まず大なり小なり、みんな精神心理面の症状があるということですね。これをまず最初に念頭に入れていただきたいと思います。つまりこれは自分らしさ、生きがいが喪失し易い状況に陥りやすいということです。意欲がなくなったり、抑うつ状態なったり、不安、あせり、おこりっぽい、興奮、感情失禁、あるいは悲哀、絶望感、認知記憶障害、判断力の低下、問題言動、不信、幻覚、妄想、睡眠障害いろいろな精神心理面の症状が出やすいということです。そういうときに精神心理面の気配り、支援、ケア、療養環境作り、そしてそれに似合った適切な薬物療法、そしてこれらの背景を念頭に危機管理を忘れないようにするというのが大切だろうというふうに思います。それと、やはり意識障害ということも起こってくることがございます。この意識障害というのは自ら自分で異常を訴えることが出来ないということですのでやはり周りが異変の早期発見と早期対応が必要であると同時に、人権の尊重を忘れずに対応するということです。又、発語や会話障害が起こってきます。自ら訴えられない意思疎通の困難が起こってくる。こういうとき対応は大変難しい面がありますけども、やはり根気強く、丁寧な傾聴と対応をしなければいけないということですね。瞬きや眼球運動、あるいは50音表の文字盤を利用したり、パソコンを活用することで意思疎通を図っていくという工夫がなされます。
 それから嚥下困難ですね。嚥下困難は食欲不振や脱水、低栄養、貧血につながります。そして誤嚥性の肺炎、窒息、こういう重症な状態にもつながっていきます。
 食事の時にむせたり、咳き込んだり、食事の時にガラガラ咳が出たり(湿性咳嗽)食後に痰が増えてくるということで気づかれます。この嚥下困難に対して、吸引という問題や対応が起こってきます。痰や唾液、誤嚥物の吸引ですね。絶対必要な処置になってきます。そしてその早期発見と予防、それから食事、薬剤の投与も工夫する。必要に応じて経管栄養の管理、胃瘻、あるいは最近では、喉頭気管分離術というのも行われます。
 それから呼吸困難という問題が起こってきます。呼吸不全です。これは呼吸困難、呼吸不全が起こり、全身が低酸素状態に陥ってきますと、あらゆる臓器に障害が起こってくる可能性があるということです。(スライド11、12)
 症状としては、呼吸苦、不安、恐怖感、不眠、食欲不振、無欲状態、そして睡眠時の低酸素、睡眠時無呼吸等が起こりますが、こういうことを予防する、あるいは早めに対応するということで、吸引という問題対応が起こってきます。痰や唾液、誤嚥物の吸引、必要に応じて酸素療法、補助呼吸、気管切開、人工呼吸器管理、というのが起こってまいります。
 ここで吸引が重要な医療行為である理由、これは吸引をしなければ重大な危険が発生するということです。つまり、ここで吸引をすれば、適切に吸引をすれば、すみやかに重大な危険が避けられる。吸引という行為はこういう極めて大切な問題があります。吸引が適切に行われなければ、どういう状態になるかというとですが換気不全、患者さんは呼吸を苦しがって呼吸困難に陥ります。換気不全がおこります。そして酸素が不足することで、低酸素状態、ひどい場合には脳障害が起こったり、あるいは血圧が変動したり、不整脈、心不全、肝障害、膵障害、いろんな臓器の障害が起こってくるということです。
 それから誤嚥性の肺炎、気管支炎等も起こってきます。痰がつまることによって無気肺が起こったりすることもありますし、最悪の場合には窒息から死に至ることもあります。
 ここで共通症状にもどりますけれども、手足の機能障害がいろいろ日常生活の中で起こって参ります。いろんな介助が必要になって参りますけども、このときに機能を喪失した患者さんの心理状態をきちっと理解することでプライバシーの保護、プライドの尊重そういうことを忘れずにやっていただきたいと思います。(スライド13、14)
 それから骨関節障害も起こって参ります。廃用症候群という問題がどうしても起こって参ります。血圧が下り、褥創、肺炎あるいは認知症、それから最近話題の深部静脈血栓ですね。骨粗しょう症、筋肉の萎縮等が起こって参ります。全身の合併症として、神経筋難病に限らず全身の合併症、心不全、胃拡張、腸閉塞、便秘、尿路感染、尿閉、視力障害、複視、しびれと体痛、ふるえ、けいれん、めまい、立ちくらみ、失神等が起こってきます。
 こういう場合には全身の管理、それから関連の診療科との迅速な連携の下に治療となります。そして最後に絶対忘れて欲しくないのは、神経筋難病の中には遺伝性の疾患ということがあります。ぜひこの点をお忘れなく、心理的なケアとサポート、個人情報の管理、プライバシーの保護、守秘義務、そのあたりを宜しくお願いしたいと思います。
 そして神経筋難病にはこのような共通の症状がございますけども、病期のステージですね。病期に応じて色んな問題があります。(スライド22、23、24)
 急性期は症状が出て発症から診断までですね。患者さんにとっては疾患の理解と受容という問題が起こってまいります。このときに大なり小なりほとんどの患者さんが不安、あせり、あるいは拒否、恐怖、絶望感というのが生まれてまいります。と同時に疾患受容をなんとか進めたいという自分の努力、そういうのが始まってまいります。
 このときには出来ることならば、まず神経内科専門医の診察というのが一度はあった方がいいだろうと思います。そして、しかるべき体制で適切な病状説明と病名の告知というのが起こってまいりまして、このときからチーム医療、ケアシステムの確立が必要だろうと思います。
 慢性期に入りますと長期療養に入ってまいります。いろんな機能が喪失していきますと、生きがいの問題が起こってまいります。医療と生活人生の共存という問題がおこって参ります。これも全身的な管理、それからチーム医療、それからいろんな他職種連携にともなう医療行為ということが起こって参りますけど、やはりこの頃から介護ヘルパー職等による痰吸引などの医療行為ということがいろいろ問題になってまいります。と同時に、過労スタッフへの精神的なケア支援、というのも問題になって出てきます。
 終末期です。延命治療の選択という問題が起こってまいります。この延命治療というのは昨今テレビ・新聞等でいろいろな報道、話題がなされておりますけれども、まだ日本では延命治療をどういうふうに捉えていくか、変わっていくかというのが、またいろいろ議論が始まると思いますけれども、延命治療に対する本人の意思、希望を尊重したチーム支援というのが、ここに必要になってまいります。
 そして延命治療を希望された場合には、延命期に入りましてやはり新たな自分らしい生活と人生、生きる喜びが大きな課題になってまいります。と同時に延命治療をどこまで継続するかということですね、今一番問題になっております。そこ辺の問題が確かに起こってまいります。
 ここで熊本県の現状はどうなっているかということですけども、これは平成11年に厚生労働省が、重症の患者さんが安心して長期に渡って入院できるようにその入院施設確保事業をするという趣旨、目的の基に難病医療ネットワークというのが作られました。(スライド25、26)
 今から約7年前ですね、その時に難病拠点病院というのが熊本県の場合には、熊本大学病院と私たちの病院であります熊本再春荘病院が2つ拠点病院になりまして、協力病院としてそれぞれの医療圏に、各医療系に1個ずつ12の病院が協力病院として一応ネットワークが作られました。
 そして、その拠点病院、協力病院に支援する体制として地域の支援病院、施設として一般病院ですね、病棟、それから回復期リハ病棟、介護療養型、医療療養型、介護老人福祉施設、介護老人保健施設、これはあの今年度の診療報酬改定で少し変わって参っていると思いますけれども、あくまでも平成11年、12年当時の名称で出しております。それとかかりつけの家庭医という、こういうネットワーク体制でスタートしてまいりました。
 それで、去年の2月、3月に6年くらい経ったところで、難病、熊本県の難病医療ネットワークがどういう現状にあるのか、そして向上と推進を図るにはどうしたらいいのかというのでアンケート調査をしております。(スライド27、28、29、30、31、32)
 14の病院、2つの拠点病院と12の協力病院にアンケート調査を行っております。回答が13病院からありまして、それぞれの病院が神経筋難病を受け入れるのにどういう病棟であるのかということですけども、ほとんどの病院が普通の一般病棟であるということです。
 つまりこれは、神経筋難病の受入れに特別の体制が敷かれているというわけではなくて、普通の患者さんと同じような扱いということですから、長期入院が難しい、それからやはり看護体制にも限界がある、このようないろんな制約がある中での病棟です。従って入院がいろいろ難しい、入院できるとしてもその条件付で入院が可能ですよ、少数の患者さんであればいいですよ、というのが13施設中5施設ですね。それから疾患しだいでは受入れます。つまりこれは重症の難しい難病はちょっと難しいです。手のかからない難病であればいいですよということなんですけども、その他が6施設、あるいは重症度しだいで軽い人しか入れられませんというのが3施設。いろいろありまして、入院期間を限定してくれれば、例えば1月以内に退院していただければいいですよというのが6施設。それから退院後にどこかにちゃんと確保していただければ、入院を受けてもいいですよというのが7施設と、やはりなかなか重症の患者さんの長期入院というのは難しい現状にあります。
 入院が困難である不可能な理由としてやはり、入院が長期化するから非常に困りますというのが8施設ですね。看護体制が非常に難しいというのが7施設。当院は急性期の病棟なので長期化するのはちょっと困ります、やはり病院もそれぞれに事情があります。
 経営の問題とか、マンパワーの問題とかありますので難しいですというのが半数位ありました。
 それで長期入院が可能なのか、短期入院が可能なのか、というのをちょっと小さく分析していますけれども、ここで頻回の痰の吸引がある場合にはどうでしょうか、というところですけれども、1年以上の長期入院はいいですよ、というのが3施設ありました。で、これが3ヶ月位だったらいいですよ、半年位だったらいいですよ、1年はいいですよというふうにあります。
 長期入院はこの6施設。あとはですね短期入院であればいいですよ。というふうな結果です。
 気管切開、人工呼吸器管理も同じような内容になっています。
 それから患者さんの数ですけども、頻回の痰吸引については大体6例〜10例位はいいですよというのが3施設、11例〜15例が1施設、或いはまぁ20〜30位はいいですよというのが2施設ですね。これはもうほとんど拠点病院ですけども。あとはやはり半数以上が5例以下ですね5例以下、数例であればいいですよ、やはり頻回の痰吸引というのも医療の現場ではいろいろと問題になっているようでなかなか入院、長期入院になりにくいというところに結びついているんじゃないかなと思います。
 (スライド33、34、35、36) 在宅療養への移行ですけども、これは在宅療養へ移行されたのがだいたい半分くらいの施設です。家庭医の確保も半数以下、救急隊の連絡、連携を取っているのが2施設というふうな状況です。地域それぞれの地域の支援ネットワークの整備はどうでしょうか ということですけども、やはり整備がまだ不十分ですというのが8施設ありました。
 整備されていない内容、どういうところが整備されていませんかということには転院先の確保ができてないとか、家庭医の確保が難しいとか、あるいは在宅への移行が難しいというのが4施設ありました。担当者の会議がなかなか開催されていないのがほとんどの施設ですね。
 それから、在宅療養中に急変時に受入れはされますかには、受入れは可能ですというのが12施設もありました。在宅療養中に急変した時には一時的な受入れはできますよ、ということで、つまりこれはどういうことかといいますと、平成11年に重症の難病の患者さんが、長期にわたって安心して入院できる施設を確保するためのネットワークはしかれたのですけども、6、7年経った現在、やはりこれはなかなか難しいということですね。
 重症で、長期の入院はこのネットワークの中では非常に難しいということがわかりました。
 ということは、やはりそうじゃない地域の医療機関、あるいは在宅の中で、その人にふさわしい適切な療養環境を築きながら、長期の療養を行っていくということが、今後の熊本県の場合の、これ全国的な問題だと思うのですが、難病療養環境のひとつの大きな課題になっているんじゃないかなというふうに思います。
 そのために地域の中で難病医療をどのように支えていくかということが、大きな問題になってくるだろうと思います。(スライド37)
 それで難病在宅療養の問題点と課題ということですけど、やはり地域による支援がまだ不足していると思います。地域スタッフの難病への知識、理解、経験がまだ不足しているのではないかなと思います。福祉、保健、行政、家庭医、地域の支援医療機関の理解と支援がまだ不十分ではないか、地域ボランティアの導入もまだ不十分ではないかなと思います。
 本日のような研修会とかいろんな啓発運動が、とても必要ではないかなと非常に痛感しています。
 それとご家族負担への支援も非常にまだ不十分であるだろう。夜間の介護負担が非常に大きいということですね。現在のところ、在宅困難の最大理由は夜間の家族介護のへの負担への不安と過度の負担が一番ネックになっていると思います。ご家族の心身の疲労、経済的な負担これも大きな問題になっているだろうと思います。こういうことを少しでも進めていくためには、やはり痰吸引等のこういう介護ヘルパー職の皆さん方にも、是非拡大していただきたいと思っています。
 難病医療には患者ご本人の意思と希望と、意欲への尊重と理解支援があれば、そして家族の理解支援、家族への支援があれば、そして医学的にほぼ安定していれば難病といえども、疾患重症度に関係なく地域、在宅療養が可能だろうと思います。(スライド38、39)
 地域支援、家庭医は一般内科、外科のドクターでも可能です。地域医療、地域支援ネットワークによる情報交換、統一された方針が重要であろうと思います。
 患者、ご家族を中心にして様々な職種、様々の関係機関の支援の下にネットワークは作り上げられるべきだろうと思います。
 最後になりましたけども難病医療の介護に痰吸引が広がりますようにお祈りしております。
 どうもご清聴ありがとうございました。


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