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9. パネルディスカッション記録
コーディネーター:野口吉昭
パネリスト:原田隆史
パネリスト:長田百合子
パネリスト:川口雅昭
パネリスト:吉田優貴雄
 
師範塾教育フォーラム 第三部
パネルディスカッション
パネラー:株式会社原田総合教育研究所所長 原田 隆史先生
 塾教育学院メンタルケア部門代表 長田 百合子先生
 人間環境大学教授 川口 雅昭先生
 福岡市南区小学校PTA連合会会長 吉田 優貴雄先生
コーディネーター:
 株式会社HRインスティテュート代表 野口 吉昭先生
 
司会: 皆さん、こんにちは。今から吉田さんに加わって頂き第三部を行いたいと思います。後半は質問時間を設けますので会場の皆さんも是非、質問を用意しておいて下さい。
 三名の先生方のお話からキーワードを幾つか拾ってみました。川口先生からは「日本は今、溶解現象を起こしている」「父は父たり、子は子たりという事が非常に大切である」「愛と書いておしむと読む」、原田先生からは「心のコップを上向きにするべきである」「子供は言葉には従わないが行動には従う。ルールには従わないがムードには従う」、それから松下幸之助さんや師範塾の理念でもある一人ひとりが今すぐ変わるという意味の「主体変容」や「自分が気付いて自立する人材」といったものの教育の必要性が説かれました。長田さんの方からは「子供にゴマをするな」「子供は本当は親を尊敬したいのだ」「子供の前で旦那の悪口は言うな」「子供の身を守るのは子供自身」といったお話でした。第三部では全てをまとめた形で「大人が変われば子供が変わる」という今回のフォーラムテーマを中心にお話を進めていきたいと思います。
 私は企業コンサルティングの仕事に携わっていて企業の現場で一生懸命戦っている人間です。正社員の比率が六十六.六パーセント、残りの三十三.四パーセントは非正社員と呼ばれる派遣、パート、アルバイト、契約社員などの人達です。この比率が年々、一パーセントから二パーセント上昇しています。このままでいくと十数年後、今の小学生が大人になった時の正社員比率は五十パーセントという時代がやってくる可能性があります。また、昨年は格差社会や下流社会というような言葉も飛び交いましたが年収三百万円以下の人達が現在三十七パーセント以上いて、これも増えてきていて数十年後には五十パーセントになる可能性があります。安倍首相は格差社会を無くすという話をしていますが、これは政治で何とかなるような話ではないように思います。競争社会はドンドン激しくなり「勝ち組、負け組」の構図がアメリカやヨーロッパ社会と同じような形で日本にも迫ってきていて、こういった社会構造の中ではどうしても家庭が荒れる傾向にあります。そしてその延長線上にある学校が荒れ社会が荒れる、川口先生がおっしゃったように日本が壊れている、溶解現象というのは実は十数年かけてもっと激しくなる可能性があるという事なのです。そんな中で私達は大人として子供を見事に育てる必要があるのに現実は逆の方向に行っていて社会構図も同じです。そこで私達はどうやって未来を作っていくのかというのがテーマではないかと思います。それでは最初に教育に関わる事で何が今、一番の問題なのか、そしてその本当の原因は何なのかお伺いします。
川口: 私は大学の教員をやっていますので命を懸けてやっているのが研究です。学会の前になると土日は大体八時間、研究室へこもって研究しています。今の教育で一番問題だと思うのは懐かしい香りのする「教師に徹している教師」という人が減少していると感じています。「あるべきところで成すべき事に徹する人間が減っている」と言っても過言ではないと思っていて特に大学時代の恩師から教えられた言葉が思い出されます。「教えて教えない教師、教えないで教える教師、どっちが偉いか」、教えたと思って全く何も教えていない教師が増え過ぎている、本物の教師は教えないで教えるというのが教育だという意味ですが、例えばソクラテスとプラトンの問答で「徳というものを教える事が出来るか」と愚徳のソクラテスをもって初めて徳を教える事が出来るのだというものです。それから私の好きな致知出版の藤尾社長がお書きになった『小さな人生論』の中に「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」という文章があるのですが、これは正に教師と生徒学生の関係を言っているのだと思うのです。その真摯な人間的な激突というものの中にしか本当の教育はないのではないでしょうか。私が初めて教えた子供達が今年で四十五歳なのですが、教育の成果が出るのは二十年後だと最近になって心から感じました。当時の教え子から電話がかかってきて彼は三菱に入って教育関係に携わるようになって高校時代に私が話していた事がやっと分かったという内容の電話だったからです。我々日本人の価値観が狂っているから対処療法的な対策はしなくてはならないと思いますが長いスパン、百年というような期間で日本人の価値を変えていかない限り日本の教育が再生される事はないと思います。
司会: ありがとうございました。二十年かかって教育の成果が出る、「教育は百年の計である」という価値観そのものを我々は変えていく必要があるのではないでしょうか。
原田: 私は教育現場にいましたので、もう少し現場についての簡単な話をしたいと思います。私は大阪の公立中学校の教師をやっていたのですが教師になった時に絶対に教師をやっている限りはあり得ないだろうと思っていたものがありました。それは「成果主義」、出来る先生は給料が高くて出来ない先生は給料を低くするという制度は公務員である教師の世界には絶対に入ってこないと思っていました。ところが私が公務員を辞めた翌年から大阪市内の先生方の成果主義、能力査定が始まって来年からは実際に金銭的格差を付けるという事態になり遂に公教育もここまできたのかと思いました。私も企業教育などに携わっていますので勉強するのですが企業というのはインプットにかける時間や労力を出来るだけ少なくしてアウトプットである利益を出そうとします。効率化ですから仕方がないのですが企業の成果主義、競争原理などというものが教育の世界に入ってきたらインスタント、促成栽培で結果や数字だけを上げたらいいという教育になります。しかし今の教育は大なりの向きが逆なのです。小学校四年生から不登校のお子さんが私共の中学に入り三年間毎日、教頭以下の全教師が朝と夕方に家庭訪問した事がありました。結局、誰一人として顔すら見る事が出来なかったのですが卒業式にひょっとしたら来るのではないかという情報が流れました。もしその子が来たら途中でもその子に証書授与するという事を保護者にも説明して待っていました。そして彼女は最後の校長先生が話をしている最中にやってきましたので校長は話をやめて証書を持って「よく来たね!」と彼女に駆け寄って涙ながらに授与し、会場も号泣となりました。つまり教育というのはインプットを山ほどやってもアウトプットは出ないかも知れないのですが、その姿勢が大切でそれを守れるのが教育なのだという事です。その教育の世界に結果を出せとか効率主義といったものが入ってきたら向きが逆になってしまう、そういう事が教育混乱の原点だと思うのです。競争主義で競わせたらいいなどと言われますが、そんな事は非常に浅い話で「不易流行」という言葉があるように我々の教育の中で学んで培ってきた大切な事、膝を突き合わせてお百姓さんがコツコツと雑草を抜いて毎日、水をやって育てていくような農耕民族の形を忘れてしまって、よくがんばっている奴に給料をやって成果主義という狩猟民族型の効率化というものを入れてしまうと完全にミスマッチすると思います。大事なものは何か、変えなければならないものは何かを解った上でやらないと今になって「ゆとりが駄目だった」というような事になって一番駄目なのではないでしょうか。
司会: ありがとうございました。ソニーが今、非常に苦戦をしているそうですが、その原因を元ソニーの役員だった天外伺朗(てんげしろう)さんは著書の中で「成果主義がソニーを駄目にした」と記しています。ソニーという会社は元々クリエイティビティの高い、つまり何もない新しいものを出す開発に魅力があったのですが成果主義に陥ったために瑣末な目標を立てて毎年クリアするという構造が起こったために全体としておかしくなった、それに繋がる話だと思います。
長田: 私は子供の問題の現場から二点、申し上げますと一つは子供の問題の世界に向精神薬がドンドンと入り込んできているという事です。向精神薬イコール向うつ剤でこれはイコール薬物で医者が出す訳ですから精神安定剤と睡眠薬です。学校の先生に言って頂くと困るのは子供が不登校になると「心療内科に行け」と親にアドバイスする点です。私は人間の心に効くのは人間の熱い心だと思うのです。子供などは特にそうで子供の問題に学問を使うと行き着くところは病名になって薬になるのは当たり前ではないでしょうか。覚せい剤やシンナー、トルエンといったものと同じものが睡眠薬と精神安定剤です。不登校や引きこもりが医者に行くと「ちっとも眠れない」と言う、眠れないしイライラするのは動いていないからで人間も動物ですから当たり前の話です。しかしセットになっていますから多くの場合は薬が出るのです。去年の二月に厚生労働省から発表された資料によると二十歳以下の子供が向うつ剤を飲んだ場合、普通の子供の二倍も自殺行為が発生する恐れがあるとあります。だから非常に危険で向精神薬が悪いといっているのではなくて二十歳以下の心の形成も出来上がっていないような、わきまえのない子供に元気がないからと薬を飲ませれば、それは元気になったのではなくて興奮しているだけで薬物を使いながらどういうメンタルケアをしているのですかと言いたいのです。多くは薬物を与えるだけでろくにケアはされず「お薬どうでしたか?」「効きません」「じゃあ変えましょうね、さようなら」というようなやり取りだけで子供が学校に行くとキレれば怖いですし薬を飲めば押さえ込まれる訳ですので、ますます不安定な子になってしまうのです。薬物で維持している子が来ると凶悪犯罪が起こったり些細な事で暴れたりする、そうなると普通の子が疲れる状態が出てくるのです。一昨年秋の事ですが愛知県に向精神薬を飲んで登校していた子が校舎の五階から名指しの手紙を書いて飛び降り自殺をしました。つい最近、その学校を訪問したのですが先生方も子供達もとても暗く玄関も汚い、廊下には「三分に一人の子が死んでいる。苦しくなったら保健室へ」という手書きのポスターが張ってあり驚きました。今、マスメディアは自殺した子を悲劇のヒロイン化して先生が位牌の前で謝るような映像を出して、さも学校が悪いというような映像を流しますが、その後の学校も撮ってもらいたいと思います。普通の子達がどれだけ疲れているか、だからそういう事件が今後ドンドンと起こるという事、近い将来には一割の子供達が向精神薬を飲むようになると考えられます。実際、アメリカはそうですから医者が出す「薬物」の事を考えるとぞっとします。
 もう一つは、ある県警の警部と話をした際、非常に困っている言葉があると言われました。私は不登校や引きこもりの問題に取り組んでいるのですが警察はニートの犯罪が激増していて私も困っている言葉がありました。興味津々で尋ねると、この言葉が入ると教育に身が入らない、やろうという気にならないという事でした。それは「それがどうしたの?」、昔の子供なら「お母さんが泣いているぞ」と責めていくと納得して反省して努力しようとしたのですが「それがどうしたの?」、お母さんで駄目なら友情でなら動くと思って「友達が泣いていたぞ、友達は大事だよな」と言うと「友達がどうしたの?」と言われます。更に「このままじゃ少年院に行くぞ、それでもいいのか?」と言うと「それがどうした、行けばいいんだろう?」という具合です。不登校で引きこもりになっている子には「肝臓に脂肪がついて身体が壊れていく。心身と言って身体が壊れると心が壊れる、心が壊れると身体が壊れるように人間はなっているんだよ。不健康になるからちょっと外に出て色々な事やってみろ」と言うと「身体なんか悪くなっていい、それがどうしたの?」という風で、そうなるとバカバカしくて教育が入らないのです。警察もそれで困ってしまって、これはいずれ普通の子に浸透していく言葉なので、さぞや良い子は疲れるだろうなと危惧します。そういう状況が今後、ドンドン出てくる事が私は非常に大きな課題だろうと思います。
司会: 「それがどうしたの?」と言われると先に進められない、つまり躾や道徳という概念を超えてしまった状態になって無関心、完全なる壁を超えてしまったという非常に身につまされるようなお話でした。
 それではゲストとしてお招きした吉田さんに自己紹介を兼ねて今の問題についてのお話をお願いします。
吉田: 今日は社団法人福岡青年会議所のOBとして、それから福岡市南区小学校PTA連合会の会長としてお声をかけて頂きました。福岡青年会議所は福岡の人と街を元気にしようという事で将来、子供達のためにどんな街を残すのか、その中にはどんな人を育てていくのかという事を真剣に手弁当で集まって活動をしている団体です。それからPTAの方はご経験された方はご存知だと思いますが文字通り先生と保護者が一緒になって取り組んでいこうという団体です。福岡市南区には二十五校の小学校がありますが南区には一万四千人の子供達がいます。毎週月曜日になると朝、連絡がなかった時は「自殺者は出なかったのだ」とホッとします。ただ色々な問題は起きていますが詳しい情報は出しません、それはマスコミ関係などで悪影響が出てしまうからです。私が子供の頃のPTAというのは先生方に対して圧力団体のような何かを要求しているというような非常に悪いイメージがあったのですが、この歳になって実際に現場に入ってみるとそれは違うという事が分かりました。
 今の教育は何が問題なのか、やはり当事者意識ではないでしょうか。教育問題を語られる時に親、先生、社会教育という括り方をされます。確かにそうした方がフォーカスしやすいのですが原点は一人の大人です。大人の背中はいつも子供に見られているという意識があるのかどうか、そして色々な問題意識に気付いた方が行動に移しているかが問題だと思います。最初は嫌いだったPTAへのお話を頂いた時に祖父の言葉を思い出しました。祖父は「人様に声をかけて頂いたら返事は二つしかない、それはイエスかハイだ。まずは受けろ、知らずに断るな」と言っていました。それで足を踏み入れ早五年が経過して今はこの場に座っています。今日は私自身も勉強させて頂きたいと思っていますし皆様も明日から即、行動を移すというような意識でフォーラムをお聴き頂ければと思います。


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