今日は教師になって三年目の頃の教え子が福岡に嫁いでいますので、この会場に遊びに来てくれました。立派になっていましたので嬉しかったです。その頃に関わっていた生徒の一人が家庭内暴力の果てに亡くなりました。当時はまだ教師としての指導力、力量が無かったので、なかなかそういう事を未然に防ぐという事が出来ませんでした。家に行くと死後硬直の状態になっていて動揺した両親は子供の顔に白い布をかけて線香を焚いて待っていました。今から二十二年も前の話ですがマスコミが学校に殺到してきて「学校が悪い、教育が悪い」と叩かれました。そうすると学校が荒れてきて月曜日に学校へ行くと廊下にはペンキが撒かれ窓ガラスは割られ「原田、死ね!」と罵倒され家には「火をつけるぞ!誘拐するぞ」と脅迫電話がかかってきた事もありました。授業に行くと生徒達がタバコを吸いながら待っていた事もありました。ある日、学校へ行こうとすると心臓がドキドキして冷汗が流れ、病院には行かなかったのですが多分うつ病か自律神経失調症になっていたのだと思います。だから不登校の子供の気持ちはよく分かります。円形脱毛症にもなって母に職場の状況が分かっているだろうから優しく答えてくれるだろうと思って「お母ちゃん、今日は学校を休む。映画でも行ってくるわ」と少し弱音を吐くと家の奥から太いマジックを持ってきて剥げた部分を「油性やから水も弾く」と塗ってくれました。面白い事を言うなと思いながらふと顔を上げると涙を一筋流している、以心伝心で「あんた休むじゃなくて辞めたいんやろう。教師が嫌やから仕事を変えたらいい芽が出ると思っとんのか。自分を変えんで目先の仕事を変えてもいい芽は出ん、そんな情けない発想でおるから今回みたいなえらい目に合う。人の命を失う事を逃げて引きずったら一生逃げられん、何でそれを分からんのか」と言われました。両親から躾以外で教えてもらったのは後にも先にもこの事だけでそれでスイッチが入りました。私の尊敬する松下幸之助さんはその事を「主体変容」とおっしゃっています。自分に気付いて相手に気付け、先生が変わったら生徒が変わる、親が変わったら子供が変わる、社長やリーダーが変わったら社員が変わるという事なのです。そこから私の教育が変わったのですが生徒に伝えたい事は「自分のせい。結果を出して人のせいにするな」、それだけを教えたいと思ったのです。今日のテーマにある「教師が変われば子供が変わる」という事の原点ですが、それは母親から身をもって教育を受けたものだったのです。ノウハウ教育、スキル教育、マニュアル教育とやっていますが当てにならない、やはり人と人が出会った時に「面授(めんじゅ)」されるしかないと思います。子供に夢、自信、誇りが無いのは子供のせいかも知れませんが周りの大人のせい、地域のせいです。私は教師で食べているプロですから親や地域のせいには出来ないから「俺がやる。陸上競技で日本一、ついてくるか?」という教育になったのです。
日本一の宣言を子供達の前でやると真剣に話を聞いてくれる生徒と先生がいました。人の話を真剣に聞く人は目を見る、そのうち目が潤んできて背筋も伸びてきますので、そういう生徒達を二十人くらい呼び出しました。そして日本一の話についてどう思ったかを尋ねると「何か分からないけど先生だったら出来そうな気がする」と言いましたので、私は「お前らを選んだぞ」と答えました。心の立っている奴だから選んだのだと言われれば子供達は喜びますので先生方、親御さん方は子供達に言ってあげて下さい。次に日本一の学校はどんなものか尋ねましたがイメージが無いから分からない、人間はイメージの無いものにはなれませんから実際にモデルを提示しない限り、ものにならないという事が分かりました。だから「目標設定」、決めてそこへ向かわせるという事が大切なのです。私が九年間勤めた前任校はこの誇りとプライドの原点とも言えるところでしたので生徒達を連れて見学に行く事になりました。そして気付いた事を書き留めて見学に来ていない五百数十人の生徒達の前で日本一の学校の話を明日、新聞作って発表しろと条件を出しました。地下鉄の駅に着くと陸上部の六十人の部員が涙を流して待っていました。「今日は頼むで」と言うと大声で「こんにちは、今日お世話する○○です!かばんお持ちします」と挨拶しグランドには机と椅子が並んでいておしぼりとオレンジジュースが出てきました。しばらくすると面白い事が起こりました。引率していった生徒達は靴のかかとを踏んだりカラーのホックが開いていたりするような子達だったのですが前任校の一生懸命に真面目にやっている子達の中に入れたらトイレに立った子が皆、身なりを整えて帰ってきたのです。これは教育の一大原則で「若者はルール、規則には従わないがその場のムードには従う」、だから学校や家庭、クラブのムードといったものは非常に大事なのです。ムードの無いところに進学スキル、ノウハウ教育をしてもろくな人間は育たないと思います。そして授業を見せると当てられた生徒は大きな声で返事して椅子を入れて立つ、そして拍手の中で着席しました。放課後の掃除は三時五十五分から五分間で全員清掃、髪の毛一本落ちていませんでした。クラブ活動は四時から始めて五時三十分まで、終了時間はプラスマイナス一秒のくるいもなく終わるから見ておけと言いました。練習は時間制でやってきていて百メートルを十分、合計九十分で計画していて練習メニューが出来なかった事は一度もありませんでした。ある子が百メートルを六本走ったと報告してきました。目標は「来年の全国大会の砲丸投げで優勝して推薦で高校に行く」でしたので二年前に砲丸投げで優勝した先輩の練習メニューを見せると九本走っていたという事が分かり顔面蒼白になりました。そういう子は七本、八本を走ろうとしますので、その終わった時に指導者は見ていてあげないといけないのです。また、ある女の子は一本しか走りませんでしたので普通は八本走った子を褒めて一本の子にはもっと走れと言うと思うのですが実はその子は股関節脱臼で両親はマネージャーとして陸上部に所属していると思っていました。しかし皆があまりにも自立的に練習をやるので親に内緒で走っていたのです。これはすごい事だと思いませんか、どちらの百メートルに価値があるでしょうか?やはり目の前の数字ではなくてその人間が何を目標に夢を描いているかという事から活動しなければ今の教師の指導軸はぶれると思いましたので個別指導をやったのです。
一日が終わって見学に来た生徒達はびっくりしていました。「ハイの返事がすごい、挨拶強烈!」「椅子を入れていた。靴を揃えていた。カバンが立っていた」「清掃活動は極めて綺麗だった」「先生の話は目を見て聞いていた」「生徒は自信を持っていて胸を張って姿勢が良かった」。私は「これは世の中では些細な事と言うねんで」と言いました。日本一の中学にいる人間は日本一で自分達は劣っていると思っていなかったか、と聞くと生徒達はその通りだったと答えました。しかし自分達の方が根性はあるように思うし人間は同じなのだと気付いてくれました。人の夢を笑う奴やどうせという奴は自ら階段を下りている、そんな奴らに何の教育をしても意味が無い、心を目覚めさせなくてはいけないと思いました。今は大手の新聞社の記者をしている女の子が「先生が来られてから挨拶百回、靴を揃えて清掃やり直しと言われてうっとおしいなあと思ったけれど今になって分かりました。この些細な違いが日本一の学校と荒れている学校の違いなんですね。これを順番にやっていけば私達も日本一になる可能性がある、その事を先生は私達に教えようとしていたのですね」と言いました。ニューヨークのジュリアーニ市長がブロークンウィンドウ理論(割れ窓理論)というものをやりました。ニューヨークの街がメチャメチャになっていた時に彼は二つの事をやりました。一つは街の環境美化、浄化で落書きや放置車両は許さないと徹底した、もう一つは身近な軽犯罪の取締りを徹底して犯罪発生率が五十七パーセントも減ったのです。それと同じように普段の学校生活の中で荒みが無くなってゴミを拾って綺麗にしたら心も綺麗になる、人間は見ているものに乗り移られるのです。そういう理論を説明して解らせたら子供はやるものなのです。それからは一緒に靴を揃え、清掃活動をしました。私がトイレも手で磨いていると生徒達が自分もやろうかなという気になる、キャプテンだからやれ、美化委員だからやれと言うだけでは絶対にしない、「若者は言葉には従わないが大人の行動、態度には従う」のです。だからやはり主体変容なのだと現場の実践の中で感じました。
目に見える荒み、心の中の荒みを除去するとその場に暮らす子供、大人、地域の心のコップが上を向きますので後は価値、ノウハウを注ぐのです。コップを上に向ける事を家庭の場合は躾と言いますが学校では真面目、素直な生き方の態度教育と言います。コップを上向きにするのは無理やりには出来ませんから何故、そういう事をやるのか意味を教える、経験させると納得してくれるのです。納得すれば自らが靴を揃える、行動に価値観を持つようになるのですがこの事を「意味づけ、価値観教育」と言っています。家庭教育の中でお父さんお母さんは我が子にどうやって関わってよいか分からない、学校教育の中で教師は生徒にどうやって関わってよいか分からない、会社は社員にどう関わってよいか分からないと言いますが、それは全て「心のコップの向け方が分からない」という事なのです。ノウハウで悩んでいるのではなくて生き方、態度に困っているのだなと分かりました。そこで教育の中で態度教育、意味付けして価値観教育してスキルやノウハウを教えると育成出来たという事なのです。
「心作り指導」は見えない心を作る方法ですが使う、考えさせる、文字にして書かせる、きれいにする、心を強くする、八つの行動(ハイ、挨拶は人より早く、くつ、イス、カバン、掃除、姿勢、目を見る)をやらせる、心を整理する、過去のマイナスは断ち切って未来に心を向ける、そして心を広くするのです。心を広くするのには感謝の気持ちが大切で先日、クラブを調査していた人が「良いクラブはありがとうをよく言う」と言っていました。感謝の気持ちを述べる事でその人の気持ちが明るくなる、述べさせるためには「ものをあげる、教えてあげる、支えてあげる、待ってあげる、助けてあげる」のです。それらの事を長期目標設定用紙に落とし込んでいますので記入する事で五つの心作り指導が出来るようになり自立型人間に育成した結果が日本一を十三回獲る事が出来たという実践から出てきた答えなのです。
関わりの原則には三つあって「厳しく、ガンコ親父のように」「優しく、マザーテレサのように」「楽しく、こどものように」で、これがあると上手に関われるのではないかなと思いました。それから座右の銘は一つだけでは飽きますので百個作ったのですがベストシックスを発表したいと思います。「仕事と思うな、人生と思え」、言い換えれば講演、研修と思うな人生と思え、皿洗いと思うな人生と思え、目の前のものに全力投球をしろという事です。「育てに育てる」は、これでもかというくらいに育てるという意味です。「敵は誰ですか、私です」、「一寸先は光です」、闇の世界では誰もついてきません。「タイミング・イズ・マネー」、今から変われよ、三日坊主で失敗しても何度もやればいいのです。「思いはかなう」は今、教育が色々と言われていますが強い思いを持って我々大人が一歩でも進めば何とかなるという事です。
会場に来ている子供達、特に学生さんは引率して頂いた顧問の先生やお父さんお母さんに大感謝をして下さい、普段は聞けない話です。皆さんの事を思って先生が連れて来てくれたのですからその事に対して「何故、自分はここにいるのか」と誠心誠意、言える人でなければ甲子園には行けません。私は大阪に住んでいますので甲子園に来られるのを待っています。小さいお子さんもよく聴いて下さいました、これで私の話を終わります。ありがとうございました。
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