7. 「ゲーム脳と脳科学教育」講演録
講師:森 昭雄
2006年 師範塾親学フォーラム・イン秩父 講演
「ゲーム脳と脳科学教育」
日本大学文理学部教授 森 昭雄先生
脳科学は埼玉県の川口小学校というところで取り入れられています。一ヶ月ほど前にこの小学校へ見学に来られた鳥取県の小学校の先生方から依頼があり鳥取で父母と子供対象の授業を行いました。小学校一、二年生が五十分、三年生は一時間半の授業を行ないました。授業が終わると子供達が皆、私のところに集まって来て握手攻めや腕にすがったり小さい紙切れの手紙をくれたりして本当に子供達と心が通じたのだと感じました。私が帰る時まで子供達はずっとついてきて手を振ってくれました。今、「読み書き計算」という事が広がっていますが二十一世紀に入った日本で何故これが重視されているのか、「読み書き計算」は江戸時代の寺子屋教育からあったものですが今、日本の社会がおかしくなってきているからこそ求められているものなのです。現代は少年犯罪を含め色々な事件が起こっています。私はアメリカに二年三ヶ月ほど滞在していた事があるのですが日本ほど安全な国はないと思いました。特にニューヨークは非常に物騒で地下鉄には必ず警察官が乗っていて非常に治安が悪い街でした。ところが今、日本でも歩いていると刺されるような変な時代になってしまった、それには何か原因がある訳です。私はその大きな原因の一つとしてハイテク機器の過剰な使用、例えばテレビ、ゲーム、パソコンなどの影響が人間の脳を圧縮してきていると考えています。人間は五感からの情報の内、九十パーセントは視覚情報で生きているのですが生まれてすぐから大型テレビやパソコンに囲まれた中で子供は生活している、これは私達が経験した事のないIT機器に囲まれた環境の中で過ごしているのです。それも含めて日本が何故、こんなにおかしくなってしまったかという事を追求していく必要性があるのではないかと思います。
秩父というのは七十八パーセントが緑の中にあるというお話でしたが昔は外で和太鼓を叩いて山々に響き渡り、さぞかし素晴らしい光景だったのだろうなと思いを馳せながら演奏を聴かせて頂きました。過剰な刺激が何故、駄目なのかという話は後ほどさせて頂きますが、まず地方の有名進学校に通う高校生から来たメールをご紹介したいと思います。彼はたまたま本屋で私の本を見つけメールを送ってきました。ゲームを始めたのは小学校一年生で一日のゲーム時間は約一時間を継続してきて現在は全くやっていないという子です。人付き合いが苦手、慣れた人以外は全く話が出来ない、人見知りで物忘れが非常に激しく何も楽しいとは思わない、興味が湧かない、優柔不断で判断力がない、よく他人から独り言を言っていると指摘される、イライラする、自分の言った事をすぐに忘れるといった傾向にあり、小学校六年生くらいからこれらの症状が出てきて読書をしても頭に入らないので、どうにかして脳をよく働かせたいので何かアドバイスを下さいという内容でした。英語や数学はかなり出来るけれど英語の読解力は全く出来ない、要するに本を読んでも何が書いてあるか頭に入らない、特に午前中はボーッとして授業に集中出来ない、このままでは何も出来ないと非常にあせりを感じて相談してきたのです。何度かメールでやりとりをした後、電話をしたのですが親子関係はかなり悪いという印象を受けました。更に「家族にバレるのは嫌なのでメールでやって頂けないでしょうか」と送ってきました。前頭葉がよく働く薬が何とか手に入らないかという事も書いてありましたので私は両親としっかり話をして総合病院に行って診断してもらわないと駄目だといった旨を返信し、それからもっと読書をしたり音楽を聞いたりするようアドバイスしました。電気を流して肩こりを治すマッサージ器のようなものをおでこに張って前頭前野の働きが良くなりませんかという事も言ってきましたが、その後は何とか薬を手に入れたようです。
今年三月二日付けの新聞に米国、中国、韓国、日本の高校生を対象にした「どういう生徒になりたいか」という調査の記事が載りました。「リーダーシップ」についての項目では日本の高校生は十五.七パーセントと非常に低く、「勉強」に対する興味も四か国中一番低く勉強に対してそれほど意欲がない事が解りました。未知のものに対する挑戦も四か国中一番低く要するにチャレンジ精神が欠落した状態だと言えます。それから「正義感」については二十五.七パーセントと正義感のない高校生が増えている、「決まりに従ってルールを守る」は十五.四パーセントでした。先日、テレビで小学生時代は九十何パーセントかの子達はルールを守るという考え方があったのに中学、高校になると十何パーセント台まで下がるという話があっていました。コンビニに行って詰められるだけ物をカバンに詰めて万引きをする、実際に潰れてしまったコンビニもありましたが親に連絡をすると「金を払えばいいんでしょう」と言われたという話もあります。見つからなければいいのか、金を払いさえすればいいのか、こういう考え方だったら子供達も当然、おかしくなってしまいます。やはり高校生の実態を見ても彼らが大人になった時の日本は大丈夫かなと危惧する訳です。
昨年、大阪で十七歳の少年が学校に侵入して男性教諭を殺し、二名の女性教諭に重症を負わせるという事件がありましたが殺した後、本人は自分の部屋でタバコを吸って逃げもせず罪悪感が全くないという少年でした。人間であれば人を殺したらどうなるのかという善悪の判断が起こるのですが最近の少年犯罪は殺しても反省がないという特徴があります。逃げるという行動はある程度、脳が働いているから起こす訳ですが逃げないのは動物と一緒で相手を噛み殺しても動物は悪いと思いませんのでそれと同じ状態が起こっていると考えられます。この後にも大阪でやはり十七歳の少年が公園で殺す相手を探していて三歳の男児をハンマーで思いきり叩いたけれど死ななかった、彼は警察に出頭して来たので持っていた鞄を開けると殺すための道具がたくさん入っていたという事件もありました。彼は十七歳であったにも関わらずゲームと現実の世界の区別、善悪の判断が全く利かなかった、実際にこういう人間がたくさん出てきているのです。これはまだ序の口で、あと十年もすればこの三、四倍はこういった事件が発生するだろうと予測されます。それは知らないうちに前頭前野の働きが機能低下しているからです。
ゲーム脳を理解して頂くために少し脳の話をしたいと思います。脊髄の上に頭が乗っていて頭の幹の部分を脳幹(のうかん)と言いますが別名は「生命の中枢」です。ここが破壊されると呼吸停止が起こり死に至るという場所で呼吸のリズムを作る神経細胞がここにあります。そして脳幹を取り囲む二重の皮質構造があるのですが発生学的に古い本能行動に関係する神経細胞の集まった場所です。皮質は神経細胞の集まったところを指すのですが「動物脳」という言い方もします。その上に進化の過程で新しい皮質が生まれてきたのです。新しい皮質は動物的にならないように抑制をかける、あるいは「将来の計画を立てる」「計算」「理性」といったものに関係する大切な部分で「大脳新皮質」と呼んでいます。これらの神経のネットワークによって我々は機能しているのです。新しい皮質だけで大体、百四十億くらいの神経細胞があるのですが二十歳を過ぎると一日に十万個以上の細胞が死滅していきます。これは止められないのですが百四十億もありますからそれほど気にする事はないとはいえ頭を使う事は基本的に必要です。脳全体、脳幹を含めますと一千億の神経細胞が存在します。脳には色々な働きをする場所があって前頭前野は人間にとって最も大切な部分です。理性や道徳心、将来の計画を立てる、物事の手順、作業記憶、ワーキングメモリーと言いますが作業中の記憶を留める大切な場所、記憶の入り口とも言える場所です。例えば電話をかけるという行動は電話番号を記憶して相手と話し、終わると記憶した番号は忘れるといったような一時的な記憶です。認知症の人の場合はこの部分の働きが全くなくなりますので十分前に会った人の記憶がない、会った事すら記憶にないという事になりますしご飯を食べても食べていないというようになってきます。もう一つ大切な役割として古い脳に対して自分の行動を常に監視している場所と言われています。人を殺す、刺す、切りつけるという事はよいのかという善悪の判断、道徳的な判断が全て関与してきます。ここが働いていないと人を殺しても悪いと思わない人間に変わりますので、そういう意味では非常に大切な場所になるのです。頭の後ろ半分は記憶に関する場所で側頭連合野(そくとうれんごうや)というところは形や色に関係する場所です。側頭連合野の下には海馬(かいば)と言われる記憶の中枢があります。過去に見たもの全ての記憶があって現在見たものと照合してそれが何なのか認識するのです。知能指数は頭の後ろ半分が関係していて頭はいいけれど人間的にはおかしいという人がいます。例えば長崎の小学生が三歳くらいの男児を高いところから突き落として殺した事件がありましたが彼は成績優秀でしたが人間的におかしかった、趣味はパソコンゲームでした。IT機器を長時間、使う事によって機能がおかしくなるという事が出てきます。またアインシュタインが舌を出している有名な写真がありますが、あれだけ著名になれば真面目な顔をしていると思うのですがユニークな人が多いのも事実です。想像性豊かな人を育てるためにはこの部分がしっかりしていないといけません。大脳新皮質には表面に無数の溝があるのですが、たくさんの神経細胞を収めるために存在しています。狭い頭蓋骨の中にある新皮質を取り出して伸ばしてみると新聞紙一ページくらいの広さになります。それだけたくさんのシワによって神経細胞が詰まっていると考えて下さい。連合野は生まれてから発達する場所で側等連合野は色や形などを体験して記憶としてファイルする場所です。そこから前頭前野に情報を送って見たものの情報は視覚野(しかくや)から段階的に処理されて過去のデータと照合して認識するのです。そこを豊かに育てるためには積み木で家を作ったり動物を作ったりして、それを言語化するために言葉を作り出すブロー下野(ぶろーかや)に送って運動野に情報を出力するのです。我々の脳はネットワークで動いていると考えて頂いて間違いないと思います。ネットワークによって一秒間に三十メーター前後のスピードで脳の中を情報が駆け巡っているのです。ネコの前頭前野は正にネコの額ほどで、ネズミは点くらいしかありません。サルは他の動物に比べると大きいのですが反省のポーズをとるサルは心からの反省ではありません。唯一、人間だけが反省を出来るのですが、それが出来なくなると非常に難しい問題を抱える事になってしまいます。夢、希望、未来というのは人間にしかなくて動物はその場が満足すればいい、サルにバナナの房を与えると一度に食べてしまいますが人間は後でもう一本食べようと計画をするでしょう。最近、夢も希望もないニートという新人類とも言うべき人達が六十四万人もいます。二〇〇二年の秋にある新聞社から基調講演を頼まれ当時、ニートという言葉はなかったのですが将来、フリーターが異常なくらい増えるだろうと提言しました。全く働く意欲のない三十五歳までの人が増えています。この人達は親がいるから何とか生活出来ていますが昔であればホームレスや殺人といった事を引き起こす可能性が非常に高くなっているのです。やはり就職口がないと悪い事をやってしまう、今はアメリカも景気が良くなって就職難ではありませんので犯罪も減ってきています。アメリカと日本は事情が違うかも知れませんが日本の場合はゲームやパソコン、携帯電話といったものが悪影響を与えているようです。韓国においても二割近くが老人化していて精神病院での治療が必要と報じられています。中国でも二割がネット依存症で私はあちらの高校の先生とお会いする機会があったので高校生の様子を伺ったのですが「皆、キレやすくなった」とおっしゃっていました。つまり日本のみならず周辺諸国においても問題が起こってきているという事なのです。
脳の働きを分析するために百二十八チャンネルの電極を使って調べます。脳は地球儀のようなもの、チャンネルは地震センサーをイメージして下さい。赤く変化しているところが時系列的に興奮の起こっている部分です。これは瞬時に平均化してその中で突出しているものの活動部位を千分の一秒のスピードで追いかける事が出来る装置です。子供が本を読んだり蛍を見たりというような色々な行動について調べています。脳の活動を調べるには脳波を測定します。ベータ波は興奮している時、計算をしたり物を考えたり、あるいは精神活動をすると出てきてアルファー波はリラックスした時に出ます。同じ人でも安静にしている時と読書をしている時では違ってそれは脳の中のネットワークによって部位が同期化する現象が起こっているからです。ゲームの依存性がないタイプ、小学校一年生から中学時代は月に一、二回ゲームの経験がある女子大生の例です。安静状態は左脳、右脳とも非常によく働いていてゲーム中は右脳の活動が低下しますが読書をさせると左右が働いています。次に小学校一年生から毎日三、四時間ゲームをやってきた大学生一年生は安静状態でも左右の脳の働きが低下しています。前頭前野には常に色々な場所から情報が入って行動を監視しているのですから、ここの働きが悪いのはボーッとしている状態なのです。ゲームをたくさんしている子は無表情、笑わない、しゃべらないという状態が起こりやすいのです。ゲームをしても働かないのですが読書をすると少し働いてきます。ゲームをすると左脳は非常に働き視覚野、感覚野、運動野などが働いています。読書中はウェルニッケ野、ブロー下野、前頭前野が働いています。それに対してゲーム脳の場合は全体的に脳の活動が低いのです。読書をさせると前頭前野が活性化していて五百分の一秒の時間で見ますと確かに働いています。左脳は視覚野、漢字を認識する場所、ブロー下野、前頭前野とものすごい勢いでネットワークによって脳が働いています。同じ子に携帯メールをさせると、ほとんど脳は働いていませんでした。子供が携帯メールをするのは要注意で一日に多くても十五分、それ以上ではゲーム脳と同じように前頭前野の活動が低下します。基本的には指の動きが速い人は脳が働いていないのでキレやすくなる、自己コントロールが出来ないといった事が起こります。中には一時間に四十通、十時間もやっていた子がいました。その子は前頭前野が全く働いていないに等しいもので朝晩何を食べたか覚えているかと質問したら何も覚えていませんでした。認知症と同じ状態でこういう子が将来、お母さんになるのかと思うと世の中は真っ暗です。子供をどうやって教育するのかと考えると末恐ろしいと感じます。漫画もペラペラとめくるような類のものは視覚だけで処理しますから働きません。思考が入れば理解しようとしますので間が生まれてよいのですがゲーム好きな子はゲーム、漫画、攻略本ですから全く人間性は失われて成長しないという事なのです。パソコンは時間の経過と共に脳が働かなくなっていきます。しかしパソコンがなければ仕事が出来ませんからいかに共存するかが大切です。私も三十分に一回は十五分の休みを入れ、長くても五十分くらいにして三回以上は行いません。頭がボーッとしてきたら脳は働いていないと思って間違いない、ロボーットのように機械的に打ち込む作業はまだ良いのですが物を考えるには四十分程度が限度、私は三十分程度でパソコンから離れて別の作業をするようにしています。
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