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 今は非常によい子が潰れるケースが増えてきました。親がかわいがっているのにも関わらず潰れている、鳶の親から鳶が生まれてくると言いますが鷹の親から鷹が生まれたのにある日突然、鳶の世界に落ちてしまった、その時に親は恐る恐る鳶の世界に舞い降りるのですが子供に何と声をかけてよいのか分からないのです。小学校六年生の子供はお父さんもエリート、お母さんも超一流でした。小学校六年生の時に一年間、部屋から出てこなくなりました。そして「引越しのストレス、塾や学校でのストレス、友達がいなくなる、いじめられる、夢がなくなる、傷付けられる、ズタズタ、親が無理やり治そうとする、ますます悪くなる」といった子供らしい文章ですが真剣に訴えていて「自分では治せない」と書いています。更に「親が傷付けまくった、キレまくる。親に絶対治せない」「ますます悪くなった、夢も希望もない」「ふざけんな黙れ、あれだけ言ったのに」「バカにしているのか、そんなに苦しめるのが楽しいか」「悪魔、死ね」と全て親に宛てて書いています。彼はリストカットの後がたくさんありました。寮には原則としてリストカットした子は入れないのですが親の質がよかったので特別に入寮させました。次に親の日記ですが「五月十日、ドアを閉めて誰も自分の部屋に入れさせないで引きこもりが始まった。しばらくはほとんど食べず、何度も呼びかけたが放っておいてくれという反応しかなかった。リストカットしたと言ってうっすらと血の付いた紙をドアの外に出してきたのでもうこれ以上、待つ事は出来ないと夜の十一時くらいだったが夫婦で部屋に強行突破した。入ると布団の中に姿を隠していたので私は布団の上から思わず抱き締め痩せ細った足を撫でました。三月二十日頃からお風呂も入っていない、爪も切っていない髪の毛も伸び放題のすさまじい状態でした。それから振り絞るような声で「今すぐ出て行け!俺を苦しめているのはお前らだ。苦しめられている本人が言っているのだから間違いない。自己満足のためにお前達の事を押し付けても何もならない。出て行け、出て行け!」とずっと叫んだ。私は諦めて部屋から出てくるまでがんばる気でいたが、子供がトイレに這うように出てきて鍵をかけてしまったのを見てこれ以上、私達ががんばるとこの子は潰れてしまうと思い、とりあえず子供部屋のゴミを片付けて部屋を出ました」とあります。私が部屋に入った時にはカビと埃だらけでゴミが散乱したひどい状態でした。問題になっている子供は好きなようにさせられてしばらく様子を見て刺激をかけないようにしていれば非常に楽です。だけど実際、このような家庭が世の中にどれだけ多いか想像してみて下さい。
 そこで問題を作らないための子育てをお話しようと思います。逆に言えば問題を持っている家庭の特徴ですが、まずは譲るところと譲らないところをはっきりさせるという事です。実際は信念を譲り子供の針路は譲らないでいるのです。それから子供が一番上で次がお母さん、最後が壁を隔ててお父さんで父性はあるのですが封鎖されている状態が多いのです。子供に怖いものは必要でそれが無くなれば制御が出来ないのです。例えば昔のお母さんは「人様、旦那様、先生様」と教えていました。子供の行動するところは家の中、学校、社会ですから人様が大事だと教えられれば遠慮する事を覚え、ワガママを控え協調しようとします。家の中でお父様と言っておけばお父さんに遠慮し距離を置いて協調しようとする訳です。そして学校では先生様と言っておけば規則を守り勉強をしてくるという事になるのです。ところが今の親は「お子さま」中心にしてしまって、そうなれば協調性を持たないワガママで自己中心的になってしまい実に怖いのです。例えば私は子供がプラモデルを買ってとねだってきたら「父ちゃんに聞かないと分からない」と言っていました。実際、聞く訳はないのですが翌日、父ちゃんが何と言っていたか尋ねられると「何でそんなものを買ってやらないといけないのか」と言っていたと嘘をつく訳です。私は嫌われなくて済みますし夫は毎晩、飲みに行っていて数年前には長男の名前を忘れたと言った男ですから子供の頭の中から父親の存在が消えかけていたところに「お父さんは駄目だと言った」と思い出される訳です。お父さんは偉いと私が教えておけば旦那としてもこんなにありがたい事はないはずです。
 先生に関しても同様で私の子供は中学二年生の始業式の日に「今年一年、最悪」と帰ってきました。学校で一番嫌われている先生が担任になったからだったのですが私は「尊敬出来ない先生でもお前よりも余分に生きただけの知恵は持っているのだからそこを尊敬しろ。先生に逆らったらおっ母は絶対に許さん、その代わり先生の事は任しとけ」と言いました。そして三者懇談の時に先生に色目を使って「私、昔から密かに先生の隠れファンなんですよ」と言うと好かれている先生なら「まあそうでしょう」くらいのものでしょうが、嫌われていますから途端に先生の眼がハートになってピンクになった訳です。そして「今年は全ての授業参観に出ます。どうぞうちの子を煮るなり叩くなり何でもして下さい、心から信頼しています」と言いました。私はそれで一年間、学校で息子を守れますし、先生は「教師生活何十年、今まで嫌われていたと思っていたのは間違いだった。こんな隠れファンがいたのだ」と夢と希望に溢れる訳です。授業参観の時には何度もピンクの視線を私に送ってきました。子供は隠れファンと言った途端、私をギョッとしながら見て「女は怖い」という事と世の中の渡り方が分かった、つまり嫌われる人間の活用の仕方が分かった訳です。旦那でも朝、「あなた、行ってらっしゃい。お仕事がんばってね」などと上品に送り出してやればいい、その後に綺麗にお化粧をして良い服を着て高級ホテルに行って五千円くらいのランチを食べて帰りに魚屋で三百円くらいのサンマを買って「旬のサンマよ」と夕食に並べてあげればいいのです。そうやって学校では先生を、家ではお父ちゃんを怖い存在として「ええ加減にせえ、調子付くなよ」と言っておけばいい、それを「強かな女」と言うのです。「先生様、旦那様」と子供に教え込んでおけば子供が学校に行っている時間は主婦は何をやっていてもいい訳です。学校の先生は朝の八時から夕方三時頃まで勉強を教えてくれて部活まで見てくれる、私は先生がどこに住んでいるかは分かりませんが足を向けて寝られない、どれだけ駄目出しを頂いて仕事が出来るか、そんな母ちゃんが先生の悪口を言ったら自分で自分の首を絞める事になるのです。だから先生や旦那の悪口を子供の前で言う母ちゃんは頭が悪い、奉って絶対に間違いがないと聞かせておけば大人のためになると昔の母ちゃんは知っていたのです。それなのに悪口を言い「お子さま」と奉っているから悪循環に陥っているのです。怖いものは絶対置くべき、利口な母ちゃんほどそれをやっているのだという事なのです。
 過保護、過管理、過干渉などはいい事が全くありません。昔、今川義元という武将がいましたが、そこに家康が人質に取られた時の有名な話があります。義元は家来に「むごい教育をしろ」と命令しています。これはひもじい思いをさせたりいじめたりしろという事ではなくて家康が欲しいと言った物は全て与えろ、やりたいと言った事は全てやらせ優しく奉って怒らないように育てよという命令で、それは社会に適応出来なくなる「うつけ者」になるからという有名な逸話が残っています。子供とは適度なコミュニケーションをとりましょうと言いますが、うちは何も話す事はありません。主人と話す事もないのに子供と話しませんし話すのは集金袋があるかとか洗濯物だとか今日のご飯は何というくらいです。しゃべらなくても仲はいいですし、ご飯の時に話したら唾が飛んでしまいます。うちはテレビを見ながら食事をしますから息子達がぼんやりと食べていますので私が長男の一番好きな肉のおかずを盗む、正に「食うか食われるか」と教えてきました。長男は泣きましたが「盗まれるお前が悪い」と追い討ちをかけるように言ってきました。今では食べ物から全く目を離さなくなり今度は弟が当然、兄ちゃんから盗まれるので弟も隙のない子に育っていくのです。また多くの人達は「人に嘘をつくな」と教えますが「嘘をつかれるな」という発想が大事で、これが「生きる力」なのです。それから「いじめてはいけない」は教えると思いますが「いじめられるマヌケにはなるな」と教えなくてはならないのです。人間、多かれ少なかれ誰でもいじめられる、その日のために上手に対応出来る子供にならなくてはいけないのです。親は子供よりも先に死ぬのですから社会は厳しい、私自身が十八歳で捨てられましたから息子達も十八歳で捨てました。生きる力と知恵が今の子にはない、特に問題を持っている子にはありません。それは母ちゃんが側にいて離れないからです。「炊飯ジャーを買って下さい。どうも調子が悪くて飯が臭い」と言ってきた子がいました。買って間もない物だったので調べてみると残ったご飯に米を少し足して再び炊くというように使っていて中のご飯は当然、腐っていたのに「臭いなあ」と思いながら食べていたのです。自分の身を自分で守る事が出来ない、子供の身を守るのは子供自身であって親は守ってあげる事が出来ない、子供の幸せを作るのは子供自身で親が作ってあげる事が出来ないのです。また、寮に十六人いた時には二ヶ月の水道料金が十六万になった事があり水道局から確認に来られた事がありました。親が教えなくていいような事までも子供は分かっていない、そんな子供が増えています。
 子育てというのは訓練なのですから美しいだけでは社会を作れない、優しいだけでは社会では生きていけないのです。親のやり方一つ、母ちゃんの思い一つで子供はだいぶ違ってくるのです。私が小さい頃、家に怪我をした鳩が飛び込んできた事がありました。かわいそうだったので私は墓を作ろうと思ったのですが友達が遊びの誘いに来たので母が「子供は遊んできなさい、鳩は母ちゃんに任せなさい」と言ってくれたので、そのまま遊びに行きました。夕方、家に帰ると香ばしい匂いがしていて食卓には肉が出ていました。私は最後まで食べて「母ちゃんこの肉、何?」と聞くと母は「さっきの鳩や」と答えました。そして「鳩は死ぬ前に人間に何か返せるかと思って恩返したんだ。肉を一切れでも残したら成仏出来ないから食べてしまえ」と言いました。また、うちはホッケが一年に一度しか食べられない家庭だったのですがある日、親子で動物園に行ってペンギンを見ていたらホッケを食べていました。そして父ちゃんに「あれ、ホッケやな」と確認したら父ちゃんもびっくりして母ちゃんにも言うと「うん、ホッケや。だけどあのペンギンは他の奴と違って皇帝ペンギンと言って上等なペンギンやから変なものを食べると死んでしまう。だから仕方なく動物園のおじさんは高いホッケを食べさせるんや」と答えました。そんな教育をされた私が大人になってからどうなったかといえば「人の言う事をやすやすと信じてはならない」「絶対に嘘をついてはならない」という事になり、しばらくはショックが消えませんでした。そのくらいの根性を持って母ちゃんが子供を育てなくては駄目なのです。私の友達はもっとすごくて高校生の息子が毎朝、トランクス一枚で食卓に出てきていたので苦しんでいました。どれだけ頼んでも出かけるギリギリまで着ない、言う事を聞いてくれない息子に彼女は頭に来てある日、自分もブラジャーとパンツ姿で食卓に出たそうです。息子はいつものように階段を下りてきたのですが、そのままUターンして制服を着て戻ってきたのだそうです。ブラジャーとパンツ姿の母ちゃんと制服を着た息子が静かに朝ご飯を食べるという光景、恐ろしいです。だから母ちゃんは元気で明るくてあっけらかんとしていれば絶対に問題は出ません。父ちゃんを立てている家にも絶対に問題は起きない、子供の問題は母ちゃんの問題、例えば親父が酒を飲んで大暴れする人だったら子供は怒って母親にどうにかしろと言うでしょう。でも私だったら「私が惚れた男の悪口を言うんじゃない。お前だって悪いところもあるだろう、親父だって昼間、良い奴で仕事もしている、だけど夜になったら変身するだけだ。私が惚れた男の子供であるお前に言われる筋合いは無い」と言います。そうすれば子供は反面教師で酒飲みにならない、母ちゃんはどんな親父であろうとぐっと堪えて立てて悪口を言わず「人を認めよう」とすれば、そういう子供は社会に出ても人の悪口をやすやすと言わない人のいいところを見つけようとする人間に育とうとするに決まっているのです。だから子供には結局、母ちゃんの問題が移るのですからどうか自信を持って胸を張って自分達が父ちゃん母ちゃんから受けた教育をそのまましてやって下さい。変にかまったりこねくり回したりするから子供が潰れる、飯と掃除と洗濯をしていればいい、大人が堂々としていれば子供は育つのです。以上でございます、ありがとうございました。


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