5. サプライチェーンをめぐるリスクと保険の関係
サプライチェーンに関わる保険はサプライチェーンの社会的責任を補完するために各種の保険がありますが、本年度は特にセキュリティー強化との関わりが高い輸送対象物「貨物」に関わる保険を中心に考察を進めて行きます。
外航貨物海上保険は貨物保険・貨物海上保険・海上貨物保険・海上保険等と呼称が色々とありますが、一般的には海上保険と呼ばれています。
海上保険は、損害保険の発祥ともいえる保険であり近代的な保険としてイギリスで発展しました。17世紀の末(1688年)頃ロンドンのコーヒー店(エドワード・ロイド経営)に海運取引情報を交換し取引するために保険引受人が集まり、徐々にその人数を増加し会員組織の保険組合が結成されるに至ります。これがロイズ保険組合で、1779年に現在の「ロイズ保険証券」の基礎となった統一海上保険約款を採用し、その後英国の海上保険法1906年(MIA)には、海上保険証券の様式はロイズ・フォームによることが規定されており、今なお17世紀の英語が外航貨物海上保険証券の本文約款には使用されています。
外航貨物海上保険とは、海上危険(Marine Risks)+戦争危険(War Risks)+ストライキ危険(Strikes, Riots & Civil Commotions)を言います。
海上危険(Marine Risks)は、貨物の種類、運送方法、梱包状態等を加味してリスクを判断し料率を算定します。戦争危険(War Risks)+ストライキ危険(Strikes, Riots & Civil Commotions)についてはロンドンの料率を参考に適用します。
現在保険証券にはロンドン保険業者協会(Institute of London Underwriters)が制定した、協会貨物約款(1963年版I.C.C.)及び(1982年版I.C.C.)のフォームの2種類があり、損害が発生した場合に保険会社に保険金を支払う責任があるか、また責任がある場合はどのようにして精算を行うかという2点についてどちらも英国海上保険法に準拠しています。
(1)1963年版I.C.C.における3つの基本約款:
・A/R(All Risks)条件/オールリスク担保条件
・W.A.(With Average)条件/単独海損担保条件
・FPA(Free from Particular Average)条件/単独海損不担保条件
(2)1982年版I.C.C.における3つの基本約款:
・(A)条件/1963年版I.C.C.のAll Risks条件に対応するてん補内容であり、基本的には一切の危険を負担します。
・(B)条件/1963年版I.C.C.のW.A.条件に対応するてん補内容であり、担保危険としては、火災・爆発・座礁・沈没・転覆・衝突・地震・噴火・雷・海水・湖水又は河川の水の浸入等が該当します。
・(C)条件/1963年版I.C.C.のF.P.A.条件に対応するてん補内容であり、担保危険としては、火災・爆発・座礁・沈没・転覆・衝突等が該当します。
次の表は各基本条件における保険でてん補の出来る損害を表しており○は全損、分損ともに担保出来る損害、×はてん補できない損害、△は特約がある場合には復活担保される損害となります。
1963年版(旧)INSTITUTE CARGO CLAUSES
てん補の範囲 |
A/R |
W.A. |
F.P.A |
全損 |
○ |
○ |
○ |
火災、爆発、船舶などの座礁、沈没、水以外の他物との衝突による損害 |
○ |
○ |
○ |
積込、荷卸の際の1梱包ごとの全損 |
○ |
○ |
○ |
救助料、損害防止費用、付帯費用 |
○ |
○ |
○ |
共同海損(General Average) |
○ |
○ |
○ |
海水濡れ損(Sea Water Damage) |
○ |
○ |
× |
盗難、抜き荷または不着(T.P.N.D.) |
○ |
△ |
△ |
不足・濡れ損(Shortage・Leakage) |
○ |
△ |
△ |
破損・曲損・へこみ損(Breakage・B/D) |
○ |
△ |
△ |
汚損(Stain) |
○ |
△ |
△ |
雨・淡水濡れ損(Rain &/or Fresh Water Damage) |
○ |
△ |
△ |
貨物の固有の欠陥または性質 |
× |
× |
× |
輸送の遅延 |
× |
× |
× |
荷造りの不完全 |
× |
× |
× |
|
1982年版(新)NEW INSTITUTE CARGO CLAUSES
てん補の範囲 |
(A) |
(B) |
(C) |
次の原因に合理的に帰しうる滅失・損傷 |
|
|
|
火災または爆発による損害 |
○ |
○ |
○ |
船舶・艀の座礁・乗場・沈没・転覆 |
○ |
○ |
○ |
陸上輸送用具の転覆・脱線 |
○ |
○ |
○ |
船舶・艀・輸送用具の他物との衝突・接触 |
○ |
○ |
○ |
避難港における貨物の荷卸し |
○ |
○ |
○ |
地震・噴火・雷 |
○ |
○ |
× |
次の原因による滅失・損傷 |
|
|
|
共同海損 |
○ |
○ |
○ |
投げ荷 |
○ |
○ |
○ |
波ざらい |
○ |
○ |
× |
海水・湖水・河川水の船舶・艀・船倉・輸送用具・コンテナ・リフトバン・保管場所への侵入 |
○ |
○ |
× |
積み込み・荷卸し中の水没・落下による一個毎の全損 |
○ |
○ |
× |
上記以外の一切の危険 |
○ |
× |
× |
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外航貨物海上保険は国を跨る輸送の際に発生する危険に対する保険です。
通常はインコタームズ(標準的取引条件)に基づいた危険の担保を行ないます。
インコタームズが設定されたのは、国を跨る貿易においては、様々な習慣や常識が違うことが多く、取引条件がそれぞれの国において異なって解釈されると、売主または買主にとって重大な紛争を生じることになりかねないためで、これらを防止するために、売買契約の当事者が合意できる国際定型取引条件(トレードタームズ)の統一解釈が必要となり、1936年国際商業会議所(ICC)でインコタームズが採択されました。
その後、1953年、1967年、1976年、1980年、1990年に順次改定され、2000年1月から適用の「インコタームズ2000」が最新版です。
インコタームズでは、売主および買主の義務(売主と買主のどちらが本船を手配して)、リスク(≒所有権)の移転時期(商品の引渡場所はどのタイミングで)、費用の負担(運賃・保険の手配はどちらがするか)に関する事項が規定されています。
インコタームズ2000
Eグループ条件 |
出荷地点渡条件 |
(1)EXW: Ex Works(工場渡条件) |
Fグループ条件 |
運賃抜条件 |
(2)FCA: Free Carrier(運送人渡条件) |
(3)FAS: Free Alongside ship(船側渡条件) |
(4)FOB: Free on Board(本船積込渡条件) |
Cグループ条件 |
運賃込条件 |
(5)C&F: Cost and Freight(運賃込条件) |
(6)CIF: Cost, Insurance and Freight(運賃・保険料込条件) |
(7)CPT: Carriage Paid to(運賃支払い済条件) |
(8)CIP: Carriage and Insurance Paid to(運賃・保険料支払済条件) |
Dグループ条件 |
仕向地渡条件 |
(9)DAF: Delivered at Frontier(国境持込渡条件) |
(10)DES: Delivered Ex Ship(着船<本船>持込渡条件) |
(11)DEQ: Delivered Ex Quay(埠頭持込渡<関税込>条件 |
(12)DDU: Delivered Duty Unpaid(仕向地持込渡<輸入関税抜>条件 |
(13)DDP: Delivered Duty Paid(仕向地持込渡<輸入関税込>条件 |
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現在は、その輸送形態や物流に合わせて様々な特約が付帯され単に輸送のみの危険を担保するのではなく保管中や工場での加工中、作業中を担保する保険も設計されています。
運送保険は日本国内の輸送に対する危険を担保する保険ですが輸送のみならず、保管、工場での加工中、国内の航空機での輸送など一連の危険を担保しています。
運送保険の主な引受対象
■日本国内をトラック・鉄道など主として陸上輸送(河川湖沼を含む。)、航空輸送またはフェリーボート輸送1される貨物を対象とします。
■これらの貨物の輸送中において、不測の事故によって生じた損害をてん補する保険です。
■これら輸送に付随する保管、展示、加工などの期間中の危険も輸送中の危険とあわせ担保することができます。
1 フェリーボート積載中はトラックごと輸送されることが多いため運送保険に分類されます。
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運送保険の主な担保内容
運送保険は、柔軟性があり、お客様のニーズに的確に対応した保険設計が可能です。
主な特色は次の通りです。
<1>保険条件
(1)基本的な保険条件は、「オールリスク担保」と「特定危険担保」の2種類があり、いずれか一方を選択します。
A.「オールリスク担保」は、すべての偶然な事故による損害をてん補します。
B.「特定危険担保」は、火災・爆発および輸送用具の事故等に起因する損害に限りてん補します。
(2)運送保険の担保条件についての重要な特色として、上記2つの基本条件に特約を加えることによって、基本条件の担保範囲を拡大または縮小することができます。
付加危険の例:破損、盗難、投荷・波ざらい損、濡れ損
<2>輸送に付随する危険の担保
輸送に付随する下記危険についても、輸送中の危険とあわせ担保可能です。
(1)保管中、加工中、展示(即売)中
(2)機械類の据付中・解体中
☆特に、「加工中」については、動産総合保険では引受けができず、「加工中」を担保できることは、運送保険の大きな特長です。
<3>主な免責事項
(1)契約者・被保険者またはこれらの代理人もしくは使用人の故意または重過失
(2)貨物の輸送に従事する者が契約者・被保険者またはこれらの代理人もしくは使用人である場合は、これらの者の故意
(3)貨物の自然消耗、性質もしくは欠陥による自然発火、自然爆発、むれ、かび、腐敗、変質、変色、さび、蒸発、昇華その他類似事項
(4)荷造りの不完全による損害
(5)運送の遅延に起因する損害
(6)戦争、内乱、その他の変乱
(7)水上、水中の魚雷、機雷の爆発による損害
(8)捕獲、だ捕、抑留または押収
(9)ストライキ、ロックアウトその他の労働争議参加者の行為
(10)10人以上の群衆・集団の全部または一部によりなされた暴力的かつ騒動的な行動およびこの行動に際して当該群衆・集団の一部によりなされた暴行(放火・盗取を含む)並びにこれらに関連して生じた事件
(11)テロ行為による損害
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