3-11 朝霧は晴れ、無理して出るより待つ勇気(参考文献12)
霧についてのことわざは、雨や風と違ってあまりなく、「朝霧深いと天気良くなる」と言うような比較的天気の良い方に向いた言葉が多いようだ。
しかし、海霧(ガス)の中を長時間航海し、神経をすりへらした船員の口から、思わず「シケは極楽、濃霧は地獄」ということばがとび出すほど、霧は航海の妨げになり、安全を脅かす。
第三管区海上保安本部管内では5から8月が霧の季節で、視界不良による海難事故が多発していることから、同管区本部ではパンフレットを作成し注意を呼びかけている。
空、海、陸をとわず、すべての交通機関にとって根本的に重要なのは、遠方まで見通しがよくきくということで、ことに、その速度が大きいほど、より遠方まで見通しがきかねばならない。
大気中で、遠くの方までの見通しが効くか、効かないかは、主に大気中に浮かんでいる細かい不純物の量で決まる。
不純物の量が少なければ空気は澄んで遠くの物まではっきり見え、不純物の量が多ければ空気は濁って遠くのものが見えなくなる。
大気中に浮かんでいる不純物は、目標物からでた光を遮るだけでなく、四方に散らせるので、周囲との対照が小さくなり、目標物を見え難くする。
正常な肉眼で遠くの目標物を眺めたとき、それを正しく、例えば遠方にある黒点が船なら船、島なら島とはっきり見ることができる最大の距離を視程という。
従って視程は大気の濁り具合で決まるが、場所によっては見る方向で違うこともある。
例えば、工業地帯では、風向によって不純物の濃さが違うので、風下側の方は視程か悪く、風上側の方は視程が良いのが普通である。
また、強い光の中では、弱い光の中でよりも見え具合が良いから、視程は太陽方向よりもその反対側で良いのが普通である。
視程は距離で現すのが合理的であるが、適当な距離に適当な目標物が得難いことの多い海上では、次のような視程階級を使って表す。
視程階級 |
O |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
距離 |
0
〜
50m |
50m
〜
200m |
200m
〜
500m |
500m
〜
1km |
1km
〜
2km |
2km
〜
4km |
4km
〜
10km |
10km
〜
20km |
20km
〜
50km |
50km
以上 |
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まず霧、霧雨、雨、雪、波しぶきなど、主に大気中に浮かんでいる無数の細かい水滴や氷片による悪視程は、どこでも共通な原因であり、工場の煙突から出る煙の粒、波しぶきから飛び出る塩の粒、強い風で巻き上げられた砂埃などによる視程の悪化は、場所により、時によって違う。
日本近海の海難は、冬は風浪のほか吹雪によるものが最も多く、夏は濃霧によるものが多くなっている。
大気中に無数のごく小さい水滴が地表面に接して浮かんでいて、その中での視程が1000メートル未満になった状態を霧という。
霧の中での見通しは、1立方センチメートルの空気の中の水適の数が多いほど悪くなる。
そこで、見通しの悪さによって、霧は次のように分けて一般的に呼んでいる。
視程 |
呼び名 |
1km〜4km |
もや |
500m〜1km |
薄い霧 |
200m〜500m |
並の霧 |
50m〜200m |
濃い霧 |
50m未満 |
非常に濃い霧 |
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霧は次のようないろいろな原因が重なって発生する。
i)しめった空気が、より冷たい地表面にふれて冷やされる。
ii)しめった暖かい空気が冷たい空気とまじって冷やされる。
iii)冷たい空気の中を落下する暖かい水滴が蒸発して、湿度を高くする。
霧はそれぞれの地域でいろいろな変化を見せるので、霧の発生の正確な原因はつかみにくいことが多い。
図3-16 放射霧
陸上では、春や秋に、日中暖かくて湿った空気が流れこんだり、日中の雨があがり、地面がしめっているときは、その夕方から朝にかけて霧の発生が多くなる。晴れた、風の弱い夜は、地面から熱がどんどん宇宙空間に逃げていき、地面が次第に冷えるのでそれに接した空気も冷やされ、ある温度以下になるとふくまれている水蒸気の一部分が、こまかい水滴に変わり、下層の空気中に浮ぶ。これを放射霧といい、冷えた空気が集まる盆地や、三方が丘でかこまれた港の近くなどで特に発生し易い。
放射霧は日出後1〜2時間の間に最も多く発生し、日が高くなるにつれて地面が暖められるので、下から消え、時には上の部分が層雲となって残ることもあり、また、海岸近くの放射霧は、風向きによっては海上に流されることがあるが、いずれにしても、1〜2時間で消え、範囲がせまい。
図3-17 海霧(移流霧)
太平洋では、夏は北緯40度あるいはそれより少し北に潮境があって、その北側は冷たい親潮水が、南側は暖かい黒潮水が流れている。
気圧配置の関係で、暖水面上の暖かくて湿った空気が、潮境を横ぎって冷水面上に吹き送られると、下から冷やされ、ある温度以下になると、霧が発生する。この型の霧を海霧といい、海上で出会う一番代表的な霧である。
4月ごろから10月ごろにかけて、しばしば小笠原高気圧の勢力が強くなり、そこから吹き出す南よりの風が、潮境をこえて、親潮の水面を吹きわたるので、海霧の発生が多くなり、7月が最も多い。海霧は、放射霧と違って、ふつう範囲が非常に広く、北海道南東海上から千島列島、アリューシャン列島の南の海域まで覆うことがある。その上、持続時間が長く、ときには数日あるいは10数日も霧がかかりっぱなしのことがある。また、風がかなり強くても発生し、日出時ごろだけでなく、日中でも発生するのが放射霧と違う。
親潮の枝が陸岸にそって南に流れている三陸から銚子付近までの海岸でも、春の終りごろから海霧の発生が多くなる。この海域の霧も、小笠原高気圧が強まったときに多く発生するが、高気圧の中心付近では発生しにくく、特に前線や気圧の谷近くで多く発生し、風が相当強くても発生する。大部分は南よりの風の時に発生し、北よりの風の時でも発生するが薄い霧が多くなる。銚子の霧は朝晩に発生するものが多く、持続時間は平均2〜3時間で、風向には特徴がなく、風速が毎秒5メートル以下のときが多い。しかし、南西や南南西風のときは6メートルぐらいで多く発生してる。常磐沖では、東〜北東の風で、風力が2〜3のとき、海上に堤防状や団塊状になって発生し、内陸まで入り込み、1〜2時間で消える。このように海岸近くでは土地のくせが大きいことに注意しなければならない。
図3-18 前線霧
付近にある温暖前線の前方で、風が割合弱く霧雨や弱い雨が降っているとき、雨滴が寒気の中で蒸発して寒気の湿度が増したり、あるいは弱い前線が通過するとき風が弱く、湿度の高い寒気と暖気とが混じり合うと霧が発生する。こういう型の霧を前線霧と呼び、陸上でも海上でも発生する。前線霧は秋にも発生するが、春に最も多く発生し、温暖前線の場合だけでなく、ゆっくり南下する寒冷前線の北側の降雨域でも発生する。
前線霧は幅の広いのが特徴で、温暖前線の場合はその南側で300〜400キロメートル、北側は100〜200キロメートルにもなる。
気団が入れかわって風向が急に変わる場合、急に消えることもあるが、普通、消えるまでにある程度の時間がかかる。
日射で海面温度が上がったり、天気が悪化して雨が降ったり、風が強くなったりするとしだいに消える。
瀬戸内海の霧は、付近に前線があるときに多く発生しているが、この霧は水温が気温より低い(つまり冷水面へ南よりの暖かい風が吹きこんでいる)ときに多く発生していること、前線による雨も関係か多いこと、陸上の霧が風で海上に運ばれることなどがあって、一口には前線霧とはいえず、移流、前線、放射の効果が重なった型の霧が多いようである。
こういう霧は、しばしば潮流の速い、狭い、海底地形の複雑な海峡や水道でよく発生するので、危険な霧が晴れるまで待つとか、潮流がゆるむときまで待つことが安全である。
また、濃霧がよく発生する水域は、大てい岸に向かって暖かい風が吹き込むことから、霧がかかっている水域では岸に向かう流れがあるといってよい。したがって、霧の中での接岸航行の際は、圧流変位による海難に特に注意することが大切である。
霧は見通しを悪くするだけでなく、音波が霧の境の面で反射するので、霧中信号を出しながら航行している船がどちらも霧の中にあるときは、割合よく聞こえるが、一方が霧の中に他方が外にある場合は、聞こえ難くなるので注意を要す。また、音の聞こえ具合は、気温の分布や風向などで違うことでも気をつける必要がある。
これは冬、寒い戸外で吐く息が白く見えるのと同じであり、また、温泉町の白い湯けむり、紅茶の湯気も同じである。水蒸気を多く含んだ暖かい空気がまわりの冷たい空気と混合して飽和に達した場合で、実際の霧としては、空気がそれよりずっと高温の水面に接するときに発生する。例えば極地方で秋や冬によく発生する海霧がこれで、海を覆う氷に割目があると、その割目の海水の温度は氷点に近いが、それでも空気の温度よりずっと高いので発生する。
別の例としては、大きな湖や河川では完全に凍結してしまう前に、冷たい北風が吹く日に蒸気霜が発生する。
山腹に沿って空気が上昇すると断熱膨張のため空気の温度が下がり、ときには露点以下になることもある。このとき遠くから見れば山に雲がかかったように見えるが、実際にその雲の中にいる人は霧に包まれたわけである。この場合遠くから見れば雲は山にへばり付いて動かないように見えるが、おのおのの雲粒(あるいは霧粒)は山腹に沿って上方に流れている。
*朝霧は晴れ
*朝霧深いと天気良くなる
*なまぬるい風は霧を呼ぶ
湾内など、夜間なまぬるい風が吹いている時は、海水温が低いので、水面で冷やされた空気が三体現象により霧となり見通しが悪くなる。
この霧は移流霧で、反対に海水面の方が暖かい時、冷たい湿った空気が流れてくると、蒸気霧が発生する。
前者の霧現象により、昭和30年(1955年)5月11日の早朝大惨事が起こった。瀬戸内海では四国沖にある高気圧の中心から、南風とともに湿った空気が流れていた。瀬戸内海の水温は16度で、流れて来た湿った暖かい空気は水面で冷やされ、霧の発生となり、視界不良の中で、宇高連絡船の紫雲丸と第10宇高丸が衝突し修学旅行中の中学生など168名の犠牲者を出した。
これは移流霧によるものである。
霧の発生は大規模なもの、局地的なもの、発生原因の異なるものなどがあるので、常に海水温度を把握しておく必要がある。
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