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防犯ボランティアの活性化事業 「中央研修会」報告書

 事業名 防犯ボランティアの活性化事業
 団体名 全国防犯協会連合会 注目度注目度5


 その考え方が、もし犯罪が移る、朝昼晩、春夏秋冬移るということになれば成り立たない。これは認めたくない。でも実際に犯罪というものを見ると私はそうだと思うのです。ここを押さえれば犯罪はこう移りますよ。そんなものなのです。
 それから犯罪というのは変容性がある。例えば家の中へ侵入、家の中に入ってくる泥棒を押さえ込むと、彼らはやがて街に出て行く。道路に出て行って道路で悪さをする。形を変えていく。そういう特徴がある。
 だから何を言いたいか。犯罪からの絶対的な安全はない。もう一つ言うと犯罪はどこでも起こる。犯罪はどこでも起こります。しかし、同時に犯罪を起こりにくくすることはできる。もしくは犯罪の被害に遭いにくくすることはできる。どういうことか。にくくするための努力を払わないと犯罪の被害に遭う。僕から言えることはそれしかない。
 子どもの犯罪からどんどん離れていきますが。問題はどうやって、にくくすればいいのかという話になるわけです。そうした時に、一人ひとりの人間を強くする、固体強化というやり方がある。
 例えば、子どもに強くなれ、というやり方。それから、少し離れて近隣社会、ご近所でもって子どもを見守ってあげる、包み込んであげるという近隣防犯というのがある。それからもう一つ、子どもの学校の範囲内の学区防犯、もしくは街区防犯というのがある。そこで守る。それから街全体で守りましょうというやり方がある。
 いずれにしろ、どういうゾーンで守っていくかということは別にして、先ほど言ったように、ともかく犯罪者と被害者、つまり子どもがガチンと出会わないようにしてあげればいい。逆に言えば、犯罪者の狙っている機会というものをどうやってつぶしていけばいいのか。
 私達は一生懸命死角をなくそうとするけれども犯罪者は先ほど言ったように転移性と変容性でもって、やる気になればどこでもやっていく。そのやる気になればやっていくというその機会をどうやってつぶせばいいかということが問題なわけです。ということは犯罪者の行動をまず追いかけよう。被害者がどう行動するかということよりも前に犯罪者がどう行動していくかということをしっかり学ばなければいけないということ。
 子どもの安全、子どもがどうやって逃げるかということよりも犯罪者がどうやって子どもに向かって行っているか。そこのところをしっかり頭に入れなければ駄目。
 ここにかわいい子どもがいます。ここに犯罪者がいる。私達から見ると犯罪者というのは三つのタイプがある。住所不定型。これはプロ。日本全国を相手にしてパーッと走って行く。こういう子どもの犯罪なんかでは、なかなかプロというのはいませんけれども、こういうタイプがまずある。それから2番目は通勤型。住所が決まっていて、しかし長い距離で動いて回っているセミプロ。3番目は定住型、アマチュア。
 子どもの安全にかかわっているのは大体通勤型か定住型のどちらかです。日本全国を走り回って子どもに悪さしているのはほとんどいません。逆に言えば、私が言いたいことはこの通勤型と定住型の人間というのはどういう動きをするのかということをしっかり頭に入れておけばいいという話です。
 犯罪者にはいろいろな犯罪者がいる。殺人、強盗、女の子にいたずらするのもいる。皆、その罪種に従って犯罪者を分けようとする。分けられるようなものではない。めちゃくちゃが多い。もっと限定的に考える。犯罪というのは何かというと、ある目標を目がけてある意志を持った人間が走って行く。つまり行動。目標を目がけた行動だと考えてみると、どんな犯罪だって行動は同じ。狙いが違うだけなのです。
 僕は極端な話をします。ほとんどの犯罪者というのは行動と自分が考えた目標をいかにうまく近づけて、うまく自分の欲望を満たすか。それだけなのです。だから、ここはお金、ここは子どもかも知れない。狙うということに関しては同じなのです。
 どんな犯罪者でもこの目標を目がけて走っているということを考えてみれば分かる。これは実は、多分ご存知だと思うのですが警察庁が昔その道のプロ100人を捕まえました。今でいえば性犯、泥棒など、その調査をやって分かったことは皆変わらない。狙った上で走っていく走り方は変わらないということだったのです。
 その犯罪者の中でも侵入盗犯のプロは非常にきれいにほかの犯罪者の気持ちを代表してものを言ってくれる。侵入盗犯のプロをじーっと見ていくことによって、ほとんどの犯罪者は読める。うそだと思ったらデータがある。それで、まず侵入盗犯のプロに注目してみる。そこから彼らがどういうことを言っているかということをずっと並べていってみる。そうするとおもしろい。すごくおもしろい。
 まず、プロから始まる。遠くにいて、ここら辺でやるか。今日はいいなあ。今日はいいにおいだ。そのぐらいでもってポンと、例えばそこの参宮橋で降りるわけです。それから、もう一つはいいにおいとか言うのですが、ここら辺は獲物があるだろう。それから街がだらけているというふうに彼らが見た時に緊張感がない。私は自由にそこを歩ける。そういういろいろなものを集めてにおいがいいと言うのです。それで歩いていく。
 あれいいね。決めた。今日はここでやろうというのを決めるのは500メートルぐらい。獲物が隠れている。ここら辺でやるぞと思う。それは女の子をいたずらするのでも何でも。この時に、先ほど言ったセミプロ、通勤型のやつはここら辺でもって大体意志を固めるわけです。大体見える。そして自分が知っている。まあ、大体うちのテリトリーだな、縄張りだなというところでセミプロはここで参加する。
 その時に何を考えているか。いい獲物がいるか。かわいい女の子がいるか。やりやすい子どもがいるか。自分の気持ちに沿ったのがいるかというのを気にする。はっきり獲物を探して歩くようになる。
 さらに、200メートル。おもしろいですよ。人間の行動というのは相手との距離でもってどんどん変わってくる。最初から、おお、いいぞというのはなかなか少ない。この時に何があるか。いい獲物がいるかという話なのです。
 それから、この時に初めて見とがめられる、見とがめられない、街の中を歩ける、あいつ変だぞと見られないというのがある。ここで初めて地域でもって子どもを守るというパワーが効くようになってくる。500メートルぐらいから。ですから、もっと言うと小学校区ぐらいできっちり守っていけばいい。
 そうして、20メートルになるとどうなるか。子どもとの距離が20メートル。例えば幼稚園の周りの20メートル。そうすると非常にはっきりしている。あの子をやるというのが、ここで初めてはっきりしてくる。普通、ここら辺でアマチュアが参加してくる。あの子、知っているわけです。あの子だよ、あの子をやるぞと普段から思っているわけです。その子をここで見て意志を決めるのは20メートル。今日はあの子だとやるわけです。
 この時に何を考えているか。いい獲物だ。おれの好みの女の子だというのをやるわけです。それから見とがめられる、見とがめられないというのをここで見分ける。やっぱり見られている。誰かが家の窓からじっとのぞいている。これは嫌なのです。
 そうしてもう一つ、ここで出てくるのは何か。やりやすいということ。それは近づきやすいか、逃げやすいということ。
 ゼロメートルとなった時に何か。素早くやって捕まらずに逃げる。捕まらない、犯罪者というのはひたすらそうですよ。女の子にいたずらする性犯というのは変わったパーソナリティーのがいますよ、小林とか。けれども普通の、女の子にちょっとというやつは、やはりやって素早く逃げる、捕まらない。ここはそれだけなんですよ。
 それで犯罪者というのは逃げられると思ってあれだと決めたらほとんど襲いかかりますよ、20メートルのところで。ここでもって決めた、今日はと思ったら瞬間的に行きます、先ほど言ったようにチャンスがあれば。チャンス、まさに人が通らない、見とがめるやっがいない、逃げやすい。行きますよ。今まで起こらなかった所でも何でもやりますよ。
 そこで私が言いたいことは何か。止めるならここだぞという話です。女の子の周りの、その20メートル手前でもって止めていかないといけない。もうゼロになったら、やっちゃう。やりますよ。それは周りの人が来て、何やってるお前と言ってぶん殴ったりして、助かるかも知れないけれども、そこまで行かない20メートル手前でしかっと止めないといけない。
 それは何か。この20メートルで止めるのは被害者本人かもしれない。本人自身が自分を強くする。「何だ。あなたは誰」ということをしっかり言える自分にしておく。
 それからひょっとすると、この20メートルの間の地域の人達がこれをしっかり見なければ駄目。威嚇、阻止。そういうことをやっていかないといけない。
 犯罪者の気持ちの大きな流れはこんな流れなのです。だんだん変わってくる。最後のこの点、ここ、僕らができることはこの子を押さえているその場に行って何するんだ、この馬鹿とやるのもいいかも知れない。けれども、ゆっくり見守ってあげる。この20メートルの所が大切なのです。
 もう少し言葉を換えて言うと、これは私の持論なのですが、この20メートルというのが地域のコミュニティーという言葉です。コミュニティーというのは誰も分からない。私も1999年からイギリスに行きましてロンドン大学とケンブリッジというところで勉強した。一番大きい目的はコミュニティーって何だというのを教えてもらいたかった。分からない。最後に言葉の語源を探る先生に会って、そこに行って教えてもらった。
 これはインドアーリア。ギリシャ語でもラテン語でもない。それはコムとニュテ。ニュテという言葉はもっと言うとニュイという言葉。このコムとニュイという二つの言葉からできあがっている。どういう言葉か。コムというのは一緒に。インターネットやっていると分かる。何とか何とかドットコムというのがある。あれは一緒にやろうよということのコムなのです。そしてこの間に言葉が隠れている。一緒にここに住み続けるために、もしくはここにいるために。
 そしてニュテ、私ができること。もっと言うと私がしなければならないこと。こんな意味だった。簡単に言えば一緒にここに住み続けるために私ができることは何だろう。私がしなければいけないことは何だろう。そういう心、志を表したものが実はコミュニティーだった。
 日本の、この犯罪からの安全がおびやかされた始めた1980年、本当を言うと1970年から既に始まっているのですが、そのころから何が始まったか。そういう一緒にここに住み続けようじゃないか、そのために私は何ができるのだろうという人間の思いが崩れていった。その最終的な集大成が1990年代のバブルでありバブルがはじけた時なのです。だから、そういう気持ちを持った人がいなくなっていったところに、やはり犯罪が起こった。
 ということは先ほど言ったように、もし本当に子どもの安全というものを考えるならば、この子どもを取り巻く20メートルの環境をコミュニティーにしていかないと駄目なのです。つまり、子どもと一緒にここに安全に住み続けるために私は何ができるのだろうという思いの人が20メートルの所にいて、この子を見守ってあげる。
 そして、あなたが子どもさんがおられて20メートルを見る。そして子どもさんがこちらに来た時に、あなたとこちらの人がこうやってまた20メートルを見てあげる。そしてまた次の20メートルを見てあげる。犯罪防止のためには、そういう毛糸を編むように街を作っていくといことが大切なわけです。
 今までの犯罪防止というのは街全体、街ぐるみの運動といったけれども、それはそれでいけないとは言わない。効果がないとは言わない。けれども本当の意味での子どもの安全というもの、これは子どもだけではないと思う。私達の安全というものは実は身近なところからきちっとやったほうがいいのではないか。そういう身近な人に私は何ができるのだろうという思いの人達がだんだん外に広がっていって街ができれば一番いいのではないか。
 だから大きな街から中心になっていくのではなくて、中心から外に向けていく。そして仲間を作っていく。一緒に。それで仲間をどんどん外に広げていった時に本当に子どもの安全ができるし、私達の街全体の安全ができるのではないかと私は思います。質問、何でもいいです。


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