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多剤から単剤へ
多剤併用療法の行われる背景
I. 多剤併用療法が開始される背景
(1)多剤併用を擁護する考え方の存在
・診断が未確定の場合、多剤併用を行えば有効である確立が高いという考え方
・多剤併用少量療法によって副作用を軽減しようという考え方
・多剤併用少量療法が単剤を増量するよりも有効であるという考え方
・標的症状別に対応した各種薬剤を組み合わせるという考え方
・漢方医学にさかのぼる多剤併用をよしとする伝統的な考え方
(2)鎮静を目標とした治療
・初診時の精神症状の重篤性
・病棟病室アメニティの質の問題
・コメディカルスタッフによる鎮静の要求
(3)薬物相互作用についての知識の欠如
(4)単剤化で個々の薬効を知ろうとする常識の欠如
(5)保険診療の出来高払い制に慣れ、cost-benefitの考え方に乏しい
 
II. 多剤併用が放置されたままとなる背景
(1)減量・単剤化に対する心理的抵抗感
・薬剤減量や単剤化による症状悪化への懸念と危惧
・多剤併用への心理的依存
・処方変更に伴う処方箋書き直しのわずらわしさ
(2)減量・単剤化への技法が確立されていない
(3)clozapineが導入されていない
(4)入院治療における管理優先主義
(5)患者のQOLに対する関心の欠如
(6)受け持ち患者数が多く、慢性期の患者にまで手が回らない
竹内啓善 他, 臨床精神医学, 36 (6): 621-627, 2003
 
Kingsburyによる多剤併用療法の背景因子
(1)薬物を追加投与して効果の乏しい場合でも離脱を恐れてそのままの処方となり、改善した場合でも処方が整理されず放置される
(2)不適切な診断
(3)漸増漸減による薬剤の切り替え過程での問題
(4)Physician's Desk Referenceに対する盲目的なこだわり
(5)薬物がどの受容体に作用するのかといった知識の欠如
(6)早急な治療の必要性
(7)根拠に乏しい曖昧なものを手本とする
(8)抗精神病薬の一方はもう一方よりも鎮静に優れているなどの魔術的思考に基づいて、同じクラスの薬物を複種類処方する
竹内啓善 他, 臨床精神医学, 36 (6): 621-627, 2003
 
わが国で多剤併用が生じる原因
1. 治療環境要因
精神科医の不足
入院中心主義
病棟主治医制
安定と鎮静を求めるコメディカルスタッフ
2. 主治医の心理的要因
多剤併用への依存状態
多剤併用による偽りの治療満足感、安心感
過剰な配慮による組合わせ処方あるいはセットメニュー的処方
薬剤減量や、新薬への切り替えによる症状悪化への懸念と危惧
処方箋書き直しのわずらわしさ
3. 臨床精神薬理学への軽視
高踏的精神医学への傾倒と治療学の軽視
先輩医師の処方の無反省な取入れ
知識と臨床現場での処方の解離
4. Clozapineの不在
単剤化で個々の薬効を知ろうとする意識の欠如
5. 多剤併用への擁護論の存在
6. 医療経済的要因
宮本聖也 他, 臨床精神薬理, 5 (7): 843-854, 2002
 
多剤併用大量処方と新薬による単純な処方の背後にある治療コンセプトの違い
多剤併用大量処方 新薬による単純な処方
治療の場 入院中心 地域中心
薬物情報 主治医が独占 関係者との共有化
治療方針の決定 主治医中心
横断的治療情報
管理優先
関係者との協同
縦断的治療情報
自覚的薬物体験の重視
至適用量の目安 副作用出現 機能改善
治療目標 精神症状改善 回復促進と本人の自己実現
藤井康男, 臨床精神薬理, 4(10):1371-1379, 2001
 
認知機能障害に対する抗精神病薬の作用
1)ハロペリドールを対照とした認知機能に対する比較試験成績
試験 対象患者数 患者数 薬剤&投与量 比較結果
Buchananら
1994
治療反応性
統合失調症
各群19例 クロザビン 400mg(200-600mg)
ハロペリドール 20mg(10-30mg)
CLZ>HPD
言語流暢性
空間視覚分析
Greenら
1997
治療抵抗性
統合失調症
計59例 リスペリドン 6mg
ハロペリドール 15mg
RIS>HPD
注意機能
Gallhoferら
1996
統合失調症 計16例 クロザビン 200-400mg
リスペリドン 4-8mg
ハロペリドール3-15mg
フルフェナジン 6-24mg
CLZ, RIS>HPD
進行機能
巧緻運動
Stipら
1996
治療抵抗性
統合失調症
計13例 ハロペリドール 不明:40mgが1例あり
リスペリドン 不明:10mgが2例、
11mgが1例あり
RIS>HPD
注意機能
 
2)ハロペリドールの急性投与
空間作業記憶検査の成績低下(Sawaguchiら, 1994)
ウィスコンシンカード分類検査、トロントの塔検査の成績低下(Vitelloら1997, Perettiら1997)
Keefe RSE, Schizophrenia Bull, 25(2) : 201-222, 1999 一部抜粋
 
急速大量療法に対する見解
効果の面で有意性が認められない
・急性例に対する大量療法の有効性は標準的な投与量と違いはない ・・・岡崎1983
・急性期に投与量と有効性の間に相関がみられるのはCP換算100〜700mgの間 ・・・Baldessarini 1988
安全性の面で問題あり
・悪性症侯群
・痙攣
・QT延長(Torsades de Pointes)
・突然死 等
心理的な問題
Neuroleptic Induced Dysphoria
 
併用をするべきでない理由
単剤で統合失調症が全て改善するとは限らない
しかしながら、併用する場合、どの組み合せがよい
という証拠がない
証拠がないのに副作用を増やす併用療法は避けるべき
 
多剤大量療法からのSwitching
非定型抗精神病薬への切り替えの適応と不適応
切り替えの適応 切り替えを避けた方がよい場合
1. 従来型抗精神病薬による治療で
・陽性症状の持続
・陰性症状の持続
・認知機能障害や抑うつ症状の持続
・服薬遵守中の再燃
・錐体外路症状や遅発性ジスキネジアの持続
・高プロラクチン血症
・患者、家族からの要望
2. コンプライアンスを向上させたい場合
3. 日常生活機能の向上を図りたい場合
・現状の治療で、副作用もなく安定した寛解状態にある場合
・症状再燃時に危険度の高い問題行動(自傷他害など)を繰り返している場合
・コンプライアンスが問題になり、デポ剤が必要な場合
・患者本人や家族が切り替えを希望しない場合
・切り替え途中の悪化・変化に対応できない場合
・患者の心理・社会的状況が悪い場合
・再発直後、回復直後、退院直後でまだ敏感な場合
宮本聖也 他, 臨床精神薬理, 5 (7) : 843-854, 2002
 
新規抗精神病薬に対する精神科医の態度の違い
・大学病院など先端的な施設では、新規抗精神病薬が第一選択薬であり、単剤投与が基本である。
・しかし、これまでの従来型抗精神病薬の多剤併用に新薬を安易に上乗せ(add-on)したまま放置し、かえって錠剤の種類と量が増やしてしまうケースが多い。この場合、医師は複数の新規抗精神病薬の継続的な併用処方に何の問題意識も持っていないと思われる。
・新薬で手痛い失敗例を経験後、早々と新薬に見切りをつけ、無難で鎮静的な多剤併用療法の擁護派にまわる精神科医。
・最近の精神科薬物療法の変化、あるいは新薬そのものにまったく無関心な臨床医。
・新薬すべて、あるいは特定の新薬に強い偏見や嫌悪感をもったり、MRとの関係で処方行動が変わる精神科医もいる。
 
多剤併用大量療法を防ぐにはどうしたらよいか?
・急性期において単剤投与から開始することを原則とする。
・新規抗精神病薬を第一選択薬とする。
・ある薬物の単剤治療が無効なら別の薬物の単剤治療への切リ替えを試みる。
・副作用や自覚的薬物体験の共有化という姿勢を保つ。
・入院中心から通院、地域中心主義への転換。
・QOLの改善や全体としての機能回復促進と本人の自己実現を最終目標に。
藤井康男(2001)臨床精神薬理4: 1371-1379
 
多剤併用大量療法を改善するにはどうしたらよいか?
・抗精神病薬の減量を試みる
・現処方で主剤となっている薬物に統一する
・新規抗精神病薬に切り替える
鈴木健文ほか(2001)臨床精神薬理4: 1423-1430
 
非定型抗精神病薬への切り替えの対象となる患者さんとは?
1. 従来型抗精神病薬による治療で
■ 陽性症状の持続
■ 陰性症状の持続
■ 認知機能障害や抑うつ症状の持続
■ 服薬遵守中の再燃
■ 錐体外路症状(EPS)や遅発性ジスキネジアの持続
■ プロラクチンによる副作用(高プロラクチン血症)
■ 患者、家族からの要望
2. コンプライアンスを向上させたい場合
3. 日常生活機能の向上を図りたい場合
Lambert T et al.: 臨床精神薬理4 (5), 687-683, 2001
宮本直也, 大木美香:臨床精神薬理5 (7), 843-854, 2002
 
Switchingに適さない、あるいは慎重に行うべき場合とは
・現状の治療で、副作用もなく安定している場合
・症状再燃時に危険度の高い問題行動(自傷他害など)を繰り返している場合
・コンプライアンスが問題になり、デポ剤が必要な場合
・患者本人や家族が切り替えを望まない場合
・切り替え途中の悪化・変化に対応できない場合
・患者の心理・社会的状況が悪い場合
・再発直後、回復直後、退院直後でまだ敏感な場合
上田 均, 酒井明夫(2001)臨床精神薬理4: 1709-1721
 
非定型抗精神病薬への切替えに関係して生じる変化
a. これまでに投与されていた薬物の減量、中止による影響
b. 新しい薬物の作用に関連した影響
c. 新しい薬物による変化に伴って生ずる心理的反応
「分裂病薬物治療の新時代」藤井康男 より抜粋
 
a. これまでに投与されていた薬物の減量、中止による影響
抗コリン性離脱症状
・大量の低力価抗精神病薬や抗コリン性抗パーキンソン薬が入っている処方を、急激に中止した場合に生じることがある
・これらの処方の中止後数日間以内に生じる
・主症状は嘔気、嘔吐、下痢などの胃腸症状であるが、不眠、発汗、頭痛、めまい、焦燥感、不安感なども生じることがある
・この症状の発現を避けるために、低力価抗精神病薬や抗コリン性抗パーキンソン薬の減量・中止には十分時間をかける
「分裂病薬物治療の新時代」藤井康男 より抜粋
 
離脱性錐体外路症状
・Rebouod akathisia(反跳性アカシジア)
−通常のアカシジア症状が薬物減量、中止後数日間生じる。場合により精神病症状の再燃や不安感と区別しにくい。βブロッカーやペンゾジアゼピンが場合により有効。
・Rebound parkinsonism(反跳性パーキンソニズム)
−高力価抗精神病薬の中止と同時に抗コリン性抗パーキンソン薬を中止した場合に、中止後1週間で生じる。これを避けるために抗コリン薬は高力価抗精神病薬中止後数週間は避けて、その後減量する。
・Withdrawal dyskinesia(離脱性ジスキネジア)
−処方の変更に伴って、あるいは中止後1〜4週間で生じる。症状は遅発性ジスキネジアと同様である。多くは一過性であり、数ヶ月で消失する。3ヶ月以上続いた場合には遅発性ジスキネジアが出現したと考えるべきである。
「分裂病薬物治療の新時代」藤井康男 より抜粋
 
抗精神病薬と抗コリン薬の離脱症状
離脱症状 症状 中止から症状出現まで 対策
Supersensitivity psychosis
(過敏性精神病)
陽性症状の悪化 数日 前薬の減量速度を緩める
新薬の用量増加
ベンゾジアゼピン
抗コリン性離脱症状 悪心、嘔吐、不眠、発汗、下痢、腹痛、頭痛、めまい、焦燥感、不安 数日 抗コリン薬
ベンゾジアゼピン
Rebound Akathisia
(反跳性アカシジア)
通常のAkathisia症状 1から数日 ベンゾジアゼピン
β blocker
Rebound Parkinsonism
(反跳性パーキンソニズム)
筋強剛、振戦
Akinesia
1週間 抗コリン薬をゆっくり減量
Withdrawal dyskinesia
(離脱性ジスキネジア)
Tardlve dyskinesia
類似
1-4週間 一過性にて不要
Weiden PJ, et al,: J Clin Psychiatry, 58 (suppl 10), 63-72, 1997
藤井康男(2000)分裂病薬物治療の新時代
 
ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱症状
精神症状 身体症状 知覚症状
不安・緊張
興奮・安静困難
易刺激性
無力感
記憶と集中力の障害
抑うつ
離人症・非現実感
せん妄
振戦・震え
筋肉れん縮・筋肉痛
発汗・頻脈
睡眠障害
嘔気・嘔吐
食欲不振
起立性低血圧
けいれん発作
共同運動失調・めまい
眼病・蓋明
聴覚過敏
触・痛覚の敏感
金属味覚・臭覚過敏
幻視・幻聴
 
b. 新たな薬物の作用に関連した影響
・認知機能の改善
−社会生活能力の改善
−現実認識能力の改善による混乱
・陽性・陰性症状の変化/改善
−適応の変化
・感情への影響
−躁状態の誘発
−正常な感情への復帰
−過去の耐え難い感情の出現
「分裂病薬物治療の新時代」藤井康男 より抜粋
 
c. 非定型抗精神病薬による病状の変化に伴って生じる心理的反応
 
切り換えに際して患者さんに起こりうる変化
・新しい薬が加わることで、かえって副作用が強くなったように感じられるかもしれない。
・古い薬が体から抜けていく時の症状(リバウンド症状)。
・古い薬の減量・中止に伴って、もしかしたら精神症状が悪化するかもしれない。
・長期間にわたって続いていた病気から一気に開放されることによる、とまどいが生じるかもしれない。
・幻聴やさせられ体験が強くなったリ、現実味をおびてきて、前より恐ろしくかんじられるかもしれない。
・不安やあせりが出てきたり、ゆううつになったり、また、逆に元気になりすぎたり、といった感情面の変化がおこるかもしれない。
・病気が治ったと思えて、自分にはもう薬は必要ないと思えるかもしれない。 など
上田 均 酒井 明夫 臨床精神薬理4(12)2001
 
従来型抗精神病薬から新規抗精神病薬に切り換えるときの留意点
・症状悪化の可能性
悪化の兆し:躁状態、不眠 ←[早い時期に睡眠薬等の併用]
・めざめ現象・抗コリン性リバウンド
認知機能の改善による病状の改善・病式の獲得、ときには混乱・衝動行為・自殺企図などの変化
・抗コリン性リバウンド
嘔気、嘔吐、下痢などの胃腸症状
不眠、発汗、頭痛、めまい、焦燥感、不安感など
 
これら出来事によって強い不安や混乱が生じないよう、患者に切り換えによって起こり得る変化について十分に説明する
 
臨床精神薬理 vol. 4. No.12.2001 上田均、酒井明夫より抜粋


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