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上田市マルチメディア情報センター(長野県上田市)の場合/斎藤史郎
 
 斎藤――上田市マルチメディア情報センターは、平成7年8月に開所しました。通産省(現・経済産業省)の補助金で造られた、全国6ヵ所のマルチメディアセンターの1つです。設置の目的として、マルチメディアの一般市民への啓蒙・普及、人材育成、地元のマルチメディア関係産業の育成が柱になっています。
 センターは、上田市の市街地から車で15分ほど離れた山の中にあります。少し遠いのがネックですが、環境はよいところです。館内は、マルチメディアがどういうものか体験していただくためのギャラリー、パソコンが20台設置されたセミナールーム、周辺の企業やクリエイターに貸し出すデジタル・ファクトリーなどがあります。デジタル・ファクトリーの設備を使って、地元のアニメ会社などがテレビ放映するアニメーションやCMの制作をしています。
 センターでは、マルチメディアとは何かという取っ掛かりとして、マンガを取り上げています。また、マンガに関連したセミナー、イベントを開催しています。石ノ森章太郎先生にデザインしていただいたイメージキャラクターの少年忍者SARUTOBiくんが館内をご案内する仕組みで、仲間に三好清海入道、敵方にDr.タヌキオヤジとキリちゃんがいます。
 センターでは、上田萬画大学を平成7年から毎年春休みに開催しています。地域の子供達にマルチメディア=萬画に親しんでもらい、将来の人材育成を図る事業です。プロのマンガ家やアニメクリエーターの指導の下で、デジタルマンガやアニメーション作品を作ります。
 7回目となる上田萬画大学2002は、今年3月20、21、25、26日に開催しました。対象は、小学校高学年から高校生までです。デジタルマンガコースとデジタルアニメコースに分かれていて、定員20名のデジタルマンガコースは、前半2日間は三浦みつる先生のご指導で紙にマンガを描き、後半2日間は志賀公江先生のご指導で絵をスキャンして、マックでデジタル彩色しました。定員10名のデジタルアニメコースは、「テニスの王子様」を製作している地元アニメーション会社のクリエーターのご指導で前半2日間で絵を描き、後半2日間にスキャン、デジタル彩色して、音を入れて、アニメーション作品にしました。最後の日に全員が集まって、スクリーンに映写して発表会をし、里中満智子先生から修了証を渡してもらって、記念撮影をして終わりました。
 作品は、当センターのホームページ(http://www.umic.ueda.nagano.jp)で見られます。4日間しかないので、2ページから4ページぐらいしか出来ませんが、高校生ぐらいになるとかなり上手になっています。小学生はストーリーに凝り、高校生になるとむしろビジュアルに凝る傾向があるようです。
 萬画大学を7回やってきて分かったことがあります。1つ目は、マンガ、アニメに対する子供達の関心の高さです。萬画大学は定員30名ですが、毎回倍ぐらいの申込みがあるので、抽選で参加者を決めています。また、昼の弁当を食べるのもそこそこに、机に向かって絵を描いていたり、パソコンで色を着けていたりするので、本当にマンガを描くのが好きだということが分かります。
 2つ目は、我々はマルチメディアやデジタルにこだわってセミナーを開きますが、それ以前に紙にマンガを描くことを教わる機会がないことです。ストーリーの立て方、キャラクター設定、コマ割りの仕方などのマンガの描き方は、高校のマンガサークルでもやっていれば友達に教わる機会はあるかもしれませんが、たいていは独学です。年1回のセミナーだけではなく、来ればマンガの描き方を教えてもらえる機会が日常的にあれば、もっと力が伸びるのではないかと思います。
 萬画大学の経験から、マンガを描くことの教育的効果を考えてみました。
 (1)マンガは創作――今までの教育は、みんなと一緒に同じことをする、教科書通りにするのがよいということでしたが、マンガの創作では、キャラクターもストーリーもすべて自分で選び、創っていくので、作業を通じて個性の確立という効果があると思います。
 (2)マンガは自己表現――出来た作品は、ある意味では作者の分身です。それを自分で見たり、他の人に見てもらう過程で、自分を知り、自分を受け入れていく。これはカウンセリングでいう、自己受容、自己肯定であり、同時に他の人の作品を見ることを通じて、他者受容、他者肯定があり、さらに他者との関わり合いの中からコミュニケーション能力の育成という効果があるのではないかと思います。
 (3)マンガとコミュニティ――萬画大学には色々な学校、地域から参加してきますが、初めて会った者同士が仲良くなって、マンガ好き同士の交流が始まります。
 学校でのいじめなどの原因の1つとして、学校や家庭以外の居場所がない、違う価値観に触れる機会がないことがありますが、そうした交流の場が、違う価値観を持った仲間と触れあう、「第3の居場所」となる可能性があると思います。
 さらに、マンガを描くことを通じて、ボランティア活動、地域づくり活動に発展し、社会参加につながる可能性があります。地域の活動では、チラシやポスターを作るときにマンガを描ける人は重宝しますし、中学生、高校生は将来地域を支える大事な人材ですから、もっとそうした経験をしてもらいたいと思います。
 最後にまとめておくと、地域におけるマンガ館の役割としては、マンガをツールとした「居場所」づくりに役立ち、さらに地域のボランティア活動や地域づくり活動に参加していく「基地」としての役割を持ち、そこから将来の人材育成、地域リーダーの育成という効果が期待出来ると思います。
 
 谷川――マンガの創作を通じた自己肯定というのは、大変おもしろい考え方ですね。
 
 斎藤――まず、創作するのは楽しいですし、その作品は自分がいなければこの世に生まれなかったのです。自分がいたからこそ生成されるものがあるというのは、非常な喜びだし、自分自身の価値を自分で認める効果があるのではないかと思います。また、作品を人に見てもらうことで、時にはけなされることもあるかもしれませんが、おもしろいね、すごいねと、他人に受け入れてもらうところから、自己肯定感が出てくるのではないでしょうか。
 
 谷川――マンガで自己肯定感が生まれるのであれば、大きい問題提起になると思います。自己肯定感は、子供もなかなか持てないし、教師自身もなかなか持てないものだからです。
 フロアからご質問がありますか。
 
 参加者2――現代マンガ図書館の内記です。マルチメディア情報センターという名称から考えて、情報収集、データベースづくりをするのかという期待があったのですが、今のお話では、マルチメディアを使って子供にマンガを教えているだけのようですね。センターが出来る数年前に大手広告代理店の方が私のところに見えて、上田市でこういうセンターが出来るので私どものマンガの蔵書をすべてスキャンさせてほしいという話があったのですが、結局、そのままになってしまいました。また、今年の夏には、上田市の子供達が修学旅行の見学で私どもの図書館に寄ったので、マルチメディア情報センターのことを聞いたら、知ってはいるけれど、あまり利用していないような口ぶりでした。
 
 斎藤――当センターではデジタルアーカイブ事業というのがあって、上田市や長野県に関する映像、文化財などの情報をデジタル化して集積していますが、マンガについての情報収集はやっていません。おもしろいテーマだと思います。
 子供達の利用については、センターが山の中のかなり不便なところにあるのが、大きいネックになっています。これからマンガ館を造ろうとお考えの方は、ぜひ町中に造っていただきたい。子供達が学校帰りに立寄れるところなら、集まりやすいし、色々な展開が出来ると思います。
 
 参加者2――山の中だからこそ、情報センターが出来たら、インターネットで見ることが出来るのではないかと期待していたのです。
 
 斎藤――デジタルアーカイブ事業では、集積した写真などをホームページに掲載したり、地域イントラネットで配信したりしていますが、マンガは含まれていません。ネットワークの世界は物理的な場所は関係ないので、そういう展開を考えていきたいと思っています。


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