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【「マンガ」も勉強】
 梶原――今年2月にアメリカのシリコンバレーに行きました。シリコンバレーには、インドから来られた研究者、技術者がたくさんおられます。ITブームも節目にきており、日本で働いてもよいという方もおられるというので、インド人系の2つの協会を訪問しました。比較的若手の方が集まるSIPAと、創業者の方が中心のTiEです。そのとき、TiEの会長が盛んに「古田さんは素晴らしい」とおっしゃるので、どこの古田さんかと思っていたら、これが古田織部のことだったのです。
 実は、里中満智子さんに全体構成をお願いしている「マンガで見る日本まん真ん中おもしろ人物史シリーズ」の中に『古田織部』があります。古田織部は、信長に仕え、秀吉に仕え、家康に仕え、秀忠の茶道指南になった人で、安土桃山文化のトップリーダーであり、千利休の高弟であり、武将として第一線で戦いながら茶道を極めた人です。この人が岐阜県出身なのです。千利休の死後、古田織部は秀吉に願い出て千家を復興しました。しかし、千利休が秀吉に睨まれて自害させられたように、古田織部は家康に睨まれて自害することになりました。
 その古田織部のマンガを英文でも作っていて、我々が海外を訪問する際には、あらかじめ訪問先に贈っています。TiEの会長もそれを読んでおられたのです。それが分かった時に、マンガの威力はすごいと思いました。万国共通の言語ですね。マンガが情報伝達力を持っていることを実感しました。
 私は子供の頃、「のらくろ上等兵」や「冒険ダン吉」などを読んで育ちました。潜在意識の中でかなり影響を受けているのではないかと思います。「冒険ダン吉」にはチャレンジ精神を学びましたし、「のらくろ上等兵」では組織の中での生き様を勉強しました。経団連の専務だった方が、たまたま田河水泡の直筆の絵を持っていたので譲っていただき、私の知事室の壁に掲げて毎日見ています。
 マンガには実に素晴らしい力があるし、日本の誇るべき文化だと思います。にもかかわらず、大人になるとマンガを読んではいけないようなことを言われる。家では親が、「マンガばかり見ていないで、勉強をしなさい」と言う。マンガも勉強だと思うんですがね。学校でマンガを読む時には、先生に隠れて読む。マンガは何故か、こういういびつな扱いがされてきたと思います。
 
【「マンガ」を学校教育に活用】
 そういう思いがあって、私が知事に就任してから、「マンガ立県」構想を出しました。当時としては異色の発想だったと思います。そして、平成8年に大垣女子短期大学の吉田理事長にお願いして、マンガコースを実現していただきました。2年ぐらい前に吉田さんにお会いしたら、いま学生が少なくなっているけれど、マンガコースのお陰で経営が成り立っている、と感謝されました。現在、200名ぐらいの卒業生のうち、プロが6名育っているようです。当時はコースとしてあったのは、京都にある京都精華大学だけだったと思います。
 私は知事になってから、地域活性化のテーマで本を書きましたが、大垣女子短期大学の篠田先生に描いていただいたマンガを織り込みました。
 飛騨に宮川村という過疎の山村がありますが、そこの前の村長さんから村を活性化したいというご相談があり、マンガをやろうということになって我々も応援させていただきました。「飛騨まんが王国」ということで、マンガの蔵書数が4万5000冊ぐらいありまして、毎年数万人の方がおいでになる、全国でも稀な村になりました。
 また、西美濃の大野町の町長さんからマンガ村を作りたいというお話がありました。実は、長良川の近くに世界イベント村という県のイベント施設がありますが、そこでマンガをテーマに選ぼうということになり、石ノ森章太郎さんに初代村長になっていただきました。石ノ森さんが亡くなられたので、現在はちばてつやさんに村長をしていただいています。石ノ森さんが亡くなられる前に、夢描堂(むかくどう)という六角形の建物の設計図を遺されました。それを石ノ森さんが好まれた金華山が見える大野町に場所を決めまして、やがて建設に着手されると思います。
 その他いろいろなことで、マンガを活用させていただいています。平成9年度には、岐阜県マンガ戦略研究会を立ち上げました。里中満智子さんが座長で、本日のコーディネーターの谷川彰英先生にも委員を務めていただきました。現在はそこでまとめていただいたマンガ戦略を実行中ということなのですが、その後低迷しています。マンガ戦略を進める体制づくりを強固にしなかったこと、関係職員のマンガに対する理解が十分でなかったことなどで、手薄になってしまったのが原因です。これから私の陣頭指揮で再構築したいと思っています。大きい組織では任せきりにしておくと、だんだん面倒なことはしない、握りつぶしてしまう、自然消滅するといったことがありますから、時々活を入れないと駄目なのです。
 6年ほど前に、ITの拠点としてソフトピアジャパンというものを立ち上げましたが、その一環として国際情報科学芸術アカデミーを作りました。IAMAS(イアマス)と呼んでおりますが、そこのCGIコース(Computer Generated Image Course)でアニメに取り組んでおります。これは主にコンピュータグラフィックスによるアニメーション制作を勉強することが主眼となっています。
 また、地元のケーブルテレビでIAMASテレビという15分のアニメを取り込んだ番組を放送しています。これはすでに3年間続いており、学生が自分たちのアニメ作品を発表する場として定着しています。国内外のアニメーションを含むデジタル作品のコンテストにおいても、在学生や卒業生がいろいろな賞を受けています。例えば、フランスのミラ・ニュータレント・コンペティションで受賞、ドイツのシュツットガルター・フィルム・ヴィンテルの入選、国内ではNHKデジタルスタジアム・アウォードのグランプリ受賞などです。
 さらに、昨今のアニメブームがございますが、我々は次の世代のアニメ研究会をやりたいということで、篠田先生とご相談中です。
 今述べましたように、岐阜県ではマンガ、アニメに取り組んできました。バラバラでとりとめがなかったのですが、ようやくこれらの蓄積をベースにして新しい時代のアニメを研究して、新しい産業・文化おこしに繋げていきたいと思っています。幸い岐阜県では、土岐紅陵高校、多治見西高校でマンガを正規の授業に取り入れていただいており、マンガ立県の趣旨をご理解いただいた先生方に敬意を表したいと思います。
 こういうことをしている所は、全国に他にないと伺いまして、びっくりしました。どこでもやっていると思いましたが、先程、財団の方に伺ったところ、岐阜県だけだそうです。これだけ素晴らしい表現力、あるいは情報伝達力を持つツール、メディアであるマンガを学校教育に取り入れないのは、むしろおかしいのではないかと思います。これを大いに発展させていきたい。
 
【マンガ・アニメは万国共通−イメージ教育の勧め】
 私自身の経験では、教科書を読むときに字句を一字一字たどらず、ページごとにビジュアルに覚えていく、何ページに何があった、という記憶の仕方をしました。いつも一夜漬けだったためのやむにやまれぬ方法だったのですが、要点だけアンダーラインを引くとか、丸印を付けると、そのページのイメージが浮かぶのです。字句を逐語的にたどっていくやり方は非常に効率が悪い。目で瞬間にビジュアルに捉えることが、記憶では素晴らしい力を発揮するものと思います。
 もともと、人類の長い歴史の中で、文字が現れたのはほんの最近のことなのです。それまでは目と耳を使って獲物を追い、外敵に備えてきました。人間の遺伝子からすれば、圧倒的に目と耳の力が大きいのです。文字から観念的に覚えるよりも、イメージで捉えるほうが優れているわけです。マンガ・アニメ=イメージと言えるなら、イメージを教育、学習に使うことは、ぜひ大いに進めるべきであると思います。もちろん、文字を書いたり読んだりするのは大事なことですが、両々相俟って大変効率的な学習、教育ができるものと思います。マンガを正規の学習にどんどん取り込んでいただきたい。県内でのこうした取り組みに予算が必要なら優先的に配分します。カネで済む事なら大いに協力したいと思います。
 どうも、私の経験からしても、要領の悪い学習、教育をしているのではないかと思います。イメージを活用して短時間に能率的に覚える。そのためにイメージ学習、イメージ教育をぜひ進めていただきたいと思います。
 これは私の思いつきですが、生徒たちに数学、英語、地理などの課題をマンガで表現させてみる。そして、コンクールをしたらどうだろう。優秀な作品には知事賞を出したいと思います。最初は遊びでいいのです。例えば数学をマンガで描かせたら、色々な方法で、あるいは大人が思いもつかないアイデアで描く生徒がいるかもしれません。そういう方法でイメージ教育と活字教育を共存させ、相乗効果をもたらすことが必要であると思います。
 21世紀はイメージの時代になると思います。活字離れなどと言われますが、限られた時間の中で他のことをすれば、今やっていることの時間が減るのは当然です。その割かれた時間が活字の本に対する興味を湧かせるとか、理解力を高めるといったことに、必ずつながると思います。世界的なアニメブームと言われますが、これは当然の趨勢だと思います。すべての事柄がイメージで表現される時代になるのではないかと思います。最初にお話した、シリコンバレーのインド系の協会での経験のように、イメージは万国共通なのです。マンガ、アニメは、音楽と同じように世界共通言語だと思います。グローバル化が進むほど、イメージによる情報伝達、情報表現が、ますます重要になってきます。日本人が作ったアニメに外国の方が感動している。そんなことが当たり前の時代になったのです。
 日本は、マンガ、アニメという優れた文化を持っている。それを活用しない日本人は石頭だと思います。
 東京財団の日下公人さんは、文化産業論などを唱えられて、時代の先取りをされてきた方です。今や文化産業論は常識となっています。マンガ、アニメに対する姿勢も同様に、熱心に取り組んでおられます。日下さんが政治家で、総理大臣にでもなっていれば、今日のような日本にはなっていなかったでしょう。産業構造、経済の変化を読み取っていれば、こんなに不況が続くことはなかったと思います。日本ほど、政治・行政の中枢にある人が時代感覚を持っていない国は他にありません。これは日本にとって大変残念なことです。韓国やシンガポールはIT時代を見越しており、韓国の人が「10年は日本を先取りした」と言うほどです。
 日本では、現実には構造改革という掛け声だけで、的を射た改革が進められているかが問題です。目先の人気取りだけでやっている訳ではないでしょうが、日本の将来が心配されます。それはそれとして、岐阜県だけでも生き残っていこうということで、頑張っていきたいと思います。


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