日本財団 図書館


第120回 日本精神にあるもの、ないもの
(二〇〇七年二月十五日)
自分で自分はわからないもの
 今日は日本精神という題です。その二、その三、あるいはその四となるのか、これまでも日本精神については何度か話してきました。
 さて「精神」はわかるが、「日本精神」となるとよくわからないですね。特に日本人自身ではわからない。外国人が言ってくれるほうがいい。
 そういう自分ではわからないことについて、思いつくことを言いますと、先週一週間ベトナムヘ行ってきました。三谷産業がベトナムで工場をやっています。二十歳前後のベトナムの若い人がいっぱいいて、これがほんとうによく働く。目がよくて精密検査器などはなくても、視力三とか四とかで仕事をする(笑)。賃金は安いし、ということだそうです。
 話を聞いていると、ベトナムでは猫は首に縄をつけて置いておくそうですね。犬はほったらかし。それはなぜですかと聞いたら、「知りません。それが当たり前です、わけなんか知りません」。
 自分が昔からしていることに、理由はない。「日本では反対なのですか、なぜですか」と聞かれると、今度はこちらが困る。
 だいたいそういうふうになるものです。
 国立民族学博物館の人がこんなことを言っていました。アフリカヘ行って、いろいろな民族の民具を買ってきて並べて展示する。これはマサイ族の槍であるとか、何とか族の鍋とか。そう書いておけば済んでいたのが、最近は国際化の時代になって、本人のマサイ族の人が見に来るようになった。すると「私たちはマサイ族ではない」と言って怒るという。マサイを挙げたのは仮にですが、「では、あなたたちの名前は何だ」と聞くと、「名前なんかない、私たちは人間だ」と言うそうです。それは当たり前のことですね。では博物館がどうしてマサイと書いたかというと、周り中聞き歩いたら「あそこにいるのはマサイだ」と言ったわけです。そうかと思って書いておいた。ところが隣の人がつけた名前というのは、だいたい悪口なんです(笑)。「だから本人は怒り出すので困る」と言っていました。
 そういうことはたくさんあります。アイヌ人と言いますが、アイヌ人は「我々はアイヌではない、ウタリだ。ウタリと呼んでくれ」と言っています。アイヌというのは我々という意味であって、それ以上の意味ではない。エスキモーも近頃はイヌイットと言いますが、アイヌとイヌイットは同じで、おそらく我々という意味なのでしょう。
 他所者が聞けば「我々」と答えた。他所者はそれを名前にしてしまった。しかし本人は「そんなのは知らない」と言う。すると思い出すのは日本を「倭の国」という、あれは中国人が悪口でつけた名前です。漢字は悪口ですが、しかし倭という発音はもしかしたら、「あなたがたは何だ」と聞かれたとき、日本人が我々と答えたからかもしれない。「わい」とか「わて」とか「わっち」と言ったのでしょう。それにあん変な字を当てたから日本人は腹が立って、聖徳太子のころになると「ここは日の本である」とか、「大和である」と言い出した。これは中国に言うために言い出したのであって、もともと自分で自分に名前をつける必要はなかったはずなのです。
 
長く住んだ外国人は日本を褒めている
 今までの話は前置きのまくらです。これから日本精神の本題について話します。何か急に、こういうことに関心が集まっている。自分で自分のことを話題にするのは、みんな楽しい。話題の中心になりたいわけです。
 これをやりだすと、まず出てくるのは江戸時代か、そのもっと前にやって来た宣教師が、日本について書いた文献です。あるいは明治になってから、イギリスの公使やアメリカの公使や領事が書いたものが出てくる。「日本というのはこんな国だ」と、だいたいはなかなか褒めている。
 考えてみますと、宣教師は神様の教えを広めに来て、日本に骨を埋めるつもりで、暮らしながら見ている。それからその頃、公使は任期十年、二十年が常識でした。行ったら十年、二十年はそこで外交官をするから、日本のことをよく勉強したらしい。これは外務省に当てこすって言っています。外務省の人はみんな任期が二年ぐらいでパッパッと変わってしまう。後がつかえているからと追い出される。だから大使は相手の国のことをあんまりよく知らない。ある人が言っていましたが、機密費をたくさんため込んで、やめてからの小遣いにしようとか。何か急に文化が好きになって、日本文化の自慢をするための予算をとるとかで、相手国の人脈に食い込むような活動はしていない。そういう大使が一二〇人もいるのはおかしい。いりませんね。
 私の経験でも、大使、公使は相手の国のことをよく知りません。その点、民間人は仕事をしていますから特定分野は詳しい。政府関係の調査団などで大使館へ行きますと、「この国は」と言って渡してくれるプリントの説明文が、JTBの旅行案内と同じです。ほんとうにそうなのです。人口はいくら、面積はいくら、GNPはいくらなどと、そんなことは誰でも知っている・・・、知らなくても簡単に調べられる。どこにでもあるデータをくれるだけで、大使が持っているインフォメーションは一体どこに、どれだけあるのか。ましてやその上のインテリジェンスはしゃべらない。もっと上のインスピレーションも絶対にしゃべらない。多分ないからでしょう。と悪口を言っていますが、それが私の印象です。そういう印象を持たれないように、これからやっていただきたいですね。
 さて、江戸時代や明治時代に関して外国人が書いたものはいろいろある。まずは「あべこべ物語」というのがある。これはなかなかおもしろい。みんな知っているでしょう。のこぎりは日本では引くが、向こうでは押すんだとか。そういった、あべこべ物語。
 それから「日本人の心の奥底はこうではないか」というところまで見て書いたのがある。だいたいは「礼儀正しい、相手のことを思いやる。争いごとにならないように折り合いをつける暮らし方を、ここの国の人は全員が共有している」と述べています。たいへん感心して「こんなすばらしい国が世界の中にあったのか」と言う人もいます。それを言った有名人では、例えばアインシュタインが「こんなすばらしい国は世界でずっと永遠に残っていただきたい」と言ったという。これは日本では有名な話ですが、世界中で有名かどうかはわからない。行く先々で言ったかどうかもわからない(笑)。思い当たるのは、彼はユダヤ人です。日本は普通に待遇したが、ユダヤ人は普通にしてもらえたらうれしい、などと後からの勘ぐりをしております。
 
一神教と多神教、大陸と中国
 さて、そういうのを読んでいると、「ということは逆に、あなたがたの世界は日本と違うらしいね」という話になります。
 つまり対比なんです。何かと対比しなければわからない。対比論ならできるが、対比論なしに日本だけというのは、「昔からこうだからしようがないだろう」で終わりになってしまう。
 さて、日本人もだんだん無理やりかどうか国際化されまして、外国とつき合うようになって、対比論が大好きになりました。
 対比論のとき、どう対比するかについて、一神教の国と多神教の国というのはよく使われます。とてもわかりやすい。あるいは、農業をする人と狩猟をする人は根本が違うぞというのもそうです。狩猟民族は略奪を悪いと思っていない。攻撃を悪いと思っていない。お互いに攻撃し合ってその上にバランスがあるという考え。だから相手が防御に回るならやっつけてしまえばいい、勝てるものなら勝ってしまえばいいのであって、それのどこが悪いんだ、と向こうの人は考えている。ところが農業の人は、辛抱強く待っていればそのうちいいことがあるさ、そのうちまたお天気の日があるよという、そういう生き方がもう身についている。そういう対比がよく使われます。
 あるいは大陸と島国ではこんなに違う、というのもおもしろいですね。大陸では人間が歩いてどこまでも行ってしまう。悪い政治をすると、歩いて逃げてしまう。中国人の歩く力は、ほんとうにすごい。長江という南京や上海のあたりで政治が悪いと、かつての満州まで歩いて行くのですからね。天津のほうまで、歩いてでもやってきます。あるいはロシア人はツァーに虐待されると、シベリアヘ、昔のことですから歩いてきた。カムチャツカ半島まで来てこのへんであきらめるかと思ったら、ベーリング海峡を渡ってアラスカへ渡って、まだそれからサンフランシスコまで歩いて行った。
 歩く力はすごいものです。日本人もこの前の戦争のときに、一番たくさん歩いた部隊は北京のあたりにいたのが、突然南へ行けと言われ、どんどん歩いて香港のあたりまで来て、さらにベトナムまで行けと言われてそれを全部歩いた。その間、五〇〇〇キロか六〇〇〇キロでしょうか。
 一番大事だったものは何ですかと聞いたら、靴だったそうです。それから石けんです。朝出発するとき、靴ずれ防止のため靴下に石けんを塗っておくというのが兵隊みんなの心がけであったと、こんな話を聞かせてくれました。
 それから思いついたのは、日本中にゴルフ場が約二〇〇〇ある。もっと多かったが、つぶれてしまいました。それでざっと二〇〇〇。一八ホールは六千数百メートルです。だから一日歩いて、約七キロ。すると、日本中のゴルフ場二〇〇〇あるのを全部歩いてやれと誰かが決心したとする。土日は一年に百日ありますから、一年に約七〇〇キロ歩ける。だから十年あったら七〇〇〇キロ歩ける。二十年で一万四〇〇〇キロメートルですから、ゴルフ場の全ホールめぐりが完了する。
 地球一周で四万キロぐらいです。東京から一番遠いところというとブラジルとかニューヨークで、二万キロですからその気になれば歩けます。ニューヨークでも歩けないことはない。靴さえ取りかえて行けば足のほうはもつんです。
 人間の足はすごいものだ、と思います。どうしてこんな能力がついているのか。きっとそれは先祖が歩いたのでしょうね。アフリカからスタートして全世界に広がった。歩けない人はそこで置いていかれた。人間が今日こうなっているのに対する、自然淘汰の一番大きいのは足かもしれない。だから人間は歩くのが好きなんです。マラソンというと、わざわざ自分から申し込んで熱心に走るでしょう。あれはうれしいんですよね。
 と思っていたら、養老孟司さんが言っているのは、もっと前にすごい淘汰があった。それは言語による淘汰です。ネアンデルタール人はなぜ滅びたか。言葉を使わなかったからだ、と養老さんが言っています。ほんとうかどうかは誰も見たことがないからわかりませんが、しかし言語による淘汰というのは、それはまあ、あっただろうなと思います。だから今でも口のうまい人が出世する(笑)。これをまだやっているのが欧米。日本はそんなものは卒業したんですね。口がうまい人が出世するのを見ると、その上役が愚かだと思われる。周りはみんな知っているぞ、というわけです。
 だから日本では「評判」が一番最高の自然淘汰です。評判で世の中が動いていくというのが一番うまくいく方法だと日本は発見して、それをやってきた。
 ところがアメリカは寄せ集めだから、評判が立つ前に何とかうまいことを言って、先に儲けてしまったほうが勝ちなんですね。そういう違いがありますが、これはやっぱり大陸と島国の違いから来るのかもしれない。島国の中は同じ顔ぶれで、特に日本の場合は文字ができてから二千年、文字ができる前から言えば一万年前から、だいたい同じ顔ぶれが住んでいる。だから評判でいいわけですね。同じ言葉を話しているというのが、日本の大きな特徴であり、島国の特徴でもあるわけです。
 日本は言霊の国だという認識は中国から文書による文明、文化が入ってきたとき、それとの対比で日本人が気がついた自己認識でしょう。我々はおしゃべりと詩歌でコミュニケーションができるので便利だと自慢しているのです。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION