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日本国民に説明できないODAは全部やめるべし
 日本人自身は、考えていないとは思っていない。考えているつもりです。だから、内閣に「海外経済協力会議」ができて司令塔になるなら、ODAの理念を書きなさい、はっきり言いなさい、ということです。
 誰も書ける人がいない。外務省一筋何十年という人でも書けない。国際関係論の学者でも書けない。それは何も考えていないからである。
 私は、それはいいことだと思っているのです。だけど、この際何とかして無理して考えなさい、と言いたいのです。それは外国に説明するのではなく、日本国民に説明するためです。我々の税金を持っていってばらまいているのだから、日本国民に説明する義務がある。説明できないのだったら、ODAは全部やめなさい・・・ということです。違いますか? 何も考えてないから、そういう人ばかり集めているから、何も出てこない。それでまた、我々は毎年毎年一兆円の税金をODAで取られてしまう。全部税金ではなくて、貸付金も行っていますが。
 ODAは一兆一〇〇〇億円時代がずっと続いたんです。その時、アメリカを超えたと言って、みんな喜んでいた。アメリカが一兆円なのに、日本が一兆一〇〇〇億円も世界に配っている、と誇らしげに言っていました。一人当たりではアメリカの二倍なんですね。世界はさぞや仰ぎ見ているであろうというのが、二十年も三十年も続いたんです。ところが現実はそうではない。
 古森義久さんという、ほとんどこの人一人の手柄だと思いますが、産経新聞の北京特派員として「中国人は何も感謝していない」ということをしつこく書いた。北京空港へ行っても日本のことはどこにも書いてない。別のところへ行ってみたがどこにも書いてない。その隣には、日本は悪いことをしたという記念碑が建っていて、すぐ横に日本のお金でつくったものがあるのに、そちらは何も書いてない、ということを古森義久さんが何度も書きました。
 産経新聞は中国に対して友好親善の約束をしていませんから、上役もとめられない。古森さんがしつこく書いたら、それを読んで日本国民が「なに、感謝していなかったのか」と急に考えるようになったんですね。慈善と感謝の関係だと思っていたら違うのか。じゃあ、見直せ、ということになりました。
 古森義久さんと北京で会ったとき、一緒にレストランでディナーを食べたら、ウエートレスがお皿を運んでくると古森さんはピタッと話さない。「ばかに用心深いんですね」と言ったら、「もう私には尾行がついていますから。私がどこかのレストランに入って座ると、公安がウエートレスになってここへお皿を持ってくるんです」と言いました。それで「古森さんへ何か嫌がらせはないんですか」と聞いたら、「今のところは何もないが、日本へ帰るときが心配です。北京の空港で捕まるかもわからない」と言いました。ソ連でもしょっちゅうある話ですね。モスクワ空港を出るとき、荷物を調べてモスクワの地図が出てくると、「地図は国外持ち出し禁止である。おまえはスパイである」と言ってたちまち捕まります。あるいは田舎の古新聞を持っていても、スパイであると言って捕まります。出るときが危ないんですね。
 その後、東京で会いましたから、「無事帰ってこられてよかったですね」と言ったら「出るときは必死の思いで出てきました。言いがかりをつけられるようなものは一切持たずに。それからわたしの家内はアメリカ人です。だから奥さんと二人かたく腕を組んで、産経新聞の人にもゲートをくぐって見えなくなるまで後ろから見ててもらって、そのせいかどうかはわかりませんが、何事もなかったんです」と古森さんが言っていました。それだけの思いをして、彼は記事を書いた。他の人はそういう思いをしたくないから北京で古森さんのようなことは書かなかった。
 
相手国に、援助を渡す理由と注文をつけよ
 それからここで言っておきたいことは、塩川正十郎さんが財務大臣になったとき、ODAを削れと言った。それで一兆円を七〇〇〇億円まで削った。これは不景気の力と、今言った中国に対する不信の念と、塩川さんの人柄と、三拍子そろって一兆円が七〇〇〇億円まで減った。
 劇的に減ったんですね。この調子で毎年一〇〇〇億円ぐらいずつ減らせばいいなあと思っておりましたが、塩川さんがやめたらまた一兆円に増えています。外務省は一生懸命言って歩いたんですね。「日本外交にはこれしか手段がない、これしか武器がない、世界の国は感謝している」と。それは嘘なんですけれどね。ということで、また一兆円に増えていまして、だから司令塔はまた毎年一〇〇〇億円ずつ減らすような理論構築をしてもらいたい。それこそがこの司令塔の仕事ではないかと思っています。
 そこで、わかりやすいエピソードを申しますと、外務省の大使がこういうことを言っていたんです。大使もそろそろ終わり頃になると、良いことを言う。辞めてしまった人も良いことを言う(笑)。外務省は国連常任理事国になろうと思って、アフリカは国の数が多くてわずかな金で一票が買えるからと、配りまくって多分大丈夫だと思っていたら全然だめだった。みんな中国へ入れてしまった。南米でもそうだった。たくさんばらまいた金は、全部ムダであった。これを外務省の人は、日本国民に説明しなければいけないが、しませんね。日本国民も何も言いません。いやもう、こんなに心優しい国民はいません。
 その人が言ったのは、南米諸国へ行って「なんで日本の国連常任理事国入りに賛成してくれなかったんだ」と言ったら、向こうは「確かに日本国から援助はもらった。何十年にもわたってたくさんもらった。それは感謝しています。ただ、その理由は『あなた方は貧乏で気の毒だから金持ちになりなさい。そのための元手を貸してあげます』ということで、私たちはそれを有効に活用してブラジルでもアルゼンチンでもだいぶ豊かになりましたから、さぞや日本は喜んでいるでしょう。それでいいじゃありませんか。あなた方の期待どおりに我々は金持ちになりました。日本人は満足しているでしょう。
 そこへ中国がやってきて、国連での一票を買いたいと言った。我々はお金が欲しいから売った。どこが悪いのか。主権国が主権の発動として国連で一票を投ずる。どこへ投じようと我々の勝手で、日本からとやかく言われる覚えは全くない。悔しいのだったら、日本の外務省も国連の一票を買いたいと、昔からそう言っておけばいい。そうしたら我々は、その時もらうか、もらわないかを決心した。今やってきてぐずぐず言うな」と南米の人から堂々と言われた。まことにもっともである、とその元大使は言った。
 ですから、これから始まる日本のODAは、そういうことを議論しなければいけませんね。相手国に、渡すのはこういうためである、感謝とかそういうことはなくてもいい、という注文をつける。
 
諸外国は旧植民地にODAを出している
 そのとき、どんな注文をつけるかを考えてほしいのです。これは簡単な話ですね。「日下さん頼む、東京財団でつくってくれ」と言われたら、私はタダでつくってあげます。
 これを外務省とか経産省が「理念を考える懇談会」なんてつくってごらんなさい。一億円ぐらいすぐかかってしまいます。しかるべき人を集めて、会議を開いて、往復交通費を出して、するとその学者たちは海外の実例調査が必要であるなんて言って、それでみんなで遊びに行こうとか。こんなことはもう二十年も前からやっていることです。
 世界各国のODAはどの国へ出しているかという統計があります。全部もとの植民地へ渡している。イギリスのODAは旧イギリス植民地へ行っています。フランスもそうです。ベルギーもそうです。アメリカの場合には植民地というよりは東西対決ですから、ソ連に敵対してくれる国にODAを渡していた。アメリカの軍事基地を置かせてくれる国に援助をしていた。
 はっきりしているんですよ。なんでイギリス、フランス、ベルギーなどが旧植民地にODAをやるかというと、利権が残っているからです。独立はさせたが、イギリスの会社が残っていて、そこでウランを掘ったりチタンを掘ったり、鉄道を経営していたりする。そういうのを国有化されないよう、接収されないために、薬をちょっとかがせているんですね。旧植民地支配を続けるためで、相変わらずイギリス製のものを買え、日本製のものを買っちゃいかんぞと縛るためのODAなんです。
 日本が配ってきたODAは、この三十年間、見事に人口頭割りになっています。見事にそうです。色をつけないんですね。人口一億人のところに一億円あげれば、人口一〇〇〇万人のところには一〇分の一の一〇〇〇万円といった調子で、こんな無色透明で公平で人道的な援助はありません。
 これをどう考えますか? 外務省は責任逃れで、難しいことを考えたくない。人口のとおり配っておけば、それがムダに消えたって知っちゃいない。横並び主義ですね。配ることに満足を感じている。では、国民はどうですか。今まで議論してこなかったから、知らないんですね。


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