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相互信頼社会の底力
 ところで、ここまで役所を信用しているというのは、日本の思想の特徴です。
 外国ではそんなに信用しない。お役所も自分たちも対等だと思っている。ほんとうの真実は神様しか知らない、というのはキリスト教から来るんですね。真理はお役所と民間とが徹底的に議論をして、落ちついたら「それを真理とする」です。これは「手続き主義」という。手続きの上に真理があるとみなす。
 ところが日本人はそうではない。真理というのは人間が決める。人間一人ひとりが神です。お互い話し合ってほどほどで決まる。だから談合で決まるのが真理です(笑)。これでは、いくらやっても談合がなくならない。内心では「談合のどこが悪いのか」と思っているからですね。
 入札とは、一番安い人が仕事をとっていくということです。つまり値段だけの話です。値段以外のことは考えなくてもよいというわけです。しかし、世の中にそんなことがありますか? ないですよ。あると思うものをよく見ると、それは工業製品で規格化されたものです。それなら全部同じものだから、ちょっとでも安ければそれを買おうじゃないか、という世界です。
 しかし実際は、皆さんも買い物をしているとわかるように、なかなかそうならない。電話一本で配達してくれるとか、ぐあいが悪いと来てくれるとか、謝るときの謝り方に誠意が見られるとか(笑)、そういうことで決めている。値段だけではない。
 日米貿易摩擦のとき、通産省はアメリカの圧力に負けて、半導体ユーザーに対し、アメリカ製を二〇%買えと言った。アメリカの言い分は(1)半導体は規格品で世界中同じものである。(2)アメリカ製品は世界に売れている。(3)アメリカでも使っている。(4)何の不都合もない。(5)しかるに日本にだけは全然売れない。(6)これは何かアンフェアな国産保護政策を通産省がやっているに違いない。
 そこで通産省が何もやっていないことを証明すると、(7)ともかくアメリカは貿易赤字で苦しんでいる。問題は結果だ。二〇%は買うように通産省からユーザーに圧力をかけろ――とは前後矛盾のめちゃくちゃでしたが、そのとき通産省がユーザーに「なぜ日本製に限るのか」を聞くと、(1)アメリカ製品には不良品が多い。(2)クレームをつけても認めない。それから「自社で受け取り後に検査をすればよい」と言う。(3)「それではコストが上がる」と反論すると、「ともかく販売してお客からクレームがきたのだけ交換すれば安くすむではないか。アメリカではそれが常識だ」と言う。(4)「日本ではそんなことをしたら信用がなくなる」と言うと、アメリカは不思議がるだけで、一向に品質向上の努力をしようとしない。
 以上を面白く言うと、日本では“不良品があったよ”と電話をすると、翌日直ちにメーカーの人がきて全部取り替えてくれるが、アメリカは一週間後弁護士がきて、こちらの工場に手落ちがあったはずだと検査を始める、と半導体ユーザーの人は説明した。実によくわかる話ですが、この日本式をアメリカに対して断固として主張し、説明し、PRしなかったのは失敗でした。
 官庁も政治家も一歩譲っての解決を選び、日本は使用量の二〇%はアメリカ製品を買うことにしたが、そのとき悪いアメリカ式が日本の会社に入ってきました。(1)製品を受け取り後、再検査する。(2)かまわず組み付けて販売し、お客を検査係にする、のどちらかをするようになったので、前者の道を選んだ会社はコスト高、後者の道を選んだ会社はクレーム続出で、社長はテレビで平身低頭という光景になりました。
 新聞・テレビは会社のコンプライアンスが問題だと書いているが、さかのぼって往時の通産省と自民党の“大局的譲歩”とやらが商売の根本を崩したとまでは言わない。あのとき言わなかった後ろめたさがあるので、今も言えないのです。
 財界の経営者もあのとき言わなかったので今も言えない。以上を芝居か講談にたとえて言えば、強姦された女性が相手の名を言わず、井戸に身を投げて死ぬようなものだと思います。私は当時から書いているが、相手の名はアメリカの下院とUSTRです。個人名は当時の新聞を見ればわかります。
 価格競争は、日本では徹底的にはやっていませんね。新聞記者のいないところでお役所の人にこっそり聞けば「いや、もう、談合は大変よい」と言います。私が聞いた実例は、羽田に行くところの橋かトンネルの工事を、何とか組にやらせた。「談合を見て見ぬふりをしたのはどうしてか」と聞いたら、「何とか組には借りがある」。「その借りとは何か」と聞くと「一昨年に、緊急でもう何も言わずにやってくれ、というときに黙ってやってくれてとても助かった」。
 そういう話はたくさんあるのです。阪神大震災のときでも、近畿建設局の局長が偉い人で、というのは後でわかったことですが、それまでの評判は「彼は遊んでばかりいる、業社にたかって酒ばかり飲んでいる悪い局長だ」というものでした。ところが阪神大震災の朝、ぱっと起きるなり、なじみの建設会社に「大型ブルドーザーを全部、大至急神戸のほうへ走らせてくれ。やがて道路がいっぱいになって走れなくなるから、今すぐ走れ。みんな神戸へまわしてくれ」と言ったら、「あの局長が言うのなら」とみんな行ったというのです。そういう話もあるんです。
 そういうときに「きちんと手続きを踏んでください、書類で依頼状を出してください。ガソリン代は誰が払ってくれるんですか」と言う土建会社もあれば、「よおし、わかった。まかせろ」と言う会社もある。それが世の中ですが、しかしそこまで評論する人はいないわけですね。
 世の中のことは、これに限らず何でも持ちつ持たれつでやっている。だから私が社長だったら「アカウンタビリティ? 変な英語を使うな。コンプライアンス? そんなものは我が社にはない。ともかく我が社のつくったマンションを見てくれ、トンネルを見てくれ」と言います。それでいいんですね。これが相互信頼社会ですよ。
 書類だけを見てもわからないことが、世の中にはいろいろある。そういう日本風の暮らし方、日本の思想、態度というあたりを、前回の結論にしましたが、私はその点がすごいから、自然に世界に勝ちますよと言っているのです。
 誠心誠意ではなく裁判で勝てばいいとか、検査がきたらごまかすのがゲームだとか、そういうことだから結局アメリカ製品にはろくなのがない。ヨーロッパはマアマアですけれど。
 
日本は既に結果を出している
 このように、思想とか常識、信念とかが日本は凄いと言うと、「もっと分析的に言ってもらいたい、大学で教えるように言ってもらいたい」と言う人がいる。大学のように教えるとは、私としては程度を下げることなんですよ(笑)。もうそういうことは卒業したと思っているのですが、まあ、今日は少し分析的にやってみましょう。
 その第一番目は、日本が良いということの裏は「他国が悪い」ということですから、他国が悪い話をたくさん集めましょう。それで総合比較をしましょう。
 第二番目は、日本が良いというのは既にその結果が出ている。たとえば日本のGNPはここまで伸びてきたし、輸出が落ちていない。みんなが争って買いにくる。これは強制的に押しつけていません。結局、みんなが支持してくれている。結果がもう既に出ている。
 それから、日本は国内ではもう実行済みのことがたくさんある。日本国内では、日本思想はずいぶん実行しています。ということを、きちんと調べて書き上げればいいわけですね。
 たくさんあるんですよ。たとえば今は、親子の関係がすっかり壊れたという記事や評論が書きやすい。しかし、ほんとうに壊れているか、誰も調べた人はいない。「理想の親子関係」とは何かを言ってみよと聞いたって、実は誰も言えない。それなのに何となく、親の孝行をしない子供がいっぱいいると書く。想定レベルを上げれば批判記事はすぐに書ける。
 実際を見ているとそう思いません。子供は親のことを一生懸命心配しています。親が元気の間はなるべく手を抜いているだけです。ほんとうにそう思います。
 同じものを見ても、悪く取れば悪く見えるが、良く取れば良く見える。こんなにたくさん孝行息子やけなげなお嫁さんがいるのか、と思うくらい日本にはたくさんいます。誰かこういう統計をとればいいと思うのですが、そういう統計はありません。
 多摩大学で私が教えていたとき、ゼミの学生が卒業式の日に「先生こっちへ来て一緒にお茶を飲んでください」と言う。行くと親がたくさん来ている。「これが私の親です。先生はゼミナールのときに“親の顔が見たい”とおっしゃいましたから。はい、どうぞ」と、これが冗談かと思ったら、本気で親の顔を見せたいらしい(笑)。そういう意味の日本語ではないのですが、それはともかく「では、ちょうどいい。私が痛感するのは、この大学の学生には親子の話し合いがほんとうにない。この際いい機会だから、ここで親に挨拶しなさい。四年間を卒業するに当たっての挨拶を」と言ったら、なかなか立派な挨拶をしました。
 普段はおちゃらけたことばかり言っている子供たちが、「お父さんお母さん、ありがとう」と言い出して、一人息子の学生は「老後の面倒は私が断じて見ます」と言ったので、その親は泣き出しました。私ももらい泣きしました。「えっ、彼が」と思うような子供が、きちんと挨拶しました。そういう経験があります。
 そういう日本の底力は、現にまだ消えていませんと言っているのです。
 それから第三番目は、他国もけっこう気がついています。日本はいい国だ、気高い国だ、誇りを持っている国だ、悪いことをしない国だ、よその国の悪口を言わない国だ、と。非常に謙虚な国である。それにつけ込んでいるアメリカが恥ずかしい。中国人でそう言う人があまりいないが、今に「中国が恥ずかしい」と言うでしょう。


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