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GNPの数字の手品とは
 数字の見方にはやはり常識が必要です。アナロジーが必要なんです。そういうことを忘れたので、経済企画庁は「もう要らない」になってしまったのです。
 夕べパーティに行ったら、たまたま赤羽隆夫さんに会いました。この人は大変面白い人で、経済企画庁の次官にまでなりましたが、在職中に彼が言ったのは「だいたい経済企画庁の分析や、景気予測というのは、夜が明けてだいぶ日が昇って、すでに十時ぐらいになっているのに、今ごろ夜が明けたなんて言っている」。
 それはそうです。統計が揃うのは二〜三カ月後ですから。
 昭和三十七年に私は銀行で「予測係をやれ」と言われて、その第一号となりました。当時私がやったのは、東京電力に電話をかけ「この一カ月間の電力消費量を教えてください」と聞くことです。これは三十一日に正確なのがわかる。毎日の数字が業務用と、家庭用に分かれて出てきます。だから三十一日には、この一カ月間の電力消費量がわかる。これなら遅れていないわけです。
 私はこれを根拠にして、あとの数字には勝手な理屈をつけて、予測を出した。すると「長銀の予測はよく当たる。どうやっているんだ」と聞かれたが、教えませんでした(笑)。やがてこれはみんなが使うようになりました。
 あるいは、日本銀行が発券残高を毎日発表しています。今日一日はこれこれで推移した、日銀券は日本中にこれだけ回っているぞという数字です。毎日発表していますから、三十一日分を自分でそろばんで合計して平均を出すと、この一カ月間に日銀券はこれだけ回っていたというのがわかる。
 これが一番正しい。お金を使ったという数字ですからね。この数字の対前年同月比がGNPの成長率に近い。これ以外の統計なんか全部要らないくらいです。
 このお金をうまく使ったか、下手に使ったか、どこかでじっと止まっていたかというのは、自分で適当にヤマカンで直したんです。これが一年たつと、GNPになる。
 これも経済学の初歩で、マーシャリアンKといいます。マーシャルという経済学者がKという常数を置いて、通貨のサーキュレーションと国民所得との間の数字をマーシャリアンKと言ったわけです。私は要するに、サーキュレーションを置いて、Kは自分で勝手に手加減して国民所得をつくっていた。
 それであるときハッと気がついた。「これは自分が気がつくぐらいだから、経済企画庁もやっているに違いない」と(笑)。経済企画庁はGNPを数字を積み上げてつくったと言っているが、絶対そんなはずはない。積み上げられるはずがない。当たり前です。国民の家計簿の費目全部を一億人分、積み上げ計算しなければ国民所得にならないのですからね。だから、できる限りはやりますが、最後のところは何かしなければ仕方がない。
 そこで一度、経済企画庁が発表するGNPについてのマーシャリアンKを、自分で計算してみたら、十年間一定です(笑)。日銀の通貨の流通高、掛けるK、これが十年間同じK。それで「日本の昨年のGNPは五〇〇兆円です。それが三%増え五一五兆円になりました」というのを置いておいてから、設備投資は幾ら、個人消費は幾ら、住宅投資は幾ら、在庫投資は幾らと、あとで中を分けていくわけです。
 それで赤羽隆夫さんに、「手品はわかった」と言ったら、嫌な顔をしていました(笑)、要するにあまり数字を信用するなと言いたいのです。赤羽隆夫さんの名誉のために付け加えておくと、「こんな統計を見て言ってもしようがない。もっとみんな町へ出ろ」と、彼は言って、たとえばタクシーの運転手と契約して、お客が言った話で面白いのがあったら教えろというモニター制度をつくった人です。CIAみたいなものです。
 そういう人と夕べ会った。とても元気がよくて、「今考えていることを英語で書けば、ノーベル賞疑いなし」と言っていました。こういう話を聞いて、皆さんはどう思うか知りませんが、私の周りには昔から割とそういう人がいるんです。確かに取れるかもしれないと思います。ノーベル経済学賞をもらった論文を読んでいると、ちっとも感心しないものがいくつかありますからね。アメリカでそう言うと、「ノーベル経済学賞をもらおうと思ったら、シカゴに住まなければだめだよ。そしてホームパーティにさんざん出歩かなければだめだよ」と言われましたが、まあ半分くらいは本当でしょう。それは赤羽隆夫さんもわかっていて、「だから書くのをやめた」と言っていました。
 言いたいことは、アカデミックの世界とかアナリシスの世界を、そうむやみに信仰するなということです。
 しかし信仰している人が多いから、「景気回復はもう始まっています」と言おうとすると、こんなに紆余曲折をたくさん言わなければいけないわけです(笑)。
 
物価統計には出ない贅沢消費
 「個人消費はもう回復しています」と去年から言っていますが、「まだ数字が出ません」と言う人がたくさんいました。ではその数字は何の数字かということです。百貨店売上高、チェーンストア売上高、やっとその二つぐらいになっていますが、百貨店の中で何が売れているか、自分で行ってみたかどうかです。行ってみると、ランチの食堂だけは確かに大入り満員です。それから地下で食料品のお土産を買って帰る。
 それは、どういう人なのかということです。お昼ご飯の時間にデパートの食堂へ、皆さんもぜひ行ってごらんなさい。周りを見ていれば、例えば銀座ですと、なんと鎌倉あたりから昼食を食べに来る人がいる。暇なおじいさん。お金はあって、ほかに楽しみがない。行くところがないから、デパートに来て昼飯を食べている。すると店員が寄ってきて、「いつものとおりですね、おじいちゃん」と言うと「そうそう」と言っている。いつものとおりとは何だろうと見ていると、天丼三〇〇〇円、エビが八尾ものっています(笑)。こういう光景から、景気、個人消費が回復したと私は見るわけです。
 しかしこういうのは物価統計には出ない。天丼は七五〇円でエビは三本しかのっていないことにしてある。小さいがエビが八尾のっている天丼、そういう贅沢消費が始まってきたということを統計はとらえない。贅沢消費に関する統計というのはないのです。それをつくるためにはメーカーを歩き回るよりも、家計簿から見ればいい。
 じつは家計簿の調査は一応、総理府がやっています。往時は二三〇〇所帯、今は六〇〇〇か八〇〇〇だったかをやっている。
 この話をするとまた面白いのですが、家計簿を渡して「これを細かく書きなさい」とお願いする。食パンとか、ジャムパン三つとか、子供用の運動靴八〇〇円を一足とか、ほんとうにまじめに書いてある。ところがこれだけまじめに書いて、お礼はというと一〇〇〇円ぐらいしか出さないから、嫌がるのを無理やり依頼する。承知した人は公務員ばかりです(笑)。「家計簿調査をまじめに書いて出している人は、公務員ばかりだろう」と言ったら、「いや、まあ、そのー」と言っていました。普通の人は、そんなにつけるはずがありません。
 それでも何かの役に立つと思って、原票を見せろと言った。住宅費が幾ら、何とか費が幾らと集計して出している。ところが集計するときに、その人の価値観が入っています。これを怠慢で直さないから、雑費というところにみんな入れていた。雑費がとうとう全体の五割になったんです。
 もともとこの調査を始めたときは、エンゲル係数と言いますが、食費の負担が重くてかわいそうだというので、食費だけわかればよかった。そのうちに、住宅費のアパート代も大変だというので、これも調べようとなった。要するに、食費と住宅費だけ調べて、残りは「その他雑費扱い」にしてあった。それは二〇〜三〇%だったが、いつの間にか、ガソリン代と自動車代が増えてきた。それから、子供の教育費に金をかけるようになった。だから、ガソリン代と子供の教育費で五割になっている時代になったが、それが全部「雑費」なんです。「こんなの怠慢だ、きちんと分けなさい」と審議会で言ったら、やっと自動車関係費という項目が立ちました。
 そのほかに私は、主婦交際費というのを立てなさいと言いました。主婦は交際費を使っているが、「子供教育費」とか「PTA打ち合わせ連絡費」とか、そういう名前をつけている。だから「主婦交際費」という枠を立てなさいと言ったのです。デパートやホテルであれだけお茶の時間が賑わっているのは、まさにそれですからね。これも古い思い出話です。
 個人消費が盛り上がるというのも、デパートのランチ食堂の贅沢品というあたりから始まってくるのです。考えてみてください。昔景気が悪くなったときも、まずはそういうところから節約が始まったのです。ランチはコンビニのおにぎりや牛丼で済ませる。みんながおにぎりを食べているときには、ゆとりがある人でもやっぱり遠慮して贅沢なランチは食べない。それが「ああ、終わったな」と、そういうところから見ていると、ようやく今、統計的にも個人消費が回復してきたという話が出てきました。


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