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−日中医学協会助成事業−
中国南京市地域における生活習慣に関する口腔疾患の実態調査
−特に唾液検査を用いた疾患調査−
研究代表者
教授 大塚 吉兵衛(日本)
教授 王 林(中国)
所属機関
日本大学歯学部(日本)
南京医科大学口腔医学院(中国)
共同研究者名
小宮山一雄(日本)
朱 玲(中国)
 
要旨
 日本と中国において,将来,口腔衛生の指導的立場を担う歯科医学生を対象として,生活習慣に起因する口腔疾患罹患状態について調査をおこなった。対象は日本大学歯学部学生118名と南京医科大学口腔医学院学生92名について,歯周病罹患状態を唾液潜血検査で,口腔衛生を含めた生活習慣を質問表による調査をおこない両者間で比較し検討をした。
 調査の結果,唾液潜血試験陽性率(歯周病罹患率)は,日本の歯科学生(以下日本学生)が13.6%,中国の歯科学生(以下中国学生)が43.5%で,中国学生は若年者であるにもかかわらず高い歯周病罹患率を示した。また,質問調査の結果から以下の点が主に明らかとなった。全身疾患既往歴を持つ者は,日本学生が10.2%であったのに対し,中国学生が34.8%と高い割合を示し,そのなかに感染症が %含まれていた。歯科治療経験者は,日本学生の88.1%に対し中国学生51.1%と,中国では歯科受診の機会自体が少ないことが考えられた。さらに,歯肉の状態について出血があると答えた者は,日本学生は7.6%であったが,中国学生は37.0%と高い割合を示し,歯周病罹患率の高さを裏付ける結果となった。口腔清掃習慣に関しては,一日あたりの歯磨き時間の平均が,日本学生は13.5分で,中国学生は4.6分と短かった。また歯間清掃用具の使用について日本学生は33.1%,中国学生は7.6%であった。
 以上の結果から,日本学生と中国学生における歯周病罹患率の差は,両者において口腔衛生に対する意識の差がみられることによると考えられた。口腔衛生に関するIQが高いと考えられる歯科医学生間で大きな差がみられることは,南京市における口腔衛生施策を策定するうえで示唆を与える結果と思われる。施策の第一歩として,国民口腔衛生の指導を担う歯科学生に対して,歯周病の予防に歯磨きが有効であることを始めとした,口腔衛生全般に関する教育の強化が必要であると考えられた。
 
Key words 唾液潜血試験,歯周病,口腔衛生,質問表
 
緒言:
 中国は近年,急速な近代化により,目覚しい発展を遂げている。しかしながら,ジニ係数で比較すると,中国は日本と較べて0.15程度高い0.45と,社会の不安定要素を含んだ貧富の差が激しい国である。また,医療衛生の面からみると,1949年の平均寿命35歳から2000年には71歳と,格段の伸びが見られている1)。にもかかわらず,単位人口当たりの歯科医師数は日本の約1/30と極めて不足しており2),12歳の時点で歯周病罹患率が69%であるなど,歯科疾患の罹患率は高いが専門家が少ないという矛盾した状況にある1)。1986年の北京大学口腔医学院における調査では,抜歯原因の44%(第1位)が歯周病で,重大な歯周病問題に直面しているにもかかわらず,歯周病治療を行う歯科医師が稀有であるという,中国の人々にとって不幸な状況が続いている1)。このような状況を打開し,効果的な歯周病予防プログラムを作成・実行するには,その背景にある人々の生活習慣や口腔衛生に対する意識を調査し,それらの要素が歯周病の罹患状況とどのようにかかわっているか総合的に分析する必要があると考えられた。幸いなことに,南京医科大学口腔医学院の理解を得ることができ,唾液検査と質問表調査に関する共同研究を開始するための基礎が固まった。本共同研究はその第一段階として,唾液潜血検査による歯周病罹患状態および質問表により口腔衛生を含めた生活習慣を調査し,日本大学歯学部学生と南京医科大学口腔医学院学生とを比較し,その問題点の抽出を試みるとともに,改善策について考察を加えた。
 
対象と方法:
 対象:調査の対象は,日本大学歯学部学生ボランティア(以下日本学生)122名ならびに南京医科大学口腔医学院学生ボランティア(以下中国学生)110名である。なお,日本における本研究調査は,日本大学歯学部倫理委員会の承認を得ており,各学生ボランティアには研究の意味を書面ならびに口頭で説明し,書面による同意を得ている。また,中国学生の同意承諾については,南京医科大学口腔医学院王院長のもとに,倫理委員会の承認を得ている。
 唾液潜血試験3-5):各被験者に3mlの水を含ませ,10秒間含漱後,紙コップに吐出させサンプルとした。サンプル液に抗体法唾液潜血試験紙(商品名:ペリオスクリーン「サンスター」,以下ペリオスクリーン)の下端を浸し,5分間液の上昇を待った後,結果の判定を行った。陽性(++,+)または陰性(±,−)の判定はメーカーのマニュアルに従い,日本大学歯学部と南京医科大学口腔医学院それぞれにおいて担当する歯科医師が行った。
 質問表:被験者に対する生活習慣ならびに口腔衛生習慣を問う質問表は,日本大学歯学部付属歯科病院歯周病科で用いられているものを,伊藤公一教授の供与を受けて使用した。質問項目は,年齢,性別,既往歴,歯科治療経験,口腔に関する自覚症状や習癖,食事や嗜好品,口腔清掃習慣など多岐に亘っており,記入に要する時間は5分程度の質問内容であった。
 質問表の結果と唾液潜血試験結果との関係:質問表の集計結果とは別に,質問表のいくつかの質問項目とペリオスクリーンの判定結果との間に有意な関係があるかどうかを,χ2検定を用いて調べた。
 唾液中の肝細胞増殖因子の定量:唾液中の肝細胞増殖因子(HGF)量と歯周疾患の進行度とが有意に相関するという報告が日本6)とポーランド7)でなされてきたことから,中国においてもHGFが歯周病の疾患マーカー候補となりうるかどうかを調べた。南京医科大学口腔医学院の学生ボランティアから全唾液の採取を行い,凍結保存したものを日本大学歯学部に搬送した。この全唾液をサンプルとして,市販のELISA kit(R&D Systems)を用いてHGFの定量を行い,ペリオスクリーンの判定結果(++,+,−)とHGFの定量結果との相関を調べた。
 
結果:
 日本大学歯学部学生ボランティアによる質問表の有効回答数は118名で平均年齢は22.9歳,南京医科大学口腔医学院学生ボランティアの質問表有効回答数は92名で平均年齢は22.1歳であった。
 ペリオスクリーンによる唾液潜血検査の結果を表1に示した。両者の陽性率を比較すると,日本学生は13.6%で,中国学生は43.5%であり,若年者集団としては非常に高い陽性率を示した。
 表1に示した質問表の結果から,日本学生と中国学生の主な相違点を抜粋すると,全身疾患既往歴を持つ者は,日本学生が10.2%であったが,中国学生は34.8%と高率を示し,かつ肺炎,肝炎などの感染症が含まれていた。歯科治療経験者は,日本学生は88.1%であったが,中国学生は51.1%と,中国学生の歯科治療経験は日本学生の半数であった。なかでも矯正治療経験者は,日本学生の18.6%に比べ,中国学生4.4%と大きな差がみられた。口腔内の状態に関する質問項目のうち,歯肉の状態を問うものでは,歯肉出血があると答えた者は、日本学生は7.6%であったが,中国学生は37.0%と高率を示した。歯肉に痛みを感ずる者は日本学生1.7%,中国学生12.0%で,膿が出ると答えた者が,中国学生には3.3%存在した。また,中国学生には,硬いものが噛めないという者が2.2%存在した。歯周病のリスクファクターとされる喫煙率は,日本学生27.1%,中国学生2.2%と,日本の方がはるかに高かった。歯軋り・くいしばりは,日本学生は21.2%,中国学生は13.0%と,日本の方が高い値を示した。口腔清掃習慣に関しては,一日あたりの歯磨き時間の平均が,日本学生は13.5分であったが,中国学生は4.6分と短かった。歯間清掃用具の使用が日本学生では33.1%,中国学生では7.6%と少なかった。
 ペリオスクリーン陽性者と質問表各項目との関連をχ2検定によって調べたところ,中国学生において,歯肉の痛み,歯肉の腫れ,歯肉出血との間に危険率5%未満で有意な関連が認められ,それぞれのオッズ比は,歯肉の痛み7.2,歯肉の腫れ3.8,歯肉出血2.7であった。日本学生においては,ペリオスクリーン陽性者が少なかったためか,いずれの項目に関しても有意な関連は認められなかった。
 中国学生から採取した全唾液を試料として,HGFの定量を行った結果を図1に示した。ペリオスクリーンの判定結果が−から+,++と高くなるのに従い,全唾液中のHGF量は増加傾向を示し,相関係数は0.347と有意な相関を示した。


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