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−日中医学協会助成事業−
アジア人における高齢者動脈硬化性疾患発症予防のための日中メタボリック症候群罹患高齢者女性調査
研究者氏名 林 登志雄
所属機関  名古屋大学大学院医学系研究科老年科学講師
共同研究者 丁 群芳
所属機関  四川大学華西病院老人科助教授
 
背景:
 閉経後女性には動脈硬化症が急激に進行する。特に糖尿病罹患女性ではそのリスクが非常に強く、男性の三倍にも及ぶ事がFramingham Study(20年以上も前から現在も続いている日米両国のコホート研究)や久山町研究(1961年以来続いている九州大学の疫学調査)からも明らかである。
 一方、近年メタボリック症候群になると冠動脈疾患に罹患するリスクが高いことが内外で注目されている。名古屋大学医学部老年科と中国四川医科大学老年科の予備検討では、両国には高齢者のメタボリック症候群罹患者が少なくないことが推測された。しかし、現在提唱されている診断基準は、WHO(国際保健機関)による基準、NCEP-ATPIII(米国コレステロール教育計画)による基準、IDF(国際糖尿病連盟)による基準が国際的に良く知られているが、中国は中国糖尿病学会による基準、日本は8学会による診断基準を独自に定めている。各々はべースとするところが異なり、女性のウエスト比などの定義が異なる為、適用する診断基準により該当者数にかなりの差が出ることは知られている。
 
意義:
 アジア民族は人口も非常に多く、遺伝的にも栄養環境面からも欧米とはかなり異なる上に、民族間の共通するものが多い事が知られているにもかかわらず共同研究は少ない。遺伝、環境をふくめた総合的視野でメタボリック症候群を検討し、その病態を明らかにし治療法を特に女性に注目して考えたい。
 
方法:
 本検討では両国600〜700名ずつの高齢女性を登録し、
1)4種類の診断基準(NCEP-ATPIII、IDF、中国、日本)によるメタボリック症候群該当者を検討する。各々の患者背景、脂質、糖代謝、血圧変動、BMI、腹囲等を検討し、診断基準の特性、アジア人への適応性を検討する。
2)次にメタボリック症候群罹患候補遺伝子凝固線溶遺伝子(PAI-1)PPARα、γ、イポサイトカイン受容体遺伝子の関与を検討する。本邦高齢者の女性ホルモンエストロゲン受容体ERα、βの変異、及びチトクロームP450アイソフォーム等の代謝酵素系の遺伝子素因も検討する。これらより、報告されている欧米とアジア民族の人種的メタボリック症候群罹患候補遺伝子に関連する背景の差を考える。
3)次に治療について女性ホルモンの関与から考える。即ち、糖尿病で認められるように、閉経後の心血管病のリスクが非常に高くなる事から、女性ホルモンが各生活習慣病に関与している度合いを検討して、現在メタボリック症候群に使用されている薬剤を実態調査するとともに、スタチン製剤、フィブラート製剤、各種降圧剤等で相応しいものを検討する。また、HRTについては12万人に及ぶ米国の看護師対象の試験では、HRTにより虚血性心疾患(IHD)罹患率が50%以下になり、欧米でのHRT実施率は約40%に至った。しかし、99年発表のHERSでは、IHD罹患者における二次予防に対して、2001年発表のWHIでは、健常女性(但しBMI28、高血圧治療者40%)のIHD一次予防に対しても有効性が認められず、米国ではHRTの新規施行は激減した。その主因は、子宮体癌予防を目的としたプロゲステロン併用によるエストロゲン作用の相殺と、動静脈における血栓形成の増加であるが、韓国では血栓形成の人種差を考慮しHRTを今なお推奨する声がある事も考慮したい。即ち、2)における欧米とアジアとの遺伝的背景が明らかになれば、女性ホルモンの病態への寄与、血栓形成性についてオリエンタル独自の所見が得られる可能性もあると考えている。
 
結果:
 中国(成都、昆明)で678名、日本(名古屋)で629名の閉経後女性(48〜83歳)の成績を得た。(古くから、東海に成都・昆明の留学生が来ており一緒に研究を行った為対象とした。)アンケートはホルモン補充療法に加え、幸福感、うつ尺度、高齢者総合機能評価、リビングウイルに至る広範な範囲を網羅した。HRT施行率は日本4%、中国0%であった。中医療法にても血中濃度より女性ホルモン様薬剤は認めなかった。日本は中国より、外出、運動、趣味が少なく幸福感が低かった。メタボリック症候群は、NCEP-ATPIII、IDF、中国、日本の基準で、中国が27.3%、37.3%、23.3%、13.7%、日本は12.5%、15.9%、11.1%、5.9%であった。
 遺伝子解析では中国が血液、DMの海外持ち出しを禁じており、共同研究者と解析システムを構築した。血栓関連として凝固V因子−Leiden変異、プロトロンビンG20210変異等、凝固線溶関連−plasminogen activator inhibitor-1遺伝子等、内皮機能関連−eNOS、Estrogen receptor α、β等、代謝関連−PPARα等17種のSNPを解析し増やしている。アジア諸国は殆ど共通の分布を示したが、PAI-1、ERα、eNOS等に国別、地域別の差を認める傾向にあり精査している。採血は更にサイトカイン(Adiponectin、IL-6)等も行った。
1. PPAR alpha L162V  2. PPAR gamma Pro 12 Ala
3. PAI-1 4G/5G  4. TNF alpha -380 G/A
5. ADIPOR1 -8530 G/A  6. ESR alpha PvuII; Xbal
7. ESR beta RsaI(1082 G>A); AluI(1730 A>G).
8. Factor V Leisen  9. Factor VII
 
まとめ:
 得られた成果はこれまで明らかになっている欧米での成績と比較し、アジア人に有効な或は本邦や中国人各々に有効なメタボリック症候群の治療法の確立をめざす。
 
業績(関連分を含む)
1: Hayashi T, Esaki T, Sumi D, Mukherjee T, Iguchi A, Chaudhuri G. Modulating role of estradiol on arginase II expression in hyper-lipidemic rabbits as an atheroprotective mechanism. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006; 103: 10485-90. (press release)
2: Hayashi T, Matsui-Hirai H, Miyazaki-Akita A, Fukatsu A, Funami J, Ding QF, Kamalanathan S, Hattori Y, Ignarro LJ, Iguchi A. Endothelial Cellular Senescence is Inhibited by Nitric Oxide -Implications in Atherosclerosis Associated with Menopause and Diabetes. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006; 103: 17018-23.
3: Ding Qungfang, Hayashi T, Matsui-Hirai H, Miyazaki A, Fukatsu A, Iguchi A, Ignarro LJ. Risks of CHD identified by different criteria of metabolic syndrome and related changes of adipocytokmes in elderly post menopausal women. J Diabetes and its Complication (in press)
4: Osawa M, Hayashi T, Nomura H, Funami J, Miyazaki A, Ignarro LJ, Iguchi Nitric oxide (NO) is a new clinical biomarker of survival in the elderly patients and its efficacy might be nearly equal to albumin. Nitric Oxide. 2007; 16: 157-163, Epub 2006 Oct30
5: Miyazaki-Akita A, Hayashi T, Ding QF, Shiraishi H, Nomura T, Hattori Y, Iguchi A. 17beta-estradiol Antagonizes the Down-Regulation of Endothelial Nitric-Oxide Synthase and GTP Cyclohydrolase by High Glucose: Relevance to Postmenopausal Diabetic Cardiovascular Disease. J Pharmacol Exp Ther. 2007; 320: 591-598 Epub 2006 Nov.2
6: Hayashi T, Nomura H, Osawa M, Miyazaki A, Funami J, Matsui-Hirai H, Iguchi A. Nitric oxide (NO) metabolites are associated with survival in older patients-comparison of its efficacy with established markers. J Am Geriatric Soc. (in press)


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