日本財団 図書館


(拡大画面:63KB)
 
−日中医学協会助成事業−
調査・共同研究助成
中国東北部における真菌感染症調査および拠点形成
研究者氏名  横山耕治
所属機関  国立大学法人千葉大学 真菌医学研究センター・助教授
中国側共同研究者  王 麗
所属機関  吉林大学 白求恩基礎医学院・教授
 
要旨
 真菌症は, 輸入真菌症を除き日和見感染に依ることがほとんどなために, 注目を集める機会が少ない.そのために, 真菌感染の実態は, ほとんど調査されていない.従って, 中国東北部長春に拠点を形成し, 真菌感染症の調査を行い, 共同研究を実施した.基礎疾患として, 気管支炎, 肺気腫, 肺ガン, 糖尿病, 脳血管病, 胆管結石, 胸腺炎, 心血管病など老年患者の呼吸器系への真菌感染を調べた結果, 72検体中63株(93.1%)分離することができた.原因菌としてCandia albicans(57.73%), Candia glabrata(14.94%), Candia tropicalis(7.46%), Candia krusei(7.46%)そして, Aspergillus(13.43%)であった.老人の罹患率は極めて高いように思われた.この結果は, 中国老年学雑誌第26巻, (2006年)に掲載された.
 真菌症の疫学研究には, 原因菌の疫学的特徴を明確にして原因菌の由来や感染経路を明らかにしなければならない.これらの研究のために, DNAの繰り返し配列を利用してPCRを行い, 増幅されたDNA断片の様式から原因菌株固有の特徴を調べるSSR-PCR(Simple sequence repeat-PCR)法がある.このPCRの適正条件を直交計画法により明らかにした.この結果は, 日本医真菌学会(2006年)に発表し, 吉林大学学報第32巻第6期に掲載された.
 
Key Words
真菌症, 病原真菌, 老年患者, SSR-PCR, 適正PCR条件
 
緒言:
 真菌症原因菌には, 399種が登録されており, その中で49種程度が一般に見受けられ病原真菌である.この数字は意外に少ないが, 中国では新たな真菌症とその原因菌が見いだされる事がある.広い中国においては真菌感染症の実態は未だに明らかにされておらず, 真菌感染症の調査は中国と日本にとって重要課題の一つである.さらに, 真菌の生態調査が加わればより意義のある研究となる.従って, 中国での真菌症調査と真菌生態調査のための拠点形成は欠かすことができない.
 真菌症の多くは, 日和見感染を引き起こす真菌が原因であり, 宿主であるヒトの免疫低下が誘因となっている.現代医療の進歩に伴い, 抗生物質の多用, 抗ガン剤の使用による免疫低下, ステロイドホルモンの使用に伴う免疫低下, エイズウィルス感染による免疫不全など, 真菌感染の機会は増えている.特に老年患者の真菌感染が起こりやすく重篤になる傾向が予想される.
 一方, 真菌症原因菌の感染経路や由来, 地域特異性などの疫学調査, 生態調査のためには分離菌の特性を明らかにして区別することが必要である.この株の特性を調べる方法に, ミクロサティライト(micro-satellite)と呼ばれるDNAの縦繰り返し配列(STRs; short tandem repeats), 単純配列繰り返し配列(SSR; simple sequence repeats), などを利用して, PCRを行い増幅されてくる長さの違いによるDNA断片の分布様式から分離株の型別認識を行う方法が行われている.しかし, まだ確立された方法は無いため, 試行錯誤の状況である.そこで我々は, SSR-PCRの適正条件を直交計画法により明らかにした.
 
対象と方法:
 吉林大学第一病院入院患者, 67例, 男63例, 女4例, 年齢63〜92歳, 平均年齢77.5歳, 入院日数12〜72日, 平均22.5日.
 真菌症の診断は, 検体の検鏡, 培養, 臨床状況を総合して行った.真菌の分離と同定は, 検体をPDA(potato dextrose agar)に培養し, 分離後, 公簿上の真菌は, 37℃で, 菌糸状真菌は, 28℃で培養し, 顕微鏡による観察とコロニーの色形状, により同定を行い, 酵母状真菌は酵母判定用培地のコロニーの色と形状により同定した.
 SSR-PCRによる株認識のためのPCR条件の最適化については, Aspergillus fumigatus JLMR 0542株を用い, tablel, 2の条件でPCRを行った.
 
結果:
 老年患者呼吸器系真菌感染の調査および臨床研究
 
 真菌感染患者の原発疾息は, 表1に示した.
 慢性気管支炎急性発作, 肺部感染, 肺気腫42例, 肺ガン5例, 糖尿病9例, 脳血管病6例, 胆管結石, 胸腺炎3例, 心血管病2例であった.
 
 
 表2は, 抗生物質の使用状況を示した.
 
 
 表3には, 原因菌の構成を示した.
Candia albicans(57.73%),
Candida glabrata(14.94%),
Candida tropicalis(7.46%),
Candida krusei(7.46%),
その他のCandida(1.49%),
Trichosporon(1.14%),
Aspergillus fumigatus(8.96%),
Aspergillus nidulans(1.49%),
Aspergillus flavus(1.49%),
Aspergillus terreus(1.49%)であった.
 
 
 直交計画法によるSSR-PCRの反応条件の最適化
 
Tab. 1  The factors and their levels in orthogonal design
Level
Taq DNA ploymerase
B/U)
Template
B/mg・L-1)
dNTP
B/mol・L-1)
Primer
B/mol・L-1)
A
B
C
0.5
1.0
2.0
10
20
30
150
200
250
0.25
0.50
1.00
 
Tab. 2 Orthogonal design with L9(34)
Group Taq DNA ploymerase
B/U)
Template
B/mg・L-1)
dNTP
B/mol・L-1)
Primer
B/μmol・L-1)
Degree
1 A (0.5) A (10) A (150) A (0.25) 1
2 A B (20) B (200) B (0.50) 3
3 A C (30) C (250) C (1.00) 3
4 B (1.0) A B C 3
5 B B C A 4
6 B C A B 6
7 C (2.0) A C B 2
8 C B A C 4
9 C C B A 5
K1 7 6 11 10 ?degree = 31
K2 13 11 11 11
K3 11 14 9 10
k1 = K1 / 3 2.33 2.00 3.67 3.33
k2 = K2 / 3 4.33 3.67 3.67 3.67
k3 = K3 / 3 3.67 4.67 3.00 3.33
R 2.00 2.67 0.67 0.34
 
 DNA合成酵素の濃度, 鋳型DNA濃度, ヌクレオチド三リン酸の濃度, プライマー濃度をそれぞれ3濃度をtable1に示した.これらの条件を直交計画法を用いて9のグループを作成し, それぞれの条件でPCRを行い, 電気泳動を行った.結果をFig.1に示した.
 
Fig.1 Orthogonal design of SSR - PCR
M:DNA marker DL 2000; Lane 1-9: Group 1-9
 
 Fig.1の結果からGroup 1-9をDegree 1から6に当てはめ, その結果をtable2の右側のカラムに示した, Kiの結果から, 鋳型DNA濃度30mg/l, TaqDNA合成酵素濃度1U, dNTP濃度150μmol/l, プライマー濃度0.25μmol/lが最適とされた.
 この条件下で, PCRのアニリング温度とサイクル数を検討した結果が, Fig.2である.温度を50, 53, 55℃およびサイクル数を30回と35回で行った.
 
Fig.2  The effect of annealing temperatures and cycles on SSR-PCR amplification
M:DNA marker DL 2 000; Lane 1: 50℃ and 30 cyxles; Lane 2: 50℃ and 30 cyxles; Lane 3: 53℃ and 30 cyxles; Lane 4: 53℃ and 35 cyxles; Lane 5: 55℃ and 30 cyxles; Lane 6: 55℃ and 30 cyxles
 
 この結果から, アニリング温度53℃, サイクル数は35回が最適条件であることが明らかとなった.
 
考察:
老年患者呼吸器系真菌感染の調査および臨床研究
 深在性真菌症患者の多くは, 原発の疾病を持っている.特に老年の患者では抵抗力が著しく低下しており, 真菌感染が致命的となる場合も多い.Candida albicansは, 口腔内に常在する菌でもあり, 免疫能が低下すると血中に移行して全身感染に至場合は多いので, 本菌が53.73%を占めたことは, 理解できる.しかし, Aspergillusの感染率は高いと思われた.特に深在性には移行しにくいA. nidulans, A. terreusがそれぞれ1例有ったことは注目に値する.A. fumigatusA. flavusは深在性に移行しやすいが, 検出頻度は, 高いように思われる.老年患者の治療に当たっては真菌症感染の機会が高いことを念頭に, 治療に当たることが望まれる.
 
直交計画法によるSSR-PCRの反応条件の最適化
 PCRの反応条件の検討には, 本来, 条件全ての組み合わせによる検討が必要であるが, 直交計画法による実験数の節約は重要である.本研究の条件組み合わせは, 81組が考えられるが, 9組の反応で最適反応条件を推定する事ができた.鋳型DNA濃度が高いと非特異的増幅をもたらしがちであるが, ここでは, 試した中で最も高い30ngが最適であった.dNTP濃度, プライマー濃度は試した中で量も低い, それぞれ150μmol/l, 0.25μmol/lであった.今後, 様々な菌に対するPCRの条件検討の場合にこの方法は役立つと考えられる.
 
成果発表論文:
1)楊 艶秋, 賀 丹, 許 建成, 張 雲峰, 張 波, 横山耕治, 王 麗 : 老年患者呼吸系統真菌感染的検測及臨床研究. 中国老年学雑誌. 26巻, p. 930-932, 2006.
2)YANG Yan-Qin, HE Dan, WANG Shuang, GUO Liang, ZHANG Yu, YOKOYAMA Koji, WANG LI. Optimization of SSR-PCR reaction system in fungus by orthogonal design. Journal of Jilin University (Medical Edition) Vol. 32, No. 6 Nov. 2006.
学会発表:
Wang L, Yang Y, He D, Guo L, Zhang Y, Zhang B, Yokoyama K: 真菌のSSR-PCR条件の適正化に関する研究. 第50回日本医真菌学会総会, 真菌誌 47(増刊1号), p58, 東京, 2006.
作成日:2007年3月15日


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION