(拡大画面:79KB) |
|
|
|
−日中医学協会助成事業−
開発途上国における環境汚染の発生・生殖影讐に関する研究
研究者氏名 横山 和仁
日本研究機関 三重大学大学院医学系研究科
研究者氏名 田 英
中国所属機関 上海交通大学医学院予防医学教室
その他の共同研究者 北村文彦、木田博隆、許蕾
要旨
近年、内分泌かく乱物質をはじめとする各種環境化学物質の低濃度曝露によるヒトヘの健康影響、とりわけ次世代に継代されうる生殖影響、あるいは胎児への急性・慢性毒性影響が世界規模で危惧され、その実態解明が急がれている。本研究は鉛などの微量金属の非職業低濃度曝露を有する女性の妊娠、出産に至るまでの生殖機能影響、ならびにこれらの女性由来の胎児・新生児に出現する先天異常障害の量−影響(反応)関係を、中国上海市の妊婦と新生児を対象として検討した。
Key Word
微量金属、生殖影響、低体重児
緒言
微量金属はヒトの物質代謝を維持するのに不可欠であるが、これらの物質の体内蓄積は中毒になる原因でもある。環境汚染の職業性暴露がヒトヘの健康影響は従来から知られていたが1-3)、近年、内分泌かく乱物質をはじめとする各種環境化学物質の低濃度曝露によるヒトヘの健康影響、とりわけ次世代に継代されうる生殖影響、あるいは胎児への急性・慢性毒性影響が世界規模で危惧され、その実態解明は急務である。特に、国際的にみると、化学物質などの微量暴露によって生じる生殖・発生影響のヒトにおける解明はまだ不十分である。
近年の先行研究では、中村ら4)や佐藤ら5)は、ラットを用いて、妊娠中カドミウム(Cd)の低濃度暴露による母子間移行及び胎児毒性に関して実験し、低濃度のCd暴露が母体骨代謝と胎児毒性に影響を及ぼしていると報告した。また、仲井ら6)はマウスを用いて低濃度メチル水銀長期暴露による神経行動的影響を解析し、有意に影響があると確認された。一方、ヒトにおける環境化学物質の低濃度暴露について、Mohsenら7-9)は鉛などの重金属と生殖・胎児毒性影響との因果関係を分析し、鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)の環境暴露が妊娠高血圧、子癇前症のリスク要因であると報告したが、実際環境化学物質の微量暴露と胎児毒性影響との因果関係に関する研究は多くない。
一方、出産期医療の発展につれ、正常体重児の死亡率は大きく減少したが、早産や低体重児の死亡率は相当高く、低体重は出産期死亡の主な原因となっている10)。また、妊娠中に妊婦体内の微量元素の濃度が新生児の体重や出産後児の発育に影響を及ぼしているという報告がある11-15)。したがって、環境化学物質の微量暴露と生殖・胎児毒性影響との因果関係を明らかにすることは、人類の存続に直接関わる生殖機能を正常に維持し、次世代を担う胎児の健全な出生をサポートするための予防医学的あるいは臨床医学的方策を決定する上で極めて重要であると思われる。
そこで、本研究は研究交流の持続的進展を図るとともに、開発途上国である中国・上海における環境因子の健康影響の研究の発展を目指して、鉛などの金属の非職業低濃度曝露を有する女性の妊娠、出産に至るまでの生殖機能影響、ならびにこれらの女性由来の胎児・新生児に出現する先天異常障害、特に低体重児に焦点を当たって、量−影響(反応)関係を明らかにすることを目的とする。
対象と方法
中国の工業化都市−上海を対象地域とした。上海市は1350万人を超える大都会で6340平方キロメートル以上の面積を有し、軽工業化による環境汚染が著しい地域である。また、農村近郊の人口も少なくなく、総人口の約30%を占めている。調査とした病院は、サンプルを一般化しやすいため、市中心にある上海交通大学医学院附属瑞金病院と市近郊にある上海市第七人民病院の産婦人科を選んだ。
研究期間:平成18年4月〜3月
研究対象者:以下の条件を満たし、研究期間に分娩した(自然分娩)妊婦、その配偶者及び胎児
A. 両親とも遺伝性疾患、先天性疾患などがないこと;
B. 多胎でないこと;
C. 母親は肥満、妊娠中毒、妊娠高血圧がないこと;
D. 孕齢は≧37週、体重は2500g以下であること
研究方法:対象とする妊婦・配偶者に研究目的と方法を十分説明し予め同意を得た上で(informed consent)以下を行った。
1. データ収集:以下を収集した。(1)母親(妊婦)の静脈血および臍帯血(出産時)、尿。(2)母親の年齢、体重、身長、血圧、教育歴、収入、分娩形態、職歴、喫煙・飲酒、既往歴(周産期異常を含む)、妊娠・出産歴、飲料水供給源(水道、井戸など)、牛乳消費量等。(3)新生児の出産週齢、身長、体重、頭囲、胸囲、Apgar score、先天異常(体表奇形ほか)等。(4)父親(配偶者)の年齢、体重、身長、血圧、教育歴、収入、職歴、喫煙・飲酒、既往歴、飲料水供給源(水道、井戸など)、牛乳消費量等。(2)、(3)、(4)は病院の診療記録および本人への面接聞き取り調査により収集した。
2. 解析方法:母親の静脈血及び臍帯血は病院で採取し、上海交通大学医学院で一般生化学分析を行った。残りは冷凍保存(-20℃)して、予定数の試料が集まったら上海交通大学医学院附属児童医学研究センターでICP-MSを用いて、鉛(Pb)、アンチモン(Sb)、マンガン(Mn)、カドミウム(Cd)、コバルト(Co)、亜鉛(Zn)、水銀(Hg)、砒素(As)などの微量金属と農薬(および代謝物)の濃度を測定した。
結果
現在まで収集された116例のデータの単純集計は以下の通りに報告する。今後ICP-MSの結果をまとめてゆく予定である。
1. 妊婦及び配偶者の基本データ
項目 |
最小値 |
最大値 |
平均値 |
標準偏差 |
妊婦の年齢 |
19 |
40 |
27.96 |
4.257 |
妊婦の妊娠前体重 |
41.0 |
73 |
53.435 |
5.7984 |
妊婦の出産前体重 |
50.0 |
94.0 |
68.967 |
9.1139 |
妊婦の身長 |
136.0 |
173.0 |
161.495 |
4.9509 |
|
|
|
|
|
父親の年齢 |
20 |
48 |
30.39 |
5.149 |
父親の体重 |
51 |
135 |
73.16 |
11.991 |
父親の身長 |
161 |
189 |
174.46 |
4.731 |
|
2. 妊婦及び配偶者の生活習慣に関するデータ
項目 |
妊婦 |
配偶者 |
喫煙歴 |
あり
なし |
114(98.3%)
1(0.9%) |
60(51.7%)
51(44.0%) |
受動喫煙歴 |
あり
なし |
67(57.8%)
48(41.4%) |
55(47.8%)
60(52.2%) |
飲酒歴 |
あり
なし |
113(97.4%)
2(1.7%) |
31(26.7%)
80(69.0%) |
飲用水供給源 |
水道水
井戸水
浄水器の水
ペットボトル浄水 |
52(44.8%)
1(0.9%)
51(44.0%)
9(7.8%) |
61(52.6%)
0
49(42.2%)
2(1.7%) |
牛乳の飲用 |
あり
なし |
99(85.3%)
11(9.6%) |
66(56.9%)
44(37.9%) |
医療保険の有無 |
あり
なし |
66(56.9%)
49(42.2%) |
|
|
3. 妊婦の妊娠・分娩史
項目 |
あり |
なし |
月経異常 |
20(17.2%) |
92(79.3%) |
流産史 |
39(33.6%) |
76(65.5%) |
妊娠期定期検査 |
99(85.3%) |
7(61.0%) |
妊娠期の服薬 |
49(42.2%) |
61(52.6%) |
妊娠期放射線との接触 |
6(5.2%) |
108(93.1%) |
妊娠期農薬との接触 |
2(1.7%) |
113(97.4%) |
妊娠中に家庭内の農薬備蓄 |
1(0.9%) |
114(98.3%) |
|
4. 新生児の基本データ:新生児の中、男性57名、女性59名であり、全て先天性異常なし。
項目 |
最小値 |
最大値 |
平均値 |
標準偏差 |
新生児の週齢 |
32 |
41 |
38.44 |
1.343 |
新生児の体重 |
1200g |
4840g |
3261.68g |
544.745g |
新生児の身長 |
41cm |
52cm |
48.97cm |
2.233cm |
新生児の頭囲 |
32cm |
37.5cm |
34.659cm |
1.2852cm |
新生児の胸囲 |
30cm |
38cm |
33.306cm |
1.815cm |
新生児出産時のApger評価 |
9 |
10 |
9.99 |
.105 |
|
5. 住まい環境
項目 |
あり |
なし |
最近3年内の内装 |
49(42.2%) |
63(54.3%) |
部屋内の匂い |
9(7.8%) |
106(91.7%) |
住宅周辺の工場 |
9(7.8%) |
106(91.7%) |
住宅周辺の主な交通線 |
47(39.5%) |
68(58.6%) |
冬に暖房の使用 |
81(71.9%) |
33(28.4%) |
部屋内殺虫剤の使用 |
50(43.1%) |
64(55.2%) |
|
文献
1. 篠原厚子:内分泌・生殖機能と微量元素, 治療88 (7), 1970-1974, 2006
2. 西条旨子他:カドミウムの生殖毒性・次世代影響研究の現状と今後の課題, 金沢医科大学雑誌30 (4), 475-478, 2005
3. 児玉浩子:新生児・小児の微量元素の栄養状態の評価とその臨床, 治療88(7), 1896-1900, 2006
4. 中村康宏他:カドミウムの母仔間移行とメタロチオネインの関与, 日本衛生雑誌59 (2): 155, 2004
5. 佐藤雅彦他:カドミウム妊娠期曝露における胎仔へのカドミウムの蓄積に及ぼすメタロチオネインの関与、日本衛生雑誌59 (2): 155, 2004
6. 仲井邦彦他:低濃度メチル水銀による長期暴露の影響, 日本衛生雑誌58 (1) :156, 2003
7. Vigeh, M., Yokoyama, K., Ramezanzadeh, F., Dahaghin, M., et a.l, 2006. Lead and other trace metals in preeclampsia: A case-control study in Tehran, Iran. Environmental Research 100, 268-275
8. Vigeh, M., Yokoyama, K., et al., 2004. Relationship between increased Blood Lead and Pregnancy Hypertension in Women without Occupational Lead Exposure in Tehran, Iran. Archives of Environmental Health59 (2), 70-74
9. Vigeh, M., Ramezanzadeh, F., Yokoyama, K., et al., Trace Metal Concentrations and Newborn Intrauterine Growth Restriction. (投稿中)
10. 林秀珍他:新生児低体重影響要因及び死因に関する研究, 河南予防医学雑誌12 (1), 2001
11. 岡知子他:重金属ならびに内分泌撹乱化学物質の周産期曝露が出産後の発達に及ぼす影響に関するコホート研究:新生児行動評価とその解析例,日本衛生雑誌58 (1): 156, 2003
12. 羅紅権:妊婦及び新生児体内微量元素濃度と新生児発達との関係, 四川省衛生管理幹部学院学報22 (4), 2003
13. 李芳他:妊婦血清及び胎児臍帯血の微量元素の濃度と新生児体重との関係, 陜西医学雑誌34 (8), 2005
14. Arnaud, C., Pascal, B., Fred, P., 2005. Association between maternal smoking and low birth weight in Switzerland: the EDEN study. SWISS MED. WKLY135, 525-530
15. Rose, D., Linda, D., David, S., Marc, S.D., 2006. The association between low level exposures to ambient air pollution and term low birth weight: a retrospective cohort study. Environmental Health 5 (3)
|