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−日中医学協会助成事業−
新疆ウイグル自治区におけるエキノコックス症その他人畜共通寄生虫病に関する分子・免疫疫学研究
研究者氏名
伊藤 亮
所属機関と役職
旭川医科大学、教授
共同研究者名
Mamuti Wulamu 新疆医科大学助教授
Wang Hu 青海省地方病研究所所長
Qiu Jiamin 四川省寄生虫病研究所名誉職員
要旨
中国で蔓延しているエキノコックス症の流行現場のひとつは四川省、青海省にまたがるチベット高原東北部地域である。本研究調査ではこれまでに調査されたことがない青海省崑崙山脈と唐古拉山脈の間に位置する野生動物の保護地域、可可西里高原(揚子江源流域)でエキノコックス症の調査を試みた。青海省地方病研究所、Dr. Wang Hu所長からフランス、イギリス、日本それに中国の4ヵ国合同調査の形で可可西里高原における調査を実施したいという話が届いた。これまで外国人を含めた調査は1度もされたことがない秘境であり、この調査は青海省地方病研究所が同地域でペストの調査を2006年に展開していることから、これらの調査基地を中心にエキノコックス症調査を試みることが可能であるという提案であった。2006年6月に新疆ウイグル自治区に出張し、新疆医科大学学長と今後の共同研究展開についての意見交換を行ない、ウルムチ郊外での条虫症(テニア症)の流行について予備的調査を試みた。そのあと、新疆医科大学助教授Mamuti W(通訳兼)、Wang Hu所長と研究所職員、フランスの研究チームとの合同調査として2006年7月に可可西里高原におけるエキノコックス症調査を実施した。野生動物王国だけあり、患者の有無は今回の調査からは確認されなかったが、野生動物間でのエキノコックス条虫(Echinococcus multilocularis多包条虫)は少なからず発見された。特に興味深かったことはこれまでこの地域にはチベットギツネとアカギツネの2種類が分布していることを確認していたにもかかわらず、もう一種、コサックギツネも分布していることが判明した。その結果、これら3種類のキツネの糞便の鑑別を可能にする分子検査法の開発が必要になった。これまで調査してきた四川省、青海省の省境周辺地域ならびにチベット東部地域以外で多包条虫が発見されたことから、中国国内での多包条虫の分布がチベット高原から崑崙山脈までかなり広い範囲であることが判明してきた。これまでの調査成績に基づけば、新種エキノコックス(Echinococcus shiquicus)を含む3種のエキノコックスが同所的に分布していることが判明しているチベット高原東北部(四川省、青海省)に接しているチベット東北部の調査を最優先させるべきであると考えられる。この地域で流行が確認される場合に、唐古拉山脈の南部、さらに北部の可可西里高原まで調査地域を拡大させるべきであると結論された。
Key Words エキノコックス症、テニア症、野生動物、新疆ウイグル自治区、青海省、崑崙山脈、唐古拉山脈、可可西里高原、揚子江源流域
緒言
中国内陸部、主に四川省、青海省、甘粛省、新疆ウイグル自治区においてエキノコックス症(多包虫症)が流行していることは1990年に始めた国際共同研究成果としてかなり明らかになってきている(Craig et a. 2006)。イギリス、フランス、ニュージーランド、アメリカ、日本がそれぞれ独自に展開してきた国際共同研究であり、すべての共同研究に参加を求められたのが旭川医科大学であった。それは旭川医科大学でエキノコックス症に関する血清診断法の研究で国際的に評価されていたことによる。それぞれの国際共同研究が別個に展開されるよりもまとまって実施する方が効率的であると判断し、2000年7月に四川省成都で旭川医科大学、伊藤亮の提案で国際ワークショップが開催された。中国中央政府からも公衆衛生担当の部長、局長が参加した(Ito et al. 2003)。
本研究では新疆ウイグル自治区におけるテニア症の流行についての予備調査を行い、それに引き続き、青海省崑崙山脈からチベット自治区省境、唐古拉山脈の間に広がる可可西里高原(揚子江源流域)におけるエキノコックス症調査を行った。中国の中でも一、二を争う秘境でのエキノコックス症調査が2006年にだけ可能になるという情報により、本研究の主な対象をこの地域での調査にしぼった。この秘境の野生動物にエキノコックスが感染しているのかについての資料が手に入れば非常に貴重であるという角度からの調査である。我々の調査に先立ち四川省寄生虫病研究所のQiu JM博士達の調査隊が四川省からチベット北東部を通って、唐古拉山脈を越えて、可可西里高原に5月に入境し、動物ならびに住民の調査を展開した。本研究ではこの四川省寄生虫病研究所が調査した地域とは異なる地域を選定した。四川省寄生虫病研究所、青海省地方病研究所の合同調査から得られた患者血清、患者の肝病巣、寄生虫サンプルについての解析も目的に含まれた。
対象と方法:
野外調査:新疆ウイグル自治区ではテニア症(無鉤条虫症)が稀でなく、牧畜(ウシ)地域での住民の生活環境調査を予備的に試みた。崑崙山脈とタングラ山脈に囲まれた可可西里高原(揚子江原流域)における地域住民、野生動物におけるエキノコックス感染の有無についての調査:住民については問診、画像診断、血清検査、動物調査についてはトラップによって捕獲されるネズミ類を中心に肝臓病変の有無の確認、交通事故、自然死などで見つかるキツネの小腸を解剖し、エキノコックス条虫の有無を確認する、この3通りの検査法を採用した。
実験室内での解析:基本的には中国人研究者が血清、遣伝子、すべての解析を旭川医大研究グループの技術指導の下で展開する形を採用した。
結果:
2006年6月〜7月の調査結果ならびに実験室内での解析結果
1)新疆ウイグル自治区:無鉤条虫感染住民が1人発見されたが、感染ウシ等の確認はできなかった。
2)青海省、可可西里高原住民の画像診断から、エキノコックス症を疑える住民は発見されなかった。
3)約500匹のノネズミ、ナキウサギを捕獲し、肝臓病変の有無を調べたが、エキノコックス感染を疑わせる肝病変を持つ個体は皆無であった。
4)キツネは2頭が捕獲されたが、1頭はアカギツネ、もう1頭はコサックギツネとフランスの研究者により形態学的に同定された。アカギツネからエキノコックス条虫が多数発見された。旭川医科大学でエキノコックス(多包条虫)遺伝子が確認された。
5)青海省でエキノコックス症の流行が深刻な地域の住民血清、四川省のQiu JM博士のチームが入手したサンプルを用い、エキノコックス感染に特異的な抗体検査を要請され、四川省寄生虫病研究所の研究者を招聘し、解析が進められているが、未完成である。2007年に再度研究者の招聘を含めた計画を実施する必要がある。
考察:
中国におけるエキノコックス症を引き起こす寄生虫としてこれまで多包条虫(E. multilocularis)と単包条虫(Echinococcus granulosus)が報告されていたが、我々の2005年までの共同研究から、さらにもう1種類E. shiquicus(新種)が同所的に分布していることが判明した。これまで、3種が同所的に分布している地域は四川省北西地域から青海省南部地域の一帯である。今回の青海省崑崙山脈から唐古拉山脈(チベット自治区との省境)の間の、いわゆる可可西里高原(揚子江源流域)での調査からは新種E. shiquicusはまだ見つかっていない。この地域に住む住民の密度は極端に低いことから、住民調査には困難が伴うと予測される。それゆえ、野生動物からエキノコックスが見つかるかどうかの調査を優先的に、継続的に展開する必要がある。これまでの調査成績を総合的に分析すれば、むしろ、チベット北東部地域でのエキノコックス症患者証明と動物におけるエキノコックス感染の証明の方が重要と考えられる。この地域でエキノコックス症の流行が確認される場合に、そこから北上して唐古拉山脈の南側、それから唐古拉山脈の北側の可可西里高原に調査を展開する四川省方式の方が合理的である。四川省のQiu JM博士のチームが可可西里高原で入手したサンプルの解析ならびにこれまで許可されていないチベット自治区北東部地域の調査が重要であると結論された。
参考文献
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作成日:2007年3月12日
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