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調査・共同研究助成 14件
塩飽 邦憲  島根大学医学部
伊藤 亮  旭川医科大学医学部
小林 圭子  鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
横山 和仁  三重大学大学院医学系研究科
横山 耕治  千葉大学真菌医学研究センター
杉山 広  国立感染症研究所
岡野 善行  大阪市立大学大学院医学研究科
中西 敏雄  東京女子医科大学
東 健  神戸大学医学部
林 登志雄  名古屋大学医学部附属病院
大塚吉兵衛  日本大学歯学部
村上 政隆  自然科学研究機構生理学研究所
唐子 尭  東京大学医学部附属病院
坂東 春美  大阪教育大学大学院
 
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日中医学協会助成事業
中国西部における生活習慣病危険因子解明のための多目的コホート研究
研究者氏名 所属機関
塩飽邦憲 島根大学医学部環境予防医学・教授
宋 輝 寧夏医学院公衆衛生学部・教授
 
要旨
 寧夏医学院附属病院において労働者691人を対象に、国際糖尿病連盟による判定基準を用いて、メタボリックシンドロームの疫学調査を行った。BMI25以上の割合は、男性42%、女性13%であり、同年代の日本人男性28%、女性20%よりも男性で有意に高率、女性では低率であった。中国西部の男性労働者は日本人よりも肥満傾向にあった。メタボリックシンドローム有病率は男性23%、女性10%と男性で高率であることが明らかになった。今後、さらに対象者を拡大し、生活習慣病のコホート研究に発展させる予定である。
 
Key Words
メタボリックシンドローム、肥満、コホート研究、疫学
 
はじめに
 アジア地域では、著しい経済発展に伴って食糧事情や交通網が改善しつつあるため、肥満、肥満関連疾患(メタボリックシンドローム、2型糖尿病)の増加が危惧されている1)。内臓肥満を伴う耐糖能異常では、高中性脂肪血症、低HDLコレステロール血症、高血圧を併発することが多く、耐糖能異常単独よりも循環器疾患の危険性が高まることから、世界保健機構WHOでは循環器疾患危険因子を併発した状態を「メタボリックシンドローム」と名付けている。アジア人の死因構造では、脳血管疾患が多く、虚血性心疾患が少ない特徴は維持されているが、肥満、メタボリックシンドローム、糖尿病の増加によって、大中血管の動脈硬化に起因する脳梗塞や心筋梗塞の増加の兆しが見られる2)。こうしたアジア人の疾病構造の特徴は、遺伝子多型、食生活、身体活動、社会関係などから説明されているが、実証的な研究は少ない。
 中国における循環器疾患の死亡率は、日本に比べて3倍以上高い2)。1999年に中国政府は経済的に立ち後れた西部の地域間格差を是正すべく開発プロジェクトを開始し、その対象地域である寧夏回族自治区でも、鉄道、水力・天然ガスなどのインフラ整備や産業開発が急ピッチで進められている。寧夏回族自治区では、南部に開発に取り残された貧困層が多く存在する反面、人口の急増する銀川市などの都市部では、身体活動の低下や食糧事情の改善によって循環器疾患が死因の一位となり、その基礎病変として糖尿病の増加が危惧されているが、実態の解明と対策は遅れている。
 アジア人の肥満は、肥満度が白人と比較して低く、WHOの世界的な肥満基準であるbody mass index (BMI)30以上の割合は、欧米では15-25%であるのに対し、北東アジアでは2-6%である。また、アジア人では、同じBMIでも体脂肪が多いことが報告され、2型糖尿病有病率も欧米を上回っている。このようにアジア人の肥満関連疾患の特性は白人と大きく異なるが、予防対策や生活療法についてはエビデンスの多い欧米方式で行うことが多い。したがって、アジア人に効果的な対策樹立には、アジアでの実証的な研究が重要と考えられる。このため、寧夏医学院公衆衛生学部と共同で、中国での肥満関連疾患の実態と予防戦略確立のためのコホート研究プロジェクトを開始することにした。今回は、日中医学協会助成事業によりコホート研究のベースライン調査を行ったので、肥満および肥満関連疾患の実態について報告する。
 
対象と方法
 寧夏回族自治区銀川市(人口120万人)在住の労働者691人を対象に、生活習慣病を対象としたコホート研究のベースライン調査を行った。寧夏医学院附属病院にて職場定期健診を受診した労働者(20歳〜60歳)に対して、文書による承諾書を得て、生活習慣、現病歴、職場環境などに関する健康調査票の記入、絶食状態で体格測定、血液採取と生化学調査を行った。血液生化学検査は寧夏医学院附属病院で、オートアナライザーにより行った。ウエスト周囲径は、立位により臍部を測定した。2008年3月までにデータ収集ができた対象者は691人であるが、5月までに2,000人を調査することになっている。メタボリックシンドロームの判定基準は、中国人についてのウエスト周囲径を規定している国際糖尿病連盟のものを用いて、判定した(表1)3)
 本研究を遂行するために寧夏医学院の宋教授は、2006年11月に留学先のカナダ マックマスター大学から島根大学を訪れ、島根大学重点研究プロジェクトによる雲南市コホート研究について理解を深めた。塩飽は2007年2月に寧夏医学院を訪れ、本研究のデータ整理及び共同研究者と意見交換を行った。また、北京において中国栄養・食品衛生研究所を訪問し、中国全土の生活習慣病と栄養状態の資料収集、意見交換を行った。
 
表1  国際糖尿病連盟(IDF)のメタボリックシンドローム診断基準(2005)
・中心性肥満
−BMI≧30ならウエスト囲は不要
・上記に加えて、以下の4項目の2項目以上該当
−高中性脂肪血症(治療中または中性脂肪150mg/dl以上)
−低HDLコレステロール血症(治療中または男40mg/dl未満、女50mg/dl未満)
−高血圧(治療中または血圧130/85mmHg以上)
−高血糖(空腹時血糖100mg/dl以上または診断された糖尿病)
 
・ウエスト囲基準
−ヨーロッパ人
・男 94cm以上
・女 80cm以上
−南アジア人
・男 90cm以上
・女 80cm以上
−中国人
・男 90cm以上
・女 80cm以上
−日本人
・男 85cm以上
・女 90cm以上
 
 
表2 対象者の性と職種
職種 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代
男性 現業 37(60.7%) 90(55.9) 62(41.1) 16(27.6) 205(47.6)
事務管理 24(39.3) 71(44.1) 89(58.9) 42(72.4) 226(52.4)
61 161 151 58 431
女性 現業 18(46.2) 57(48.7) 23(29.1) 7(28.0) 105(40.4)
事務管理 21(53.8) 60(51.3) 56(70.9) 18(72.0) 155(59.6)
39 117 79 25 260
男性 中学 0(0.0%) 35(21.7) 40(26.5) 22(37.9) 97(22.5)
高校 9(14.8) 31(19.3) 29(19.2) 13(22.4) 82(19.0)
短大 28(45.9) 48(29.8) 38(25.2) 15(25.9) 129(29.9)
大学以上 24(39.3) 47(29.2) 44(29.1) 8(13.8) 123(28.5)
女性 中学 0(0.0) 22(18.8) 6(7.6) 9(36.0) 37(14.2)
高校 5(12.8) 14(12.0) 24(30.4) 3(12.0) 46(17.7)
短大 19(48.7) 44(37.6) 33(41.8) 5(20.0) 101(38.8)
大学以上 15(38.5) 37(31.7) 16(20.3) 8(32.0) 76(29.2)
 
結果と考察
1. 対象者の特性
 対象者は、男性431人(平均39.7歳)、女性260人(平均38.2歳)で、30-40歳代が多かった。事業所規模は50人未満の小事業場から500人以上の大事業場にわたっていた。職種では、男性では現業職と事務管理職がほぼ同数であったが、女性では現業職より事務管理職が多かった。男女とも加齢と共に現業職が減少し、事務管理職が増加した。生活習慣や生活習慣病に関連のある教育歴は、短大以上の高等教育を受けた人が男女とも半数を占め、女性および若齢者でその割合が高かった(表2)。
2. 対象者の生活習慣
 循環器疾患の発症と関連の深い喫煙習慣は、男性58%、女性2%で、男性では40歳代で最も高く、女性では20歳代で最も高率であった。男性の喫煙率は日本よりも高率を示した。飲酒習慣は、男性73%、女性15%で、男性では30歳代で最も高く、女性では20歳代で最も高率であった。週2回以上の運動習慣については、男性43%、女性41%で、男女とも50歳代で最も高率であった。日本の同年代労働者(男性14%、女性26%)4)よりも運動習慣の実行率は高率であり、若齢期から運動習慣を実践していた。
 
表3 生活習慣
生活習慣   20歳代 30歳代 40歳代 50歳代
喫煙 男性 現在 26(42.6%) 98(60.9) 97(64.2) 29(50.5) 250(58.0)
過去 1(1.6) 11(6.8) 14(9.3) 7(12.1) 33(7.7)
なし 34(55.7) 52(32.3) 40(26.5) 22(37.9) 148(34.3)
女性 現在 2(5.1) 3(2.6) 1(1.3) 0(0.0) 6(2.3)
なし 37(64.9) 114(97.4) 78(98.7) 25(100.0) 254(97.7)
飲酒 男性 現在 45(73.8) 126(78.8) 112(74.2) 31(53.4) 314(73.0)
過去 3(4.3) 6(3.8) 8(5.3) 6(10.3) 23(5.3)
なし 13(21.3) 28(17.5) 31(20.5) 21(36.2) 93(21.6)
女性 現在 7(17.9) 14(12.0) 13(16.5) 4(16.0) 38(14.6)
過去 2(5.1) 3(2.6) 3(3.8) 1(4.0) 9(3.5)
なし 30(76.9) 100(85.5) 63(79.7) 20(80.0) 213(81.9)
運動 男性 あり 28(45.9) 57(35.4) 62(41.1) 36(62.1) 183(42.5)
女性 あり 16(41.0) 42(35.9) 37(46.8) 12(48.0) 107(41.2)
運動:週2回以上の運動習慣
 
3. 肥満とメタボリックシンドローム
 BMIは、男性24.4±3.2、女性21.9±2.7、ウエスト周囲径は86.9±8.8cm、女性73.7±7.7cmであった。BMI25以上の割合は、男性42%、女性13%であり、同年代の日本人男性28%、女性20%4)よりも男性で有意に高率、女性では低率であった。ウエスト周囲径についても同様の傾向を示した。
 国際糖尿病連盟は、中国人の肥満についてはウエスト周囲径で男性90cm以上、女性80cm以上または(BMI)25以上と規定している(表1)3)。日本内科学会等による内臓肥満の定義は、CTによる内臓肥満面積100cm2以上に対応するウエスト周囲径(男性85cm以上、女性90cm以上)5)としているため、単純に比較することができない。本研究では、ウエスト周囲径で男性90cm以上、女性80cm以上とした。内臓肥満は男性では39%、女性24%であり、男女ともに加齢とともに内臓肥満の割合は増加したが、男性ではその増加は緩やかであった。女性では、閉経後の50歳代で顕著に増加した(表3)。
 肥満関連の循環器疾患危険因子数は国際糖尿病連盟に基づいて算出した3)。これには内臓肥満は含まれておらず、高中性脂肪血症、低HDLコレステロール血症、高血圧、高血糖の4つの危険因子数を加算した。日本の基準とは、高血糖(100mg/dl以上)および脂質異常(高中性脂肪血症と低HDLコレステロール血症を別々に加算)について異なっている。男性では30歳代から高率であり、女性に閉経後の50歳代で顕著に増加した(表4)。
 国際糖尿病連盟のメタボリックシンドローム診断基準は、内臓肥満のある者の内で、危険因子数を2つ以上の者としている(表3)3)。メタボリックシンドロームは男性では23%、女性10%であり、男女ともに加齢とともに割合が増加したが、男性では30歳代より増加した。女性では、40歳代より増加し、閉経後の50歳代で顕著に増加した(表5)。日本人では、β細胞からのインスリン分泌の少なさやインスリン抵抗性の強さが寄与していると考えられている。
4. 本研究の意義と限界
 白人と異なる遺伝と生活習慣を有する日本人、韓国人、モンゴル人と同様に4)、中国人も軽度な肥満の割に、代謝異常の多いことが明らかになった。食習慣では、韓国人が最も高炭水化物、低脂肪であり、モンゴル人は高脂肪、低炭水化物であり、日本人と中国人はその中間であった。中国人の摂取エネルギー当たりの炭水化物摂取割合は日本人と同様であるが、脂肪の摂取割合は多かった(表7)6)。高炭水化物摂取が高中性脂肪血症に寄与していることが明らかになっているため、こうした食習慣が、中国人の脂質異常の高さに関連しているものと考える7)。しかし、本研究は断面研究であり、今後、同一研究プロトコールに基づいた日本、中国、韓国、モンゴルでのコホート研究の実施が重要と考える。
 
表4 内臓肥満とメタボリックシンドロームの有病率
  20歳代 30歳代 40歳代 50歳代
男性 正常
肥満
45(73.8%)
16(26.2)
107(66.5)
54(33.5)
79(52.3)
72(47.7)
30(51.7)
28(48.3)
261(60.6)
170(39.4)
MSなし
MSあり
59(96.7%)
2(3.3)
127(78.9)
34(21.1)
105(69.5)
46(30.5)
41(70.7)
17(29.3)
332(77.0)
99(23.0)
61 161 151 58 431
女性 正常
肥満
35(89.7)
4(10.3)
96(82.1)
21(17.9)
55(69.6)
24(30.4)
11(44.0)
14(56.0)
197(75.8)
63(24.2)
MSなし
MSあり
37(94.9)
2(5.1)
112(95.7)
5(4.3)
69(87.3)
10(12.7)
15(60.0)
10(40.0)
233(89.6)
27(10.4)
39 117 79 25 260
肥満:ウエスト周囲径男90cm以上、女80cm以上、MS: メタボリックシンドローム
 
表5 メタボリックシンドローム危険因子数
危検因子数 20 30 40 50
男性 0 25(41.0%) 37(23.0) 31(20.7) 9(15.5) 102(23.7)
1 27(44.3) 56(34.8) 40(26.7) 21(36.2) 144(33.5)
2 7(11.5) 43(26.7) 49(32.7) 18(31.0) 117(27.2)
3 2(3.3) 23(14.3) 25(16.7) 7(12.1) 57(13.3)
4 0(0.0) 2(1.2) 5(3.3) 3(5.2) 10(2.3)
61 161 150 58 430
女性 0 28(71.8) 63(54.3) 35(44.3) 7(28.0) 133(51.4)
1 8(20.5) 33(28.4) 26(32.9) 5(20.0) 72(27.8)
2 2(5.1) 17(14.7) 13(16.5) 10(40.0) 42(16.2)
3 0(0.0) 1(0.9) 5(6.3) 3(12.0) 9(3.5)
4 1(2.6) 2(1.7) 0(0.0) 0(0.0) 3(1.2)
39 116 79 25 259
 
表6 北東アジア諸国の主要栄養素摂取
蛋白質 脂肪 炭水化物
U.S.A. 15% 40% 45%
日本(2000) 73g
16%
45g
27%
259g
57%
中国(2002) 66g
12%
76g
31%
321g
57%
韓国(1995) 73g
16%
39g
19%
295g
65%
モンゴル(2002) 都市住民 78g
17%
63g
32%
230g
51%
遊牧民 65g
15%
84g
44%
172g
40%
 
 本研究の実施により、寧夏医学院への疫学研究の技術移転により社会ニーズ志向の研究戦略、疫学研究者の育成に寄与できた。また、日本と中国の遺伝と生活習慣を踏まえた北東アジア人に適合した肥満関連疾患の予防戦略確立に寄与が期待される。
 
参考文献
1. WHO/IASO/IOTF. The Asia-Pacific Perspective: Redefining Obesity and its Treatment. Health Communications Australia Pty Ltd, 2000.
2. WHO: WHO Global InfoBase Online. 2002 http://www.who.int/ncd_surveillance/infobase/web/
3. International Diabetes Federation. IDF Consensus Worldwide Definition of the Metabolic Syndrome. http://www.idf.org/webdata/docs/IDF Meta_def_final.pdf
4. Shiwaku K, et al. Prevalence of the metabolic syndrome using the modified ATP III definitions for workers in Japan, Korea and Mongolia. J Occup Health 47: 126-135, 2005
5. Matsuzawa Y. Metabolic syndrome-definition and diagnostic criteria in Japan. J Atheroseler Thromb 12: 301, 2005
6. 王陀徳編. 中国居民栄養健康状況調査報告書2002. 人民衛生出版社, 北京, 2005
7. Shiwaku K, et al. Traditional Japanese dietary basics: a solution for modern health issues? Lancet 363: 1737-1738, 2004


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