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変えていく力
中野 紗也香(滋賀医科大学医学部医学科4年)
 社会をより良く変えていこうとするたくさんの人々の意思を、力強く感じることのできた11日間だった。今回のフェローシップでお話を聞くことのできた、NGOの職員の人々、WHOやJICAで働く人々や地域の医療関係者の人々などはみな、自分の知識や能力を最大限に活かして、社会を変えていくことに一生懸命だった。また、KANLUNGANの子供たちは、厳しい状況の中でも明るさを忘れず、それぞれに夢を持ってそれに向かって伸びていこうとしていた。彼・彼女たちのように、社会を、自分を、良いほうへ進めていこうとするエネルギーを持ち続けることはとても難しいことだと思う。こうしたエネルギーはどこから湧いてくるのだろうか。
 
 私は、それぞれが心の中に抱く感情が、そのエネルギーの源なのではないかと思った。自分がこの社会で生きていく中で湧き起こる、怒り、悲しみ、何かを好きだと思うことなどの感情により、行動を起こそうとする衝動が生まれる。Barua先生は、人や物事とぶつかりあったところで、自分の道を見つけなさい、アイデンティティを確立しなさい、とおっしゃった。それは、自分が一体何が好きでどんなことに怒りを感じ、何を悲しむのかを知り、それらをエネルギーに昇華させるということなのかもしれない。
 
 結局、人間は自分に直接降りかることについてしか、真剣になれないということなのだろうか。しかし例えば隣にいる人の抱える問題を、自分の問題として捉え、それによってある感情が呼び起こされるなら、直接的に自分に降りかかったことでなくても、その問題を解決して隣の人を助けたいという衝動が起きるだろう。今画の研修で私は、国境を越えたところにいる人とでも、問題を共有し得る、痛みを分かちあえるということを体験として学んだ。そして、相手の抱える問題を、自分の問題として捉えられるような仕事をしていきたいのだということを再確認できた。
 
 社会は一人一人の仕事の累積として成り立っているのだと思う。だとすれば、仕事をすることで私は、社会を変える手段を得られるということだ。私は私の中にある感情を出発点として、仕事をすることを通し、社会を変えて行きたいと思う。そしていつか、多磨全生園の佐川さんのように、「社会は前と比べてずっと良くなった。これは私たちが闘い続けてきた結果手に入れたものだ」と思えるようになりたい。
 
 最後に、多くのことを気づかせ、考えさせてくれたこの研修を受けることを可能にしてくださった、全ての人にお礼を申し上げます。同行してくださった、西村先生、松本さん、中住さんには大変お世話になりました。本当にありがとうございました。フェローのみんなとはこれからもずっと刺激しあい、励ましあっていきたいです。16人で様々な体験を共有できたことを、とても嬉しく思います。これからもよろしくお願いします。
 
「継続は力なり」
原 ひでみ(岡山大学医学部医学科4年)
 「せっかく苦労してプロジェクトを立ち上げ、成果が出始めたとしても、その後国や援助機関が撤退してしまった途端に元の木阿弥になってしまう」というお話を随所で伺った。目指すところがどんなに基本的なことだったとしても、それまでの習慣を変え、人々の生活に新しい「習慣」を定着させるということは大変なことなのだと知った。あるいは、その「習慣」がしっかりと人々に根付くまでプロジェクトを継続すること自体もまた、難しいことなのだと学んだ。
 「国際医療協力」と聞くと、華々しく活躍される医療関係者の姿を思い浮かべがちである。しかし、マスコミに取り上げられるような活動はむしろ少なく、本当に人々が必要としている国際協力は、地道で地味で長丁場で、時に挫折もあるような泥臭いものなのではないかと思う。文化の違い、制度の違い、感覚の違いなどから、自分の外の世界で何かをするには苦労がつきものである。理解できないこと、受け入れがたいこと、悲しいこと、つらいこと・・・様々乗り越えて初めて自分の外の世界に出ることが出来る。しかし、これができないと、結局自分の殻に閉じこもって終わってしまう。相手を理解し、受け入れ、自分の世界を広げていくという意味では必ずしも国際協力に限らず、国内の医療行為あるいは日常の人間関係にさえ同じことが言えるのではないだろうか。
 
 私は今回、将来の進路を決めるヒントが欲しいと思ってフェローシップに応募した。まだ、はっきりとはどのような形で医療協力に携わっていくか決められないが、一つだけ確信したことがある。それは、大きな目標を持った上で、今の自分にできる小さな一歩を常に踏み出すこと。その大きな目標に向かって、継続して努力をすること。これが、どんな進路を選んだとしても一番大事なことである、と。そして、小さな努力を続けることで、いつしか大きな目標に到達できるのではないかと思う。
 また、自分の世界、自分の仲間の境界線をどんどん外に伸ばしていけたらいいなと思う。ある人が困っていた時に、「仲間」と思えば積極的に手を差し伸べられるが、「他人」と思えば目を背けたくなる。もし、少しでも多くの人と多くのものを共有し、仲間になることができれば、自分にできることがもっと増えるのではないかと思う。
 
 フェローシップに参加して、11日間という短い間ではあったが、同じようなことに興味を持つ新たな仲間と出会い、少なからず自分の世界が広がったように思う。自分一人ではできないことも、仲間と力を合わせれば、より強烈なパワーとなって成し遂げられるのではないかと期待している。縁あって知り合った仲間たちなので、ぜひこれからも交友を深めていきたいと思っている。
 最後に、各分野で輝かしい活躍をされている先輩方とお会いすることができ、大変嬉しく思っております。特に、西村先生には、ご多忙中にもかかわらず研修にご同行していただき、数々のアドバイスをいただけたことに拝謝いたします。また、すばらしい仲間と巡り会え、充実した時間を送ることができました。このような機会を与えてくださった笹川記念保健協力財団のスタッフの皆様には深く感謝しております。本当にありがとうございました。
 
言語によるコミュニケーションの大切さ
原田 麻紀子(国際医療福祉大学保健学部看護学科3年)
 フェローシップ参加前より『国際的な医療活動』を将来の目標としていた私にとって、これまでの学びは活動の入口に差し掛かっただけであったことを痛感した。研修1日目終了後、このまま日本に残り、今日学んだことをもっと深く勉強しなければと心から思ったほどだ。それほど強烈な研修の始まりであった。
 
 以前より、海外に何らかの貢献をしたいと考えていた私は、国際語である英語の必要性を感じ、高校入学からの4年間を海外で過ごすことを自ら選択した。留学中、日常会話は学べたと自負している。しかし、レイテの日本住血吸虫病院を訪問した際、現地の言葉で会話する重要性を痛感した。フィリピンの都市部での学校教育は英語であったけれど、地域によっては全く英語が通じない。非言語的コミュニケーションは、接遇などにおいて重要な役割を担う。しかし、専門職としての言語によるやり取りは、心が通じ合うといった心情的なものを超え、患者の症状などの意味を確認する手段としての役割が大きい。看護において大切なのは、その人の生き方をサポートすることである。そのためには、文化の違い、生活習慣、社会的問題等を含むバックグラウンドを理解する必要がある。しかし、表情を観察して分かることは一部でしかなく、看護の専門職として十分な活動へ繋がらない。相手の持つ背景はコミュニケーションによって明確にすることができ、それらを理解するためのツールはやはり現地の言葉である。言葉の通じる日本では気づくことのできないことであった。そういった意味において、言語によるコミュニケーションの大切さを学んだ。
 
 また、職種は違うけれど、同じ夢を持った仲間と出会えたことは大きな収穫であった。互いの持つ情報や知識を伝え合い、更なる知識の向上を図るメンバーの姿は、他職種との連携であり、小規模だけれど「チーム医療」そのものであると感じた。
 
 今回の研修を通して、さまざまな気づきを得、今後の自分の課題を見つけることができた。私の看護職に対する思い、『国際的な医療活動』への思いは一層強くなった。この学びを将来に向けての具体的な活動への第一歩とし、本物の専門職としての自分を磨いていきたい。
 
ジェスチャーのみでのコミュニケーション
レイテで訪れた病院にて
 
指導専門家より一言
国立保健医療科学院 国際協力室長 西村 秋生(指導専門家)
 フィリピンの空は今年も暖かく、笹川フェロー一行を迎えてくれた。雨期に当たる八月初旬は、実はフィリピンでは最も過ごしやすい時期であり、ヒートアイランドと化したメトロ東京よりむしろ快適である。ただし雨期だけに天候に恵まれないことも多いのだが、今回九日間概ね天気に恵まれて過ごせたのは、この雨男の念を吹き飛ばすくらい、日頃のおこないの善い方がいたからに違いない。
 
 国際保健は専門外と言いつつ、指導専門家として学生に同行するのももう三回目になった。立場的にも専門外ですとは言えなくなってしまったが、相変わらずこの領域にははなはだ疎く、役立たずで悪いなあと思いながら学生諸君の後をついて歩いていることに変わりはない。加えて今年は国内研修の事務局を保健医療科学院でお引き受けしたこともあり、行程を通じて細々としたことまでが気になり、なんだか小言じいさんみたいな役回りをしてしまった感がある。申し訳ないことである。
 
 それでも参加学生の皆さんは、そんな逆境にもめげず、のびのびと行程を楽しんでくれた、と思う。フィリピンでの最終日に学生諸君には申し上げたことだが、指導専門家として期待するのは、参加者全員が一つでもよいから何かを得て帰ってほしいということである。この11日間が時間の浪費だったと評価されることが最もつらい。最終日に各自の感想を聞いたかぎり、その目標は達成されたし、多くの方がそれ以上の成果を感じておられるように思った。冥利に尽きる。
 
 今回の海外組にとって最大の不運は、尾身茂WHO西太平洋事務局長のお話を伺う機会を失してしまったことである。圧倒的にお忙しいはずの局長が、昼の時間をまたいで半日近くもお話をされるなどという機会はこのイベント以外ありようはずもなく(「我々ですら週に10分位しか話せない」とは厚労省からWPROに来ていた方の弁である)、毎回の学生が最も期待するイベントであるだけに、急なご不幸の故とはいえこの損失は大きかった。しかしその代わりといってはなんだが、今回ならではの幸運もあった。一つはWPRO各部局の先生方から、いつもより詳細なご講義をいただく時間を得たこと、レセプションパーティというイベントをプログラムの早い時期に実施できたこと、さらに最大の幸運は、超多忙なDr. Baruaが5日間に渡ってお時間を割き、我々に同行して下さったことである。特にこれまではお話で伺うのみであったフィリピン大学レイテ校を、そのご卒業生であるDr. Barua自らのご案内で訪問出来たのは、何にも代え難い経験だった。全日程への篤いご支援とあわせ、Dr. Baruaには改めて御礼申し上げたい。
 
 本プロジェクトの仕掛け人である紀伊國理事長、初のご担当ながら見事な配慮をして下さった中住さん、6年ぶりの奇跡の復活を遂げられた松本さん、その他プロジェクトに関わられた財団の方々、そして全行程を恙なく修められた参加生の皆さんに、心より感謝申し上げる次第である。


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