2.2 HNSの物性に係わるモデル
HNSの物性に係わるモデルとしては、前章で整理したHNSの拡散予測モデルであるNRDAM/CMEモデルが、HNSを含む化学物質426物質を対象にして、各係数値も物質毎に整理されていることから、参考になるモデルである。
前章ではNRDAM/CMEモデルで考慮されている各挙動の概要および式系を記した。これを見ると、本モデルでは海表面に流出したHNSだけでなく、海中での挙動もモデル化にされている事が確認された。
以下に、本モデルの基礎式を再掲し、主な計算条件について示す。
(1)モデルの基礎式
1)拡散
海表面での有害物質の拡散は、水平及び鉛直方向のせん断流によって起きる。本モデルのミクロな広がりは、Mackay et al.,(1980)が経験式に基づいて修正したFay(1971)及びHoult(1972)の重力粘性式によって計算されている。なお、海表面の拡散面積の変化率は次式で表現されている。
ここで、A: 拡散膜の面積(m2)、K1: 拡散係数(sec-1)、Vm: 流出量(m3)、t: 時間(sec)である。
Fay-Houltの拡散理論における第1段階(重力−慣性力)は非常に短時間のうちに起こるので、上式には組み込まれていない。したがって、放射状の拡散速度の最大値は、100m3の油流出の初期状態に計測された時間間隔の平均値である0.1m/secに限定される(Dippner,1983)。
拡散過程は物質固有の最終的な厚さになった時点で終了する。拡散係数K1は、5.0×108/dayに設定されている(Audunson et al., 1984, Sorstrom and Johanson, 1985, JBF, 1976, Sorstrom, 1989, Reed et al., 1990, 1992)。
なお、油流出の場合は、水中に移行すると移流によってのみ移動するとしている。
2)蒸発
スリック表面からの蒸発過程については、Mackay and Matsugu(1973)の式を採用している。
海表面における蒸発過程での質量移動係数(K2 m/hr)は次式によって計算される。
ここで、W: 風速(m/hr)、D: 拡散膜の半径(m)、Sc: シュミット数(表面組度の指標値)、MW: 流出有害物質の揮発成分のモル分子量(gm/mole)である。
Mackay et al.(1990)に従い、クメンのシュミット数Scは2.7が設定されている。
上式中のモル分子量MWは、Payne et al.,(1984)による空気中での拡散補正項である。
また、質量移動速度(gm/hr)は次式によって計算される。
ここで、m: 拡散膜からの蒸発量(gm)、P VP: 蒸気圧(atm)、A: 拡散膜の面積(m 2)、R: ガス定数(8.206×10 -5atm・m 3/mole/ )、T: 温度( )、
F: 拡散膜中の揮発成分を構成する残存部分、MW: 流出有害物質の揮発成分のモル分子量(gm/mole)である。
なお、原油や石油製品等の混合物質の蒸発過程の取り扱いについては以下のように整理されている。
・分子量が100gm/mole以下の芳香族系炭化水素については、ベンゼン及びトルエンの平均のモル重量と溶解度とする。
・分子量が100から160gm/moleの間の芳香族系炭化水素については、溶解度が測定されている石油製品の重み付き平均値とする。
・無害で難溶解性の物質の揮発成分は、よりモル重量の大きい物質の揮発レベルとする。また、混合物については物質重量による重み付き平均されたモル重量を使用する。
3)溶解・混入
海表面のスリックから水中への混入の過程については、単位時間あたりの量として、Mackay et al.,(1980)に基づき、次式で表されている。
Da=K3(W+1)2/(1+50μ0.5δST)
ここで、W: 風速(m/s)、K3: 定数(初期値 0.11)、μ: 粘性(centipoise)、δ: スリックの厚さ(m)、ST: 流出物質と海水面の界面張力(dyn/cm2)である。
Wolff and Poels(1986)による研究結果では、海表面にスリックを形成する有害物質の場合、上式による計算結果は蒸発量に比較すると過小評価する傾向にあることが示され、以下のような有害物質の溶解度に依存する補正係数Dbが提案されている。
Db=K4(S/MW)0.2
ここで、S: 溶解度(mg/l)、MW: モル分子量(gm/mole)、K 4: 定数( 100)である。
浮遊する有害物質に対して、水中への混入率はDaDbで計算される。水中への混入は、飽和濃度に達するまで溶解することとする。
4)沈降
沈降する物質の中心軸周りの座標系を使って沈降過程を定式化すると、次の様になる(Koh and Chang,1973)。
a. 質量フラックス(Fm)の保存式
b. 運動量(M)の保存式
なお、エントレインメント率(E)は次式の通りである。
E=2Rjπ(α1Urel+α2Usinγsinθ2)
ここで、Fm: ェットプルームの中心軸に沿った質量フラックス(kg/sec)、E: エントレインメント率(m2/sec)、M: 単位長さあたりの運動量(momentum; kgm/sec2)、Fb: 単位長さあたりの浮力(kg/sec2)、Fd: 単位長さあたりの抵抗力(kg/sec2)、U: 周囲の海水の速度(m/sec)、Urel:海水と沈降物質の速度差(m/sec)、Rj: 沈降物質の拡散半径(m)、α1,α2: エントレインメント係数(α1=0.081,α2=0.353 Koh and Chang, 1973)、ρw: 周囲の海水の密度(kg/m3)、γ: 沈降物質の軌跡と周囲海水の流向との角度の差、θ2: 沈降物質の軌跡と垂線との角度、j: 鉛直流の単位ベクトルである。
浮力Fbと抵抗力Fdは、次式で表される。
ここで、g: 重力加速度(kg/sec)、γ: 沈降物質の密度(kg/m3)、Cd: 抵抗係数(=1.3)である。
なお、沈降物質から周囲の海水への質量の移動は次式で計算される。
ここで、A: 沈降物質の断面積(m2)、C: 沈降物質の濃度(kg/m3)、Co: 周囲の海水中の汚染物質濃度(kg/m3)である。なお、質量移動係数は、以下の経験式によって計算される(Holman, 1981)。
ここで、Deff: 有効拡散係数(5×10-6 m2/sec)、Rj: 沈降物質の拡散半径(m)、Re: レイノルズ数(=2URj/v)、Sc: シュミット数(=Deff/v)、v: 動粘性係数(m2/sec)である。
5)再蒸発
水中に混入した有害物質の再蒸発の過程は、Lyman et al.,(1982)に基づき、次の計算手順で扱っている。
ヘンリー定数(H)
H=PVP/(S/MW)
ここで、PVP: 蒸気圧(atm)、S: 溶解度(mg/L)、MW: モル重量(g/mole)である。計算されたヘンリー定数が、H<3×10-7の場合に蒸発が無視できるとする。反対に、H>3×10-7の場合は、無次元のヘンリー定数H'を計算する。
H'=H/RT
ここで、R: ガス定数(8.206×10 -5atm・m 3/mole/ )、T: 温度( )である。
液相での交換係数(K5)
気相での交換係数(K6)
液相と気相を合わせた物質交換係数(K7)
K7=(H'K5K6)/(H'K6+K5)
ここで、定数K5,K6,K7の単位はcm/hrである。水中から大気への実際の物質移動は、次式で表される。
ここで、mは大気に移行する汚染物質の量であり、水深dまでに存在する全物質量と等しい。溶存している物質の揮発する深さdは、最大で波高の1/2に限定されるか、あるいは拡散深さdとする。
ここで、Dz: 鉛直拡散係数(m2/sec)、Δt: モデルの計算タイムステップ(sec)である。
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