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 ところでこの節は、三日間の開催であったが、入場者は連日、五千人になんなんとし、次節三日間をあわせて売上金は、総計二一、九九八、六〇〇円に達し、まずまずの成績で、幸先よしと喜んだのである。
 この第一回開催の折、投票所関係職員は、前もって大村競艇で経験を積み、その日に備えて研究して来たものの、何しろ初めてのことであり、数百人の女性従業員のなかで働くことになり、すっかり緊張してしまって小さなミスを起こしたらしいが、これを救ってくれたのは、大村市から友情応援に来ていただいた四人のベテランの方々であり、兄貴分にあたる大村競艇には何かとご指導をいただいたものである。
 このように、芦屋競艇は華々しくスタートしたのであるが、町の資金操作は相変らずで、いつしか年末を迎えたのであるが、とうとう年の瀬に五百万円あまりの金がどうしても工面できぬ破目になってしまった。
 町長、助役、収入役の三人で思案投げ首、いろいろ相談してみるが妙案も浮かばない。遂には見かねた議員の二、三まで加わって評議するがどうしても出来ない。大晦日に急に金の成る木が生えるわけもなし、三十一日午後八時、ついに匙を投げてしまった。哀れにもわびしい頬かぶりの年の瀬ではあった。
初開催当初頃の芦屋競走場
 
 明けて昭和二十八年、冬期は、寒さのうえに名にし負う玄海の風波をまともに受ける遠賀川河口のこととて、レース開催を危ぶんでいたが、実際にやってみると案外それ程でもなく心配も杞憂(きゆう)におわり、売上げも順調で安心もし、力づけられたものである。
 先ほど資金操作の面で一寸ふれたが、建設事業の進んでいたころ、経理担当職員が請求書の整理に困り、これを十畳敷の役場宿直室に積みあげていたが、資金繰りから支払いのされぬまま、その量は厖大(ぼうだい)なものとなり宿直の若い職員が布団が敷けず、エイめんどうと掛布団だけを引っ張り出して、請求書の山を敷布団がわりに眠ってしまった。翌朝、俺は三千万円の敷布団に寝たんだといって、上司に怒られたという小事件もあった。
 その後、レースは順調に進み、収益金から逐次、福岡銀行などに借財を返して行き、梅林組に対する工事費の支払いもすませ、ボート、エンジン購入の借財もまた支払って昭和二十九年の前半期には、大体の負債を完済することができたのである。これで、経理面については漸く安堵の境に達したが、施設の改善、エンジン、ボートの補給など、相次いで必要であり、決して油断はできない。そのため町当局は慎重な運営努力を重ね、町議会の協力と町民の精神的支援を杖として来たのである。爾来今日まで、その収益率においては全国第一の成績を持続し、弱小町の一たる芦屋町として、しかも辺地的性格をもつ町の特異な事業として、まず成功であったといわねばなるまいと自負している。
 町の収益も、初めは五、六千万円に過ぎなかったが、ここ数年は二億以上になっており、町の財政に寄与貢献するところ非常に大きなものがある。このため、昭和三十年度から、全町民に著しく負担となっていた住民税、資産税の標準レベルヘの引き下げを皮切りに道路、学校等の補修、改築、増築を行ない、また町役場庁舎を新築してその面目を改め、住民福祉面でもいろんな点で改善向上に努めた。近年に至り、国民宿舎、小中学校の鉄筋防音校舎、町民会館の新改築など従来他市町村からおくれ勝ちであった歩調をようやく速めて来たのである。
 競艇事業は、ギャンブルとして世論の非難もあるが、既に我国ではこの種の事業は法的にも慣習的にも国民の間に定着し、単独、或いは連合して行なわれている以上、当町としても許される限り、国民の健全娯楽として、モーターボート競走法の趣旨の示すところに則って、引き続き運営継続したい方針である。顧みるに芦屋競艇の設備は、開設以来十六年間を経過し、その間いろんな改善、補修もされて来たが、全体としては、いささか古びて来ており、また全体面積が狭あいである。今日の時勢と他のレース場施設との比較からしても改築を迫られるときである。
 特に昭和四十二年一月、運輸省告示第二七号によるモーターボート競走場の構造及び施設の規格に合致した施設とするため、これを機会に位置移転を行ない、新しい場所に、一切の施設を新規に建設することにしている。
 新施設は、芦屋町の東南の端、航空自衛隊基地に接する山林、農地で、大プール及び鉄筋三階建の大施設であり、目下鋭意その準備が進められている。
 北九州市と福岡市の中間に位置し、都市開発が進められようとしている芦屋町は、北九州経済圏のベッドタウンとして、また西日本国際観光ルートの町として、「誰でもが住みたくなる町」づくりに一生懸命である。
 新鮮な空気と美しい公園、よく整った学校、すぐに乗れるバス、人口に対して不足しない住宅、ノンキに歩ける道路、楽しく買える商店街。要するに住民が気持ちよく生活できる町づくりを目指して今後の努力を続けねばならない。
 新競艇場は、そのためにも重要な意味をもつものでありその前途を祝福しつつ、芦屋競艇開設前後の顛末を略記してこの稿を終る。
 
参考資料
芦屋組合営・第一回第一節
第一日(昭和27・11・7土曜日)成績
 
第1日の入場と売上
入場人員 2,905人
舟券売上高 2,590,500円
1人当り購買額 892円
 
第1日第1レース成績
種別 売上金額 配当金
単勝式 円
3,000
円
300
複勝式 8,600 140
470
連勝単式 101,200 2,370
計 113,400
連勝単式 3,400
 
第1日第1レース 出場選手成績
着順 登番 選手氏名 出身地 賞金

1

51

毎熊 文夫

長崎
円
6,000
2 47 山下 勇 〃 3,600
3 60 浜田 力 〃 1,800
4 61 川田 芳郎 〃 600
5 71 久保 隆幸 京都
失格 32 西堀源一郎 滋賀


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