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3.5 ラトビア
(ラトビア海事産業)
 ラトビアは、隣国リトアニアと同じく、社会主義から資本主義への経済体制の変化に伴い、企業の民営化が進み、国際市場への進出を始めている。1999年時点のラトビアの海事産業が同国GDPに占める割合は0.4%であるが、雇用者数は2,600人で全体の3.3%、製造業雇用の18.6%を占める。このように海事産業は、経済への貢献よりも雇用の面で重要な産業であった。
 
 ラトビアは5つの造船所、即ちRiga Ship Yard、Mangali Shiprepairing Yard、Tosmare Repair Plant、Latvian Shipping Company Yards及びBolderaya Shiprepair Yardを持つ。全ての造船所は、首都リガとバルト海沿岸に位置している。Bolderaya Shiprepair YardとTosmare Repair Plantは、以前はソ連海軍向けの艦艇造修所で、その他のヤードは民間向けであった。
 
 ソ連はラトビアに造船拠点を持っていなかったため、ラトビアの海事産業は、今でも船舶修繕業務が中心である。全てのヤードは本来の生産能力以下で稼動しているが、造船部門に進出しているヤードもある。
 
 Mangali Shiprepairing Yard、Tosmare Repair Plant及びBolderaya Shiprepair Yardの顧客は、国内顧客と、旧ソ連時代から関係の深いソ連、東欧圏の顧客が大部分である。一方、Riga Ship Yard、Latvian Shipping Company Yardsの顧客は、30〜60%が国内と東欧圏であるが、西欧、北欧、その他の海外顧客も増えつつある。
 
 5造船所の中では、Riga Ship Yardがずば抜けて大きい。2000年以前には、同造船所はラトビアの造船・船舶修繕業で60〜80%のシェアを誇っていた。また、雇用者数のシェアは3分の1であることを考えると、最も生産効率の高いヤードでもある。現在、ラトビアで造船能力を持つ唯一のヤードで、破綻したソ連時代の造修所Tosmareを買収し、造船業務の拡大をめざしている。しかし、完全な新造船建造に必要な技術や関連下請け企業の基盤を持たないため、現在のところデンマーク、スウェーデン、ノルウェーの造船所向けの船体建造を行っている。
 
 なお、ラトビアの国内船主であるLatvian Shipping Groupは、その中期戦略で、2003〜2010年の船隊拡大計画には、国内造船所ではなく、クロアチアと韓国から新造船を調達するとしている。
 
 2000年のAppledore International社の調べによると、Riga Yardの技術レベルは2(最高が5)で、1960〜70年代の先進国造船所のレベルであるが、設備の近代化を進めている。同ヤードの設備は、船台2台(95×16m、115×16m)で最大900トンまでの建造が可能である。漁船、沿岸フェリー、補助艦の建造実績がある。
 
 ラトビアでは、バルト海沿岸の造船所向けの舶用サービス産業が盛んである。2000年9月19日には、バルト海地域最大の工業及び医療用ガス工場Elme Messer Metalurgsが、Liepajaに設立された。同工場はバルト諸国唯一の鉄工所Liepajas Metalrugsと他のバルト海市場にガスを供給している。同工場の設立により、バルト海諸国の海事産業の原材料輸入への依存の軽減が可能になった。
 
 ラトビアの造船・船舶修繕業は、非常に競争力のある価格が特徴である。しかし、隣国リトアニアと同じく、生産性の低さや、雇用者数の多さに起因する総人件費の高さにより、競争力は幾分低くなっている。
 
 2000年現在でラトビアの造船所の労働コストは、1時間当たり1.40ドルで、これはギリシャの3分の1である。しかし、労働者1人当たりの生産性は17CGTと低く、資本投資やトレーニングによる労働力のスキル向上への障害となっている。英コンサルタント会社Appledore Internationalは、設備の合理化、生産性の向上、経営と管理部門の再編が、今後の優先課題であると指摘している。2000年以来大きな改善は見られず、2004年のラトビアの労働コストは2.42ユーロ(2000年の水準)、生産性は10.7で、欧州で最低である。
 
 ラトビアでは、2002年のLatvian Shipping Companyとその造修所の民営化とともに、全造船所の民営化が完了した。ほとんどは国内投資家による出資で、造船所従業員が20%程度を保有している。EU加盟以前にも、ラトビアの全造船所は政府補助を受けていなかった。1990年半ばのロシア艦隊の撤退により破綻したTosmareは、その後Rigaに買収された。
 
 舶用機器製品は主に船主の希望する仕様に従い、必要に応じて外国から輸入している。しかし、鋼板、配管、建具等多くの建材が造船所内で製造され、部品を供給する地元の下請け業も多いことが特徴である。
 
 1998年の海事産業の総売上げは3,500万ドルであり、その内訳は船舶修繕80%、造船10%、その他10%であった。
 
3.6 スロバキア
(スロバキア海事産業)
 内陸国にもかかわらず、ドナウ川経由で黒海へのアクセスを持つスロバキアは、東欧でも海事産業の盛んな国のひとつである。1999年の同国海事産業はGDPの0.5%、雇用者数は総雇用者数の0.7%、製造業雇用者数の2.4%を占めている。海事産業は、失業率の高いスロバキア南部の重要産業である。
 
 スロバキアには、南部のKomarno、及び東部のBratislavaという2つの造船所がある。両造船所とも1990年代初頭に民営化された。Komarno造船所は、Slovenske Lodenice Komarnoas Bratislava(SLKB)の所有で、規模が大きく重要な造船所である。Bratislava造船所は、Slovenská plavba a prístavy-Lodenica s.r.oの所有で、以前は地元市場向けの船舶修繕業務のみを行っていたが、2000年以降、造船業にも進出している。
 
【Komarno】
 Komarnoは、ハンガリー国境に近いスロバキア南部に位置しており、同地域は古くから造船業の中心であった。同造船所は、3,500〜5,600DWTの海洋向け貨物船を建造している。1990年代には顧客べースの国際化に成功し、1999年時点の主要顧客は、ドイツ(61%)、オランダ(18%)、ノルウェー(16%)、ロシア(5%)である。1999年以前の年間平均建造数は12隻で、2,560人を雇用する欧州最大の内陸造船所であった。
 
 しかし、1999年のコソボ紛争により、Komarno造船所は大打撃を受けた。経営陣の脱税と保険金詐欺問題で以前から収益は減少していたところへ、コソボ紛争でドナウ川下流がブロックされたことが決定的であった。同造船所の建造する船舶はドナウ−ライン−マイン運河を航行するには大きすぎるためである。引渡し実績は1998年の12隻から、1999年には1隻にまで落ち込んだ。船舶修繕業と小型船舶建造により何とか生き残ろうとしたが、雇用者を750人に減らし、残りの750人は給与を半分に減額され、自宅待機となった。
 
 コソボ紛争終結後も、ドナウ川経由の黒海へのアクセスは困難で、Komarnoは2000年にも4隻を引き渡したのみである。しかし、同造船所は2001年以降、所有権に関する問題にもかかわらず、顧客ベースの再構築に尽力し、ドイツ船主向けを中心に9隻の貨物船を建造した。2006年までには、ドイツ船主Strahlmann向けに12隻の追加建造が決まっている。これにより同船社船隊の4分の1がKomarno建造となる。
 
 1999年以前のKomarno造船所の年間売上げは平均1億ドル程度であったが、経営難により、1996年に400万ドルであった収益は、1998年には100万ドル、1999年には赤字を計上した。コソボ紛争により、2000年には同造船所の経営は破綻したが、Eximbankaよりスロバキア政府が保証する2,870万ドイツ・マルクの融資を受け、新経営陣の下で再建した。その後、オーストリアのEuropean American Investment Bank AG(Euram)が買収し、現在のオーナーとなっている。同造船所の売上げは上昇し、2003/04年の前記Strahlmannとの契約だけでも4,450万ドルの価値がある。
 
 2000年のAppledore International社の技術ランキングでは、Komarno造船所の技術レベルは3である(最高は5)。これは1980年代初頭の先進国の多くのヤードの水準に該当する。その後、SLKBはAutodesk InventorとAutoCADソフトフェアを導入し、設備の近代化に努めている。
 
【Bratislava】
 Bratislava造船所(Slovenská plavba a prístavy-Lodenica s.r.o)は、元々船舶修繕専門の造船所で、前所有者が1999年に経営破綻後、Slovak Shipping Company(Slovenská plavba a prístavy)に買収され、拡張と多角化を試み、小型船の建造を開始した。現在は、貨客船、舶用機器、ポンツーン、ハウスボート、レストラン及びホテル船を建造している。また、最近ではメガヨット建造にも進出した。親会社Slovak Shipping Company向けの新造船建造と修繕の他に、ドイツ、オーストリア等中欧諸国に顧客ベースを持つ。
 
 2000年当時の平均賃金は1時間当たり2〜3ドルで、スロバキア造船業の競争力もこの低賃金によるところが大きい。スロバキアの賃金は他の東欧諸国に比べて若干高いが、西欧諸国よりも大幅に低い。しかし、他の東欧諸国と同じく、総人件費の高さと生産性の低さが問題である。例えば、Komarno造船所の1996〜1998年の従業員1人当たりの生産性は、年間約22CGTである。
 
 それ以降もスロバキアの賃金の増加率は低く、2004年の1時間当たりの平均賃金は3.06ユーロ(2000年レベル)、1人当たりの生産性は13.3である。Komarno造船所は2000年以来1,000人以上の従業員を解雇しており、賃金レベルは低く止まると予想される。同造船所のある南部地方の失業率は、大量解雇以前でも既に25%であった。
 
 スロバキアの主要舶用機器メーカーは、以前はSlovenske Lodenice Komarno(SLK)のグループ企業であった。しかし、2000年の経営破綻後、SLKは、造船所と舶用機器工場に分割され、Komarnoの舶用機器工場は、SLK Stroje a Mechanizmy(SAM)という社名となった。
 
3.7 スロベニア
(スロベニア海事産業)
 スロベニアの造船・船舶修繕業は同国GDPの0.1%(1998年)で、輸出の0.1%にも満たない。従業員数は200人程度で、これも全雇用者数の0.1%以下、製造業雇用の0.1%であり、スロベニア経済においては海事産業の重要性は低い。ユーゴスラビア分裂以後、スロベニアの造船業は衰退し、1989〜1993年には、生産高、雇用者数とも75%減少した。1994年以降は安定したが、成長率は低く止まっている。スロベニアの造船・造修所は、アドリア海沿岸Izolaに位置する小規模な造船所Ladjedelnica Shipyard(以下「Izola造船所」)のみである。
 
 2000年以降、Izola造船所はスーパーヨットの改造業務を手がけている。最初のビジネスは、アラブ首長国連邦のあるビジネスマン所有の全長40mのスーパーヨット・カタマラン「Sarha」の大規模な改造であった。それ以後、10m級ヨット「Izola32」、16m型海面清掃船「Calipso」、30m級漁船「Mediterranea」等の改造を行った。その他の業務は、クリーニング、塗装、エンジンその他推進装置、電子機器、配管、ボイラー等の修理とサービス、船体や鋼製建造物の建造である。また、Izola造船所は、比較的高度な技術を用いている。同造船所は120万ユーロの設備投資を行った後、ニュージーランドの客船の総合的な改造を手がけた。Izola造船所の2002年の利益は4,330ユーロで、2003年には130,000〜173,000ユーロの利益を見込んでいた。
 
 スロベニア国内には大手舶用企業は存在しない。しかし、Izola造船所は、スーパーヨット「Sarha」の改造には、エンジン以外の機器は、家具から塗料まで自国製品を用いたとしている。スロベニアには、他国製航海機器の販売とサービスを行う企業が多く、HARPOON elektronika d.o.o.が最大手である。同社は高品質のサービスと既存機器ソフトのアップグレードを提供している。また、Water Line Ltd.は、効果的なプロジェクト管理手法のアドバイス等で、Izola造船所のISOスタンダード取得プロセスに関与した。同社のビジネスは、プロジェクト管理アルゴリズム、手法、マニュアル、フォーム等のデザインと開発である。


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