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5年生の創作物語
「しずくちゃん物語」
 
あらすじ
 水の粒,しずくちゃんは兄弟二人で旅に出ることになりましたが,分水嶺のちょっとした振り加減で,しずくちゃんは養老川へお兄ちゃんのしぶきくんは夷隅川の方へ降ってしまいました。しずくちゃんは,川を流れながら,さまざまな生き物や土地の様子に触れながら下っていき,生物や人とのかかわり,環境について考えていきます。そして,いろいろな旅をしながら水の姿で東京湾から太平洋へ,やっと外房沖でお兄ちゃんに出会います。そして,ゆきんこ母さんとあられ父さんも,群馬県のスキー場(老川小スキー教室の場所)から,利根川を下り,太平洋で家族が出会います。それからみんなで水蒸気になり,雲や氷河となりまた雨となり・・・。しずくちゃんの旅は,家族みんなの地球上の大冒険の始まりだったのでした。
 
 大多喜町立老川小学校は房総丘陵の中央部に位置し,四季折々に清澄山系の豊かな自然を満喫できる地域で,学区には養老川と夷隅川の源流部があります。全校で50人という小規模校ですが,地域の学校として大事にされ,地域を利用したさまざまな体験でボランティアの方々といきいきと活動している開かれた学校です。
 5年生のみんなは1年を通して水について学んできました。秋には,「養老川の水になって75kmの旅をしよう」と養老川の源流から東京湾まで,2日間かけてたどりました。その旅を全員で思い出しながら,しずくちゃんと自分たちの思いや体験,そして学んだことを重ね合わせた創作物語「しずくちゃん物語」を制作しました。あらすじを全員で話し合い,場面ごとにパソコンでお話を作りました。行きづまった時は,相談しあい,しずくちゃんの旅を考えたそうです。そして,この物語は劇になり,「6年生を送る会」で発表し大きな拍手と感動をいただいたそうです。
 
しずくちゃんの紹介と麻綿原
 わたしの名前はしずくです。海と山の見える高い空にいます。お兄ちゃんはしぶきくんです。あられ父さんとゆきんこ母さんは,これから寒い国に出かけるそうです。わたしたち二人の兄妹で出かけるのは初めてです。二人はこれから旅にでます。高い空から雲に乗り,下をながめながら「どこに行こうか」二人は相談しました。「海もいいね」「山もいいよ」「海と山の両方の見える房総丘陵の高い山に着地してみよう」ということになりました。
 
分水嶺に降る
 しずくちゃんは本当にちょっとした落下地点の違いでお兄ちゃんと別れてしまいました。分水嶺に降ってしまった二人は離ればなれになってしまいました。しずくちゃんは養老川,お兄ちゃんは夷隅川に流れてしまったのです。二人はこの先会えるのでしょうか。
 
山の神様
 しずくちゃんは,せまい地層の間に浸み込んでいきました。やっと出たところは,黄色のイチョウのたくさんある広場で近くに山の神様がありました。しずくちゃんは山の神様に「おにいちゃんに会えますように」とおいのりしました。そのとき,子どもたちの声がたくさんして,イチョウの葉を投げあげて遊んでいました。わたしもいっしょに遊びたくなり,やっと元気がでてきました。
 
V字谷
 がけの高さが十メートル以上のV字谷に流れ出ました。三メートルくらいのせまい川だけれど,美しいもみじの葉がくるくると回りおどりながら,楽しそうにいっしょに流れていきました。
「いっしょにおどりましょう」
しずくちゃんともみじは手をつないでおどりました。川に小さなうず巻きがたくさんできました。しずくちゃんはずっとここでおどっていられたらなあと思いました。
 
シロウリじいさん
 少しねむくなったので,流されるままに,うとうとねむってしまいました。するとどこからか,
「ここは海の底ではないのか?」
気がつくと大きな岩の方から声がします。よく見ると岩の中の貝の化石でした。しずくちゃんはおそるおそる,
「ここは山の中の養老川ですよ」
と教えました。すると,
「わたしはシロウリガイだよ。二百万年前に海の底の熱水の出るところで温泉につかりながら楽しく暮らしていたのだが,気がついたら岩の間にはまってしまい二百万年岩から出られず困っている。」
というのです。しずくちゃんはびっくりしました。
「二百万年前はここは海の底だったの」
と聞きました。「行ったことがないなあ。海の底・・・」と話していると回りから子どもたちの元気な声がします。老川小のみんなです。「あ,見つけた」ハンマーを持った男の子がシロウリじいさんを見つけて大切そうに掘り出しています。
シロウリじいさんはしずくちゃんに,
「やっとここから出られる。また,どこかで会おう」
と声をかけてくれました。しずくちゃんは,「元気でね。」と手をふりました。しばらくシロウリじいさんの話を思い出しながら,海の底だったところが山のてっぺんになっていることが本当に不思議だと思いながら流れていきました。
 
粟又の滝
 とそのときです。
「きゃ一助けて」
 急な崖になりました。幅は三十メートルはあるでしょうか。岩肌をすべり落ちていくのです。ここは「あわまたのたき」でした。はじめはびっくりしましたが,だんだん楽しくなってきました。滝壼にはアユがいました。シマドジョウもいました。サワガニもいました。ウナギもいました。みんなで養老川の会議をしていました。
「君は天然ものかい」
「いいえ,ここに住んでいるほとんどが養殖のやつだよ」
「印旛沼で育って春に放流されたのさ」
「ウナギさんも,そうだよ。ほとんどが養殖さ。」
「二十数年前に高滝ダムができてから,産卵にいってもだれ一人帰ってこないよ」
「それに川の中も昔より住みごこちが悪いよ」
「昔は,ごみなんてなかったもの」
「今じゃときどきビニールと藻をまちがえてしまうことがあるから気をつけないと・・・」
しずくちゃんは,
「わたしがこれからダムの向こうはどうなっているか確かめてくるね。」
と話しました。みんなは,心配そうに顔を見合わせました。
「だいじょうぶ。わたしは水だから,形が変えられるの。また会ったら,お話するね。会えなくても,しずくの家族や仲間に伝えるようにするから,元気でね。」
といい,また川を下っていきました。
 
オイカワくん
 だんだん川幅が広くなって八メートルくらいになってきたので,右に左に動きながら,泳いでいきました。すると川の端にドングリがたくさん沈んでいました。そこにオイカワ君がきました。オイカワ君のオスは,
「ほらきれいだろ,ぼくの服は七色にかがやくんだぜ」
と,どんぐり君たちに自慢していました。しずくちゃんも,
「すてきな色ね」
と声をかけました。オイカワ君は,
「7月ごろのウグイのやつらのオレンジ色はみごとで,かなわないけど,あとはぼくが養老川一のベストドレッサーだぜ」
と太陽の光にキラッと体を当てながらジャンプしました。
 しずくちゃんのひとみは,光かがやくオイカワくんの服におどろきました。
 
品の川水路で休耕田へ
 品の川水路で田んぼに行くことになりました。そこでは見たこともない黒くて大きなシャープゲンゴロウモドキやガムシ,アカハライモリやヒル・ミズカマキリ・トウキョウサンショウウオなどたくさんの生き物が仲良く暮らしていました。しずくちゃんは初めてみる生き物に目を丸くしました。
「最近はこうしてのんびり住める田んぼが減ってきてねえ」
「昔は川廻しをして,どんどん田んぼを作って,たくさん仲間がいたのにね」
「品の川水路は会所から,山の中に十キロメートルも水路を造って,田んぼの水を確保するほどがんばった人もいるのにね」
「そうだね。たしか中村太左右衛門が計画して孫の伝治が引きついで,全財産を使って作ったんだって。」
「おかげで川から水をあげなくていいから,とても水の管理が楽になったらしい。」
「ぼくたちは,そのおかげで田んぼでゆっくり生きていける」
「冬でも水がないと,ぼくたちは生きていけないしな」
「それにしても川廻しも水路もたいへんな思いをして造ったのに,最近は休耕田が多くてね。」
「なんでも日本の食料の自給率は40パーセントになってしまったらしいよ」
「日本の米はおいしいのに,なんでも外国から買ってしまうやり方はどうかと思うけど」
「老川小の5年生は,お年寄りに教わって米を作ったそうだよ」
「若い人が,日本の米作りや農業を考えてくれると,俺たち水生動物も助かるよな」
 田んぼの水はお日様に当たっているととっても温かでした。
 オニヤンマがちょうど羽化をしているところでした。真っ白ですき通ったトンボの羽を初めてみて,美しいと思いました。
 
蕪来(かぶらい)川と川廻し
 田んぼのわきの水路に行くと蕪来川に行きました。そこには,カワエビとホトケドジョウがいました。
「ここの川の水は気持ちがいいぜ」
「競争しようよ」
 みんなで競争しました。カワエビは体を前後に折り曲げながら,そしてたくさんの前足を細かく動かしながら楽しそうに泳いでいました。ホトケドジョウは丸くて太いからだをくねらせながら泳いでいます。二人とも一生けん命泳いでいます。しずくちゃんがいっしょに泳いでいくと,弘文洞跡に出ました。ここも昔の人が川廻しをしたところだそうです。高い数十メートルはある切り立った崖が,川の働きのすごさを物語っています。
 ここでまた,子どもたちの声がします。中央博物館の小川先生が,
「ねえ,ここの川,低いところから高いところに流れているように見えない?」
とみんなに話しています。すると,
「上流からの勢いのある流れがこのくぼみの水を押し流しているのかも」
とつぶやく男の子がいます。しずくちゃんは,蕪来川から本流に入るとき,後ろから本当に勢いよく押し流されて,うまく本流に入ることができました。
「うん,あの子のいうことは本当だわ」
と思いました。
 
こいのおじさん
 するとそこは,淵になっていました。水の光が今までより届かず,少し暗い感じがします。淵の底には,大きなコイがいて,大きなひげをなでながらあくびをしています。
「かぶらい淵の底にようこそ!」
「少し暗いけど,もうすぐ目が慣れるよ」
淵の底では,コイの仲間がたくさんいました。
「ここは川の上からつっこんでくるカワセミも潜ってこられないから,安心して生活できる」
「川の生き物は,大きさやえさ場でみんな棲み分けしているんだよ」
と教えてくれました。しずくちゃんは,「なるほど」とうなずきました。「ただ川の底は,暗いから性格が暗くならないように,ときどき散歩に行かないとね」
と,コイのおじさんは話していました。
「今日は,出世観音橋までいこうかな」
しずくちゃんは「わたしもそこまでいっしょにいきたい」
と連れだって散歩に行きました。
 出世観音は真っ赤な太鼓橋がかかっていました。何人もの観光客が橋の上から,
「あ,大きなコイがいるよ」と指さしています。コイのおじさんは,
「みつかってしまったか。じゃこの辺でまた淵に帰るとするよ。この先は市原市だよ。川幅も広くなるし,高滝ダムもあるからね。わたしたちは遠出をしてもそこまでしか行けない。しずくちゃん気をつけて」
と,ひげをなでながらいいました。
「コイのおじさんありがとう」
 しずくちゃんはまた,旅を続けます。
 
日の先大橋と河岸段丘
 川幅がますます広くなりました。川は,右に曲がり左に曲がり,くねくねとしています。川の外側は崖になっていて流れも速いし,深い淵が何カ所もあります。川の内側は浅くて流れもゆっくりで,角の取れたまあるい石がたくさん積もっています。時々小湊鉄道の鉄橋も見えます。日の先大橋では,おおきな田んぼが段々になっているのが見えました。このあたりは,川の回りのあちこちに田んぼが段々になっています。しずくちゃんは仲間の水の色が,少しずつ緑がかっていることに気づきました。
 
高滝ダム
 急に流れるスピードが遅くなりました。流れてきたと思われる木もたくさん溜まっています。砂も盛り上がって丘のようになっています。ゆっくりゆっくり流れていくと,小さな船で釣りをしている人や白鳥のボートも見えます。カワセミとトンボの大きな模型も見えます。水の中には,小さな緑色のプランクトンがたくさん浮かんでいます。緑色の水の原因がやっと分かりました。
 すると目の前に大きなコンクリートの壁が見えました。しずくちゃんは「これが高滝ダムだわ」と思いました。大きなコンクリートの壁は,ダムの周りじゅうどこまでも続いていて,どこがどこだかわかりません。どこが下流なんだか上流なんだかわからなくなりそうです。しばらくすると大きな家が何軒も沈んでいることも分かりました。この家に住んでいた人はどうしているのかしら,生まれた家が水の底でさみしくないのかしらと思いました。「でもあの大きな木がいっしょに流れるくらいだもの。きっと大きな洪水があったのかもしれないわ」と思い,迷路のようなダムの中を見て回りました。
 出口のよくわからないしずくちゃんは体をじっとさせて,かすかな水の流れを確かめることにしました。やっと出口の方向がみつかりました。一気にコンクリートの壁から脱出しました。噴水のようです。大きくジャンプをしました。
 
西広堰
 養老川をすべるように下って行きました。
 すると大きな羽目板が見えてきました。しずくちゃんは,羽目板に乗り上げそうになりました。川で遊んでいたボラがしずくちゃんに話しはじめました。
「ぼくは,汽水域に住むボラだよ。ここで堰き止められた水は田んぼに流れて行くこともできるし,ぼくのように時々塩水さんと下流から登ってくることもできる。もちろんまた一緒に海まで行くこともできるよ」
と教えてくれました。しずくちゃんは,「なぜこの川の真ん中に羽目板を作ったの」とたずねました。
 
「だって米作りに水不足は困るだろう。それに海水が入るともっと困るだろう。だから夷隅郡大原町の渡辺善右衛門さんが夷隅郡の人なのに市原市の人ために考えたそうだよ」
しずくちゃんは感心していいました。
「とってもすごい人なのね」
ボラくんは,
「そうだね。西広堰は,いまでは日本の残しておきたい景色の百選にも選ばれているそうだよ。しずくちゃんは,これからどうするの。ぼくと一緒に海までいくかい」
と聞きました。しずくちゃんは,
「一緒にいけるなんてうれしいわ。私,お兄ちゃんを探しに行かなくちゃ行けないの」
「そうか,それはたいへんだね。東京湾までもう少しだよ。あの高い煙突の所が河口だよ」
と教えてくれました。
しずくちゃんは,「もう少しで海なんだ」とうれしくなりました。
 
海だ!
 川幅がどんどん広くなりました。上流は三メートルくらいだったのに,いまでは二十倍以上になっています。
 高い山や森もありません。見えるのは高い煙突や家ばかりです。水は砂混じりで,先があまり見えません。それでもカワウとカルガモの親子が,川の浅瀬を見つけては,魚を探して右に左に泳いでいます。こんなに水が汚かったりダムができたりでは,上流で困っていたアユ君やウナギ君は,生きていけないなっと思いました。これはたいへんだと思いました。これをなんとか上流に住む生き物に知らせてあげたいと思いました。
 そうしているうちに,ボラ君が
「ほら,もう東京湾だよ。」
と声をかけました。
「左側に進んでいけば太平洋に出るよ」
と教えてくれました。
 しずくちゃんは目の前に広がる大きな水の仲間たちにうっとりしました。白いさざなみが太陽の光で輝いています。しずくちゃんは,深く潜ってみました。すると,これまでに見たことのない大きな魚が口をあけていました。しずくちゃんは,あっという間に飲みこまれてしまいました。
 
太平洋で出会った
 どのくらい時間がたったことでしょう。
 気がつくと,しずくちゃんは,魚の口の中にいました。おおきな牙が見えます。しずくちゃんは,するりと体をよじらせてエラからスーと外に出ました。
「ここはどこなの?」
すると
「太平洋だよ。」
なんだかなつかしい声がします。なんとそれはなつかしいお兄ちゃんの声だったのです。
「おにいちゃん。元気だったの。」
「夷隅川の旅を聞かせてやるよ。この海底はカジメ海中林になっているよ。それからイセエビもいっぱいいるよ。イソギンチャクやチョウチョウウオなど,あたたかい海の生き物もいっぱいだ。」
「お兄ちゃん,私の話も聞いて」
二人は海底散歩をしながら時間のたつのも忘れて話し込みました。そしてあたたかい海に向かって泳いでいきました。
 しばらく泳いでいるとまたまたなつかしい声がしました。
 雨になって降ってきたのは,ゆきんこ母さんとあられ父さん。群馬県のスキー場(老川小スキー教室の場所)で老川小の子どもたちに出会い,利根川を下り,太平洋から雲になり雨になって降ってきたのです。あたたかい南の海で家族の再会です。
 しずくちゃんは,
「養老川は楽しかったよ。ダムの話や下流の話をしたいからもう一度いきたいな」
といいました。お兄ちゃんも,
「夷隅川もいろいろな滝があるぞ」と話していました。
 出会った家族は,再会を喜びながら,みんなで水蒸気になり,雲や氷河となり,また雨となり・・・しずくちゃんたちの旅は,まだはじまったばかりです。しずくちゃん家族は,みんなで地球上の大冒険を続けていくのでした。
 
老川小学校5年生,支援:永島絹代


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