日本財団 図書館


第2章 子どもとつくる展示
本事業の経過
体験型の展示
 博物館には,“もの”や“ことに関する情報”を未来に引き継ぐ重要な役目があります。また,市民社会における生涯学習機関,学びの場でもあります。最近はとくに,博物館の地域貢献として,学校教育と連携した子どもたちへの学習支援が望まれています。
 近代化のなかで,私たちは日々の暮らしの中で自然とのかかわりが希薄になってきました。子どもたちは,研究者や冒険者でなければなかなか見ることのできなかった映像をテレビや図書等で提供され,しかも知識(言葉)として多くのことを知っています。しかし,身近な自然や日々の暮らしの中にある不思議さを発見して,ワクワクするような体験をしているのでしょうか。
 「生きる力」を育むために学校に導入された「総合的な学習の時間」などで,体験を通した学習の重要性が強調されています。千葉県立中央博物館では,「生態園」や「分館海の博物館」や「房総の山のフィールドミュージアムプロジェクト」のような現地型の博物館活動に加え,本館常設展示室で「中央博探検隊」,生態園では「森の調査隊」という新たな探求活動を提供しています。展示事業のうち比較的自由度の高い企画展で,子どもたちが楽しみながら自ら考えることができる体験型の展示を試みることにしました。
 
水をテーマにしよう
 水は身近な物質であり,命に欠くことのできない大切な資源です。ところが,日本では水は,川・湖沼・海,また雲・雨・雪など誰でも容易に観察できる,普通に存在するものであるため,水についての関心は低いといえます。しかし,水は物質としては他に例を見ない,たいへんユニークな特徴を持ち,その性質が地球の生態系を育んできました。水の不思議な性質や,それによって成り立つ地球の姿を理解し,さらに水を通して自分の命を考える,そんなきっかけを提供したいと考えました。
 
社会教育活性化21世紀プラン
 本事業は,地域のニーズに応える社会教育施設をめざして,文部科学省が推進するソフト面の支援を行う事業です。完全学校週5日制の導入への対応,奉仕・体験活動の推進・家庭教育への支援,民間の能力の活用など,社会教育分野における現代的な課題への対応,国民の多様な(新しい)サービスに応えるため,社会教育施設が中核となり,多くの機関と連携してさまざまな事業を実施し,地域における社会教育の活性化を図るためのものです。
 平成16年度事業に当館は「[子どもとつくる博物館事業]による博学連携のために社会教育,とくに環境教育推進事業」を申請したところ認められ,事業が委託されました。本企画展はこの事業の成果をもって開催されます。一連の事業を通して博学連携のあり方を見直すものです。
 学校の要望に応じて博物館が情報と人材等を提供する連携事業はこれまでに多くの博物館で実践がなされています。本事業は,子どもを対象とする企画展実施のために,子どもたちの体験や疑問を基本として,さらに子どもたちの評価を受けて展示物および体験型展示の改善を行うもので,子どもたちの協力を得て博物館事業(展示)を実施するという,とても新しい試みです。
 
子どもの興味関心をさぐる
 まず初めに,千葉県内の4小学校(千葉市立星久喜小学校,市原市立京葉小学校,成田市立久住第一小学校,大多喜町立老川小学校)と連携し,小学5年生の水に関する体験・理解度・興味・関心を調査し,次に授業実践を通して,理解度や興味・関心の変容を探りました。児童の多くが,普段から水について興味・関心を持っているとは考えられなかったため,水について学ぶプロジェクトWETの環境教育プログラム「水のオリンピック」と「驚異の旅」を実施しました。これらの授業で,子どもたちは身近な水の面白さに気づき,意欲的に水の学習に取り組んでくれました。
 驚異の旅は,雲・土・地下水・川・湖沼・海・氷・植物・動物の9つの場所を,水分子になったつもりで,サイコロの出た目のとおり移動するという活動です。その際,水はどのような状態で移動するのかを考えます。水の旅日記を全員に書いてもらいました(図1)。
 
図1 水の旅日記の一編(星久喜小学校5年生の作品)
子どもたちの水経験
 千葉県内小学5年生224人の水体験(図2)を見ますと,子どもたちはかなり水について体験していますが,その体験は水環境あるいは自然への興味・関心,あるいは科学的な探究心にはなかなかつながっていないようです。また,経験と知識があまり結びついていないようでもあります。
 
図2 子どもの水体験調査
 
子どもたちの水についての疑問
 蛇口をあけると水が出る日本の暮らしでは,水はあってあたりまえです。そのような生活経験しか持たない子どもたちに「水についてどんなことを知りたい?」と単刀直入には聞かず,アンケートや水についての学習活動を行った後に,水についての疑問を集めました(表1)。「川の水がなくならないのはなぜ?」という事前アンケートを実施しただけで,「では水は,いったいいつからあるのだろう?」という水の起源に興味を持つ子がいました。
 
表1 小学5年生の水についての質問
テーマ 疑問例 (漢字変換は筆者)
循環・なくならない水 池や,川や,海の水はどうしてなくならないのだろう
水の三態 水はどうやっで蒸発するのか
水の起源 一番最初の水はどこからきたのか?
水に溶ける. 海の水はなんでしょっぱいのか?
水のあるところ こんなものにも水が含まれているのってびっくりするものが知りたい。
水の色 なぜ,水は無色透明なのか
浄化 泥水はどうやってきれいになるのか?
水がなければ,生物はどうなってしまうのか?
雨粒 雨の形を自分で目でみたい
雨・雪・氷 水蒸気が雲にはいってどうやって雨になるのかな?
水の量 地球上に水はどのくらいあるか?
おいしい水 世界一おいしい水はどこの水か?
水の力 水はどれくらいの力があるの?
水はなぜ冷たいの? 水はなぜ冷たいか?
凝集力 水はなんでくっつこうとするのか?
細胞の中の水 私たちの細胞にはどのように水が隠れているのか,どのように汗として出てくるのか
 
 この子たちは学校の授業で半ば強制されて回答したものといえます。ですが一人ひとりの子どもたちから多くの疑問が出されました。大人が,疑問や好奇心を生むきっかけを与え,またそれらを育てる支援をするなら,子どもは大いに成長する可能性を有しているということができます。
 
水を通して伝えたいこと−企画者として
◆命(自分の生)の大事さ(今,ここに生まれて生きているということの不思議)=人(自分)の自然性
◆身近な自然に気づく(自然って,おもしろいな)
◆地球上を水が循環し,それが地球生命系の重要な要素であること
 私たちは環境教育を環境と持続可能性のための教育ととらえています。そのためには,総合的・連関的にものを考えることが重要です。水を教材にすれば,総合的・連関的な考え方や,上記の3点を伝えることができると考えました。さらに,水を守るための基本概念として次のことを理解したいと思います。このうち,今回の企画展では,1から6の概念を紹介しようと考えました(表2)。
 
表2 水環境教育の基本概念
1. 水は生命の源
 水の惑星である地球に生命が誕生した。地球のすべての生き物は水が必要である。多くの生き物がその生活のすべてを,あるいは一部を水中で過ごす。生物にとって,水の質と量が重要である。水が汚染されたり,水圏の生息環境が壊れると,種は絶滅する。
 
2. 水はユニークな物質
 水は地球の表面では固体・液体・気体の三態に変化する。水はさまざまな物質を溶かすことができる。水のユニークな性質が地球環境を特徴づけ,生物の生存を可能にしている。
 
3. すべての水は水循環の一環である
 生物・無生物の多様なかかわりのなかで,水は循環している。
 
4. 水は有限
 水は地球に大量に存在するが,人が利用できる淡水は限られている。
 
5. 流域
 流域は地形,地質,気候,植生により特徴づけられ、地域によって水環境は異なる。本来の流域に人為的な改変が加えられることもある。
 
6. 人は大量の水を利用する
 人は他の生物と同様に生命を維持するために水が必要である。さらに物の製造,発電,食料生産等に多くの水を使用する。人は水資源利用のために,他の生物の生存を奪うこともある。
 
7. 汚染物質は水系内を移動する
 水は汚染物質を発生場所から遠く離れたところまで移動させる。
 
8. 水の利用が競合する
 人の職業によって水の利用目的が異なり,多くの場合それらは競合する。持続的に水資源を利用できることが社会の安定に必要。
 
9. 水の価値と利用方法は文化により異なる
 水を守る基本概念は異なる文化と価値システムの中で検討しなければならない。しかし,すべての社会において,市民として人ならびに他の生物の持続可能な水利用のために,責任ある態度をとらなければならない。
 
 また学校との連携事業で得られた子どもたちの疑問に応え,それに私たちの伝えたいことを加味し,企画のねらいを次のように整理しました。
◆固体・液体・気体を理解する。
◆水の色を自分の目で確認することにより,体験することによって学ぶ(Learning by doing)を理解する。
◆水の起源・宇宙・地球:とくに,地球の表面に水(液体)が存在することが,地球型生命発展のポイント。
◆地球の水循環:水が地球上を循環していること,その循環には地球の生物と無生物,すべてのものが関わっていること,いい換えると,水をめぐる生物と環境とのさまざまなやりとりが水循環であり,そのなかで“生き物が生きている”。そして,それは水がユニークな物質だからこそ可能になったことを知る。
 

 
 「水はどうして大切?」と子どもに聞くと,「水がないと生物は生きられないから」と答えます。では,「どうして,水がないと生物は生きられないの?」と質問を深めると,「わからない」。この問いに答えるためには,たとえば細胞中の水の機能や挙動についての知識が必要になります。水の不思議な牲質は水の構造に由来しますが,それを理解するためには,相当の科学的素養が必要です。また,地球の水の量は約14億km3とされていますが,この数字がどのように求められ,信頼性はどの程度なのかといったことについて理解することは小学校高学年には難しいかもしれません。しかし,このような批判的・科学的な態度は身につけておきたいと思います。
 小学校高学年の児童は,元素,イオン,密度など,水の性質を理解するための基本概念を習っていません。小学4年後期で水の状態変化を学ぶのですが,湯気と水蒸気を混同している児童生徒(高校生も!)が多いことがわかりました。水に関して,生活のなかで経験していることを科学的に正確に理解することは,未解決の問題も多く難しいと私たちがまさに体験しているところです。
 しかし,今回の企画展は,体験型の展示により水の不思議さ,面白さに気づくことをねらいにしました。体験を通して,不思議だなと思うことが学ぼうとする意欲につながるのではないでしょうか。
(小川かほる・松本季恵・安曽潤子・鶴岡義彦)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION