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海の子ども文学賞部門大賞受賞作品
ウミガメのくる浜辺
とうや あや
本名=東谷啓子。一九五九年徳島県生まれ。第七回椋鳩十記念伊那谷童話大賞入選。第十一回学研「読み特賞」中学年部門入賞。共著「ごちそう大集合」偕成社。「本当に心があったかくなる話三年生」ポプラ社。日本児童文学者協会会員。
 
 もうすぐ真上にあがる太陽の下で、ウミガメが産卵にやってくる海は、キラキラ輝いている。
 「絵里(えり)は、どのアイスクリームにするの? 早く決めちゃいな。アイス買いにきたんだよ」
 海辺のみやげ物屋に入ったとたん、妹はイカやタコのキーホルダーをえらびだした。また幼稚園のバッグに、つけるつもりなんだ。
 「絵里も、くるみ姉ちゃんと同じアイスクリームにしよーっと」
 あわててかけよってきた。手をのばしたけどモナカアイスは、奥の方だからとどかない。
 「五年生になったら、絵里も背が高くなってとどくようになるよ」
 わたしは、ひょいっと取ってあげた。
 「わあっ、やったー」
 にこにこしながら、わたしを見上げる。
 店の扇風機が、カタカタ首をふりながら回ってるけど、店の人の姿はみあたらなかった。
 「すみませーん。アイスクリームください」
 そういったとたん、店の奥の、あけっぱなしの戸の向こうからどなり声がした。
 「ばあさんは、うるさいんだよ、いちいち病人あつかいするな!」
 頭にオレンジのバンダナをまいた中学生ぐらいの女の子が、いきなりとびだしてきた。
 「あっ!」
 ぶつかったひょうしに、わたしのアイスが床に落ちた。バンダナの女の子は、いっしゅん立ち止まったけど、すぐに、ぷいっと行ってしまった。
 「すみませんね、すぐにとりかえるから」
 追いかけるように出てきたおばあさんが、おろおろしながらアイスクリームをひろった。
 「あのおねえちゃん、ごめんなさいっていわなかったよ」
 妹は、ほっぺたをプッとふくらませた。
 「母親がいないと、わがままになってねえ。中学二年になっても、ちっともがまんができんから」
 おばあさんは、小さくため息をついた。そして、しわのいっぱいある手で、新しいアイスクリームを袋にいれてくれた。
 「これは、おまけだよ。またきなさいね」
 わたしと妹に水色のアメ玉をくれた。おばあさんは、いい人みたいだ。店を出たとたん、かっと照りつける日射しに目を細めた。
 「アイスクリームとけちゃうよ」
 「民宿まで五分ぐらいだけど、もちそうにないね。食べながら帰ろっか」
 妹は、うれしそうにうなずいた。
 海の民宿「浜の屋」に泊まるのは、五年ぶりだった。海沿いの道を、モナカアイスをほおばりながら歩く。海は沖にいくほど深い青で、くっきりと水平線がみえた。
 「明日、早起きしてウミガメ見にいこうね」
 「うん。でも絵里は早起きできるの?それにウミガメが産卵にくる浜は、ここからけっこう離れてるんだよ。わたしの足だったらすぐだけどさあ」
 「絵里、がんばるもん」
 後ろから、けたたましい自転車のベルがなって、すべりこむように止まった。涼(りょう)くんだ。やさしそうな目を細めて、ニッてわらった。
 「うまそうなの、食ってるなあ。こっちは、朝から中学のバスケットの部活で、腹がへってくらくらだ」
 涼くんは、わたしたちが泊まっている「浜の屋」の息子。海沿いの道を、涼くんとおしゃべりしながら歩いていく。もうすぐお盆休みだから、きのうより浜辺のパラソルもふえたみたい。
 「おーい、何してんだ」
 民宿のすぐ近くまできたら、堤防に腰かけている人に、涼くんは大声で呼びかけた。
 「さっき、みやげ物屋によったら、ばあちゃんが心配してたぞ。こんなに暑い所にいたら、からだに悪いから、さっさと帰れよ」
 オレンジのバンダナが、はっきりと見える。わたしと妹は、びっくりして立ち止まった。
 みやげ物屋の女の子は、堤防からとびおりると、にこりともしないで歩みよってきた。
 「部活がおわるころだから、待ってたんだ。新しいゲームソフト買ったんだろう、やらせてよ。そうしたら、帰ってやる」
 さっきは気がつかなかったけど、浜の人はみんな日に焼けてるのに、その女の子は、すけるように肌が白かった。
 「ああ、いいよ。けっこうあのゲーム、むずかしいぞ」
 二人は、知り合いらしい。おしゃべりしながら、浜の屋の裏口にまわっていく。わたしと妹は、ぽかんと顔を見合わせた。
 次の朝。わたしは、はっとしてとび起きた。
 「起きなよ、絵里。ウミガメを見にいくよ」
 時計をみたら、五時を少しだけすぎていた。寝床の妹をゆさぶっても、ぐっすり疲れたように眠ってる。きのうは、あれからいっぱい泳いだからなあ。
 「ほってくよ。わたしだけ行くからね」
 そういいながら、一人じゃあ心細い。ちらっと、父さんと母さんのほうをみたけど、こっちも、気持ちよさそうに寝息をたててる。
 よしっ、一人でいくもんね。わたしは、着がえると布団の横をすりぬけて部屋を出た。
 早朝のひんやりした空気に包まれた「浜の屋」は、とっくに眠りからさめていた。玄関には打ち水がされて、植木や朝顔は、しっとりとぬれて涼しそう。
 大きく深呼吸をして、ウミガメのくる浜をめざしてかけだした。白い波がうちよせる、きれいな砂浜。わたしは、浜におりる階段をかけおりようとしたとたん、
 「おやっ、くるみちゃん。どうしたんだい、こんなに早くから」
 おどろいて立ち止まると、長ぐつをはいて、腕章をまいた涼くんのおじさんだ。ちょうど、階段をあがってくるところだった。
 「あっ、あの、ウミガメがきてるかなって思って、おじさんも見にきてたの?」
 「ははは、そうだよ。ウミガメの保護監視員を頼まれとるからね、ちょうど浜辺の見回りもおわったところや。ウミガメが、安心して浜辺にあがってきて、産卵ができるようにしてやらんとな」
 おじさんは、日に焼けた顔でわらった。
 「せっかく、くるみちゃんがきてくれても、ウミガメは夜にやってくることがおおいから、今からはきてくれんなあ」
 「・・・わたし、待ってみる」
 「そうかい、宿の朝飯までには帰っておいで。この浜にやってくるウミガメも、十年前にくらべるとめっきり減ってしもうた・・・」
 おじさんの横顔は、ちょっとさみしそう。
 砂浜はひんやりして、夜の空気が所々に残っている。ふわーっと、大きなあくびがでた。わたしは腰をおろすと、両腕をあげて、ぱたんと砂浜にねっころがった。
 「ウミガメ、こないなー。やっぱし、おじさんのいうとおりだ」
 見上げる空を、小鳥がひくく飛んでいく。とつぜん、手に何かがふれた。がばっと起き上がった。黒くて小さな生き物が、たくさん砂浜をはっていた。
 「子ガメ!」
 砂まびれになって、波打ちぎわをめざして、いっしんに進んで行く。後ろをふりかえったら、砂浜に小さなくぼみができて、そこから、はいだしてきていた。
 「ウミガメの赤ちゃんが、産まれたんだ」
 さっきまでしょぼついていた目が、いっぺんにぱちっとさめた。次から次へと二十匹ぐらいが穴からでてくる。わたしの、てのひらより小さな子ガメ。
 浜辺の草にひっかかって、ひっくり返った子ガメがいた。けれども、小さな頭をクッともちあげ、くるりと寝返りをうった。
 「すごいっ、海まであと三メートル、がんばれチビ!」
 子ガメにかってに名前をつけて、わたしは後からついていく。カニがひょっこり砂浜から頭をだしたけど、わたしの声でびっくりして、すぐにひっこんじゃった。
 やっと、波うちぎわまでやってきた。波は、からかうように子ガメをひっくりかえす。それでもチビは、なんども波にむかっていく。
 ザッブーン!
 大波がきた。チビの姿は、いっしゅん消えた。けれども大波が去ったあと、チビだけがおし返されて、ぽつんと浜辺にとり残された。
 ほかの子ガメは、波にのって、みんな海にかえれたのに――。わたしは、おもわず手をさしのべた。
 「助けたら、だめだ」
 するどい声に、おどろいて手をひっこめた。顔をあげると、みやげ物屋の女の子がけわしい表情で立っていた。ノースリーブの長いワンピースのすそが、潮風でなびいてる。
 「子ガメは自分のうまれた場所の、海のにおいを、いっしょうけんめいに覚えてるんだ」
 「で、でも、このままだと・・・」
 「だいじょうぶ。海は子ガメたちの生きていく場所だ」
 女の子は黒目がちの大きな瞳で、じっとわたしを見て、波うちぎわに目をやった。
 「ほら、自分で波にのったぞ」
 あわててふりかえると、チビは波にもまれるようにして海にはいっていく。波のまっ白いあわに包まれ、やがてぽっかりと、海面に黒っぽい小さなからだを浮かべた。
 「うわっ、やった!」
 わたしは、うれしくって大声をあげた。波うちぎわに残された子ガメの足あとは、しばらくたつと波にあらわれて、何ごともなかったように消えてしまった。


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