日本財団 図書館


同窓生からみた笹川フェロー
―12年を振り返って―
Finding Monkey Mountain
1期生 関 なおみ
 英国留学中、ある友人から私は“Curious George”と呼ばれていた。とにかく私の行動を見ていると「ひとまねこざる」という絵本に出てくるおサルのGeorgeのようなのだという。確かに私は何にでも興味を持つ。そのくせ、周囲の状況や人に影響されやすい。
 そもそも公衆衛生や国際保健に興味があったわけではない。受験中、自治医大の一次試験を奇跡的に突破した後に二次試験で落とされた腹いせから、女子医大入学後に「地域保健研究会」というクラブに入ってしまったことが始まりなのである。そして成り行きで学生責任者になり、日本の僻地医療のあり方について小難しく議論しながら幹部を終え、燃え尽き気味だった私に、顧問の公衆衛生学教授が、「君、国内のことばかりじゃなくて、海外にも目を向けてみたら?」と、国際保健協力フィールドワーク・フェローシップの応募用紙と推薦状をくれた。1995年3月、4年生の春のことだった。
 当時フィリピンに対しては保険金殺人事件のイメージぐらいしかなく、心配が尽きなかったが、到着したマニラは短期語学留学したアメリカよりも、観光で回ったヨーロッパよりも新鮮だった。現地の人々の熱気と活気。成長を続ける国とはこういうものかと感動した。
 そしてWHO西太平洋地域事務局や保健所の見学も興味深かったが、私には国際保健協力そのものよりも、国際保健という名の下に集まっている人々が面白かった。第1回の募集要項には「公衆衛生等に関わる学生団体の代表者」という規定があったが、メンバーは興味も年齢も様々。医療ジャーナリストを目指す人、保健行政で働こうと思う人、ホスピスケアに関心のある人、途上国を旅行しまくっている人など。医学部に入って以来、初めて遭遇するタイプの学生たちだった。
 
世界って広いんだな。
いろんな人がいるんだな。
ここではない何処かへ行ってみたら、
もっと仲間がたくさんいる、居心地のいい場所が見つかるかもしれない。
 
 それまでは、海外で勉強、働くという選択肢を考えていなかった。しかしこの個性的なメンバーと夜長夢を語り合っていると、何でも出来る気がした。そしてこの分野に関わっている人ともっと話をしてみたいと思った。以来私は医学の勉強そっちのけで様々な勉強会に通うようになったのである。
 ある講演会で元国際公務員の北谷勝秀氏(現NGO2050代表)が金子みすゞの詩を引用し、
「国際協力の精神は『みんなちがって みんないい』だ」
と言ったのが印象に残っている。世界には様々な価値観が存在し、それを認め合うことが相互理解の第一歩だ。しかしこの多様性は私たちの社会の中にもある。10年の時が過ぎ、1期生たちはそれぞれの分野で活躍中だ。途上国支援に関わっている人、基礎研究分野でがんばっている人、先端医療を担っている人、地域医療に貢献している人、子育てに励んでいる人、学生指導に力を入れている人。たかが1週間国際保健協力現場にさらされたといって、誰もがこの分野で働く必要などない。にも関わらず「あの日々」がしばしば脳裏に浮かぶのは、若年時の邂逅が後の人生に如何に大きな影響を及ぼすかを実感する瞬間である。このような機会が、フェローシップの継続を通じ少しでも多くの学生諸君に訪れることを祈っている。
 人生は長い。ゴールかと思って辿り着いてみても、またスタート地点だったりする。この先も私は自分のサル山を探してさすらい続けるのだろう。そう友人に伝えたら、こんなメールの返事が来た。
 「山もいいですけど、温泉も見つけたいですね。」
 
出会い
1期生 八谷 寛
<エビデンスをつくる>
 私は平成8年に名古屋大学を卒業後、出身地に近い半田市立半田病院に研修医として赴任し、一人一人の患者さんから多くのことを教えられながら医師としての基礎を学びました。緩和医療、医療の質に関する院外の研究会への参加は、医療に対する視野を広げることにつながったと思います。平成10年には、半田市立半田病院内科医師としてバングラデシュ、ICDDRBにおける新興再興感染症派遣専門家研修に参加する機会を得、この問題の本質が、環境の変化や人間の社会活動にあり、その解決には法律、経済、インフラ等の様々な対策が必要であると同時に、そうした対策の根拠となる研究成果、すなわち質の高いエビデンスが必要であることを強く実感しました。
 
<生活習慣病予防のための疫学研究>
 さて、現在、肥満は先進国ならびに発展途上国両者に存在する慢性疾患であるとともに、他の慢性非感染性疾患の重要な危険因子であると考えられおり、全世界を脅かす主要な公衆衛生上の問題の一つとされています。
 私は平成9年より名古屋大学大学院医学系研究科公衆衛生学に在籍し、生活習慣病の予防に関する疫学研究などに従事しています。その中でも中心的な課題は、愛知県内の某職域勤労者約1万人を対象としたコホート研究で、肥満及びMetabolic syndromeに代表される肥満関連代謝異常の予防に関するものです。コホート研究とは、千人から1万人以上の比較的大規模な対象者から、将来の疾病発生に関係しそうな要因の有無やその程度についての情報を収集し、その後、年単位(長い研究では数十年に及びます)にわたって当該疾患の発生の有無を観察するもので、その実施には大変な労力を要します。実施にあたっては、職域担当者、時には研究対象者等との綿密な打合せや説明が必要な場合が多く、また研究で得られた成果を頻回にフィードバックするという機会を得ているので、研究室に閉じこもっているという感じはありません。
 
<研究成果の還元>
 地域や職域といった集団全体の保健水準の評価と、その向上を目指すところに臨床医学とは異なる私たちの分野の特徴があると言えます。集団全体の保健水準の向上にはそこで生活する個人の健康増進が図られる必要がありますが、それを個人の生活改善のみに限定するのではなく、社会環境の整備、社会資源の開発という視点から捉え、得られた知見を、個人レベルでは、行動変容に結び付けられるようなメッセージに翻訳すること、そして集団レベルでは、施策へ応用し社会環境を整備するエビデンスとして提言できることを目指して、研究成果を積み重ねたいと考えています。
 
<大学にて>
 大学という場所の特殊性は、学部学生の教育に関与することであると思います。医学部教育の最大の責務はよき臨床医を育てることであり、そのために必要な公衆衛生学の教育に関わることができることに充実感を感じています。また、名古屋大学では、Young Leaders' Programという東南アジア、中央アジアの国々からの留学生を対象とした医療行政専攻の修士課程が設置されており、我が国の老人保健、地域保健、母子保健、成人保健などの講義や実習を担当しています。各国の現状を交えたディスカッションは大変刺激的です。
 
<出会い>
 問題意識を主体的な姿勢と捉えるならば、その決定は、世界中に無数に存在する問題の何を、どう自分の中に位置づけ、自分自身の問題として、一生かけて積極的に追求していくのかという人生上の決定であると思います。私が第1回国際保健協力フィールドワークフェローシップ(以下、笹川フェロー)に参加したのは、平成7年3月でした。笹川フェローとの出会い、共通の興味を持つ多くの仲間との交流は、公衆衛生学という進路を選択することに対する使命感を強くするものでした。
 この笹川フェローとの出会いを想起する際に私の心に思い出される一説があります。「出会い偶然の産物といえる。しかし、人と人が出会い、自分の存在をゆすぶられるようなめぐりあいは、真剣に求める内的努力のあるところに生ずることを知らなければならない。相手の門を叩き続けるときに、真の出会いがつくられるのであって、努力と準備のないところには出会いも起こらない。」(福祉の哲学[阿部志郎著、誠信書房]から)
 こうした出会いのチャンスを与えて頂いた笹川記念保健協力財団、厚労省(参加当時は共催)とそのスタッフの皆様に対する感謝の念を新たにするとともに、自分に与えられた使命を果たすべく、努力を続けたいと思います。
 


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION