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V. ハナサキガニの増養殖技術の高度化に関する研究
根室市水産研究所:小野田 進
 
1. ハナサキガニの種苗生産技術に関する研究
(1)目的
 ハナサキガニ幼生飼育の基礎技術はほぼ確立されているが、度々発生する大量死亡によって、幼生の生残率は安定していない。これは飼育水の悪化や病原性細菌の発生が原因と考えられる。幼生飼育の基本方法は飼育水中に微生物、珪藻、アルテミア、ゾエアから成る生態系を形成する止水方式で、常に幼生の成育に適した水質及び微生物相を維持することは珪藻培養や換水時期等を経験や勘に頼る場合が多く容易ではない。そのため近年では循環濾過槽を導入し、飼育水中からアルテミアとゾエア以外の要因を除去し、複雑な生態系を必要としない新しい飼育方法を試みている。止水方式と循環濾過方式を比較検討し、安定した種苗生産技術の確立を目指す。
 
(2)方法
 平成16年6月に落石沖で漁獲された抱卵雌ガニを収容し、水温5〜-1℃で飼育した。平成17年2〜4月に孵化した幼生を各飼育水槽へ収容し、水温8〜10℃で飼育した。飼育水槽は形状の違いから角型平底槽と円形丸底槽の2種類に大別され、止水方式は角型平底槽を、循環濾過方式は円形丸底槽を使用した。餌料はアルテミアノープリウスを給餌し、止水方式は培養した天然珪藻(Thalassiosira sp.)を添加した。なお、摂餌しないグロコトエ期はそれぞれ無給餌とした。
 
(3)結果
 循環濾過方式の生残率は0.7〜6.3%で、昨年の結果(67.5%)を大きく下回った。循環濾過方式は水質浄化及び微生物相の制御作用において優れていることが、イセエビ類幼生の完全飼育によって示されており、今回の死亡原因が水質の悪化もしくは病気によるものとすれば、濾過槽が十分機能していなかったと考えられる。ハナサキガニ幼生の飼育水温は濾過に有用な微生物にとって低温であるため、十分な濾過能力が得られなかったと考えられ、濾過槽の規模拡大、濾過材の改善等を検討する必要がある。一方、止水方式の生残率は10.8〜42.7%で、昨年の結果(6.9〜40.0%)とほぼ同じであった。これは定期的に幼生を新しい水槽へ移すことで、水質、特に微生物相の制御ができたと考えられる。しかし、移槽には加温した交換用海水を確保しなければならない問題点があり、また、作業上、時間と労力を必要とするため、換水方法をさらに改良する必要がある。
 
2. ハナサキガニの中間育成技術に関する研究
(1)目的
 ハナサキガニの中間育成は、稚ガニをネットに収容し、海中で垂下飼育する方法が実施されてきたが、最近の生残率は低迷している。これは共食いによる減耗の増加が原因と考えられる。共食いを防止する方法はシェルターの導入や餌料の供給であるが、海中飼育で実施するのは困難である。そのため近年では水槽内にシェルターを導入し、定期的に給餌を行う陸上飼育を試みている。陸上飼育をさらに検討し、生残率の向上を目指す。
 
(2)方法
 平成17年5〜6月に1令稚ガニを飼育水槽(4.5m2)へ収容し、天然海水温(4〜17℃)で飼育した(密度:2,000〜4,000尾/m2)。水槽へはカキ殻を厚さ20cm程度敷き、生海水を給水し、通気を行った。また、水槽底面に設置した小穴を開けた塩ビ管から濾過海水を給水した。餌料はクルマエビ用配合餌料、アサリ、冷凍ムラサキイガイを給餌した。
 
(3)結果
 平成17年11月取り上げ時の大きさは平均甲長5.9〜8.9mmで、個別飼育による8齢、甲長7.5mm(Kittaka and Onoda 2002)に近く、昨年の結果(6.8〜8.3mm)とほぼ同じであった。しかし、生残率は3.4〜14.1%で昨年の結果(19.8〜35.4%)よりも低い値であった。本年度は稚ガニ初期の死亡が多く、生残率低下の要因となった。初期減耗の増加は種苗性が考えられるため、健康な種苗を生産する飼育方法についても検討していく必要がある。
 
3. ハナサキガニの養成に関する研究
 ハナサキガニの種苗生産に必要な受精卵は天然産親ガニに依存している。しかし近年、漁獲される雌ガニの抱卵数が少なく、受精卵の確保が難しい状況にある。よって良質な受精卵を安定的に確保するため、下記の親ガニ養成技術の確立が急務である。
(1)養成密度
(2)餌料種類
(3)雌雄比と交尾
(4)孵化の制御
 
VI. ハナサキガニの味覚成分の地理的季節変化の研究
根室市水産加工振興センター:城田 博昭・山田 和史・鈴木 義克
 
1. 目的
 これまでの魚介類の呈味有効成分に関する研究によって、主要なエビ・カニ類の呈味有効成分が明らかにされてきた1)。根室地域の代表的な特産種として位置づけられるハナサキガニについても、成分分析に関する報告2)はあるが、季節的地理的な差異を明らかにするための研究は行われていない。
 そこで、遊離アミノ酸等の成分分析を行うと共に、従来の官能検査に変わって味覚を客観的に評価するために開発された味認識装置を用いた分析によって、ハナサキガニの味覚に関する地理的季節的な特性を把握するための研究を行った。
 
2. 試料と方法
 分析に供した試料は、2005年8月から9月にかけて歯舞及び落石地先海域で漁獲された活ハナサキガニと、9月から10月にかけて花咲港に輸入水産物として水揚げされた活ハナサキガニを用いた。これらの試料は入手後速やかに歩脚筋肉を採取し、直ちにドライアイスで凍結後に水分及び塩分を測定すると共に、10%過塩素酸で抽出・中和・凍結後に遊離アミノ酸及び核酸関連化合物を分析するために、東京大学大学院 農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水産化学研究室 阿部宏喜 教授に成分分析を依頼した。
 また、一部の試料については、(株)インテリジェントセンサーテクノロジー社において、凍結した脚肉を適宜希釈し、味認識装置S A402B(以後、味覚センサーと略)を用いた味覚項目の分析・測定も行った。
 
3. 結果と考察
1)遊離アミノ酸及び核酸関連化合物における季節的地理的な差異について
 8月から10月にかけて入手したハナサキガニの遊離アミノ酸総量の平均値は、雄が2,500〜3,000mg/100g前後、雌が2,300〜2,900mg/100g前後であり、いずれも、グリシン、アルギニン、タウリンに次いで、プロリン、グルタミンの含有量が多く、全アミノ酸量の7〜8割を占めていた。
 核酸関連化合物については、ATPとADPがほとんどを占めており、K値はいずれも3.0前後と低い値であった。また、細胞内のエネルギー状態を判定する指標とされるエネルギーチャージ(EC)を見ると、ほとんどのものは0.8以上の高い数値を示していたことから、試料はいずれも活力良好であったと考えられた。
 エビ・カニ類の呈味有効成分として報告のあるグリシン、アラニン、プロリン、グルタミン酸、アルギニン3)について、雄のハナサキガニの分析結果を入手時期、入手海域別に平均値で示すと、グリシンが500〜600mg/100g前後、アルギニンが600mg/100g前後、プロリンが300〜400mg/100g前後、アラニンが60〜100mg/100g前後、グルタミン酸が50mg/100g前後、これらのアミノ酸の合計値が1,500〜1,600mg/100g前後であった(Fig.1)。
 分析個体数が少ないが平均値の差の検定(t検定)を試みた結果によると、根室半島地先から漁獲されたハナサキガニと輸入ハナサキガニとの差異、入手時期やサイズ間の差異は明確には見られなかった。
 なお、8月に入手した雄の試料の一部に甲羅が明らかに柔らかく水分量の多い、脱皮後比較的時間が経過していないと思われる試料が見られたことから、水分80%未満の比較的水分量の少ない雄のハナサキガニと、水分84%を超える比較的水分量の多い雄のハナサキガニに区分して、水分量の差異によるそれぞれのアミノ酸量の差異を比較検討した(Table 1)。比較的水分量の多い試料は、ほとんどのアミノ酸で低い値を示しており、特にエビ・カニ類の呈味有効成分とされるアルギニンの他、グルタミン、バリン、メチオニン、スレオニンなどに差異があるものと考えられた。
 次に、雌のハナサキガニのアラニン、グリシン、プロリン、グルタミン酸、アルギニンについて、入手時期、入手海域別に平均値で示したが(Fig.2)、グリシンが450〜650mg/100g前後、アラニンが90mg/100g前後、プロリンが250〜400mg/100g前後、グルタミン酸が40mg/100g前後、アルギニンが550mg/100g前後、これらのアミノ酸の合計値が1,350〜1,650mg/100g前後で、雄とほぼ同様の値であった。
 グリシンについては10月の輸入ハナサキガニが、プロリンについては9月の歯舞地先海域由来の試料が比較的高い値を示していたが、平均値の差の検定では数値の幅が比較的大きいため、入手時期、海域間で明確な差異は見られないと考えられた。
 なお、9月及び10月に入手した試料のそれぞれについて、水分量とアミノ酸量との差異についても比較検討したが、雄のような明確な差異は見られなかった。
 以上の結果から、ハナサキガニの呈味に関与していると考えられる主要なアミノ酸量は、8月から10月までの比較的限定された期間内であれば、平均値で比較すると根室半島地先から漁獲されたハナサキガニと輸入ハナサキガニも雌雄共にほぼ同様の数値であるが、比較的幅のある数値が見られる原因として、季節的地理的条件の違いよりも脱皮後の経過時間の違いなどを要因とした個体間の差異による影響のほうが相対的に大きかったのではないかと考えられた。
 
Figure 1  Free amino acid compositon of male Hanasaki crab
 
Figure 2  Free amino acid compositbn of female Hanasaki crab
 
Table 1  Free amino acid composition of male Hanasaki crab at August
(mg/100g wet wt)
Place of catch*1 Habomai and Otiichi
Sex Male Male
Number of specimens 4 3
Moisture (%) *2 78.2±1.1 85.9±1.8*
NaClx (%) 0.5 1.3*
Taurine 410 386
Aspartic acid 10 9
Asparagine 35 9*
Threonine 69 22*
Serine 44 24
Glutamic acid 53 47
Glutamine 285 109*
Proline 353 215
Glycine 589 544
Alanine 87 92
Valine 79 37*
Methionine 72 25*
Isoleucine 67 30
Leucine 134 64
Phenylalanine 62 23
Lysine 83 43
Histidine 30 12
Arginine 633 436*
Total *2 3,285±67 2,224±400*
significant(*P<0.05)
*1: Unconfirmed of catch point
*2: Values are mean ±SD.
 
2)味覚センサーを用いた味覚に関する季節的地理的な差異について
 味覚センサーは複数本の異なる特性を持った人工脂質膜を通して測定される電位変化のパターンから、味を識別してその強度を測定する装置で、現在、廿味を除いた基本味である酸味、苦味、酸味、旨味やその他の味を分析することができるとされている。味覚センサーの分析値は、人間が味の差異を識別できるとされている約20%の濃度変化に対応した数値に変換されるため、数値が1.0目盛り未満の範囲内であれば人間では識別できないとされている。
 なお、今回の分析結果によると、全サンプルのバラツキと各サンプルの測定誤差平均の検定から旨味味覚については測定誤差が大きいと判定されたが、参考のために測定値を記載している。
 分析個体数が少なく測定値に幅のある味覚項目もあるが、9月に歯舞地先海域由来の雄のハナサキガニと雄の輸入ハナサキガニにおける味覚センサーによる分析結果について平均値の差の検定により有意差判定を試みた(Table 2)。その結果、歯舞地先海域由来の試料に苦味(先味)味覚がやや低い傾向(約0.8倍濃度相当)が見られた。旨味コク味覚、酸味味覚の分析値も低い値を示しているが、数値に幅があるために明確な差異はないものと考えられた。遊離アミノ酸、核酸関連化合物の分析結果によると、歯舞地先海域由来の試料にAMP値がやや高い傾向は見られたもののその他の成分には明確な差異は見られなかった。
 次に、9月に漁獲された歯舞地先海域由来の雌のハナサキガニと、10月に入手した雌の輸入ハナサキガニにおける味覚センサーの分析結果によると(Table 2)、輸入ハナサキガニに酸味味覚(約1.4倍濃度相当)、旨味コク味覚(約1.7倍濃度相当)の値が高い傾向が見られた。遊離アミノ酸、核酸関連化合物の分析結果によると、輸入ハナサキガニにグリシン(約1.5倍)とタウリン(約1.3倍)の値が高い傾向は見られたが、その他の成分には明確な差異は見られなかった。
 
Table 2  Taste Sensing of Hanasaki crab with "Multichannel Taste Sensor"
Sex Male Female
Condition of specimens Leg muscles (fresh raw) Leg muscles (fresh raw)
Date of sampling 14, Sept, 2005 15, Sept, 2005 14, Sept, 2005 20, Oct, 2005
Place of catch *1 Habomai Hanasaki Harbor (imported) Habomai Hanasaki Harbor (imported)
Number of specimens 3 3 3 3
Carapace Width (mm) 116 (114〜119) 114 (113〜115) 111 (106〜119) 106 (103〜108)
Body Weight (g) 1,036 (1,012〜1,076) 993 (972〜1,020) 912 (855〜995) 813 (789〜845)
NaCl (%) 0.9 (0.7〜1.2) 0.8 (0.6〜0.9) 0.7 (0.6〜0.9) 0.9 (0.7〜1.0)
First taste Sourness 0.14±0.58 1.20±0.60 -0.89±0.48 0.83±0.48 *
Bitterness 0.03±0.03 1.05±0.04 * 0.63±0.80 1.45±0.05 *
*2 Umami (-0.28±0.25) (0.19±0.73) (-0.03±0.25) (0.27±0.31)
Saltiness 0.16±0.17 0.66±0.63 -0.40±0.43 0.15±0.48
After taste Bitterness 0.05±0.04 0.12±0.07 0.26±0.29 0.33±0.08
Mouthfullness -0.49±0.42 0.67±1.04 -1.16±0.64 1.82±0.66 *
Significant (*P < 0.05)
*1: Unconfirmed of catch point
*2: Average measurement error in each sample/Deviation value in all sample x 100 > 50
   Note:  Increase of 1.0 numeric Taste Sensing value correspond to increase of 20% rate taste substances density. Taste Sensing values are mean ± SD.
 
 そこで、雌雄を区別せずに旨味コク味覚の数値が比較的高い試料と比較的低い試料に区分し、それぞれの遊離アミノ酸、核酸関連化合物の分析結果を比較したが、明確な差異は見られず、酸味味覚や苦味(先味)味覚における差異も含めて、遊離アミノ酸などの成分分析値と味覚センサーの分析値のそれぞれの差異を関連付けて考察できるほどの十分な結果は得られなかったものと考えられた。
 主観的かつあいまいな感覚である味を定量的に測り、認識する装置として開発された味覚センサー4)を用いた分析を行ったが、季節的地理的な差異を明らかにするための十分な結果を得ることができなかったため、今後は、呈味有効成分の分析と官能検査を平行して実施しながら、ハナサキガニの味覚評価技術としての精度を高めていく必要があると考えられた。
 
4. 参考文献
1)山口勝己・鴻巣章二:水産ねり製品技術研究会誌, 6, 12(1981)
2)S.Konosu, K.Yamaguti and T.Hsyashi: Bulletin of Japanese Society of Scientific Fisheries, 44(5) 505-510(1978)
3)福家眞也, 秦正弘, 橘高二郎, 隆島史夫, 金澤昭夫編:エビ・カニ類の増養殖, 恒星社厚生閣, p. 261-264,(1996)
4)都甲潔:ぶんせき, 2002(11), 社団法人 日本分析化学会, p.608-613


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