IV. オホーツク海の流れとハナサキガニ浮遊幼生分散過程のシミュレーション
柏井 誠(水産海洋研究工房「親潮屋」)、森島秀太(水産海洋研究工房「親潮屋」・北海道大学水産学部)、永田 豊(水産海洋研究工房「親潮屋」・海洋情報研究センター)、岸 道郎(水産海洋研究工房「親潮屋」・北海道大学水産学部)、奥西 武(北海道大学工学部)
1. 背景
ハナサキガニ(Paralithodes brevipes)は、沿岸の浅い岩礁域に棲むカニで、わが国では根室半島周辺に分布し、広くはオホーツク海周辺の国後・択捉島から歯舞・色丹島周辺海域、サハリン島、千島列島、カムチャツカ半島に渡って分布しているとされている。
図1.  |
ハナサキガニ成長経過の概念図 (Torisawa et al., 1999) |
ハナサキガニは雌雄一対一で交尾し、産卵され受精した卵は、雌の腹肢に付着して保護されてノープリウス期・プリゾエア期を経て、ゾエア期幼生としてふ化する。ふ化した幼生は浮遊生活を送り、ゾエア(3期)とグローコテ期を経て、着底して稚ガニとなる。浮遊幼生の出現期はゾエアI期が5月上旬から中旬、II期が5月半ばから6月上旬、ゾエアIII期が5月下旬から6月中旬と考えられている。(鳥澤、1991)
図2.  |
ハナサキガニ標本集団間の遺伝的類縁関係 (Ikeda et al., 2005) |
池田らは、マイクロサテライトDNAマーカーの開発を行い、サハリン・南千島・根室半島沿岸のハナサキガニ集団の遺伝的多様性と集団構造について検討している。その研究結果によれば、根室半島沿岸の集団とサハリンの集団の間には遺伝的分化が存在するが、根室半島沿岸の集団と南千島の集団の間には遺伝的差異は認められず、同一の繁殖集団の可能性が高いことが明らかになっている。(Ikeda et al., 2005)
2. 目的
オホーツク海周辺の海流を再現し、ハナサキガニの浮遊幼生の輸送過程のシミュレーションを行なって、サハリンと根室半島沿岸との集団間で浮遊幼生の交換が無くその結果として遺伝的差異が生じるメカニズムを解明する。
3. モデルの記述
この研究で用いるモデルは二つのコンポーネントからできている;Princeton Ocean Mode1(POM)を用いる。その特徴は;海洋モデルと粒子追跡モデルである。
3-1. 海洋モデル
海洋モデルとしてプリンストン海洋モデル(POM)を用いた。モデルでは、Mode・time・Splitting法を用い、順圧モードでは10秒、傾圧モードでは300秒の時間ステップで計算した。
乱流モデルとして、水平的にはSmagorinskyモデルを、鉛直的にはMellor-Yamada 2.5レベルモデルを使っている。この研究においては、モデルは潮汐を含まず、また対馬暖流(宗谷暖流)と親潮の流量は与えていない。
3-2 粒子追跡モデル
ハナサキガニ幼生の輸送過程を調べるために、海洋モデルの出力の流れのデータを用いた粒子追跡を行った。モデルは水平2次元のラグランジモデルを使って粒子追跡計算を行った。粒子の位置は、海洋モデルが与える格子点における流れを線形内挿して60秒ステップで、計算した。陸を境界に持つ格子内では岸に向かう流速成分はゼロにした。
3-3 モデルの格子
モデル領域は、東経127度〜東経166度、北緯34度〜北緯63度(図3)。解像度は、東西・南北とも1/6度グリッド。海底地形は、ETOP05を基に作成。鉛直20層で、上層10層はデカルト座標(層厚はすべて2m)、下層10層はシグマ座標である。
図3. モデル領域・地形図
3-4 モデルの初期化と駆動
まず1997年の4月から8ヶ月間、風を吹かせずにSST、SSSを変化させて計算し、その後1997年1月から1998年12月まで風を吹かせてスピンアップを行い、1999年から2001年まで計算したデータを粒子追跡モデル用に出力した。
SST、SSSおよび海氷のデータはNCEPの月平均値を、海面風はNCEP/NCAR再解析1データセットから日平均データを与え、1ステップごとに変化させた。風の応力は。海氷がある場合も含め、次の式によった:
ここで、ρは海水密度、Cdは抵抗係数、Wは海面風速(m/s)、ICは海氷密接度(%)
抵抗係数の値は:
Cd=1.6×10-3 (W<7m/s);
Cd=(03×W-0.5)×10-3 (7m/s≤W≤10m/s);
Cd=2.5×10-3(W>10m/s)。
境界条件は、POMの標準設定で行った:
Hは水深、ηは水位、UABEは初期の境界に直交する流れである。
表1. 初期値および外力のデータソース
初期値 |
Temperature |
World Ocean Atras2001 |
4月の月平均+年平均 |
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Salinity |
World Ocean Atras2001 |
4月の月平均+年平均 |
外力 |
SST |
NOAA NCEP EMC CMB GLOBAL Reyn_Smith
OIv2 monthly sst |
月平均 |
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SSS |
World Ocean Atras2001 |
月平均 |
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Sea Ice |
NOM NCEP EMC CMB GLOBAL Reyn_Smith
OIv2 monthly Sea ice |
月平均 |
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Wind |
NCEP/NCAR Reanalysis 1: Surface Data |
日平均 |
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