3-2. 水温・塩分の季節変化特性
AII海区について、種々の深度における水温・塩分の季節変化を図4および図5に示す。5月〜11月にかけて、水温は深さと共に減少している。しかし、冬季と早春期には、水温の逆転が見られる。0m層では、8月に水温の最大値が現れるが、深さが増すにつれて水温の最大値を示す月が遅れて行く。AI海域では深い層で季節変化の曲線はジグザグするが、AII海域では、非常にスムースな季節変化を示しており、最高水温の生起時の遅れは150m層まで追うことができる。水温の最大値は75〜150m層では12月に生じている。
図4. AII海域での種々の深度に対する平均水温の季節変化
図5. AII海域での種々の深度に対する平均塩分の季節変化
図6. AII海区における水温の鉛直分布の季節変化
図7. AII海区における塩分の鉛直分布の季節変化
塩分は100m以深を除くと、1月から11月まで単調に増大する傾向を示し、11月から1月に向かって急激に低下する。又全般的に、塩分値は深さと共に増加する傾向が見られる。
水温・塩分の鉛直プロファイルの季節変化を詳しく見るために、月別のプロファイルを図6と図7にそれぞれ示す。水温逆転は、1月から5月にかけて、深い層を中心に出現することが分かる。これと関連して、塩分は1月から5月にかけて深さと共に、明確に増大する傾向が見られる。この傾向は、夏から秋にかけても同様に見られる。ただし、10月と11月では、表層を除いて、塩分は深さに対して一様となる(12月には観測がない)。
3-3. AIからAIIにいたる季節変化特性の変化
15海域の中で、AIからAVの海域でのデータが比較的多い。そこでこれらの海域の季節変化特性を比較して見よう。これ等の海域の0m層および50m層の水温と塩分の季節変化を図8と図9に、それぞれ示す。表面水温の季節変化には5つの海域で有意な差は認められない。これは、10m水深でも同様である。しかし、50m水温を見ると、顕著な昇温の始まる時期がAIからAIVに向かって東に寄るほど遅くなっている。これに対して水温の下降域時の水温カーブはAI-AIVと重なる傾向が見られる。従って、水温の最高値を取る月が、AIからAIVへと遅れていく。この傾向は50m層で最も顕著であるが、20mや30m水深でも若干見られ、深さを増すほど顕著になる。ただし、100m層では、データ数の減少もあって得られた季節変化そのものがスムースで無くなり、50mより顕著であるとは必ずしも言えない。5月から11月頃いたる昇温期での水温値はAIからAVに向かって小さくなって行くのに対し、1月から4月の期間では、水温値は逆にAIからAVに向かって上昇する傾向が見られる。
図8.  |
AI海区からAV海区までの0m層と50m層での水温の季節変化の比較 |
図9.  |
AI海区からAV海区までの0m層と50m層での塩分の季節変化の比較 |
塩分については、1月から4月(AIの0mでは5月)までの期間、AI, AII海域の塩分が東側の各海域に比べ、顕著に低い。また、塩分値はAIからAVに向かって上昇する傾向を示す。水温の場合と同様、この関係は5月を境に逆転し、5月以降はの塩分はAIからAVに向かって下降する傾向を示す。BI-BIIの根室水道内においては、12月から3月にいたる冬期間のデータは全くなく、他の季節でも測定のほとんどは20m以内の表層に限られる。
4月から7月にかけて、水道内の塩分はAIの塩分に比べて非常に小さい。これはおそらくオホーツク海での流氷の溶融水の影響と考えられ、AI・AIIでの冬季から早春にかけての低塩分性の生じる原因の一部であろう。低塩分化には陸水の影響も考えられるが、これについては今後考察を進める予定である。
3-5. 経年変化
AI海域を例にとって、1月から3月の期間のデータを集め、各年代の水温と塩分の平均値を求めた。その結果を、0m層を例にとって、図10の中段、下段に示す。図の上段にはデータ数を示している。この図には最大値・最小値およびm+3σとm-3σも示してある。利用できるデータ数は年代によって非常にばらつきがある。従って。得られた結果の信頼度は限られていると思われる。得られた結果によると、解析期間中には、平均水温には有意な変化は起こっていないようである。それに対して、塩分値については、若干の増大傾向が認められる。
図10.
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AI海域0m層での冬季水温(中段)と 塩分(下段)の経年変化 |
4. おわりに
根室周辺海域での歴史的データの数は、非常に限られており、特に冬季には非常に少ない。しかし、得られた統計的結果は、はっきりした傾向を示しており、ある程度の信頼が置けそうである。このことには、データの分散が、資料の少ない冬季に小さい傾向を示していることが預かっていると思われる。しかし、得られた結果については、さらなる検討が必要であろう。
ハナサキガニの環境要因と現在の結果とを結びつけるためには、外洋域の海況と沿岸域の海況との関係を明確にしておく必要がある。根室市水産研究所では、根室市の太平洋側の三里浜から沖合に延びる線上の8点で、水深5mから60mの範囲で、水温の測定を行ってきているが、最近になってハナサキガニのカニ篭に自記水温センサーを取り付けることにより、周年的な底付近の水温の計測を開始した。また、月1回のペースで、各測点で水温の鉛直プロファイルの計測を開始しようとしている。これにより、底に沿った一次元な知識を、二次元的な鉛直断面の知識に拡大し、この研究の結果とあわせて、三次元的な知識に拡大したいと考えている。
釧路水産実験場では、図1に示したような測点で、年6回の割合で海洋観測を実施している。来年度においては、すでに公表されているこれらのデータ2)を収集し、ここで得られた結果を検証することを考えている。また、一年を通しての長期の季節変化を明確にするため、沿岸における定置水温計測の結果を解析することを計画している。
もちろん、物理的な環境条件の知識が得られても、それを直ちにハナサキガニの成長や動向と直接結びつけることは出来ない。幸い、根室市水産研究所では、カニの養殖に関連して多くの実験データが集積されている。従来はカニの生育の最適条件を求める様なことに主眼が置かれてきたが、この資料から、カニの活動度に支配的な環境要因、例えば何度以上の温度でカニは忌避行動を起こすかと言った資料を整理して、環境要因と結びつける上で重要なファクターを求める試みを行う予定である。
1)日本水路協会海洋情報研究センター(2005):MIRC Ocean Dataset 2005 Documentation. MIRCテクニカルレポートNo.2. 157頁。
2)北海道立水産試験場(2005):海洋調査要報、第12号、210頁
図表の説明
表1. AII海域での、それぞれの月、それぞれの年代における水温の観測点数。年代は10年で区切り、例えば80sとあるのは、1980年〜1989年までの10年間を示す。塩分の観測点数は、水温に比べてかなり数が減ってしまう。
図1. 解析した海域と区分海域。区分海域の名前をAI、AII、BI、BIIとつけた。この名前の前のアルファベットは緯度区分を南から北に向かった順にA、B、Cとした。ローマ数字は、緯度区分を西から東に向かった順にI、II、III、IV、Vとしてある。図には釧路水産試験場の定期観測点も示してある。
図2. 海域AIの0m層の平均水温(上段)と平均塩分(下段)。図には最大値、最小値およびm+3σとm-3σ(m: 平均、σ: 標準偏差)の値も示してある。
図3. 海域AIIの0m層の平均水温(上段)と平均塩分(下段)。図には最大値、最小値およびm+3σとm-3σ(m: 平均、σ: 標準偏差)の値も示してある。
図4. AII海域での種々の深度に対する平均水温の季節変化。
図5. AII海域での種々の深度に対する平均塩分の季節変化。
図6. AII海区における水温の鉛直分布の季節変化。上段:1月〜4月、中段:5月〜8月、下段:9月〜12月
図7. AII海区における塩分の鉛直分布の季節変化。上段:1月〜4月、中段:5月〜8月、下段:9月〜12月
図8. AI海区からAV海区までの0m層(上段)と50m層(下段)での水温の季節変化の比較。
図9. AI海区からAV海区までの0mm層(上段)と50m層(下段)での塩分の季節変化の比較。
図10. AI海域0m層での冬季水温(中段)と塩分(下段)の経年変化。上段に観測数を示す。各年代について、1月から3月までの期間の平均値、最大値、最小値、m+3σおよびm-3σの値を示した。
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