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(2)マイクロサテライトDNA分析
 カムチャッカの標本集団についてマイクロサテライトDNA分析を行い、その変異量について昨年度得られた根室半島沿岸(落石、珸瑤瑁)、南千島(クリルスキー)、およびサハリンの集団と比較した結果を表5に示す。サハリン集団の変異性が根室海域や南千島と比較して低いことを既に報告したが、カムチャッカ集団の変異性も根室半島や南千島に比べて低く、特にPabre-17ローカスではアリル数が明らかに低くなっていた。各海域における変異性の程度はmtDNA分析の結果とよく対応しており、各海域におけるハナサキガニ集団の遺伝的変異性の大小関係は、根室・南千島>カムチャッカ>サハリンとみなすことができた。
 
表5. マイクロサテライトDNA分析による変異性の比較
ローカス 平均
Pabre-3 -7 -17 -18 -22 -23 -24
落石
アリル数
he
 
10
0.819
 
15
0.858
 
18
0.723
 
34
0.968
 
22
0.919
 
11
0.714
 
18
0.856
 
18.3
0.837
珸瑤瑁
アリル数
he
 
9
0.837
 
10
0.826
 
22
0.777
 
34
0.964
 
24
0.919
 
14
0.741
 
16
0.859
 
18.4
0.846
クリルスキー
アリル数
he
 
13
0.871
 
16
0.857
 
18
0.779
 
34
0.971
 
21
0.907
 
11
0.725
 
19
0.862
 
18.9
0.853
サハリン
アリル数
he
 
10
0.877
 
12
0.896
 
18
0.886
 
26
0.937
 
15
0.898
 
6
0.594
 
16
0.848
 
14.7
0.848
カムチャッカ
アリル数
he
 
12
0.871
 
13
0.874
 
10
0.560
 
37
0.971
 
22
0.896
 
11
0.655
 
16
0.851
 
17.2
0.811
 
 カムチャッカ集団と他の集団との間に遺伝的分化がみられるかどうかを検討するため、mtDNA分析と同様にFST分析を行った。その結果、カムチャッカと落石の問には有意なFST値が得られなかったが、他の組み合わせではいずれも有意な値が得られた(表6)。この結果とmtDNAの結果を併せて判断すると、カムチャッカと根室・南千島の海域間にも、サハリンと根室・南千島の間ほど大きくはないが、ある程度の遺伝的分化が生じていると考えられる。
 
表6.  マイクロサテライトDNA分析によるハナサキガニ5集団間のFST値
落石 珸瑤瑁 クリルスキー カムチャッカ サハリン
落石 -
珸瑤瑁 -0.009 -
クリルスキー -0.001 -0.001 -
カムチャッカ 0.004 0.008* 0.007* -
サハリン 0.015* 0.015* 0.016* 0.014* -
*: P<0.005で有意
 
 標本集団間の遺伝的距離を算出して、遺伝的類縁関係を近隣結合法により類縁図を作成した結果、mtDNA分析の場合と同様に、根室・南千島とサハリンが大きく離れ、カムチャッカがこれらの間から派生する関係が得られた(図5)。
 
図5.  マイクロサテライトDNAによるハナサキガニ5集団間の遺伝的類縁関係
 
3. まとめ
 mtDNAとマイクロサテライトDNAの分析結果から、調べた海域のハナサキガニ集団の遺伝的多様性と集団構造は以下のように特徴付けられる。
(1)根室・南千島におけるハナサキガニ集団は遺伝的に均質で高い遺伝的変異性を有しており、同一の資源単位としてみなすのが妥当と考えられる。
(2)サハリンの集団の遺伝的変異性は根室・南千島に比べて低く、mtDNAではその低さが顕著である。どちらの分析においても根室・南千島の間に有意な遺伝的分化が検出されたことから、遺伝的には分断されていることが示唆され、資源的にも相互に独立した関係にあると考えられる。
(3)カムチャッカ集団の遺伝的変異性は、サハリンほどではないが、根室・南千島に比べて低く、これらの間に微弱な遺伝的分化が生じている。分断が生じているかどうかを明らかにするためには、千島列島の集団を詳細に調査する必要がある。
(4)どの集団間にも共通のmtDNAハプロタイプが検出され、集団独自の系統枝を発達させている状態にはない。このことから、現在みられる遺伝的分化は、近い過去(例えば最終氷期)に起こったサハリンやカムチャッカでの集団サイズの低下(ボトルネック)とその後の隔離によってもたらされている可能性がある。このシナリオの妥当性を検討するためには、海流や気候の変遷を含んだオホーツク海沿岸の古地理に関する情報を収集する必要がある。


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