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IV. 色丹・歯舞群島沿岸におけるハナサキガニの資源状態調査の中間結果
サハリン漁業・海洋学研究所:ガラーニン・ドミトリー
ヤコブレフ・A.A
発表者:アブラモーワ・エフゲーニヤ
 
:漁獲対象のカニの捕獲は主としてカニ籠によって行われている。カニ籠は同様にハナサキガニ調査で生物資料を取る手段としても、最も広く使われている。このカニ籠捕獲によって、カニの分布域とその豊度の多少が判定されている。同時に、他のどの計数方法でも同じことだが、この方法にも欠点はある。この方法では、常に、何らかの理由でカニ籠に入らなかった群れの中の一部が把握できないままになってしまう。それは海藻の被覆の下に棲んでいる稚ガニであったり、群れの中の摂餌しないものたちであったりする。その他に環境の何らかの要因によっても、場所によって(計数調査地における水中の流れ、海底の地形、海底を海藻が覆っているなどによって)ハナサキガニの摂食度が大きくが落ちることがある。
 かごによる計数調査の欠陥を補うことのできる他の方法を併用することで、カニ籠捕獲によって得られた情報の質を高めることができる。ダイバーによる計数調査はその一つである。この調査は2004年に始められた調査の継続である。2005年には、ハナサキガニのカニかご漁場において、ダイバーによる海底調査をおこなった。
 主目的はカニ籠で得られた生物統計情報の信頼度をダイバーによる方法で評価することである。同様に漁具の漁獲効率の程度を見極めることである。
 
調査の主たる課題
1. ハナサキガニの空間的分布とCPUEについての情報収集
2. 調査期間における漁獲対象のカニの群れのサイズおよび性比構成と、生物学的な状態についてのデータ収集
3. 水深の増加に従って漁獲の質的、又量的な構成がどのような変化の傾向を示すかを評価する。カニ籠の漁獲効率の程度を視覚的に評価し、カニ籠による捕獲が効果的なゾーンを見極める。
 
資料と方法
 調査は2005年7月18日〜9月15日まで、色丹・歯舞群島の沿岸水域の水深15〜70mで行われた(図1)。
 
図1.  色丹・歯舞群島の沿岸における漁獲対象カニのカニ籠捕獲計数調査点
 
 カニ籠による捕獲調査はカニ取り漁船“第五三吉丸”で行った。カニの捕獲は、標準的な円錐台の形をした日本製のカニ籠、網目サイズ26mmで行った(700籠)。籠の底面の直径は130cm、上部が69cm、入り口の開口部は38cm、高さは60cmである。配列につけるカニ籠どうしの間の距離は15mであった。餌として冷凍のスケソとイカの内臓を使った。
 計数調査地点の地理的な位置は、“フルノ”の衛星ナビゲーションシステムの“マリンプロッター/サウンダー GP3300”で判定した。水深は魚群探知機“フルノ CV252”によった。カニの個体のサイズを測るのにはノギスを利用した(測定精度1mmまで)。個体の重さは“ホクトウ”の5kgはかり、誤差5gのもので計測した。水中の観察は軽潜水装備を利用した。資料の処理には“ワード”と“エクセル”の標準プログラムを使い、分布地図の作成には“サーファー8”を使った。
 カニ籠捕獲計数調査は、カニ漁の配列を使って行い、配列の一放しには80〜100の日本製の標準的なカニ籠が取り付けられている。カニ籠を水中に置く期間は一昼夜から10昼夜までにわたったが、それは調査海域の天候条件や技術的な理由によるものだった。配列を一回籠入れし、籠あげすることを一回の調査点とみなした。各調査点ごとに漁獲の質的、量的な構成を判定し、生物学的な分析と大量計測を行うためにサンプルをとった。生物学的分析と大量計測のためのサンプルは無作為に選んだ。生物学的分析は“極東の海の十脚甲殻類の研究の手引き”(1979年)に則って行った。大量計測では、カニの甲長と甲幅を計測し、オスの脱皮間カテゴリーとメスの卵の成熟段階を判定した。
 ダイバー調査は(調査海域において)最も安定した漁獲のあるカニ籠列を入れた場所で、水深24〜33mのところで行った。カニの数を数えるための海底でのダイバー調査に際しては、採集結果による量的計数の方法(レビン、シェンデロフ1975年、レビン1994年)を利用したが、これは主として巨礫や岩の多い海底に棲息し、高密度の定住地を構成しないベントス生物の計数調査に最も有益な方法だからである。この方法に応じて、ダイバーが泳ぐルートにおいて、視覚的に目で追ってカニの数を数えた。観察と計数の結果は水中測量図に記録した。海底にダイバーがいた時間と水中での移動の速度も記録した。このようにして得られた量的な情報は、その後カニの単位あたりの個体数、つまり調査面積単位あたりにおける個体数に変換した。
調査面積は次の公式で計算した:
S=(T×V)×β;
 Sは調査面積(m2)、T-調査時間(分)、V-水中でのダイバーの動く速度(m/分)、β-計数を行った帯状の範囲の幅(m)(水の透明度と海底の地形によって代わる値)。
単位あたりの個体数は次の公式によって算出した:
δ=N/S;
 δは単位あたりの個体数、サンプル/m2、N-数えた個体数、S-調査面積(m2)。
 各計数調査点で、出現したカニの量と種の他に、次の情報を記録した:水深、底層の流れの有無、基底のタイプ、海底の地形の特徴、海底植物の有無、遊泳中に上から見た大型植物による海底の被覆。海域で調査は3段階にわたって行った;
1)列を入れる前の海底のダイバー調査(カニの計数)
2)籠入れ、1〜2昼夜の間水中におく、籠あげ
3)籠列を揚げた後の海底のダイバー調査(カニの計数)
 
 実験用の放しを水中に入れている間、漁具の効果的な漁獲ゾーンを判定するために追加的なダイバー調査を行った。ダイバーはカニ籠の列に対して垂直に移動し、完全に視野からカニがいなくなるまで列から離れていきながら海底の調査区域を観察した。この際にもダイバーの海底にいた時間と移動の速度を記録した。
 全てのダイバー調査点では、調査は生息環境から水生生物を採集することなしに行われた。
 この航海の間に86点のカニ籠計数調査と19点のダイバー調査を行い、そのうち有効なデータはそれぞれ74点と9点で得られた(付記1)。生物学的分析にはハナサキガニ506サンプルを、大量計測には2,706サンプルを使った。
 
中間結果と検討
カニ籠データに基づいたハナサキガニの生物的特性
 調査区域全体としてハナサキガニはまだらに分布していた。カニ籠調査74点のうち25点は色丹歯舞群島のオホーツク海側で行われた(水晶島、勇留島、志発島に囲まれた海域)。残りの49ステーションは太平洋側で行われた(図1)。この海域の沿岸の海底の地形構造と水理的特性が大きく異なっているので、この水域のハナサキガニの群れの生物統計的な特性は別々に検討した。
 
漁獲の特性
 色丹歯舞群島のオホーツク海側では、ハナサキガニは水深20〜45mのところで見られた。調査地点での出現率は90%だった。調査の全期間にわたって、漁獲の大半をメスが占めた(74.3%)。漁獲対象および非漁獲対象のオスはそれぞれ漁獲の5.7%と20%であった(図2)。
 漁獲対象オスのCPUEの平均は1籠あたり0.4サンプル(0.1〜0.7サンプル/籠の幅)で、非漁獲対象のオスは1籠あたり1.4サンプルだった(0.02〜6サンプル/籠)。メスは籠あたり5.2サンプル(0.25〜29サンプル/籠)(図2)。調査区域ではオスとメスの比は約1対2であった。漁獲対象のオスの最大CPUEは(0.5サンプル/籠以上)水深20-25mでみられた。(図3)
 太平洋側では、ハナサキガニは水深30〜75mの範囲で籠にかかった。調査点での出現率は81%だった。調査の全期間に渡って漁獲の大半をメスが占めた(75.6%)。漁獲対象および非漁獲対象のオスはそれぞれ漁獲の2.9%と21.5%であった(図2)。
 漁獲対象オスのCPUEの平均は籠あたり0.56サンプル(0.1〜0.9サンプル/籠の範囲)で、非漁獲対象のオスは籠あたり3.8サンプル(0.01〜46サンプル/籠)。メスは籠あたり14.4サンプル(0.01〜96サンプル/籠)(図2)。調査区域ではオスとメスの比は約1対1.5であった。漁獲対象のオスの最大CPUEは(0.65サンプル/籠以上)水深55〜75のところで見られた(図3)。
 2005年7月〜9月にかけての色丹・歯舞諸島のカニ籠漁におけるハナサキガニの主なサイズ−性別群の比率(平均値)
 
図2.  カニ籠データによるハナサキガニのサイズ−重量および生理学的特性
(拡大画面:27KB)
 
図3.  2005年7月〜9月にかけての色丹・歯舞諸島沿岸における漁獲対象オスの水深によるCPUEの分布
 
 色丹・歯舞群島オホーツク海側のオスの甲幅サイズは76mm〜163mmまでにわたっており、平均値は111.8mmだった(図5)。
 
 漁獲対象オスの平均サイズは117.4mm、平均重量は1,077.9gだった。全てのサイズ群のオスの中で、脱皮間カテゴリーが2と3.1のものが優勢で、それぞれ45.8%と33.3%を占めた。
 
 メスの甲幅サイズの範囲は82〜140mmまでにわたった。平均サイズは100.7mmで平均重量は539.5gであった。メスの大半には卵が無いか(БИ)もしくは“オレンジ色の卵”の成熟段階にあった(ИО)。こういった個体の漁獲における割合はそれぞれ49%と41.4%だった。
 
 太平洋側では、オスの甲幅サイズは79〜193mmにわたっており、平均値はl12.5mm(図4)だった。漁獲対象オスの平均サイズは119.6mmで平均重量が1,248.8gだった。全てのサイズ群のオスの中で、脱皮間カテゴリーが2と3.1のものが優勢で、それぞれ24.5%と56.8%を占めた。
 
図4.  2005年7月〜9月にかけての色丹・歯舞諸島沿岸における漁獲対象オスの甲幅の分布
 
備考:オホーツク海側では平均X値=111.8±0.4mm; 太平洋側では平均X値=112.5±0.4mm
 
 メスの甲幅サイズの範囲は80〜158mmにわたった。平均サイズは101.7mmで平均重量は733.4gであった。
 メスの大半には卵が無かった(БИ)。こういった個体は漁獲の42.5%を占めた。メスは、“オレンジ色の卵”の成熟段階にある卵を持っているもの(ИО)、“赤茶色の卵”(ИБ)と腹肢上に卵が無いもの(ПЯ)が大体同じくらいの割合で見られ、それぞれ15.9%、13.3%、13.2%であった。
 二つの調査海域からのデータの比較分析から、調査した水域では同じ一つのハナサキガニの群れが存在しているといえる。このことは、漁獲におけるハナサキガニのサイズ−性別群の割合が近い値を示していること、調査された群れでサイズ−頻度分布が似たような図を示すこと、両地域におけるカニの性比と生理学的な状態から裏付けられる(図1〜4)。同時に太平洋側で全ての機能的グループにおいてCPUEがより高い値を示していて、平均サイズ(非漁獲対象のオスを除く)も体重も大きい。漁獲対象オスの最大CPUEは、太平洋側ではより深い水深で見られた。
 調査の行われた期間、全ての場所で夏から秋にかけて漁獲対象オスのCPUEが増加する傾向が見られた(図5)。この機能グループのカニの平均サイズも増加した。これはこの期間、漁獲による死亡の危険にさらされていているこのカテゴリーのカニは、常に新しい個体、つまりサイズの大きい最近脱皮をしたオス(脱皮間カテゴリ2)の参入によって補充されていたことと関連している。
 
図5.  2005年夏から秋にかけての色丹・歯舞群島沿岸におけるハナサキガニ漁獲対象オスのCPUEの変化
 
カニ籠列を入れた場所でのダイバーによる海底調査
 調査の期間、脱皮後間もないハナサキガニは高い摂食度を示した。この時期のハナサキガニの行動で最も特徴的なのは、局地的な群れを形成することであった。海底でのカニの活発な行動と、調査水域のいろいろな場所で漁獲が急に上昇すること(同じ場所で一昼夜の間、籠上げをした際に一匹もかからなかったのに、次の日には漁獲が数百匹に上ることがあった)などから判断して、この局地的な群れは常に場所を変えていた。このように、こういった群れは“索餌群”と(以後HCとする)呼ぶのが正確であろう。というのは、これはおそらく、ある期間のカニの行動の特性に条件付けられて、一時的に形成されるものだろうから。
 ダイバーによる観察の結果と一つの配列内のカニ籠の漁獲の分布図から、索餌群の面積と形状は、おそらく海底の地形と群れを構成する個体の量によって規定されて、様々になるだろう。ダイバー観察のデータによると、索餌群の最大の面積は、約2,500m2だった。そこにおけるカニの単位あたりの密度は平均で1.5〜2サンプル/m2だった。カニ籠捕獲の結果によると、索餌群の最大の面積は、約12,000m2であった。高密度の索餌群は、サイズの小さなものと中くらいのサイズ、甲幅80〜110mクラスのものが構成するという特徴が見られる。より大きなカニはばらばらに出現し、その分布も偶然性の高いものになっている。
 海底の索餌群のいる所には、実質上他の動き回る水生生物はいない(他の種のカニやヤドカリ、ヒトデ、キンコなど)。こういった場所でハナサキガニの漁獲率は高いが(1籠あたり150サンプルを越えることがある)、籠の中にはこのカニだけが入っている。あらゆる点から見て、他の水生生物はハナサキガニによって餌場から追い出されてしまっている。カニの漁獲率が比較的低い所(1籠あたり0.1〜10〜15サンプル)では、混獲として通常クリガニやヒトデ、ヤドカリ、キンコ、まれにウニやタコが入る。
 カニ籠に寄ってきているカニは、ダイバーの観察によると籠から20m以上遠くにはみられず(漁具が有効な半径)、しばしばもっと近くで見られた(表1)。このように、一つのカニ籠の有効な漁獲ゾーンは1,256m2以下である(円の面積の公式πr2から)。同水深に、平衡して、列間の間隔を90mにして3列の調査籠を入れたところ近い結果が得られ、そのうち真ん中の列の中心部の20籠が良い結果を出した。カニが最短距離で餌のにおいに向かって進むとすると、カニは漁具から45m以上遠くにはいなかったことになる。
 視覚的な観察から、カニ籠はカニの活動場所にいる全ての個体を捕獲しているわけではないことがわかる。一昼夜以上籠を水に入れておくと、海底ではほとんどいつも次のような光景が見られる。カニは籠の中に入っていたり(底にいるだけでなくネット壁の内側にくっついていたり)、籠の底に接触しながら外壁やそのそばにくっついていたりする。その上このときカニは、籠の底の回り全体にお互い体を寄せてびっちりと列を成す。しばしばカニは籠の底の周りに2重3重の列を成していて、まるで籠に入る順番を待っているかのような印象を受ける。さらに、カニ籠から半径10mのところまでは、カニは周囲の場所に比較的均等に2-3匹からなるばらばらなグループでいて、褐藻類の葉の下や、突出した岩の根元のところや岩の裂け目などにいる。
 カニ籠からさらに遠ざかり、15〜20mまで行くと、単独の個体が見られるだけになる。カニ籠から周囲20mの境界線を越えると、カニは視野からいなくなる。
 全体として、観察の結果から、海底にいる個体の豊度の指標として使うには、漁具の捕獲効率は極めて一定性がない。カニ籠によって得られた結果は一様ではなく、客観的および主観的な様々な要因に条件づけられる(漁具を入れた場所のカニの分布密度、海底の地形、底層の海流の有無と速度、巨大植物による海底の被覆、餌の質、籠をつけておく時間、漁具のつくりなど)。ここに揚げた要因のうち主なものは、我々の考えでは、海底でのカニの分布密度と浸水時間だとみなすべきだろう。“カニ籠の有効な漁獲ゾーン”の範囲内においてカニの集積があれば、カニを捕獲するには0.5昼夜、漁具を水に入れておけば十分である。もしカニの分布密度が低い場合(約0.03サンプル/m2以下)は、漁獲量は網をつけておく時間に依存する。我々のデータによると、カニ籠は5〜7昼夜までは有効に働く。もっと長く海底においておくと、籠の中でカニがタコに食べられたり共食いをしたりして漁獲が損なわれる。
 南チシマ海域のハナサキガニのカニ籠捕獲調査を行った浅瀬におけるダイバー調査は、底層でも表層でも流れが速いこと、調査を行ったポイントで透明度が低かったことなどからかなり困難だった。その他に、高いCPUEを示した調査ポイントの結果は、実質上全て深いところで得られたもので、ダイバーが安全に水中にいられる時間が限定されている所のものであった。
 上述の困難はあったものの、得られた結果によって、夏から秋にかけての期間の天然の生息環境におけるカニの行動の特性と漁具への反応を、より完全な形で捉えることが出来る。


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