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II. 南千島諸島周辺海域における漁獲対象カニの幼生の分布
サハリン漁業・海洋学研究所:アブラモーワ・エフゲーニヤ
 
 系統的にカニの幼生の種を判定すること、その空間的分布を調べることは、プランクトン採集調査によって漁獲対象種のカニの繁殖海域、その時期と継続期間、ならびに孵化した海域から着生海域へと、漂泳性の幼生が海流によってどのくらい遠くまで運ばれるかを検討することが出来るため、重要な意義がある。その他に、幼生の集積の密度に関する量的なデータは、個体群の中で産卵に参加した部分の個体数そして、年ごとの非生物学的な環境要因の変化と世代の個体数との関係を評価する資料になる(マカロフ、1966年)。
 本研究の目的は、南千島海域における春から夏にかけての期間の漁獲対象種のカニの幼生の主な集積海域を見極めることである。
 
資料と方法
 本研究の資料として、2005年春から夏にかけて南千島水域において行われた2回のプランクトン調査の結果を使っている:一回目は5月12日〜15日までの期間(鉛直方向の採取50回、水平方向の採取6回)で、2回目は7月3日〜4日にかけて(鉛直方向の採取12回)であった。調査地点は図1に示したとおりである。5月に追加的に表層で水平方向にプランクトンネットによって捕獲を行った場所が三角形で示してある。プランクトンネットを引いた距離は200mである。
 プランクトン採取は、サフニロの研究者グループがRSH2484号と調査船“ドミートリー・ペスコフ号”で行った。プランクトン標本のサンプリングは調査点ごとに、24時間、イクラ加工網IKS-80(D=0.8m、S=0.5m2、網目サイズNo.14号)で“海洋プランクトンの採集と第一次処理についての手引き”(1980年)にしたがって行った。各調査点で垂直に100m〜0mまでの層でプランクトン採取を行い、それより(100mより)浅い水深では全体を取った:つまり底から水面までである。網を入れた水深の判定は、計測器を使って行った。ロープの90度から水面に向けての角度の誤差は、ロープの誤差角度を考慮に入れて修正した(ヤシノフ、1934年)。サンプリングを行った調査海域での最低水深は9m、最大水深は140mだった。網上げの速度は1m/秒を超えないものとした。採集したプランクトンは4%のホルマリン溶液につけた。
 
図1 2005年南千島海域で行われたプランクトン調査点
 
 研究室で各サンプルからカニの幼生を選び出し、数を数え、種と発達段階を特定した。全体として1,529サンプルを調べた(表1)。カニの幼生は優先的によく暖まりやすい水の表層部に集中しており、予想される通りその最大の数は水平にプランクトンネットを引いたときに記録された(6.5万サンプル以上)。繰り返して二回目の採集ではプランクトン中のカニの幼生の数は大きく減少した(表1参照)。
 
表1.  2005年南千島列島で採集されたカニの幼生に関する資料の全体
Kind Number of crab larvae
12.05-15.05.2005 3.07-4.07.2005
P. brevipes 274 0
E. isenbeckii 30 0
T. cheiragonus 1197 10
C. bairdi 1 17
All 1502 27
 
 カニの幼生の種と発達段階の判定は、ロシアおよび外国の研究者による研究成果を使って行った(マカロフ、1966年、佐藤、1958年、倉田1956、1963年a, b)。得られた量的なデータは“プランクトン標本の数的方法による処理の手引き”(1978年)に応じ、海面1m2あたりに換算し、地図に記載した。
 そのほか、それぞれの種について幼生の発達指数を判定したが、これは発達段階ごとの幼生の数にその発達段階の番号数を掛けた積の合計と、捕獲された幼生の全体数に対する比として計算される。
 
調査結果
 2005年5月の南千島海域における漁獲対象種のカニの幼生の分布の全体図は図2に示した。カニの幼生はかなり広範にわたって分布しており、実質上調査海域の全体にわたっていたが、最も高密度の集積は国後島の沿岸に集中していた。全体として得られた結果は、多くの点でA.K.クリチンが1998〜1999年に行ったプランクトン調査の結果として記載していたもの(クリチン2002年)と同じ幼生の分布を示していた。特に大半の種の幼生で最大漁獲ゾーンが一致していた。
 
図2.  図2. 2005年5月の南千島海域における漁獲対象種のカニの幼生の分布(サンプル/m2
 
 一回目のプランクトン採集調査の期間最も多くカニの幼生がかかったのは、北緯43度57分、東経145度50分の区域で、その場所の水深は31m、表層の水温が+2.6℃で塩分濃度が32.3‰であった。この調査地点でカニの幼生の群れの密度は1,363サンプル/m2で、そのうち99%がクリガニの幼生で、1%がハナサキガニの幼生だった。この調査地点での表層での水平方向へのプランクトンネット引きの結果から、幼生の個体数の最大数も得られた(約6万サンプル)。
 二回目の採集の際には、カニの幼生の最大の漁獲は南千島海峡(三角水域)の北部で観測され(北緯44度10分、東経146度38分の海域)、その場所の水深は140m、表層水温+11.2℃、塩分濃度33.4‰であった。
 この調査地点ではオオズワイガニの幼生の群れの密度が18サンプル/m2であった。
 
 調査海域における5月の漁獲対象種のカニの幼生の出現率は88%で、集積の平均密度は68サンプル/m2。7月の始めにかけてはカニ幼生の出現率は67%まで落ち、集積の平均密度は5サンプル/m2まで落ちた。南千島海域で最も広く分布しているのは、これまでの調査におけるのと同様に、クリガニとハナサキガニの幼生で、それらよりずっと少ないのがケガニとオオズワイガニの幼生であった。タラバガニの幼生がかかるのはほんの数例だった。A.K.クリチンが1998〜1999年に得たデータと異なり、アブラガニの幼生は見られなかった(クリチン2002年)。
 
ハナサキガニ
 2005年5月の捕獲調査では、この種の幼生は大変多かった。残念ながら6月半ばに再度捕獲調査を行うことが出来なかった。7月の始めの調査の結果ではハナサキガニの幼生は発見されず、あらゆる点から見て、この種の発達におけるプランクトン期は完了したことを裏付けている。おそらく幼生がグロコトエになって大量に着生するのは6月なのであろう。
 他の種の幼生の中におけるハナサキガニのゾエアの割合は18%で、出現率は50%だった。
 
表2.  2005年南千島列島におけるカニの幼生の分布の全体的な特徴
Kind Frequency of the catch, % Frequency of dominance, % Lobe, %
May 2005  
P. brevipes 50 18 18,2
E. isenbeckii 36 12 2,0
T. cheiragonus 76 48 79,7
C. bairdi 2 0 0,1
July 2005  
T. cheiragonus 33 33 37
C. bairdi 42 33 63
 
 ハナサキガニの幼生は総面積4,357km2、水深が15〜88mの場所に分布し、集積の平均密度は22サンプル/m2以下であった。幼生の分布域の表層水温は、+0.8℃から+4.3℃までの幅があり(平均で2.0℃)、塩分濃度は32.2〜32.8%(平均32.5‰)だった(表3)。
 
表3.  2005年南千島列島における漁獲対象種のカニの幼生の集積の密度と生息条件
Kind Density, ind./m2 Depth, m Temperature, ℃ Salinity, ‰
mean max. limit max. catch limit max. cateh limit: max. catch
May 2005
P. brevipes 22 230 15-88 29 0,8-4,3 2,4 32,2-32,8 32,5
E. isenbeckii 3 6 20-136 32-136 0,8-2,9 0,9-1,2 32,4-32,8 32,7
T. cheiragonus 63 1350 13-101 31 0,8-4,3 2,6 32,2-32,8 32,3
C, bairdi 2 2 - 86 - 1,1 - 32,8
July 2005
T. cheiragonus 5 10 27-64 57 6,6-9,2 6,9 32,4-33,1 32,9
C. bairdi 7 18 20-140 140 6,9-11,7 11,2 32,9-33,5 33,4
 
 ハナサキガニ幼生の群の最大の密度は(230サンプル/m2)、南千島海峡(三角水域)の多楽島と志発島の近く(北緯43度39分、東経146度09分)で得られ、その場所の水深は29m、水温は+2.4℃で塩分濃度は32.5‰だった(図3)。幼生の集積密度の値はA.Kクリチンが1998〜1999年に得たデータとよく一致した(クリチン2002年)。そのことから南千島におけるハナサキガニの個体数は比較的安定していると結論付けることが出来る。
 
図3.  2005年5月の南千島列島におけるカニの幼生の分布(サンプル/m2
 
 ハナサキガニの幼生は様々な発達段階のものが見られ、そのうち63%はゾエアIIの段階で、幼生の発達指数は2.3だった(表4)。
 集積密度の平均では、ゾエアIが最も低く(3サンプル/m2)で、最大だったのはゾエアIIだった(16サンプル/m2)。
 
表4. 発達段階ごとの南千島におけるカニ幼生の出現数
Kind Zoea I Zoea II Zoea III Zoea IV Megalopa (glaukotoe) Larvae development index
May 2005     
P. brevipes 5 173 96 - 0 2,3
E. isenbeckii 20 8 1 1 0 1,4
T. cheilragonus 172 999 25 1 0 1,9
C. bairdi 1 0 - - 0 1,0
July 2005
T. cheiragonus 0 0 0 0 10 6,0
C. bairdi 12 4 - - 1 1,4
 
 この結果から5月の半ばには、ハナサキガニのメスの産卵は実質終了し、幼生はゾエアIII段階へ活発に移行しており、その集積密度は14サンプル/m2である。ゾエアIは、色丹・歯舞群島の南ならびに国後島の沿岸域で数例記録された(図4)。
 ゾエアIIとIIIの幼生の分布の仕方は似通っていた。最大の集積密度は南千島海峡の多楽島と志発島の海域で見られた(図5・6)。
 
図4.  2005年5月の南千島におけるハナサキガニのゾエアIの分布
 
図5.  2005年5月の南千島におけるハナサキガニのゾエアIIの分布(サンプル/m2
 
図6.  2005年5月の南千島におけるハナサキガニのゾエアIIIの分布(サンプル/m2
 
 ハナサキガニの幼生が見られた場所の水深は15〜88mにわたった。その際ゾエアの平均集積密度は、水深15〜46mの場所で最大(29サンプル/m2)となった(図7)。ゾエアIとIIIの分布はそれぞれ水深46m〜39mのところに限られた。
 
図7. 水深によるハナサキガニゾエアの平均集積密度
 
 ハナサキガニの幼生について得られた結果からハナサキガニの資源量を計算した(表5)。
 
表5.  2005年5月の南千島海域におけるハナサキガニ幼生の分布面積と個体数
Stages of development Area, km2 Number, mlrd. ind.
Zoea I 576 0,883
Zoea II 3949 47,483
Zoea III 2968 26,415
All 4357 75,702
 
 絶対繁殖力とゾエアIの個体数を知ることで、ハナサキガニの成熟メスの産卵に参加した個体数を計算することができる。ゾエアIの数は、2005年5月中旬には8億8,300万サンプルを数えた。この際、プランクトン調査が行われるときまでにメスの産卵は実際上完了していることがわかっている。同様に一つの発達段階から別の段階へ移るときの幼生の死亡率を考慮に入れなくてはならない。ゾエアI段階にいる幼生の死亡率が最も高いという特徴がある。ゾエアIIの段階へ移る際の幼生の死亡率を50%とすると、ゾエアIIの数をゾエアIIIに換算する時には、15%であるとする。そうするとゾエアIの合計数が1,176億7,300万サンプルとなる。サフニロの沿岸調査の研究室データによると、南千島海域におけるハナサキガニのメス一匹あたりの繁殖力は、卵数3万5千粒である。このことから2005年にハナサキガニのメスで産卵に参加したものの数は、336万2千尾となる。南千島におけるハナサキガニの個体群の性比構成1:1を考慮に入れると、このカニの個体数は約670万匹ということになる。計算の際には一連の仮定を用いているので、得られた結果は中間的なものとみなすべきである。


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