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基調講演「コミュニケーションとしての聴覚」
埼玉県立小児医療センター 耳鼻咽喉科 科長 坂田 英明
 
 ひとはいつから音を聞き始めているのであろうか。胎生20週には内耳がすでに発生しており、羊水のなかで母親の子宮血流音、腸管雑音、心拍音などを認知しているのである。また、ひとが臨終の際最後まで残る感覚系も実は聴覚なのである。
 聴覚は五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)のなかでももっとも重要な感覚系のひとつである。内耳が関係し、内耳道には平衡(バランス)に関与する前庭、半規管も存在している。聴覚の伝導路は人間が生きていく上で欠かせない脳幹を通っており、脳の可塑性を引き出すことに重要な役割を担っているのである。
 講演では音はどのように脳へ伝わり、脳はどのように感じているのかについて概説する。また、聴覚とコミュニケーションについても考える。われわれは、まず耳で音を聞き(hear)、脳で聴き(listen)思考し、やがてコミュニケーションをとろうとし、訊く(ask)ことができるようになる。このどこかに障害が生じるとコミュニケーション障害となる。耳鼻科医からみた聴覚とコミュニケーションについて概説する。
 難聴の早期発見は言語獲得や人格形成などの面からきわめて重要である。しかし、難聴は本人の訴えがなく目に見えない障害でもあることなどから早期の発見は困難であった。1970年JewettとSohmerによりABR(Auditory Brainstem Response)が発見され新生児期の難聴の客観的診断が飛躍的に進歩した。しかし機械の操作は複雑であり値段が高く、睡眠導入剤が必要で検査に時間がかることなどから、一次スクリーニング用の機器としては十分な威力を発揮できなかった。その後、1997年に新しい検査機器として自動ABRが登場した。検査は従来のABRに比べきわめて簡単で睡眠導入剤が必要ないこと、短時間でできることなどから全新生児を対象とした一次スクリーニングヘの可能性がでてきた。これにより早期からの補聴器装着、コミュニケーションの選択肢(手話、人工内耳など)の幅がひろがった。後半はこの部分について概説する。
 
基調講演「難聴児への療育音楽」
〜音楽と音振動を楽しく伝える〜
(財)東京ミュージック・ボランティア協会 会長 赤星 建彦
 
療育音楽とは
 療育音楽(赤星式音楽療法)は、心身の健康回復、維持、予防をめざした能動的な音楽療法プログラムである。欧米で発達してきた精神治療を目的としたものとは違い、医師、理学療法士などのアドバイスを受けてプログラムが確立した。自ら楽しく歌ったり体を動かしたりすることで血流を良くし、脳に直接働きかけるリハビリテーションとして、日本全国の施設、海外でも多く実践を積んでいる。1997年、アメリカ音楽療法協会より当協会及び創始者赤星建彦個人に特別会長賞が授与されている。
 
療育音楽の医学的理念
(1)手を有効に使って脳を活性化する
 療育音楽では指先を刺激するようにリズムをとる。手を刺激するような楽器の使い方を考慮することで脳の働きを高める。また指、手、腕などの上肢を動かすことで脳の血流量が増える。
(2)歌、発声、呼吸法を通じて呼吸器を強化する
 人間の脳の重さは体重の2%以下しかないのにもかかわらず、呼吸して体内に取り込まれた20%の酸素を必要とする。脳の活性化のためにも酸素を十分取りいれる必要がある。また加齢と共に落ちる肺活量も、普段の生活では5分の1しか使われていない。
 療育音楽では、肺の機能を充分働かせる方法も考慮する。
(3)身体にリズム感をつけ、生活リズムの改善につなげる
 人体には、規則正しい生活をしていると24時間に同調して働くサーカディアンリズムがある。けれども現代のように社会が激しく移り変わる時代では、体の中のリズムは外的な環境のリズムに合わせにくくなり様々な心身の変調となって現われてくる。夜間徘徊やうつ病なども身体のリズムの乱れによると言われている。療育音楽では、歌いながらリズムをとるリズムトレーニングを通じて身体にリズム感を養い、日常の生活リズムを取り戻し、ストレスの発散を促す。
 
 この他、難聴問題、声域の状態に対する曲のテンポ・キー設定については、調査研究を行ないながら対応している。
 今回の新生児難聴児への療育・音楽療法は、これらの調査研究により応用されてきたものである。
 
療育音楽の方法
 上記の医学的理念をもとにして5つのプログラムに体系化されている。
 
Aプログラム(基本プログラム・身体虚弱な高齢者対象
Bプログラム(痴ほう性高齢者対象
Cプログラム(知的障害児者対象
Dプログラム(身体障害者対象
Eプログラム(元気な高齢者対象
Fプログラム(フリー、ファイナルケアー、など)
 
☆聴覚障害児への音楽療法は、Cプログラムを使っている。
 プログラムの実践にあたっては、対象者が楽しめる、馴染みのある曲を選曲する。また小人数でもできるだけグループで行ない(家族や介護者も共に)、楽しさを共有できることが大切だと考えられている。“楽しい”と感じられると、やる気や集中力を生み出すホルモンが分泌され、脳全体を刺激するようになる。
 
療育音楽用のオリジナル楽器
 
 
聴覚障害児の音楽療法のアプローチについて
〜聴覚と脳の働きの関係〜
 人間が新しいことを学習するにあたり「脳」を活発に刺激することが大切です。
 脳を刺激するために私達は五感(味覚、視覚、触覚、聴覚、臭覚)を使い、日々の生活の中から多くのことを学んでいます。最近では、胎児や新生児に関しての研究も飛躍的に行われるようになり医学的に色々なことが分かってきました。音楽が胎児や新生児に対しての効用も少しずつ解明されてきつつあります。
 聴覚と脳の関係は、音をどのようにして認識しているかということを理解することが大切ですが、基本的には、耳がいくら音をとらえてもその情報が大脳皮質の中にある聴覚野という場所で認識されない限り有効にその音を情報として処理できないということが分かっています。言葉に関しても音として脳に入ってくるが聴覚野を経て言語野に情報がうまく伝達されないと言葉として認識されないのです。
 このように脳の働きが、さまざまな情報を認識することに大きな役割を果たしています。
 新生児は五感の中で触覚が一番早く発達してくるといわれ、生後1〜2ヶ月でほぼ完成するといわれています。その他に視覚は、生後3ヶ月、又臭覚も早く赤ちゃんは、母親と他の人を匂いで嗅ぎ分けているともいわれています。それに比べて聴覚の発達は遅く、2歳ぐらいまでかかるといわれています。ですから、難聴だからといって耳からの情報が不充分であっても他の感覚を有効に使い早いうちに脳を刺激し活性化してあげることが大切なのです。
 
〜音楽と脳の関係〜
 脳は、右脳と左脳に分かれているのですが、両方を上手に刺激してあげることで豊かな人間形成が生まれるといわれています。
 左脳は、「話す、書く、論理的思考、計算」、右脳は、「視覚情報の全体的な把握、空間内の操作機能」の働きを担います。音楽は一般的に、右脳の分野が優位で、私達に情緒、感情を読み取る能力を発達させるのに役立つといわれています。言語表現は、左脳分野で処理をされたとしても右脳部分でイントネーションの変化をつけることを学ばなければ感情のない機械のような表現になってしまうのです。
 
〜脳を刺激する1つの方法としての音楽〜
 さて、ただ脳を刺激するといってもどうしたらよいのでしょうか。
 わたしたちの能動的な音楽療法では、音楽を使って楽しく脳の刺激を促していくことを目的としています。音楽療法の手法の1つ−療育音楽では、指先を使って脳を活性化する方法をとっています。指先には第二の脳、又は、外に出ている脳と言われ、140億〜150億といわれる脳の神経細胞が集まっており、音楽に合わせて手を合わせたり、楽器を演奏することで脳を活発に刺激させていきます。
 
〜療育音楽療の利点〜
 その他に、音楽に合わせてリズムをとることで体のリズム感を整えていきます。新生児や乳児の場合まだまだ体のリズムを調節していくことは難しいですが、音楽から新しいリズムを学ぶことで、少しずつ新しい感覚を養っていきます。また、音楽に合わせて大きな声を出して歌ったり、声をだそうとする意欲を促すことにより呼吸機能の強化にもつながります。
 
〜特に聴覚障害児に対しての音楽療法で力をいれることは・・・〜
 音楽(音)は耳から聞くだけでなく、振動で体に響き感じます。振動を通じて、実際には聞こえなくても、脳に刺激を与えてあげることで、脳の中の聴覚脳というところを刺激します。振動を感じることで、そのうちに、少しずつでも音楽(音)を感じてもらえるようになってもらうのが大きな目的です。
◎歌いながら、他人の口の動きを見て言葉を学んでいきます。
◎グループでする音楽療法なので、母(家族)子、共に楽しみながら参加できます。
他に参加する家族と交流しながら楽しんでもらえる場所です。
◎0歳児からいろいろな刺激を受けられる場所として音楽療法を活用していただけることを望んでいます。
 
〜聴覚障害児と音楽〜
 体で音を感じ取りながら楽しく音に触れ合うことからはじめていきましょう。
 以上のように、脳を刺激し、たくさんの神経回路を増やしてあげることが大切なのですが、音楽を使うことにより家族みんなで楽しく参加していただきけます。赤ちゃんはその様子を目で見て安心し、少しずつ音に対してのサインを学んでいきます。
 
〜音楽療法とグループで行う利点〜
 療育・音楽療法では、グループでセッションを行います。グループになると色々な症状の利用者がいらっしゃいます。しかし、グループだからこそ利用する方々の横のつながりが期待されます。人間同士の付き合いだからこそ、どのような症状であってもお互いに学び助け合うことができるからです。セッションの中では、よくできることだけを比較してしまいがちの世の中から、他の人のいいところを発見し合いながら、笑顔で楽しく過ごせるよう療法士も心がけています。療法士は音楽を利用者に、上手になるために指導するのではなく音楽を道具として利用者のニーズに合わせて使っています。お医者さんが、患者さんのニーズに合わせてお薬を調合するようなものです。このグループセッションでは、1対1のつながりもありながら横のつながりを大切にできるように考えてあります。
 
〜続けることの利点〜
 脳は、同じ事を繰り返して行うことにより、回路を太くし記憶していくとされています。ですから、何度も同じことを繰り返すことによって学習し記憶していきます。音楽療法も、毎週1回ずつでも続けていくことが望ましいですが現状はなかなか難しいものです。音楽を使いながら御家庭でも、お子さんとの交流を兼ねて、1日15〜30分でもセッションと同じようなリハビリを続けていただくことを促しています。どのようにしてよいか分らない場合もあるので、ガイデンスとなるビデオを作成いたしました。ビデオを見ながらご家庭で交流を深めていただいています。いつも聞いている音楽をかけて母親や父親、兄弟が踊ったり、歌ったりしていることを見て、赤ちゃん自身も自分から笑ったり、体を動かしたり、声を出したりするようになります。
 
☆☆ 基本的な進行と目的 ☆☆
所要時間:60分
進行 目的
(1)導入
 10分(15分)
ムード作り。自然に話をしながらアイコンタクトをとり、歌に合わせて手先でリズムをとる。
(2)始まりの挨拶
 5分
一人ひとり呼びかけ、始まりの認識を促す。声をだせない人も何かしらの動作で意思表示できるよう反応をひきだす。(スズ等を使ってもよい)
(3)発声
 10分(15分)
かけ声、応答形式の曲、発声用の曲を利用して、障害に応じて対応する。
(4)基本動作
 5分(10分)
はう(例:兎と亀)、転がる(例:どんぐりころころ)、歩く(例:線路は続くよどこまでも)、曲の静止と同時に止まる、座る・・・など簡単な動きでリズム感を養成し、身体機能を活性化する。
(5)楽器の選択
 5分(10分)
自分の好きな楽器を選ぶ、また取りに行くなどから、自己主張を促し、合奏への興味を引き出す。
(6)合奏
 15分(25分)
障害に応じて楽器の使い方を考慮しながら、リハビリテーションにつなげる。
(7)自由な動き
 (10分)
心身がほぐれてきているので、自分自身の持っている動きや、リズム感を引き出す(スタッフ側の思いもよらなかった動きを見せることがままある。)グループメンバーどうしで楽しめる全身の動きができるように促す。
(8)終りの挨拶
 5分
安らいだ状態、終りの認識を促す。
 
 赤ちゃん達の「あっ!」と驚く行動が見られることを楽しみにしています。
 
セッション案とアンケート
 0歳児における難聴児の療育・音楽療法は、前に表にしたプログラム(乳幼児/児童対象)の流れを基本に進めていきます。セッションの所要時間は、乳児のため赤ちゃんの様子を見ながら、40-45分で進めていきます。
☆音楽療法ではご家族にアンケートをとります。
(1)音楽療法に対するアンケート
(2)赤ちゃんの家族の音楽的背景チェックリスト
(3)日常の様子のアンケート
(4)音楽療法中のアンケート
☆初回セッションでは、音楽療法の目的や、利点など、家族の方が疑問に思っているであろうことを説明しながらセッションを進めていきます。お話に集中するのではなく音楽の流れている楽しい雰囲気の中から、音にふれ合いながら、お子さんとのコミュニケーションをはかります。
☆同じ行動パターンを学習するにしても、選曲を変えていく事によりお子さんの興味を高めていきます。
 
セッション例
進行 曲目 目的
1. 導入
音を楽しむ
楽しそうな雰囲気作り
*子供の好きな曲−童謡〜リクエスト曲
ドレミの歌
とんぼのめがね
めだかの学校
森のくまさん
となりのトトロ
さんぽ など。
*振動を感じてもらう
*お子さんの身体に触れながらリズムをとってあげる
*話しかけをするように笑顔でお子さんに接する
*口を大きく開けながら歌を歌うように心掛ける
2. はじまりの認識
(1)おはよう
*発声、口を動かす−開ける
3. 基本動作
(2)おはなしゆびさん
(3)幸せなら手をたたこう
(4)とけいのうた
(5)どんぐりころころ
*指先の認識/指先の運動
*腕の運動
*全身のストレッチ
*全身運動
4. 楽器
(7)犬のお巡りさん
(8)山の音楽家
(9)ぞうさん
*早い/遅いの認識(スピード)
*リズムの真似/好きな動作
*好きな楽器を選択
*順番に演奏する
*身体を揺らす
5. コミュニケーション
(9)さんぽ
(10)おかあさん
*親に抱かれて横揺れと縦ゆれを体験する。親は、子供の顔を見ながら歌う。発散
6. おわりの認識
(10)さよなら
*歌う、終りの認識
 
〜今後について〜
 各々の地域で同じようなプログラムが開催され、継続してセッションを受けられることが理想ですが難しいのが現状です。音楽療法士としては、早期発見された赤ちゃんとその家族が少しでも音楽を楽しいものだと感じてもらえることが重要であります。しかし、現在の音楽療法の現状は継続していくことが極めて困難であり、今後、もっと多くの専門家へ音楽療法の効果を理解していただけるよう調査研究の必要性を感じています。又、そのためには、他の専門家の理解、専門的知識をもった音楽療法士の育成、地域での音楽療法を行える場所の確保や、また、ご家族の方への負担を少しでも軽減出来るよう行政の補助も不可欠といえます。
 
〜療育・音楽療法用ソフトの紹介〜
 
 療育・音楽療法では、音の高さ(key)や音の速さ(tempo)を利用者のニーズによって変えられる伴奏君とフロッピーディスクがあります。これを使うことにより、オリジナルの高さや速さについていけなくても、必要に応じて(聞きやすい音、歌いたい速さ)変化させられ使いやすくなっています。(興味のある方は、ご相談下さい。)
 (財)東京ミュージック・ボランティア協会に御連絡ください。
 
〒187-0001
東京都小平市大沼町1-14-10
TEL: 042-343-2596
FAX: 042-343-5785
homepage: www.tmva.or.jp
e-mail: tmva@kb3.so-net.ne.jp
 
療育音楽で使用する太鼓


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