日本財団 図書館


シンポジウムII
「新生児聴覚スクリーニング後の療育−音楽療法と音源」
シンポジスト
「こどもの発達を刺激する音、こどもの心を癒す音への手掛かり」
昭和大学附属豊洲病院小児科 田中大介
 同じ音や音楽を耳にしていても、ある人にとっては心地よく聞こえても別の人にとっては非常に気に障る場合があります。そして、刺激への「慣れ」や「飽き」という現象が関与することにより、不快と思われる騒音でもそのタイプによっては気に障らなくなったり、逆に心地よく聴いていた音が気に障るようになることもあります。また、疲れている時や睡眠などの休息時と遊んだり運動するなどの活動時とでは求められる音は異なってきます。このような理由から音楽療法における音源の選択にあたっては一元的に決めることは難しく、その場に応じて個別に用意することが肝要と考えます。言うまでもなく、こどもの成長過程で五感が適度に刺激されることは大切であり、難聴のこどもに音刺激をする場合こそ有効な音を選択する配慮が必要不可欠と考えます。さらに、こどもの療育を行なう上では、こどもの心の基礎作りも視野に入れながら進めるべきと考えます。そして、こどもにとって最も必要なことは家族の愛情であり、私達にとって大切なことは家族のもつ限りない可能性を秘めたエネルギーを最大限に引き出せるような支援をそれぞれのスタイルで継続することだと思います。
 今回は、以下の項目に沿って音の基本事項からいくつかヒントになり得る考え方や事例を中心に実演も交えながら、まずは音環境の設定から目的別の音選びのコツを提案し、こどもの発達を刺激する音、こどもの心を癒す音への手掛かりを探ってみたいと思います。
(1)音の科学
(1)音に関する基本的事項
(2)音色について(純音と倍音)
(3)低周波音の功罪
(2)いわゆる騒音と音環境
(1)騒音の解釈
(2)胎児の音環境
(3)NICUにおける音環境
(4)低周波騒音に配慮した小児病棟の改修工事例
(3)人の心をとらえる音を音響学的に考える
(1)1/fゆらぎについて
(2)世界で一番美味しいバレンタインデーのチョコレート
(3)命ある音づくり
(4)ある家族の力
(1)高度難聴をもつ児への家族ぐるみの取り組み
(2)家庭における有効な音刺激の工夫
 
シンポジスト
「発達科学における光トポグラフィの役割」
1. (株)日立製作所 基礎研究所、2. (株)日立メディコ
牧 敦、平林由紀子、佐藤大樹、敦森 洋和、山下優一2、市川祝善2、小泉英明
 
 子を持つ親であれば、子供の能力をできるだけ伸ばしてあげたいと願うものである。しかし、現状では、能力を伸ばすにはとにかく訓練せよと言うほかはない。問題なのは、その訓練の方法や時期についての明確な指針が無いことである。例えば、羽の生え揃わない雛鳥に飛び方を教えようとしていないだろうか?身体的発達の段階に合わせた適切な訓練の機会を与えないと、全く無駄な時間を過ごすことになるばかりか、危険な状況を作り出してしまうこともありえるだろう。それでは、人として伸ばしたい能力とは何であろうか?ハワード・ガードナーは、7つの能力(言語能力・数的処理能力・空間処理能力・芸術能力・運動能力・他人とうまくやる能力・自己認識能力)を提唱している。仮に、これらを人として伸ばすべき能力とすると、身体の発達もさることながら、全ての能力に連関のある脳発達の把握はとても重要であることは言うまでもないだろう。脳の発達段階を客観的に把握できるようになれば、個々人の能力の伸長を図る訓練や教育方法が見えてくる可能性がある。一足飛びに実現することは難しいが、訓練や教育方法の策定は、発達研究が社会に貢献できるひとつの出口であろう。
 一方、これまで、脳の活動を画像として観察する、ニューロイメージングの手法がいくつか開発されてきた。現在、これらのニューロイメージング法を用いた発達研究の試みが、積極的に進められている。ニューロイメージング法は、従来の行動学的アプローチによって蓄積されてきた知見を、脳科学の立場から客観的に解釈する手段としての役割を担っている。これまでの行動学的手法によるアプローチは、刺激による反応時間など客観的な計測指標に基づいてはいるが、あくまでも入力(刺激)に対する出力(反応)を計測するものであり、入出力の中間にある内部のメカニズムについては、ブラックボックスのままであった。しかし、ニューロイメージング法を用いることによって、内部メカニズムとしての脳の働きを客観的に評価できるようになり、発達研究の間口が広がった。特に、近年開発された光トポグラフィ法は、乳児にも適用できるニューロイメージング法であり、乳幼児発達の研究に使われ始めた。本講演では、光トポグラフィの原理と、それを用いた新生児の言語機能の計測を中心に紹介する。
 
シンポジスト
「音楽療法の役割−音楽療法士の立場から」
(財)東京ミュージック・ボランティア協会 井上 聡子
 
 新生児の成長には、子供の持っているすべての感覚=「五感」を刺激し活用を促すことが大切です。難聴児に対してどのように「音」を伝えるか、音楽を使うことで、どのような効果が見出せるかは、ほとんど分っていませんでした。1997年にAABRの登場により、新生児聴覚スクリーニングが可能となり、新生児聴覚スクリーニングが始まりました。医療の現場で早期発見が可能になったことにより、音楽療法士として音楽療法での、「早期療育」の大切さを論証することは意義があると考えます。
 2000年6月より埼玉県立小児医療センター耳鼻咽喉科にて音楽療法の実施を始めました。音楽療法では、難聴と診断された子供達に音の振動を使って刺激を与えます。音楽を利用し脳への刺激や、模倣を提供することで情緒の発達を促し、子供は新しい事を学習します。また、家族が増えた喜びと育児への不安の中、難聴と告知を受けたご家族はこの子をどのように育ててよいのかを悩みます。「早期療育」の中で、難聴児への療育のみならず、ご家族にどのようなアフターケアーが出来るのかを考えることも大きな課題だと考えます。
 「療育音楽(音楽療法の一つの手法)」は、グループで行います。家族同士で情報交換出来るように促し、お互いの悩みを聞く、話す、そして少しでも音楽で発散していただく環境を作ることで、これからがんばって育てていこうという意欲を持っていただけるように構成されています。
 子ども達の成長は、親の大きな励みです。新生児聴覚スクリーニングで難聴を早期発見することは極めて意義の深いことですが、その後の療育について体制をきちんと整えることは大きな課題だと考えます。音楽療法士ができることは本当に少しのことかもしれませんが、現実に子育てをするご両親へ、音楽で楽しく発散してもらいながら、子ども達には、音楽を楽しんでもらえるよう「早期療育」の方法とあり方を共に考えていきたいです。
 
音楽療法風景
 
赤ちゃんの笑顔(療育音楽を始めて4回目頃)
 
埼玉県立小児医療センター
耳鼻咽喉科 安達 のどか
「スクリーニング後の療育―音楽療法と音源―」
 日常診療の現場で、きわめて早期に難聴が発見できた場合の対応方法は、その発見された施設、病院によって異なる場合が多い。我々の病院において、試行錯誤の末に現行している方法と療育の実際を紹介する。産科もしくは耳鼻科で自動ABRを施行し、明らかな両側高度難聴の場合の初めのステップは、その事実の説明である。両親に子供が難聴であることを告げる場合、少しでも不安材料を取り除くアプローチが必要である。なるべく十分な時間を設け今後の対応を具体的に明確に説明するよう心がけている。
 両側高度難聴の場合、超早期発見であり適切な対応が可能であることを説明する。今後のコミュニケーションの獲得方法として、口話、手話、人工内耳、補聴器がありいずれ選択していくこととなる。五感の中の聴覚は、他の感覚器と異なり一番早くから発生が始まり(胎生5〜6週頃)、一番遅く(1歳半頃)に完成される。その誕生から一歳半までは、聴覚は未熟であるため、あらゆる刺激による活性化が期待できる時期でもある為、当科において以下のような療育を実施している。
 療育の基本は、健全な母子関係の構築であり、大きく三つのポイントがある。第一は親の教育で、各1時間の講義の12回コースとなっており、内容は「難聴について」「ことばについて」「育児の仕方」「補聴器のこと」などである。第二は音楽療法で五感を使い脳を刺激するプログラムで、骨導補聴器を使用し全身を刺激させる。骨導補聴器を装用させることにより、胎内に近い環境が再現され脳が刺激される。第三は、補聴器の装用で超早期発見の場合は生後2ヶ月より骨導補聴器を使用開始し、その後もABR、COR、ASSRなどを用いて聴力を判定する。生後4〜5ヶ月より気導補聴器をフィッティング開始し、聴覚管理、診察、発達評価、育児支援なども同時に行っている。
 療育は、このように耳鼻咽喉科の医師のみに委ねられるべきものではなく、言語聴覚士、音楽療法士、聾学校教員、保健師、看護師及び関係行政機関など全てのコメディカル関係者と共にチームを組んで療育に当たっていくことが肝心である。


前ページ 目次へ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION