2.4 温熱指標
人間の温冷感、および快適感を左右する生理的要因は平均皮膚温および皮膚濡れ面積率であるといわれ、この2つの生理学的変量は人体と環境間の熱収支により決まる。環境側では気温、湿度、平均放射温度(MRT)、気流速の4つの気候要素が、人体側では代謝量と着衣量の2つの要因が重要であり、この6つを温熱要因と呼ぶ。平均皮膚温度、皮膚濡れ面積率はこれら温熱要因により決定されるので、最終的には、これら6つの温熱要素が人間の温熱感覚を左右することになる。
そして、これら6つの温熱要因を適宜組み合わせて、簡単なものから精巧なものまで、多くの温熱指標が提案されている。主観的指標とされるYaglouらの有効温度や熱平衡方程式に基づく指標としてGaggeによる作用温度や修正有効温度、FangarによるPMVおよびPPDなどがよく用いられている11),12)。
以下にこの研究で用いる温熱指標を述べる。
1)修正有効温度(CET)
周壁面(床、天井を含む)温度が体表面温度と異なると、人体と周壁の間に放射熱伝達が生じ、これが温冷熱感覚に及ぼす影響は非常に大きい。気温、相対湿度、気流速による温冷熱感覚の総合指標である有効温度において、気温の代わりにグローブ温度を用いてに放射の影響を加えたものが修正有効温度(CET)である。
2)PMV(Predicted Mean Vote; 予測平均申告)
Fangarが代謝量、着衣量をも含めた総合快適指標PMV13)を提案し、-3の寒いから+3の暑いまでの7段階で評価し、快適域の範囲として-0.5<PMV<+0.5を推奨している。ただし、この指標(ISO7730)14)は快適性の評価には優れているが、過酷な条件向きの指標ではない。PMVは次式で計算される。
PMV=(0.303e-0.036M+0.28){(M-W)
-3.05×10-3[5733-6.99(M-W)-Pda]
-0.42[(M-W)-58.15]
-1.7×10-5M(5867-Pda)
-0.0014M(34-Ta)-rclhc(tcl-ta)
-3.96×10-8rcl[(tcl+273)4-(tr+273)4]} (23)
ただし、trは平均放射温度(MRT)、rclは全体表面積に対する着衣面積の比である。
-1.0<PMV<+1.0の範囲では70%の人が満足を表明し、このPMV=±1.0の条件を(20)の人体蓄熱量と比較検討すると、熱不平衡量Sが約±29.0W/m2に相当する。また、人体が不快感なく耐えられる極限の熱不平衡量S=93.0 W/m2はPMV=3.0に相当している。ただし、これらの値は、推奨使用範囲(気流速1.0m/s以下、気温10〜30℃、平均放射温度10〜40℃、衣服熱抵抗1〜2clo、代謝量46〜232 W/m2)で計算した結果である。
3)湿球黒球温度(WBGT)
人体の熱収支に影響の大きい気温、湿度、放射熱による感覚指標で、気温(乾球温度)ta、グローブ温度tg、湿球温度twから次式により求められる15)。
・日射のある屋外:
WBGT=0.7tw+0.2tg+0.1ta [℃] (24)
・日射のない屋内外:
WBGT=0.7tw+0.3tg [℃] (25)
WBGTは熱帯地域における軍事訓練の限界条件を検討する目的で提案されたものであるが、現在では屋外ばかりでなく、鋳物工場、溶鉱炉、精錬所等の室内においても暑熱環境の検討に際しての標準尺度として推奨されている。なお、Table 1にISO724315)に規定されているWBGT熱ストレスの基準値を示す。
3 日射環境下の温熱環境評価
造船所外業工場における熱対策の検討や作業者の人体蓄熱量の予測を行うために、A造船所において、気温、相対湿度、日射量などの熱的環境計測および作業の様子、内容、その継続時間などの調査を行った。また、計測は、岸壁にて艤装工事中のバルクキャリアー(Lpp; 279m、B; 45m、D; 24.4m、載貨重量177,000ton)の高温環境となる上甲板において行った。
3.1 計測方法
暑熱環境の計測には以下の計測器・装置を用いた。
1)アメニティメーター(京都電子工業製AM-101):気温、相対湿度、気流速、平均放射温度(グローブ球で測定)を測定し、PMVを演算するポータブル型の温熱環境計測器である。
2)暑熱環境計(WBGT 計)(京都電子工業製WBGT-101):気温、相対湿度、黒球温度を測定し、人が感じる熱ストレスに影響の大きい湿度、輻射熱、気温の3つの因子による指標であるWBGTを演算するISO7243規定の温熱環境計測器である。
3)全天日射計(英弘精機製 MS-601F):波長範囲0.3μm〜3.0μmまでの任意の平面に到達する直達日射強度と散乱日射強度による全天日射強度を測定するための放射計である。
4)2次元放射温度計(日置電機製3460):物体から放射される赤外線エネルギー量を測定することにより、物体の温度を(8×8素子)により2次元的に測定するための計測器である。
また、上甲板において行われていた作業の様子やその姿勢、採られていた熱対策などをスチールカメラにより記録し、作業内容やその継続時間などをビデオカメラにより記録した。
3.2 計測結果
(1)アメニティメーターによる計測
計測当日はほとんど雲の無い快晴であり、上甲板における午前10時から午後3時までの気温、相対湿度、気流速、平均放射温度の変化をそれぞれFig. 1に示す。この日は平均放射温度が最高で99.9℃を記録するなど、日射の影響以外に、上甲板上が感覚的に非常に厳しい熱的環境であることを示している。
Table 1 |
Reference values corresponding to a given situation (ISO7243) |
Motabolic rate class |
Metabolic rate, M |
Reference value of WBGT |
Related to a unit skin surface area
W/m2 |
Person acclimatized/not acclimatized to heat
℃ |
0
(resting) |
M<65 |
33/32 |
1 |
65<M<130 |
30/29 |
2 |
130<M<200 |
28/26 |
3 |
200<M<260 |
No sensible air movement
25/22 |
Sensible air movement
26/23 |
4 |
M>260 |
23/18 |
25/20 |
NOTE - The values given have been established allowing for a maximum rectal temperature of 38℃ for the persons concerned.
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Fig. 1 Variation of weather conditions
(a) Air temperature [average: 35.3℃]
(b) Relative humidity [average: 49.3%]
(c) Air flow velocity [average: 1.6m/s]
(d) Radiative temperature [average: 63.7℃]
(2)WBGT計による計測
測定したWBGTをFig. 2に示す。その平均値は32.6℃であり、ISO7243の基準値また日本体育協会による指針において「運動は原則中止」とされている31℃を超えており、上甲板上は熱的に厳しい環境であることが分かる。
(3)全天日射計による計測
全天日射計により測定した全天日射量をFig. 3に示す。最高全天日射量は1036W/m2あり、大気圏外の日射量である太陽定数が1370W/m2であることを考えれば、非常に日射の強い日であったことが分かる。図において、急激に全天日射量が減少している箇所は雲およびゴライアスクレーンや作業中の機材の影、もしくは作業者の影によるものである。
Fig. 2 Variation of WBGT
Fig. 3 Variation of skylight radiative heat
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