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労働安全のための日射下の温熱環境評価と熱対策に関する研究
(その1 暑熱環境と人体蓄熱)
正員 福地信義*  正員 竹内 淳**
 
* 九州大学大学院工学研究院
** 九州大学大学院工学府(研究当時、現在IHI-MU)
原稿受理 平成17年5月30日
 
A Study of Thermal Stress Based on Metabolic and Radiation Heat for Improvement of Working Environment in Exposed Spaces
(Part 1 Aspects of summer heat and storage of body heat)
by Nobuyoshi Fukuchi, Member
Jun Takeuchi, Member
 
Summary
 As a recent tendency to take high interest in the environmental problem, the time has come to reconsider the present working conditions. The thermal environment at an exposed working place in a hot season with skylight should keep within the thermal limitation of human body, considering the metabolic heat and radiation heat. Otherwise, the storage of body heat accumulating during an operation has an effect on deteriorating the work efficiency and the deficit of attention. In case of severe conditions beyond the criterion of thermal environment, some countermeasures such as the use of sunshade or cooling fan need to be taken adequately. Then, the relation between the heat storage of body during work and the environmental factors has to be clarified reliably corresponding to the magnitude of working load.
 In order to grasp this relation, the formula of heat storage of human body considering the effect of sunshine is established, and the experiment in the exercise using an ergo-meter is carried out with measuring the temperature of body skin under sunshine environment. Moreover, the working conditions on the upper deck of a building ship are measured to investigate the actual situation of working environment. And it attempts to examine the thermal criterion of working environment by merging these results.
 
緒言
1.1 はじめに
 造船工場での作業は一般に夏季には厳しい熱的環境下に曝され、人体の産熱・放熱の不平衡による蓄熱のために作業効率の低下、注意力低下による労働災害の生起、さらには熱中症の発症も起こり得る。特に、日射のある環境では熱的に厳しい状態に陥ることも考えられ、許容できる温熱環境を確保できない場合には、人体を熱的許容限界内に維持するための暑熱対策が必要となる。日照下の作業では、日除けや冷却ファンなどの熱対策が考えられるが、そのためには生産計画時に種々の環境要因や温熱要因が人体に与える熱的影響を把握して、適切かつ効果のある温熱対策を行うことが不可欠である。
 本研究では、まず造船所外業現場の熱的な環境調査を行ってその実態を把握するとともに、エルゴメーターを用いた作業負荷や環境要因に応じた人体の皮膚温度を計測し、人体の熱平衡方程式から人体蓄熱量を計算した。また、日射のある暑熱環境下での作業において代謝量、局囲温湿度、衣服抵抗などの熱的要因と人体の熱平衡との関係を調べた。さらに種々の環境・温熱要因と作業許容限界の判断指標となる人体の蓄熱量との関係を明らかにして、暑熱環境下の作業における熱的安全性を評価する指標について考察した。
 
1.2 暑熱環境下の労働安全と熱中症
 暑熱環境下に曝されたり、あるいは運動などによって人体内部で多くの熱を発生させるような条件下にある場合には熱中症が発症し、体温を維持するための生理的な反応により生じる失調状態から、全身の臓器の機能不全に至る病態を生じると云われている。労働中の熱中症ついては、暑熱環境下での作業の危険性について認識がないまま作業が行われることに原因があり、適切な休憩時間、水分・塩分等の補給、作業者の健康状態の把握などが必要である。したがって、事業者および労働者1人1人に熱中症の予防に対する基本的な知識を持たせ、必要な熱対策を講じることにより、熱中症やそれに伴う様々な事故の発生を防止することができる。
 熱中症1)は、軽症度では四肢や腹筋などに痛みを伴った痙攣があり、さらに失神に至るが、他に脈拍が速く弱い状態になり、呼吸回数の増加、顔色が悪くなる、唇がしびれる、目眩なども見られることがあり、この時点に至る前に作業を中止しなければならない。これを超えると、脱水と塩分などの電解質が失われることで抹消の循環が悪くなり、極度の脱力状態となって、目眩感、疲労感、虚脱感、頭重感(頭痛)、失神、吐き気、嘔吐などの症状が発生すると云われている。
 また医学的には、1)病態生理学的に体温調節機構の失調、体温または脳溢の上昇を伴う中枢神経障害が原因の“熱射病”、2)大量の発汗による塩分喪失に対して補給不足によって起こる“熱痙攣”、3)、皮膚血流量が増加し、代償的に心拍数が増加して一定限度を超えたときに起こる循環障害を主体とする“熱虚脱”、および4)大量の発汗で血液が濃縮し、心臓の負担増大や血流分布の異常が起こる“熱疲労”に分類されており、それぞれの症状に応じた処置と発生防止策が必要である1)
 
2 人体に及ぼす温熱要因と人体熱平衝方程式
2.1 人体の熱収支
 人体は発熱体であり恒温体である。体内で産出した代謝熱を仕事(行動)、呼吸による放熱、皮膚から衣服を通しての対流・放射により外部環境に逃がして熱平衡を保ち、人体基幹部の体温を一定に保っている。この熱平衡が崩れ、蓄熱がプラスに向かった時は発汗などの放熱を促す現象が起こり、逆にマイナスに向かった時はふるえなどの産熱を促す現象が生じる。したがって、人体蓄熱量が0に近い時が人体にとって快適な環境であり、これを外れるほど人体に激しい環境になると云える。
 この人体と環境との熱交換に影響を与える要素をここでは環境温熱要因と呼び、その主要因は代謝量、着衣量、環境温度、環境湿度、気流速、放射温度である。
 
2.2 人体温熱要員と環境要因
 人体の発熱要因は代謝量のみであり、この量を表すにはMet (Metabolic equivalents)を用いる2)。椅子に座った安静状態を基礎代謝といい、この状態を1Metの単位で表し、58.2W/m2に相当する。作業・運動時の代謝量は、およそ軽作業70 W/m2(1.2Met)、一般作業140 W/m2(2.4Met)、重作業210 W/m2(3.6Met)程度となっている。
 高温時の体温調節における自律性調節反応での人体冷却の制御方法としては、発汗反応と皮膚血管反応がある1),3)。発汗反応は人体表面上に発現する冷却現象であり、安静時で665 W/m2および運動時で1789 W/m2にもなる。これに対し、皮膚血管反応は、皮膚血管を拡張・収縮し皮膚血流を増減することにより深部熱の皮膚表面への熱輸送を増減する反応である。
 体温調節における自律調節反応以外に、衣服の脱着などの行動性の調節がある。衣服はクロー[clo]値と呼ばれる熱抵抗で表され4),5)、1cloは21℃の静穏な室内で椅子に座っている状態(代謝量1.0Met)で快適さを保てる衣服の熱抵抗であり、1clo=0.155m2・K/Wである。clo値の程度としては、典型的な真夏の衣服「ブリーフ・パンツ・半袖の袖なしシャツ・薄い靴下・サンダル」で0.3cloであり、重厚なビジネススーツ「長袖・長ズボンの綿製下着・シャツ・上下のスーツ・ジャケット・チョッキ・毛糸の靴下・重厚な靴」で1.5clo程度である4)
 なお、clo0値の推測方法として重量による推測方法があり5)、例えば男性用衣服では、
[重ね着clo値]=[衣服重量合計(g)]×0.00058+0.068 (1)
で表される。例として、日射環境下での蓄熱に関する実験では、作業服(上下)1040g、下着220g、靴400gの計約1660gとなっている。これより、実験時のclo値≒1.03[clo]となり、計算においてはclo値を1.0とした。
 人体に熱的影響を及ぼす環境要因3)には、環境気温、環境湿度(相対湿度)、気流速(風速)、日射による放射、壁や床の温度に依存する周囲からの熱放射などの他、雨による濡れなども考えられる。ここでは日射のある暑熱環境下での作業を対象とするため、雨による濡れについては考慮しない。
 
2.3 人体熱平衡方程式と蓄熱量
 人体の熱平衡方程式は代謝量Mに対し、外へなす仕事W、呼吸による対流と潜熱放熱(Cres+Eres)、皮膚からの対流と輻射放熱(C+R)、そして不感蒸泄と発汗などによる皮膚表面の濡れによる潜熱放熱Eskの合計が平衡する式で表される6),7),8)
M=W+Cres+Eres+C+R+Esk [W/m2] (2)
 しかし、暑熱環境下での作業では人体に照射される日射熱量を加算する必要があり、本研究では(2)の左辺に日射熱量Esunを加えて計算を行った。
M+Esun=W+Cres+Eres+C+R+Esk [W/m2] (3)
 なお、(2)、(3)式において各要因の負値は外部からの受熱を意味する。
 この熱平衝方程式より、体内の熱不平衡量をSとすると次式で表され、熱の平衡がとれている場合にはSは0となる。
S=M(1-ε)-Cres-Eres-Esk-(C+R)+Esun [W/m2] (4)
 ここで、εは代謝量と作業量の比W/Mで表される作業の効率である。西ら9)が行った負荷W=29.7W/m2に調節されたエルゴメーターを使用した実験では、代謝量M=164W/m2の関係になっており、ここではこの比をとってε=0.18程度とみなす。
 (4)式の各項目を個別に見ていくと次のようになる。
(1)呼吸気道からの対流熱伝達Cresと蒸発潜熱Eres
 呼吸量が代謝量に比例するものとして次式で与えられる。
Cres=0.0014M(34.0-Ta) [W/m2] (5)
Eres=1.73×10-5M(5867-Pda) [W/m2] (6)
 ここで、Pdaは露点温度における飽和水蒸気圧[Pa]であり、Pda=Pa・RHで表される。Paは環境温度における飽和水蒸気圧[Pa]、RHは相対湿度[無次元;n.d.と記す]、そしてTaは環境温度[℃]である。環境温度から飽和水蒸気圧を求めるには次式により0〜40℃の範囲において±3Paの精度で求められる。
Pa=133.3exp[18.67-4030/(235+Ta)]  [Pa] (7)
 
(2)対流熱伝達Cおよび放射熱伝達R
 対流熱伝達Cと放射熱伝達Rは作用温度T0およびclo値で表した衣服の熱抵抗Icloを用いて次式で表すことができる。
C+R=h(Tsk-T0)Fcl [W/m2] (8)
 ここで、hは総合熱伝達率であり、対流熱伝達率hcと放射熱伝達率hrの合計であり、放射熱伝達率は人体表面温度と環境の平均放射温度の差が30℃程度までは、hr=4.652W・m-2・℃-1で与えられている。また、Fclは衣服の放射と対流熱伝達への影響の度合いを表す伝熱効率であり、次式で計算できる。
Fcl=1/(1+0.155・h・Iclo) [n.d.] (9)
(3)皮膚表面からの蒸発潜熱Esk
 衣服を着用した人体の皮膚表面からの最大の蒸発放熱Emaxは、衣服の熱抵抗と透湿抵抗および発汗、不感蒸泄が関係し、次式で与えられる。
Emax=he・Fpcl(Psk-Pda) [W/m2] (10)
 ただし、Pskは皮膚温度Tskでの飽和水蒸気圧[Pa]である。ここで、蒸発熱の放熱量は発汗量に支配され、発汗が起きていない場合には濡れ面積率Wrswが0になるが、不感蒸泄があることから蒸発熱の拡散は0とならず、不感蒸泄による放熱はEmaxの6%、発汗によるものを94%とする。したがって、皮膚表面からの蒸発によるEskは濡れ面積率Wrswを考慮して次のように表す。
Esk=α(0.06+0.94Wrsw)Emax
=0.0165α(0.06+0.94Wrsw)he・Fpcl(Psk-Pda) [W/m2] (11)
 ただし、αは衣服を通した蒸発潜熱の放出に関する修正係数であり、(4)式において極めて快適な状態を想定しS=0となるよう値を決め、α=0.25とした7)
a)熱伝達率he
 大気圧のもとにおける蒸発に伴う熱伝達率heは次式で与えられる。
he=0.0165・hc [W/m2Pa] (12)
 ここに、hcは対流熱伝達率であり、気流速や放熱体の形や大きさによって異なる。ここでは、より大きい気流速にも対応できる、気流va[m/s]に向かって速度vfw[m/s]で歩行する場合の西らの実験式9)を用いる。
hc=8.61vfw0.53+1.93va0.86 [W/m2K] (13)
b)透湿効率Fpcl
 皮膚表面で蒸発した水分が衣服を透過するときの影響は、衣服の熱抵抗Icloと環境の対流熱伝達の関数として、西らが衣服の透湿効率Fpclを次のように9)誘導している。
Fpcl=1/(1+0.143hc・Iclo) [n.d.] (14)
c)濡れ面積率Wrsw
 濡れ面積率Wrswは皮膚温度Tskの関数で次のように表される。
Wrsw={(Tsk-32.5)β+0.5}/{2.5a+(35.5-Tsk)}
(0≦Wrsw≦1) [n.d.] (15)
 ここに、βは気流速にわずかながら依存する係数であるが、経験的に約0.7で代表することができる。濡れ面積率Wrswは、不感蒸泄などにより常に若干の濡れがあり、0.06≦Wrsw≦1となる。
(4)日射熱量Esun
 日射による熱量Esunは、人体に照射される日射量Jman温度換算分ΔTsrで表し、次式を(8)式に含まれる作用温度T0に加算することで、一般にはその影響を取扱っている10)
ΔTsr=η・Jman/(hr+hc) [℃] (16)
 ここで、ηは衣服の吸収率である。
 しかし、本研究では日射による影響を精確に算定する必要があり、人体に照射される日射量と衣服および人体との間の影響を考慮して次式のような日射熱量Esunの項を新たに導出し、(2)式に算入した。
 
 
 ただし、Csは黒体の放射定数5.67×10-8W・m-2・K-4、εclは衣服の放射率[n.d.]、εbodyは人体表面の放射率[n.d.]、Tskは皮膚温度[℃]、Tclは日射の影響を受けた衣服温度[℃]である。Tclを日射の影響を受けていない衣服温度[℃]およびΔtclを日射による衣服温度の増加分[℃]とすると、Tclは次のように表される。
 
 
ここで、hclは衣服の比熱[J・kg-1・℃-1]、ρは衣服の密度[kg/m3]、δは衣服の厚さ[m]である。
tcl=(Ta+Tsk)/2 [℃] (19)
(5)人体蓄熱量
 以上、(5)〜(15)式および(17)〜(19)式をまとめて(4)式を書き改めると、人体熱平衡方程式は次式のようになる。
 
 
 蓄熱量Hsは不平衡量Sの時間積分となり、次式となる。
 
 
 安静状態から作業開始した場合、作業の各ステージ間で環境要因や熱的要因に変化が少ない場合には次式で表される。
 
 
 ここに、Si、Tiは作業ステージiの単位時間当たりの蓄熱量および継続時間である。
 人体蓄熱量には限界値があり1)、これを超えないように蓄熱の抑制を行うには、1)気温、平均放射温度、気流速を調整する、2)作業負荷を減らして代謝量を減少する、3)作業間に休憩を取る、などの暑熱対策があり、これらの効果を推定するのに、以上の式を用いる。


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