4. ヒュームの流動・拡散解析
4.1 解析モデル
ヒュームは固気混相流であるが、一般に内業工場で労働安全上問題となるヒュームは極微細粒子であり、ヒューム粒子は空気流により輸送されるので、換気流の解析にはヒュームの存在により空気の密度と浮力が変化する気相流として取り扱う。
閉鎖領域における自然対流が支配的な高Rayleigh数(Ra=Gr・Pr: GrはGrashof数、PrはPrandtl数)の非圧縮性乱流場での熱・ガス拡散解析法としては、アンサンブル平均操作によるレイノルズ平均モデルの一つの渦粘性モデル(k-ε)および空間フィルターをかけた格子平均モデルが考えられる。本研究では、工学上乱流の微細運動構造より状態量の時間的平均を知れば十分であること、およびレイノルズ平均モデルの中で解の安定性を考え、渦粘性(k-ε)モデルを用いる。なお、乱流解析については、付録“換気流に関する乱流熱・ガス拡散解析”において詳述する。
解析対象としては、内業工場のNC切断ラインの区画とし、これらの溶接・切断作業の環境を調べた。なお、立体ブロック内のヒューム流動状態は、ブロック形状、開口位置、ファンの配置などの構造形態・換気条件により異なり多岐にわたるために、局所換気による環境改善対策と合わせて次号にて報告する。
4.2 全体換気システムによる環境改善
(1)計算条件
計測により内業工場内各作業ステージにおいてヒュームの発生量が多く、その濃度が比較的高いと判明したNC切断ライン付近について数値解析を行った。計算では(88×85×20)の不等間隔差分格子を採った。なお、解析モデルの寸法とNC切断機等の配置はA造船所の内業工場の一部を模しており、換気ファンは天井凹部に設けられている。解析モデル概要、形状と寸法をFig. 11に示す。
解析条件として、内業工場の隅部で稼動しているNC切断機(4台)の総発熱量を1.6×105(W)、および切断ヒュームの総発生量を7.8×10-3(kg/sec)と設定し、天井低部に風量7.3(m3/sec)の換気ファン(6台)が取り付けられた場合を標準として計算を行った。また、空気密度を1.225(kg/m3)、ガス(ヒューム)密度を1.274(kg/m3)とし、X1軸に45°の向きに2(m/sec)の風が吹いている場合について解析した。
Fig. 11 |
Geometry and coordinate system of fabrication shop for calculation |
(2)高さ方向のヒューム拡散と解析法の妥当性
NC切断ラインにおける切断ヒューム濃度の垂直方向分布を、計測結果に解析結果の一部(計測箇所に対応した箇所)を加えてFig. 3に示す。解析結果は内業工場内低層部分(6m以下)において計測結果とほぼ一致している。しかし、作業者の動きによる乱れがある極低層部分およびクレーンの移動による攪拌がある中層部分(6m〜12m)においても計測結果の方が高くなっている。
労働環境上問題となる労働者の作業域においては溶接・切断ヒューム濃度の計測と解析の結果は概略一致しており、渦粘性(k-ε)モデルを用いたヒューム拡散の数値解析法は本研究では有効と考えられる。
(3)全体換気システムの改善
a)ファンの増設による換気
現状のファン(標準)およびファン容量を2倍、5倍に増加した場合について計算し、解析位置A(作業点近傍)および解析位置B(作業点から20m程度)における鉛直方向のヒューム濃度をFig. 12およびFig. 13に示す。Fig. 12より、工場天井付近ではファンを増設する程その換気流によりヒュームが吸い上げられてヒューム濃度は高くなっており、排出しきれなかったヒュームがファン付近に滞留していると考えられる。一方、作業域である工場低層(6m以下)ではファン容量を増す程ヒューム濃度は下がり、労働環境は改善している。また、Fig. 13では、ファンを増設した方が天井付近のヒューム濃度は減少しており、発生したヒュームが工場天井に沿って広がる範囲が狭くなっている。これより、上層空気との熱交換による冷却で起こる固相分離に伴う粉塵降下量が減り、その範囲も狭くなって労働環境を改善することができる。
内業工場全体の流線とヒューム濃度0.5(mg/m3)以上の範囲をFig. 14に示す。この図と解析結果の知見より、ファンを増設するとヒュームは発生直後には上昇遠度が速くなるが、ヒュームの拡散伏態にはあまり差異がなく、ファンの増設は工場内作業域でのヒューム濃度低減にはあまり大きな効果はないと云える。ただし、天井に滞留しているヒュームを降下させずに工場外へ排出するためには役に立つ。
Fig. 12 |
Distribution of fume concentration along height at point-A in varying capacity of ventilation fan |
Fig. 13 |
Distribution of fume concentration along height at point-B in varying capacity of ventilation fan |
b)ブロック搬送ドアおよび側壁窓の開閉による換気
ヒュームの発生源である自動切断機が稼動し、工場側壁の小窓が閉鎖状態において、ブロック搬送ドア(幅10m×高さ6m)および工場側壁の上部に設けられた4連の大窓(各幅10m×高さ4m)を閉鎖または開放した場合について換気流の解析を行った。なお、いずれの場合にも天井部の換気ファンは作動しているものとする。
Fig. 14 |
Diffusing aspects of metallic fume depended on capacity of ventilation fan |
Fig. 15 |
Stream line and fume concentration depended on large door and upper windows |
(a) Large sliding door and Upper windows: Closed
(b) Large sliding door and Upper windows: Open
ドアと4連窓の閉鎖および開放状態における流線とヒューム濃度0.5(mg/m3)以上の範囲をFig. 15に示す。これらより、ドア・大窓閉鎖の場合にはヒュームは工場内に広く拡散して天井ファンにより吸い出されるのに対し、ドア・大窓開放の場合には吹き込まれた外気流がヒュームを搬送して天井ファンヘの流れを撹乱し、ヒュームの発生源付近の工場隅部に滞留が起こり、ヒューム濃度が高くなるのがわかる。一方、窓の開放により上昇ヒュームと高濃度の天井付近のヒュームを直接排出できて、全般換気としては有効であると云える。
これらより、天井部の換気ファンと併用して、工場建屋の開口を利用した自然換気がヒューム濃度の低減には効果的であることがわかった。そのためには風の向きや強さを十分に考慮した開口の開閉による空気流のコントロールが必要である。
5. 結論
労働環境の改善を目的として、溶接・切断作業区画におけるヒューム流動・拡散状況を計測し、また、乱流熱・物質拡散解析により、内業工場内を対象としたヒューム拡散状態の把握を行って以下のことを明らかにした。
1)溶接・切断ヒュームの大部分が吸入性粒子である。そのうち健康被害の可能性がある粒子の構成比は、溶接点から離れた箇所では1/5程度および切断ヒュームについては1/3程度となっている。一方、溶接作業点近傍のヒュームは0.5〜2.0μmの健康に影響する粒子の構成比が高い。
2)切断ヒュームは微細で高温のために上昇拡散性が強くて天井付近ほどヒューム濃度が高くなるが、天井換気ファンや開口部からの気流によりヒューム濃度を低減することができる。
3)溶接ヒュームは切断ヒュームより重いために工場中層に漂うが、夏期と冬期で高さが異なる。このため排気口の高さ位置に工夫が必要である。
4)小組立ラインや平行部パネルラインでは溶接ヒュームの平均濃度は比較的低いが、局地的に高濃度のヒュームの曝露を受ける可能性がある。これには局所換気により対処できる。
5)二重化立体ブロック内における溶接作業中のヒューム濃度は許容濃度を大幅に超えており、局所換気システムの導入や防塵マスクなどの個人防護対策が不可欠である。
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