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3.3 静的負荷解析結果
 まず,静的負荷解析でスロープを上る姿勢U1,U2について解析を行った。肩と膝に働くトルク(左右の平均値)をPercent Capable(p.C.)で表示しFig. 7,Fig. 8に示す。p.C.は既述のごとく計算された負荷(関節に働くトルク)に耐えられる人口割合であり,性別や年齢別による区分はなく,米国内で得られた一般的な統計量であるが,ここでは比較検討のためこれを用いることにする。
 Shoulderに作用するトルク(Fig. 7)については全般的にRotation(腕の前後回転)ではp.C.はさほど低くないが,Abd/Add(Abduction/Adduction; 腕の内転/外転)ではスロープ角度が大きくなるとかなり低い値となっており,特に,U2(腕を伸ばして押す場合)に厳しいことがわかる。Kneeでも(Fig. 8)U2が厳しく,スロープを上る動作ではU1(肘を曲げて押す)姿勢が良いことがわかる。この場合,前述したスロープ角8.5度ではShoulderとKneeいずれも97%程度である。両図より,スロープ角度が10度を超えるとかなり厳しくなり,15度ではU1の場合でも10〜15%の人が耐えられないことがわかる。
 
Fig. 7 Torque on shoulder (downward)
 
Fig. 8 Torque on knee (downward)
 
 次に,スロープを正面に向いて下りる場合の負荷をFig. 9,Fig. 10に示す。スロープ角8.5度ではShoulderのp.C.が97%,Kneeでは94%である。スロープが10度を超えるとKneeのp.C.は90%以下となり,この附近が限界と思われる。
 
Fig. 9 Torque on shoulder (upward)
 
Fig. 10 Torque on knee (upward)
 
 また,スロープを下りるときに,正面を向いて下りる場合(D1)と背面を向いて下りる場合(B1)の負荷を比較した結果をFig. 11,Fig. 12に示す。Shoulderではスロープの緩やかな場合はD1とB1とであまり差はなくスロープ角8.5度で97%程度であるが,Kneeでは差が生じD1の方が低くスロープ角8.5度で93%となっている。ShoulderとKneeで傾向は多少異なるが,厳しい方の後者で考えると,スロープが大きくなるにつれ,後ろ向きで下りる方が望ましいといえる。なお,この場合もスロープが10度を超えるとかなり厳しいことがわかる。
 
Fig. 11 Torque on shoulder (downward)
 
Fig. 12 Torque on knee (downward)
 
3.4 介助者のエネルギー消費
 渡橋の全長25mを前述の荷重を受けながら1.5min(1km/h)で渡るとし,U1姿勢についてエネルギー消費率を求めた。結果をFig. 13に示す。図より前述の許容値3.35 Kcal/minはスロープが8度に相当し2章で述べた8.5度がほぼ上限であることがわかる。
 
Fig. 13 Energy expenditure
 
4. 結言
 カーフェリーに車椅子で乗下船する場合,浮き桟橋と岸壁間の渡橋上の走行が,介助者にとって身体的負担が大きくなることに着目し,ディジタルヒューマンモデルによる生体力学的解析を行った。得られた結果は以下の通りである。
(1)スロープ上の車椅子を押し上げる動作では,膝にかかる負荷がスロープの角度とともに大きくなり15度では10〜5%の人がこれに耐えられない。この場合,介助者は肘を伸ばすよりも肘を曲げて押す姿勢が,肘や肩への身体的負荷が少ない。
(2)スロープ上の下降では,同じく腕を曲げ後ろ向きに下がる方が身体負荷は少ない。この場合もスロープ角10度がほぼ限界と思われる。
(3)上記動作でのエネルギー消費率はスロープの勾配に比例して大きくなり,高齢女性では8度が限界であることがわかった。この値は,広島湾での最大干満差に相当する。
 旅客船のバリアフリー化の法整備が進み,船内設備は改善されつつあるが,その周辺設備についても検討が望まれる。本稿がその一助となれば幸いである。
 
謝辞
 本研究に関連しご協力頂いた大昭汽船(梅比良会長),芸備商船(田中次長),内海造船(野嶋副参事)および交通エコロジー・モビリティー財団に謝意を表します。
 
参考文献
1)交通エコロジー・モビリティ財団: 旅客船バリアフリー〜設計マニュアル, 平成12年12月
2)伊藤, 桑名, 小松原(編): 人間工学ハンドブック, 2003, pp.807-818
3)(社)広島県清港会広島支部, 広島海上保安部: 広島の潮汐, 平成15年9月〜平成16年8月
4)交通エコロジー・モビリティ財団: 公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン. 平成13年8月
5)奥本, 村瀬, 宮越: バーチャルヒューマンモデルによる作業性, 安全性の研究−第一報 溶接作業時の人体負荷について−, 日本造船学会論文集 第187号, 2000, pp.383-393
6)A.Garge, D.B.Chaffin, and G.D.Herrin: Prediction of Metabolic Rates for Manual Material Handling Jobs, American Industrial Hygiene Association Journal, (39),8/78, pp.661-675
7)M.S.Sanders and E.J.McCormic: Human Factors in Engineering and Design, Seventh Edition, McGraw-Hill, Inc., pp.245
8)伊藤, 桑名, 小笠原(編): 人間工学ハンドブック, 2003, pp.272
9)(株)カワムラサイクル: 車いす総合カタログVol.10, 2003, pp.86


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