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カーフェリー乗下船時の車椅子介助者の身体負荷
正員 奥本泰久*  高柴克俊*
 
* 近畿大学工学部
原稿受理 平成17年1月25日
Physical Burden of Wheelchair Helper at Getting on/off a Car Ferry
by Yasuhisa Okumoto, Member  Katsutoshi Takashiba
 
Summary
 Recently, the user-friendly and human-based thoughts have been emphasized in design and development for many kinds of products. This idea is spreading widely in the social welfare system, and "universal design" or “barrier free" is taken into the product design. On ship design, the law of "traffic barrier free" is instituted, and the application of the barrier free standard based on this has been imposed for the passenger ships of 5 gross tonnage and over. Hence, the authors have investigated the car ferries sailing in Seto Inland Sea from the viewpoint of this barrier free, and it was concluded that the physical burden was especially high for old or handicapped people when passing on the slope of a boarding bridge, especially for the helper of a wheelchair user. Since the slope may incline steeply by the tide of sea, the body burden of the wheelchair helper is anticipated to be larger. This paper carried out the biomechanical analysis using the virtual human model at that situation, and showed the body burden of a wheelchair helper in this slope of boarding bridge.
 
1. 緒言
 近年,製品の設計・開発に際しては,これまでの性能面を重視したハード寄りの立場から,ユーザーの視点に立ったいわゆる「ユーザビリティ」の思想が重要視されつつある。この考えは商品開発をはじめ,社会システム全般に広がりつつあり,バリアフリーやユニバーサルデザインが注目され,各種の法整備も進んでいる。船舶に関しては,交通バリアフリー法(法律)が制定され,これに基づくバリアフリー基準(省令)にて,総トン数5トン以上の旅客船に,バリアフリー基準の適用が義務づけられている1)
 バリアフリーとは「障害を持つ人々(高齢者や妊婦などを含む)が自分の意志で自由に活動できる環境」といわれ,「高齢者,身体障害者などが円滑に利用できる特定建築物の建築促進に関する法律(ハートビル法)」として平成6年に制定された。また,ユニバーサルデザインは「健常者ばかりでなく,高齢者や障害者などを含めた全ての人々が出来るだけ使えるように配慮されたデザイン」といわれる。これには7つの原則(誰でも公平に使える,柔軟な使用が出来る,簡単で直感的に使用出来る,情報が認識しやすい,誤操作に寛容,身体負担が少ない,アクセスが容易)がある2)。著者らはこのうちのユーザーの身体的負担に着目し研究を行った。具体的には,(研究の便宜上)近隣の瀬戸内海を航走するカーフェリーに乗船し,高齢者や身障者およびそれらの介助者にとって身体的な負担が大きくなるケースや設備を調査した。その結果,船と岸壁または浮き桟橋と岸壁とをつなぐスロープ(通常,渡橋)が,潮の干満によって急勾配になることがあり,このスロープ上の通行が車椅子介助者にとって身体負荷が大きいことがわかった。
 通常,車椅子利用者が乗船する場合,自走は困難で介助者に依存しており,介助者も高齢者が増加している。本稿はこれらに対し,ディジタルヒューマンモデルによる生体力学的解析を実施し,このスロープ渡橋通行時の車椅子介助者の身体負荷を検討したものである。
 
2. カーフェリーの実船調査
2.1 交通バリアフリー法
 交通バリアフリー法は,平成12年「高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」として制定されたもので,鉄道車両,バス,旅客船,航空機などを新たに導入する場合,駅,バスターミナル,旅客船ターミナル,航空旅客ターミナルなどの旅客施設を建設する際の規定である。対象者は高齢者(65歳以上),身体障害者(車椅子使用者,肢体不自由者,視覚障害者,聴覚・言語障害者,内部障害者),妊産婦,けが人である。
 これに基づいて,平成12年省令「移動円滑化のために必要な旅客施設及び車両等の構造及び設備に関する基準」の第41-45条で,平成14年5月以降新たに供する船舶(5GT未満を除く)に対し規定がなされた。同年,交通エコロジー・モビリティー財団による「旅客船のバリアフリー化に関する基準検討会」が設置され,「旅客船バリアフリー〜設計マニュアル」が作成された1)。現在建造のカーフェリーはこのマニュアルに準じた設計がなされている。これには,乗下船(ターミナル),バリアフリー対応客室・便所,船内移動設備(通路,階段,エレベーター)などに対し,車椅子利用者や視覚障害者に配慮した構造・設備を設けるよう規定されている。構造に係わる主なものは,
(1)車椅子スペース
(2)バリアフリー客室,便所
(3)船内移動(通路幅,手摺,敷居高さ,ドア幅,段差,床勾配)
(4)エレベーター,エスカレータ
などである。
 
2.2 乗船調査
 最初にバリアフリー船の実情を把握するため,現在就航中または建造中のバリアフリー適合船の調査を行った。近隣のフェリーを対象とし,Table 1に示すように,広島市宇品港から島嶼部に航行する船舶2隻,および柳井−松山航路,鳥羽−常滑航路のカーフェリー,合計4隻である。前2隻は航続距離が短いこともあってバリアフリー旅客室が車両甲板にあるが,他の2隻は客室甲板上にあるため階段昇降装置(リフター)およびエレベーターが装備されている。この内,広島−江田島航路について,表のバリアフリー適合船の乗客にアンケートを実施した。結果をTable 2に示す。午前中の3便に乗船し,合計53人に回答して貰った。利用者は20,30代と50代が多く,主に通勤客であった。桟橋やランプの通行で,きついと感じたり(8件)危険を感じた(14件)という回答があったほかは客室やトイレに関する不満が多く出ている。今回は車椅子利用者は無く,高齢者や障害者が比較的少ないこともあり,旅客船バリアフリーの規則に関する不満は少なかった。
 これらの実船調査やアンケート調査結果,車椅子での船内移動には,高齢者・障害者および介助者いずれにとっても現行の規則を適用すれば大きな問題点はないと考えられるが,車椅子利用者に対しては乗降時に介助者が必要で,この介助者の身体負荷が大きいことが予想された。
 通常,島嶼周りのフェリーは,Fig. 1に示すように岸壁−渡橋(Bridge)−浮き桟橋(Floating bridge)−エプロン(Apron)−船内の経路で乗下船するが,潮の干満によって渡橋が急勾配になることが予想され,特に,干潮時カーフェリーから乗下船する場合に車椅子介助者にとって身体の負担が大きくなると考えられる(満潮時には浮き桟橋がほぼ岸壁高さになり勾配は少ない)。
 
Fig. 1 Boarding route to a car ferry
 
2.3 スロープの勾配
 広島湾に於ける潮汐表3)によれば2003年9月〜2004年8月の統計結果(発生頻度)はFig. 2のようになり,平均2.24m,最大3.72mの高さが得られた。浮き桟橋の高さ変化がこの値と仮定すれば,スロープの長さ25mに対し最大勾配は1/6.7(8.5°)となる。
 
Fig. 2 Statistics of tide (Hiroshima bay)
 
Table 1  Principal particulars of car ferries of barrier free
航路 GT 定員 L(m) B(m) 階段
A 広島−江田島 375 300 43.66 10.5 -
B 広島−三高 387 300 49.9 11 -
C 柳井−松山 450 150 55 11 階段昇降機
D 鳥羽−常滑 2370 500 73.3 13.6 エレベーター
 
Table 2 Results of questionnaires
(1)年齢・性別
10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 未記入
男性 0 6 2 5 6 3 2 0 0 24
女性 3 7 8 5 6 0 0 0 0 29
53
 
(2)フェリーの利用回数(1カ月)
1回 2回 3回 4回 8回 12回 15回 20回 25回 毎日 その他
5 2 1 2 2 1 4 19 8 6 3 53
 
(3)利用目的
通勤 通学 通院 娯楽 買い物 その他 未記入
36 4 1 2 2 8 0 53
 
(4)利用形態
徒歩 自転車 車いす その他 車or歩 バイク 未記入
37 5 10 0 0 0 1 0 53
 
(5)桟橋について
 坂がきつと感じるか
大変ある ある 普通 ない 全くない 未記入
3 5 14 26 5 0 53
 
 危なかったこと
はい いいえ 未記入
14 39 0 53
 
(6)ランプ
 危なかったこと
はい いいえ 未記入
2 51 0 53
 
(7)客室・トイレ・その他
 客室に満足か
大満足 満足 普通 不満 大不満 未記入
2 2 37 8 4 0 53
 
 トイレに満足か
大満足 満足 普通 不満 大不満 利用無し 未記入
1 2 42 6 1 1 0 53
 
 バリアフリーの部屋利用
はい いいえ 未記入
5 48 0 53
 
 バリアフリーのトイレ利用
大満足 満足 普通 不満 大不満 利用なし 未記入
1 1 9 0 0 42 0 53
 
 誘導ブロック邪魔
はい いいえ 未記入
0 49 4 53
 
 点字案内利用
はい いいえ 未記入
0 52 1 53
 
 音声案内聞こえますか
はい いいえ 未記入
52 1 0 53
 
 バリアフリー知ってるか
はい いいえ 未記入
49 4 0 53
 
 ユニバーサルデザイン
はい いいえ 未記入
18 35 0 53
 
 一方,旅客船バリアフリーマニュアル1)では連絡橋のスロープは1/12(4.76°)以下とすることが望ましいとされ,また,公共交通機関旅客施設に対するガイドライン4)では屋内では1/12,屋外では1/20(2.86°),ハートビル法では(屋内は同一)屋外で推奨値1/15(3.8°)が明記されている。これらの規定値と比べ,干潮時の連絡橋の勾配はかなり大きく,車椅子利用者にとって身体負荷が大きくなることが予想される。


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