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2.3 他の船内殺人事件等の概要
 公海上で発生した種々の典型的な、他の船内殺人・傷害事件について、以下のように纏めた。
 尚、以下の事件は、「海上保安事件の研究(国際捜査編)海上保安事件研究会 編集」から選定した文献を参考にした。
 
2.3.1 ドースベイ号船内殺人捜査共助事件
 リベリア船籍貨物船ドースベイ号(DOSEBEY、総トン数71,856トン、乗組員38名(イタリア人8名、ドイツ人3名、ポルトガル人1名、フィリピン人26名)、以下「D号」という)は、ブラジルのツバラオ港で鉄鉱石を積載して本邦室蘭港向け航行中であった。
 昭和56年6月23日午後9時30分頃、南緯31度41分、東経60度50分付近のインド洋公海上を航行中、D号船内において西ドイツ人二等機関士A(31歳)とフィリピン人の機関員B(32歳)が飲酒した際、Aからホモセクシャル行為を強要され侮辱を受けたことに激怒したBが、ナイフでAの左下腹部を力一杯突き刺し、同日午後9時50分頃左総腸骨動脈及び腸管刺創に基づく失血により同人を死亡に至らしめ殺害した。
 その後、D号は最初の寄港地として、同年7月16日、わが国の室蘭港に入港した。被害者の国籍国である西ドイツ政府の捜査共助要請により、日本政府は本事件共助に必要な証拠の収集にあたることとした。
 
 この事件における要点を以下に整理する。
 
・犯行は公海上で発生したので、国際法的には旗国であるリベリアの法律が適用される。
・西ドイツ人が被害者であり、同国が採用する消極的属人主義により、本件には西ドイツの法律も適用される。
・D号は本邦・室蘭港に入港しているので、日本の領域主権に服し、日本の同意なくして他国政府は執行措置をとれない。
・犯罪に日本は直接関係していないので、関係国の要請がなければ日本政府は執行措置をとれない。
 
 問題点を以下に整理する。
 
・旗国と被害者の国籍国の管轄権が競合。
・さらに入港先である日本の領域主権も関係し、いずれの国の警察機関の行動も国際法的な制約を受ける。
 
 関係国の動きを以下に整理する。
 
・リベリア政府は、同国民が関与していないとして関知しない態度をとった。
・西ドイツ政府は、遺体の引き取りなど積極的な動きをみせた。
・西ドイツ政府は、日本に対して捜査共助要請を行った。
・日本政府は、捜査共助要請に応じた。
・日本政府は事件関係書類を旧西ドイツヘ送付し、捜査は終了した。
 
2.3.2 ワールドガード号事件概要
 昭和57年12月24日午前3時20分頃、北緯37度05分、東経3度43分付近の地中海公海上をユーゴスラビア社会主義連邦共和国(以後、ユーゴという)バカール港向け航行中のリベリア籍貨物船ワールドガード号(WORLD GUARD、総トン数85,757トン、乗組員29名(全員日本人)、以下「W号」という)船内において、操機手甲が同僚である操機手乙と口論となり足蹴にされたことなどに憤慨し、乙の左胸部を肉切り包丁により突き刺し、同日午後2時15分頃、北緯37度52分、東経6度16分付近の地中海を航行中の同船内において同人を左胸部刺創による臓器損傷腔部内出血により死亡させた。
 わが国は、昭和58年1月7日2名の海上保安官をユーゴに派遣し、派遣された海上保安官は、1月14日同国内おける所要の捜査及び操機手甲の引取り手続きを完了し、1月15日帰国した。
 
 この事件における要点を以下に整理する。
 
・犯行は公海上で発生したので、国際法的には旗国であるリベリアの法律が適用される。
・W号はユーゴスラビアのバール港に入港しているので、同国の領域主権に服し、同国の同意なくして他国政府は執行措置をとれない。
・日本人同士の殺人事件なので、積極的属人主義により、本件には日本の法律も適用される。
 
 問題点を以下に整理する。
 
・旗国と被疑者の国籍国の管轄権が競合。
・被疑者の身柄が第三国の主権のもと拘束されている。
 
 関係国の動きを以下に整理する。
 
・リベリア政府は、両国友好関係のため、日本政府の裁判権行使に異議を唱えず、自国の裁判権を放棄した。
・ユーゴスラビア政府は、犯人の引き渡しに異存なく、日本と協議して、最も適当かつ簡便な方法を見出したい意向だった。
・日本政府は、執行管轄権を行使した。
 
2.3.3 オーシャンモナク号事件概要
 昭和59年6月10日午前3時30分頃(現地時間)、アフリカ・モーリタニア沖(北緯21度34分、西経19度42分)の公海上を地中海からジブラルタルを経てブラジルに向けて航行中の日本籍貨物船オーシャンモナク号(総トン数15,269トン、18名乗組み(全員日本人)、以下「O号」という)船内において、3等機関士の甲、甲板手の乙等が飲酒中、些細なことから口論喧嘩となり、乙からウィスキー瓶で頭部などを殴打されるなどの暴行を受けたことに激怒した甲が、賄室から出刃包丁1丁を持ち出し、乙の左脇腹を刺して出血死させたもので、凶器の出刃包丁は、犯行後、機関長が取り上げて海中投棄した。O号は、翌6月11日午後10時30分にスペイン領カナリア諸島にあるラスパルマス港に入港、被疑者甲は頭部に負傷しているため現地の病院で治療後、一応、現地警察へ保護された。被害者乙の遺体は司法解剖所へ運ばれ、現地の判事指示により12日司法解剖された。
 日本政府は、本件が公海上の日本籍船上で発生した事件であり、裁判管轄権は日本にあるので、護送官が派遣された場合は被疑者を直ちに引き渡してくれるよう確認したところ、現地の判事より裁判管轄権の問題は調査してみなければ何ともいえないとの回答があった。現地の判事から明確な回答がない中、日本側は海上保安官の受け入れを要請する等の働きかけを行い、結局6月20日、判事より被疑者を引き渡すとの正式な回答が得られた。日本政府は海上保安官2名をラスパルマスに派遣し、犯人引き取り手続きを実施。空路にて犯人を護送し、成田空港に到着後、同空港内にて逮捕状を執行した。
 
 この事件における要点を以下に整理する。
 
・犯行は公海上で発生したので、国際法的には旗国である日本の法律が適用される。
・O号はスペイン領のラスパルマス港に入港しているので、同国の領域主権に服し、同国の同意なくして他国政府は執行措置をとれない。
 
 問題点を以下に整理する。
 
・わが国が一義的に刑事裁判管轄権を有するが、被疑者の身柄が一時的に第三国の主権のもと拘束されている。
 
 関係国の動きを以下に整理する。
 
・日本領事館より現地港湾警察へ事実関係を通報、現地の判事に対し裁判権は日本にあることを主張し、犯人の引き渡しを求めた。
・判事より、裁判権の問題は調査してみなければわからないと回答があった。判事の同意を得るのに若干の困難があった。
・判事より犯人引き渡しの同意を得られたのは、ラスパルマス港入港から9日目だった。
・日本政府は、執行管轄権を行使した。
 
2.3.4 TAJIMA号事件を含めた船内殺人事件等の事例の比較とそのまとめ
 上述で紹介した船内犯罪のケースについて、表2.3.1にまとめる。まず、オーシャンモナク号船内殺人事件を除く他のケースは、すべて便宜置籍船上で発生しているが、便宜置籍国は自国に直接の被害が発生しているわけではないので、事件処理に消極的であるという傾向がみてとれた。特に、TAJIMA号事件においては、唯一の刑事裁判管轄権を有する国が便宜置籍国であったことが、事件処理を困難にしたといえる。
 また、ドースベイ号船内殺人捜査共助事件をみると、船内犯罪の関係国において、被害者の国籍国が自国民保護の観点から事件処理に積極的である傾向がみてとれた。
 オーシャンモナク号事件については、日本籍船上で発生した日本人同士の殺人事件であり、国際法的にも国内法的にも刑事裁判管轄権はわが国にあるケースであるが、被疑者を最初に拘束した外国政府とのやりとりが円滑に進まず、日本への犯人引き渡しに時間を要した。この事件からは、法的には日本に管轄権があるとしても、外国が関係する船内犯罪の処理は、国内犯罪の事件処理のように円滑に進むとは限らないということを理解することができる。
 これらの船内犯罪の事例は、今後船内犯罪における事件処理の問題点を考慮する上で、大いに参考とすることができる。
 
表2.3.1 船内犯罪事例のまとめ
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注:TAJIMA号事件発生時には、刑法の3条の2の規定はなく、上述のとおり、国内法の適用はなかった。


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