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III 調査研究結果
1 港湾域におけるテロ対策について
(1)テロ対策の考え方
 テロを防止するには、まず、テロを敢行することが困難だと思わせて実行に移させないため、予防措置をとること、すなわち「テロリストをあきらめさせる」ことが重要であることは言うまでもない。しかしながら、ハードターゲットからソフトターゲットヘとテロリストの標的が変わってきている状況下において、何時何処で攻撃されるかわからない中で万全の予防措置をとることには限界もあり、それだけでは不十分と言わざるを得ない。そこで、治安機関が、テロを敢行しようとするテロリストに対して「先制」する形で法執行をして逮捕するとか、テロが発生してしまった場合にも実行犯を逮捕し、さらに組織の解明を図っていくことが同様に重要となってくる。これは、テロリストを追及していくことで「テロリストをおそれさせる」ものであるが、なお、自爆犯のような自らの身を顧みないテロであっても、自爆犯の背後組織を追及していくことで同様の効果があるものと考えられる。また、テロの人的、経済的、社会的、政治的被害を予め予想し、復旧をすばやく実施し、パニックを防止することにより被害を最小限に食い止めることも肝要である。テロが金銭その他の財産等の強奪等を目的として引き起こされるものではなく、広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づくものであることから、テロの効果を最小限にすることで「テロリストをがっかりさせる」ことになり、大きな抑止効果が発揮されるのである。そして、最後にテロを招いた失敗原因を検証して対策を強化することで、一連のプロセスにより大きな抑止効果を発揮することができるものと考えられる。なお、こうした一連の取組みを、訓練のデモンストレーションや見せるパトロールの実施等も含めて効果的に広報することにより、一層の抑止効果が得られることは言うまでもない。
 こうしたテロ対策を有効に実施するためには、予防措置において情報収集(共有)や監視・警戒を官民で連携して実施することが不可欠であることはもとより、テロが敢行されようとしている時点やテロが発生した時点において、テロリストを拘束することや、被害を最小限化する上でも、官民が連携して対処することが極めて重要である。
 また、今回の調査研究では詳しく検討することができなかったが、我が国港湾域におけるテロ対策を講じる上でも、テロリストが国境を越えて活動していることから、海外におけるテロリストの追及、海外からテロリストやテロ関連物質が我が国に入ってこないようにするための措置等を、国際連携・国際協力において実現していくことが必要である。さらに、テロの背景となっている国際社会における経済格差や様々な緊張を緩和する努力が求められる。
 
(2)港湾域におけるテロ対策のポイント
イ 予防措置
・ 予防措置としては、まず不審者、不審物等の監視・警戒活動が挙げられるが、港湾域における特徴を踏まえた対応が必要である。港湾域は、空港等と比較して閉鎖区域となっておらず、その土地・施設の所有者・管理者も国、地方自治体、企業等多種多様である上、VLCCやコンテナ船等の大型船舶からボートや漁船等の小型船舶までが混在しており、また、海運会社及び港湾管理者の従業員等だけでなくパイロットや港湾荷役関係者、漁業関係者のほか、観光客、付近住民等の一般市民まで様々な者が出入りをしており、テロリストが紛れやすい環境にある。このため、隙間がなく、かつ、シームレスな監視・警戒を行うためには、土地・施設の所有者・管理者や治安機関等で連携して陸上から海上までの監視・警戒体制を確立することが肝要である。
・ 監視・警戒のポイントとしては、単に監視カメラや照明等の機器を設置するだけでなく、船内・施設内の整理整頓を図り、特に人が集中して集まる場所や反対に人目のつきにくい場所には巡視確認を励行すること、枢要区画(機関室、危険物保管場所等)への厳格な立入制限を実施することのほか、本船と種々の作業船のインターフェースや海上から港湾域にある施設へのセキュリティ強化のための船舶動静監視やアクセスコントロールの実施、船舶へ出入りする際の本人確認や手荷物検査の厳格化等が挙げられる。また、爆発物テロ事例を取り上げ、爆発物等の仕様や設置箇所に関する知識を有しておくこと等、教養・訓練を積んだ担当者を養成して監視・警戒に当たらせることが、より有効な対策になると考えられる。
・ 監視・警戒体制を強化していても、特に小型船舶による自爆テロ等を直前に発見しても防御は困難であることから、早い段階で不審情報の収集・分析を行って先行した対策を実施することが求められる。したがって、関係機関は、自らの監視結果に基づく情報だけでなく、港湾域に出入りする者から広く情報収集を行うとともに、関係機関相互で情報を共有し、多角的な分析を行う体制を確立することが重要である。
・ 一方、港湾管理者、船舶運航事業者、船舶代理店、港湾運送事業者、水先案内事業者をはじめ、エネルギー関連施設の事業者、倉庫事業者や食品等の小売事業者まで、港湾域で活動する事業者等は、港湾域では多種多様な者がテロのターゲットとなる場所へのアクセスが可能である状況にあることを深く認識して、その従業員等の身元確認、本人確認等に努めるとともに、相互に適切な方法で身分証明ができるための措置を講じることが望まれる。また、小型船舶をはじめテロに用いられるものの盗難等を防止するために、保管・管理を徹底することも重要である。
・ このほか、港湾域におけるテロを未然に防止する目的に限られないが、一般にテロリストにテロの準備行為をさせないため、テロリストを我が国に入国させないための措置、テロリストを自由に活動させないための措置、テロに使用されるおそれのある物質の管理強化等の措置、テロ資金を封じ込めるため措置等を適切に講じることが肝要である。
 
ロ テロリストの追及
・ テロリストの追及については、テロが発生する前の段階で「先制して」テロリストを法令違反により逮捕することと、テロが発生してしまった場合に実行犯等を逮捕することとに分けて考えられるが、いずれにせよテロを計画・実行した者を逮捕するだけでなく、さらに背後にある組織への追及を行っていくことにより追及の手を強めることができる。こうしたテロリストの追及は、捜査、逮捕といった法執行の強化をいかに行うかがポイントとなるが、テロの計画・実行等に対する処罰についてその法制度を検討することも重要なことである。港湾域においては、万全の予防措置をとることが他と比べて困難であることから、こうしたテロリストの追及や次の被害管理がより有効なテロ対策となりうる。
・ テロの準備段階においてテロリストを追及していくことは、情報が限られていること、準備行為が法令違反となるものが限られていること等から極めて困難であるが、この段階でテロリストを逮捕できれば被害が発生しないばかりか、その後もテロを断念させることにつながるので、効果が大きい。港湾域におけるテロの準備行為においては、ターゲット等の下見、港湾域に出入りする者への接触等が考えられることから、捜査機関による広範な情報収集活動はもとより、港湾域の施設管理者をはじめとして港湾域で活動している者からの不審情報等の提供が何より重要である。なお、テロをまさに敢行しようとしている段階については、事案発生時の対応として次の被害管理の項で詳しく分析している。
・ テロが実行された場合については、乗っ取り犯のように実行犯が明らかなもの、自爆テロや爆発物を設置して逃走したような実行犯特定の必要があるもの(自爆テロではテロリストもすでに死亡していることになるが散乱した現場から実行犯を特定する必要がある。)とがあるが、確実に刑事処分の対象とし、その背後組織等をも追及していくためには、現場で有益な証拠を押さえることや、広く情報を集めることが肝要である。そのためには、捜査機関による積極的な対応はもとより、やはり関係者間の協力や広く市民からの情報提供等がポイントとなる。港湾域の場合、種々の業者が活動するとともに、多数の一般市民が出入りすることから、各業者が雇用者の身元確認を適切に実施することや、立入禁止場所等での監視記録等を適切に管理しておくこと、関係者間で日頃から情報交換しておくこと等が有効である。
 
ハ 被害管理
・ 被害管理を定義づけるものではないが、この調査研究報告では、(1)事案発生時の初動対応(テロリストを早期制圧する等により被害を発生させないこと等)、(2)被害発生時の被害極小化、(3)社会経済活動の混乱、パニック防止等に加え、(4)これらに共通したマニュアルの作成、必要な資機材の準備、訓練の実施として分けて記載する。
・ 不審者、不審物その他の不審情報を確認した時点、あるいはテロリストによる攻撃が明らかになった時点では、一刻も早くかつ確実に不審者・テロリストを取り押さえ、不審物を処理するとともに、テロのターゲットとなる危険な場所から人々を避難させることや、ターゲットにテロリストを近づけさせない措置を講ずることが、大きな被害を発生させないために必要となる。そのためには、不審情報等の発見者から迅速かつ的確に治安機関、船舶・施設等の管理者(の危機管理責任者)等に情報が伝わることが第一に求められる。そして、関係機関において当該情報の確認・分析を、必要により連携して、迅速かつ的確に行い、その状況に応じて、治安機関において、テロのターゲット付近にいる者の避難、危険物の防護等に関する関係者への指示、制圧部隊、危険物処理部隊等の派遣(これに続くテロリスト制圧、人質等救出、危険物処理)等の措置を実施するとともに、船舶・施設の管理者等において、テロのターゲット付近にいる者への警報、誘導等の避難措置、危険物保管場所等へのテロリストの接近を防御、遅延させるための扉の施錠、フェンスの設置等の措置、当該施設に関する情報の治安機関への提供等の措置を実施することが次に求められる。さらには、初動時の対応の一環として、テロリストの制圧、不審物の処理等が完了するまでの間、彼らが望むような要求に屈することや、パニックに陥らないよう、広報対応等を政府関係機関が適切に実施することが重要である。
・ テロリストによる乗っ取り、爆破等が敢行された場合には、上記のような迅速かつ的確なテロリストの制圧、避難の実施等に加え、負傷者等の救出、介抱、危険物質、汚染物質等の防除、その他二次災害の発生防止といった被害極小化の措置が求められる。このため、事案発生の前に、あらかじめ被害予測等を行い、救急医療、除染体制や流出した危険物質、汚染物質等の防除体制の構築(消防、医療機関等との連携を含む。)、タンカーや石油、LNG基地等の大規模危険物取扱施設における防災対策等を進めておいて、事案発生時に備えることが大切である。特に、港湾域には危険物取扱施設や多数集合施設が集中していることにかんがみ、二次災害や二次攻撃のことを念頭に置いた対処が肝要である。
・ 港湾域には種々の社会経済活動における重要施設があることから、電力、ガスといったエネルギー供給停止や、港湾機能、漁業活動の停止等の結果的に大きな被害が発生した場合には、中長期的に経済活動・市民生活への影響が懸念されるが、我が国経済社会への大きな混乱が生じないように、あらかじめエネルギー施設や港湾施設の代替施設を検討しておくとともに、それに基づく適切な措置を講じることが必要である。また、被害が発生したことにより、彼らが望むような要求に屈することや、パニックに陥らないよう、状況に応じた広報対応、被害者対策等を政府関係機関で行う必要がある。
・ 以上のような事案発生時、被害発生時の被害管理を適切に行うためには、共通して、迅速で柔軟な対応が可能な組織、十分な権限を付与されたリーダー(港湾域では特に複数の組織が存在することから、関係機関全体を統一して指揮する者がいることが望ましい。)、具体的かつ明確な対応方針を示したマニュアル等の作成、十分な資機材、装置等の準備が大切である。特に事案発生時には、指揮系統の整理がポイントとなるところであり、治安機関を始めとする関係機関における検討が望まれる。
・ また、対応要員の訓練が肝要であるが、実働訓練のほか、状況付与型の合同机上訓練が有効であると考えられる。これは、手順をマニュアルに従って確認するような訓練ではなく、プレーヤー(参加者)はシナリオを知らないまま、コントローラーから次々と与えられる状況の展開に応じて、関係機関が果たしてマニュアルどおりに動けるのかどうか、連絡体制が本当に紙に書いたとおりに実施できるのかどうかということを確認し、生じた失敗をもとに、マニュアルや体制を見直していくことを狙いとするものである。港湾域におけるテロ対策では、特に多種多様な関係者が関与することから、こうした訓練が行われることは特に有効と思われる。


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