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2.2 台風ボーガスの検討
 本項では、平成16年度事業「台風時の内湾海上風推算の研究」で課題として挙げられた台風ボーガスの作成方法について検討を行った。
 平成16年度事業では、初期場に気象庁RANALなど空間解像度の低いデータを用いる場合、台風の中心付近に見られるシャープな気圧構造や強風を再現することができないことが示された。しかし、MM5に付属の台風ボーガスでは、非現実的なパラメータを投入しなければならなく、台風進路の推算精度もよくなかった。
 したがって、本項では、(1)平成16年度事業で扱ったMM5に付属の台風ボーガス作成手法に加え、(2)気象庁がルーチン運用している台風ボーガス作成手法について検討を行った。
 新たな台風ボーガスについては、神戸大学海事科学部海洋情報科学講座、大澤輝夫助教授と受託型協力研究を委託し、作成していただいた。
 
2.2.1 これまでの台風ボーガス
 平成16年度事業「台風時の内湾海上風推算の研究」では、台風ボーガスはMM5に付属のLow-nam,S, and C.Davis,2001の開発したスキームを使用していた。本項では、この手法の概要、この手法を用いた計算結果について調査した。
 
(1)概要
 この台風ボーガスは、(1)解析値に存在する台風を除去し、(2)新たに人工的な台風を投入することで作成する。以下のその手法について示す。
 
(1)解析値に存在する台風の除去
 台風中心から400km未満に中心を持つ渦を求め、地衡風近似を仮定して、水平風速・高度場の除去を行う。また、静水圧平衡を仮定して、除去した水平風速とバランスする温度場の擾乱成分を除去する。
 
(2)人工的な台風の投入
 人工的な台風は、軸対称のrankine渦である。式を(2.1)〜(2.3)に示す。動径風速は、最大風速半径の内側では半径に比例して風速は強くなり、最大風速半径の外側では、指数関数的に小さくなる。αは、減衰係数であるが、Low-nam,S., and C.Davis,2001に従い、0.75とした。鉛直方向には、地表面を1として高度が高くなるにつれ小さくなる高度補正係数A(z)を乗じている。
 
α:係数(0.75)(−)
A(z):高度補正係数(−)
rm:最大風速半径(m)
vm:最大風速(m/s)
 
 高度場は風速場から地衡風近似を仮定して求め、温度場は静水圧平衡を仮定して、水平風速とバランスした擾乱成分を投入する。相対湿度は、地表面では台風半径内を95%とし、台風半径外は台風中心からの距離とともに解析値に近づくように設定する。なお、鉛直方向には、地表面の相対湿度95%から高度が高くなるにつれ小さくなる高度補正係数を乗じている。
 
(2)これまでの台風ボーガスを用いた計算結果
 これまでの台風ボーガス投入前と投入後の比較を行った。台風ボーガスは、1999年9月22日12時UTCにおける台風9918号(以下T9918)を対象に、中心気圧が930hPaを満たすように気象庁RANALに投入した。図2.3に、T9918の台風中心付近の、投入前と投入後の気圧・風速分布を、図2.4に台風中心からの距離と風速・気圧の関係を示す。
 この時刻におけるベストトラックの海面更正気圧は930hPaであったが、ボーガス投入前は約960hPaと浅い気圧深度になっていた。ボーガス投入後は、台風中心から100Km以遠では、投入前と同程度の気圧であったが、台風中心付近では、投入前と比較して30hPa程度低くなっており、ボーガス投入前と比較してシャープな気圧構造になっていた。
 この時刻におけるベストトラックの最大風速は46.2m/sであったが、ボーガス投入前は、最大風速半径(76km)で約30m/sと過小評価であった。投入後の風速は、最大風速半径までは単調増加し、最大風速半径で70m/sにまで達し、最大風速半径以遠では、指数関数的に減少していた。ボーガス投入後は、広範囲でベストトラックの最大風速を超えており、非現実的な風速分布になっていた。
 これは、これまでの台風ボーガスでは、地表面気圧と最大風速にはおよそ以下の関係式が成り立つことに問題があると考えられる。ΔPは気圧偏差で、周辺気圧と中心気圧との差を示し、vmは、最大風速である。
 
ΔP:気圧偏差(hPa)
ρ:空気密度(kg/m3
vm:最大風速(m/s)
 
 この手法でT9918のような強い台風を投入する場合、ΔPあるいはvmは、非現実的なパラメータをとることになる。該当時刻の中心気圧は930hPaであり、周辺気圧を約1000hPaとすると、ΔPは70hPa(1000-930hPa)であった。したがって、上記の式から最大風速を求めると約70m/sを設定する必要があり、逆に最大風速を観測値の46.2m/sとすると、中心気圧を十分な深さに設定することはできなかった。
 したがって、最大風速、あるいは中心気圧のどちらかを非現実的な値に設定しなければならなかった。本項では、930hPaの強い台風を再現することを重視したため、台風の最大風速が70m/s以上と、非現実的に大きな値を設定することになった。
 上記のような、気圧傾度を与えるために、非現実な風速を投入しなければならないという現象が起きる原因としては、この手法は台風の風速分布と気圧の関係に傾度風ではなく、遠心力を無視する地衡風近似を仮定していることが考えられる。
 
図2.3 ボーガス投入前と投入後の気圧・風速分布(地表面)
(T9918:1999年9月22日12Z)
 
 
図2.4 台風中心からの距離と風速、気圧分布
(T9918:1999年9月22日12Z)
 
 図2.5〜2.6に、1999年9月22日21時におけるT9918の台風中心付近の、ボーガス投入前と投入後の地表面付近の気温分布、湿度分布を示す。気温分布は、ボーガス投入後は台風中心付近のシャープな構造を表現するため、1度以上高くなっていた。
 相対湿度は、ボーガス投入後は台風半径内を一様に95%とするため、投入前には存在した非対称性はなくなっていた。雲の分布などによって生じる非対称性は、台風を表現する上で重要であり、初期時刻において非現実的な湿度を投入することで凝結に影響が生じ、気圧深度誤差を大きくしている可能性がある。
 
図2.5 ボーガス投入前と投入後の気温分布
(台風18号、1999年9月22日12Z、上:投入前、下:投入後)
 
 
図2.6 ボーガス投入前と投入後の湿度分布
(台風18号、1999年9月22日12Z、上:投入前、下:投入後)
 


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